貞々☨夢想   作:カツヲ武士

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24話。不穏な噂

「天の御遣い?」

 

我が身の為に、美白・巨乳・未亡人と、色んな意味でリーゼンロッテを想起させてくる陳珪とは暫く一定の距離を取ると心に決めたものの、今すぐ距離を取れるかと言われれば答えは否。

 

報告はきちんとしないといけないし、何より今の俺の立場で初対面の相手と露骨に距離を取るのは俺にとっても相手にとっても問題にしかならないので、今はなんとかこらえるしかないのだ。

 

いつもながら息子に苦労を強いることについては本心から申し訳ないと思わなくもないが、悪いのは俺ではなくて周囲に沸いてくる痴女たちなので、ここはなんとか広い心でもって怒りを抑えて欲しいと切に願う次第である。

 

それはそれとして。

 

今回は、こちらから曹操の留守中にあったことを報告するだけでなく、曹操からも遠征を通じて観たことや感じたことを聞かせてもらったのだが、その中に一つ聞き捨てならないものがあった。

 

それが陳珪が耳にしたという『天の御遣い』を名乗る人物に関する情報である。

 

俺としては『話の内容よりも、まずその名乗りはあかんやろ』と思ったのだが、そう思ったのはどうやら俺だけらしい。

 

なんで? と思って細かく聞いてみれば、なんと曹操たちは陳桂らに話を聞く前から『天の御遣い』のことを知っていたとのこと。

 

「噂自体は少し前から世に広まっていたわよ? 内容的には『天から御遣いが遣わされ、漢の乱れが正される』って感じなんだけど、知らないかしら?」

 

「知らん。聞いたこともない」

 

正直そういう噂話に興味がなかったし、そもそも俺の周りにそういう噂をする人間がいなかったし。

友達? なんのことやら。

 

「どうせあんたのことだから、聞いた瞬間に『無価値』と判断して忘れたんじゃないの?」

 

「……その可能性は否定できん」

 

「まぁ、所詮は占いですものね。司馬朗が放置した気持ちもわかるわ」

 

うーむ。二人の反応を見たところ、どうやら曹操と文若は噂を知りながらも与太話の類いと判断していたらしい。

 

情報を知った上で無視していたのだから、ある意味では俺と同じ穴の貉というやつなのではなかろうか。

 

いや、記憶にさえないのと一緒にしたら駄目か。

 

というかだな。なんだ『天』の御遣いって。

普通に不敬だろう。

洛陽におわす皇帝陛下を何だと思っているのか。

 

噂では南陽の賊を率いていた張なんたらが神上使を自称したらしいが、同じ類の阿呆か?

 

あぁ、いや、まて。

もしかしたら皇帝陛下が誰かを大将軍や相国に任じて天下を纏めさせるということなのかもしれん。

 

現在大将軍となっている何進あたりが自分の行動に大義を持たせるために流した噂と考えれば辻褄もあう。

 

……なるほど。この時代の民が持つ信心深さを利用した策ということか、さすがは身一つで成り上がった女傑。あなどれん。

 

「あら。華琳様の懐刀と謳われている司馬朗様が知らないとは意外でしたわ。でもまぁ、基本的にこういった噂は民の不安の裏返しですから、治安が良い陳留では広まらないのも無理はないかもしれませんね」

 

「ふむ」

 

言われてみれば、すでに救われている人間は天に助けを求めないからな。

そういうものなのかもしれない。

 

「ぐぎぎっ!」

 

俺が何進への警戒を新たにしつつ陳珪の言に納得している間に、自分が曹操の懐刀扱いをされていないことを知った文若が何やら悔しそうな眼を向けてくるが、そんなの知らんがなと言いたい。

 

それよりも気になるのは、俺と同じように噂なんざ一切信用していない現実主義者の曹操が自分からこの話題を振ってきたことなんだが。

 

「陳珪が言うには、その御遣いが幽州方面に現れたらしいのよ」

 

「……幽州に?」

 

「えぇ」

 

妙だな。幽州は黄巾よりも鮮卑や匈奴の勢力が強いところじゃないか。

確かに連中も漢に混乱