貞々☨夢想   作:カツヲ武士

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22話。出世の兆し

「は? 私を兗州の刺史にする?」

 

「あぁ」

 

豫州への遠征を終えてから数ヶ月経ったある日のこと。

神妙な顔をした司馬朗から告げられたのは、洛陽で私を州刺史にしようとする動きがあるという報告だった。

 

ちょっとなにを言っているかわからないわ。

 

「いや、色々とおかしいでしょう?」

 

漢全土が混乱している最中に郡の太守でしかない私をいきなり刺史にするとか、どう考えても異常だわ。

それになによりここには……。

 

「私が刺史になるとしたら、現在の刺史である劉岱様はどうなるの? 罷免されるわけではないでしょう? もしかして洛陽で何かしらの要職に就くのかしら?」

 

劉岱は宗室の出であり、兄弟である劉繇と共に二龍と謳われる程度には優秀だとみなされている人物だ。

 

と言っても、私からみれば彼の能力は極々普通の官吏に毛が生えた程度。

つまり特段優秀というわけではないと思っている。

 

ただまぁ、宗室という血筋は馬鹿にはできないので、私としても上司として立てる分には問題ないと考えている程度の人物と言えばいいかしら。

 

今のところ彼に失策らしい失策がないというのも、私が一応の評価をしている理由でもあるわね。

 

もちろんここ兗州にも賊は蔓延っているけど、それだって豫州の潁川や荊州の南陽ほど大規模なものではない。

 

いや、これに関しては私たちが精力的に働いたからというのが大きいけれど。

それはそれとして、現在確認できている集団も一つ一つの規模はそんなに大きなものではないので、このままであれば官軍に頼ることなく鎮圧できる状況よ。

 

つまり、血統が確かであり、特段失策もない劉岱が罷免される理由は無いのよね。

 

それなのになんでいきなり私が刺史になるの?

 

あぁいや、もちろん彼が中央での立場を欲したが故に洛陽に戻るというのであれば、それはそれで勝手にしろとは思うけど、今はさすがに時期が悪いでしょう。

さらに、その後任として私が充てられるとなると、ちょっと面倒なことになりそうなのよね。

 

主に宗室である劉岱に従っていた文官どもが宦官の孫である私に素直に従うかって方向で。

 

(まず無理でしょうね。だからもし本当に私が刺史になるのであれば、まず最初に私に従わないであろう連中をどうやって罷免するかを考えなくてはならなくなるわ)

 

面倒ね。なんて思っていたのだけれど……ことはもっと単純で、単純だからこそ断れない。そんな話だった。

 

「その劉岱殿だがな。先日死んだそうだ」

 

「はい?」

 

なんて?

 

「先日青州方面から雪崩れ込んできた賊の軍勢と戦い、討ち死にしたらしい。配下諸共、な」

 

「……本当に?」

 

「あぁ。曹操殿にこの情報が届いていないのは、この情報が機密として扱われているからだろう」

 

「それは、そうでしょうね。宗室である劉岱様が賊に討ち取られた、なんて情報が軽々に広がったら困るもの」

 

「うむ」

 

賊が調子に乗るのもそうだけど、なにより『皇帝陛下の一族に連なる人間が賊に討たれた。主犯である賊は今も元気に兗州を荒らしている』なんてことが広がれば朝廷の威信が落ちるわ。

故に劉岱が討たれたことを公表するとすれば、それは彼の仇を取ったあとでないといけない。

 

「っていうか、そもそも州刺史が戦で死ぬってどんな状況よ」

 

しかも賊相手に。

 

「おそらくだが彼は賊を舐めたのだろうな。なんでも数が勝る敵に対して正々堂々と正面から挑みかかったらしい。で、奮戦したものの武運拙く敗北したそうだ」

 

は? 自分より多い敵に対して正面からぶつかった?

 

「それは武運がどうこうではなく、油断慢心の間違いでは?」

 

兵法を何だと思っているのかしら。

 

「それも含めて、だよ」

 

「……なんとも言えないわね」

 

そう言えば官軍も一度南陽と潁川で負けていたわね。

それを考えれば劉岱だけのせいとも言えないのかもしれない。

 

ついでに言えば、劉岱の立場であれば賊如きに背を向けるわけにはいかなかったのでしょう。

当然自分の領地に攻め込まれたら迎え撃つ必要があった。

戦い方については、どうせアレでしょう?

賊を過小評価した武官が『賊如き如何に数が多くとも鎧袖一触で打ち破って見せましょう』とか威勢のいいことを言ったんでしょう?

戦を知らない劉岱はその言葉を信じて戦った。でも賊の数と勢いに抗しきれずに威勢のいいことを言った部下諸共討ち死にした、と。

 

憶測でしかないけど大体間違っていないと思うわ。

 

主従揃って間抜けもいいところね。

 

まぁ賊を前にして全てを投げ出して逃げ出した挙句、逃走に失敗して殺されるよりはマシってところかしら?

 

うん。劉岱の死にざまについてはそれでいいとして。

問題はここからよ。

 

「それで、なぜ私が彼の後任に選ばれるのかしら?」

 

問題はこれよね。

洛陽には私よりも刺史にふさわしい人間……はいないかもしれないけど、刺史になりたがっている人間はいくらでもいるでしょう?

 

洛陽の連中だって、自分に沢山貢いでいる子飼いの部下に役職を与えるいい機会じゃない。

なんで一切付け届けを行っていない私を刺史にしようとするの?

それがわからないわ。

 

「曹操殿には刺史に就任するに足る実績がある。具体的には、以前の遠征の際に敵の本陣を落とした武功。潁川近郊の復興支援に助力した徳政への評判。さらには賊に奪われていた大量の食糧やら何やらを取り戻した功績。それらを評価したため、だな」

 

なるほど、それっぽい名目はあるのね。

でも騙されないわよ。

 

「で、本音は?」

 

「現在洛陽を牛耳る人物の一人大将軍の何進としては、宦官の孫である曹孟徳に中央の役職や官位を与えたくない。何進と敵対している十常侍も宦官閥とはいえ自分たちと派閥が違う人間であった曹謄の孫に役職や官位を与えたくない。何進とも宦官とも敵対している名家閥も宦官の孫に役職や官位を与えたくないと考えている。それはわかるな?」

 

「まぁ、ね」

 

「しかし功績を挙げた者に褒美を与えないわけにもいかん。なにせ同様のことをしたときに自分たちが褒美を貰えなくなるからな」

 

「なるほど。向こうからしたら中央の役職や官位を与えたくないと考えていたところに丁度良く刺史の座が空いたって感じなのね。だからそれを私にくれてやるって?」

 

「だろうな。ついでに言えば、彼らの子飼いの部下たちの中に、現在進行形で賊に荒らされている州の刺史になりたいと名乗り出る人物がいなかったのだろうよ」

 

「それはありそうね。彼らがなりたいのは、あくまで平穏無事に暮らせて州の予算を懐に入れることができる立場であって、本格的に兵を指揮して賊と戦ったり、州の予算を使って復興支援をするような立場ではないもの」

 

まかり間違っても前任の州刺史が殺されるような場所には赴任したくないでしょうね。

 

「そうだな」

 

「深読みすれば、刺史にしてやるから賊を何とかしろって意味もあるのかしら?」

 

「あるだろうがそれだけではない。もし曹操殿が賊の討伐や統治に失敗すればそれを口実に曹操殿を罷免、もしくは処罰できる」

 

「ふん。前任を支えた()()()武官も文官もいない状況では、大宦官の孫娘でしかない小娘の私にまともな戦もまともな統治もできるはずがない。連中はそう考えて私を刺史にしようとしているのね?」

 

「だろうな。所謂位打ちというやつだ」

 

位打ち、ね。聞いたことはないけど何となくわかるわ。

 

元々褒美として刺史にするという話が、そのまま私に面倒ごとを押し付ける形になっているってわけね。

相変わらず洛陽の連中は、そういうところだけは抜け目ない。

 

でも、甘い。

 

「ねぇ司馬朗。もし私が刺史に任じられた場合、司馬家と荀家から人員は紹介してもらえるのよね?」

 

「荀家に関しては文若殿に確認を取る必要があるが、司馬家は問題ないな」

 

「そう。それならいいわ」

 

直近で必要なのは洛陽の人間から見て優秀な人材ではない。

あくまで私の指示に従う人間よ。

 

それで言えば、理想は他の郡の無能な太守や役人も賊にやられてくれることだけれども、そこまでは望まない。

いきなり州の全土から太守や役人が消えたら政が覚束なくなるからね。

 

今は劉岱に従っていた文官や武官が居なくなったということだけで十分。

 

これだけでも前任者を気にすることなく春蘭たちを役職に就けることができるんですもの。

 

足手纏いがいないのであれば、多少賊の数が多くとも何とかなる。

いいえ、なんとでもして見せるわ。

 

「で、その内示はいつ正式なものになるのかしら?」

 

問題はここよね。

賊と戦うことが決定している以上、準備を怠るわけにはいかないもの。

敵の情報も集めないといけないし。

 

「曹操殿が望むのであればいつでも可能だ。最速を希望するのであれば、来月にでも正式な通達を携えた勅使が来るだろう」

 

「んん?」

 

どういうことかしら?

 

「母曰く『いきなり刺史へ任命されても困るでしょう?』だそうだ」

 

「あぁ、なるほど」

 

それはそうね。

いくら私でもなんの準備もしていないところに洛陽から使者が来て『曹孟徳を刺史に任ずる。刺史としてこれより即刻兗州に蔓延る賊徒を滅ぼせ』なんて言われても対応できないわ。

 

だから今は司馬防らが止めてくれている、と。

 

私に対する嫌がらせを止めて司馬家の立場は大丈夫なのか? と思わないでもないけど……。

 

「心配無用。洛陽の連中からすれば、我が母が曹操殿を昇進させることを渋っているようにしか見えんだろうからな」

 

「それはそれは」

 

確かに、見ようによっては司馬防が宦官の孫である私の出世を押しとどめているように見えるわね。

 

実際は時間を稼いでいる間に諸々の準備を済ませろってことなんだけど、そこまで理解できている連中がどれだけいることやら。

 

「そこまでしてくれているのであれば是非もなし。司馬防の期待に応えなくてはならないわね」

 

本当に、司馬防と誼を通じていたことは間違いではなかった。

 

ふふふ。いきなり現れた多数の賊に対して、事前に準備期間や情報がなかったうえ碌な経験を持たない兵を引き連れて正面から戦わねばならなかった劉岱と、事前の準備期間を用意してもらったうえ幾多の戦を経験した将兵を率いて戦に臨むことができる私を一緒にしたことを後悔させてやるわよ!

 




オリ設定1 この時点で劉岱が死んでいる
オリ設定2 曹操に刺史就任の話が出ているが、そのきっかけが陳珪から上奏されたわけではない
オリ設定3 曹操に司馬家や荀家という、文官を派遣してもらえる伝手がある

恋姫設定+オリ設定です。
ちなみに恋姫では前任の刺史(劉岱とは言っていない)は死亡ではなく逃走しています

閲覧ありがとうございました。
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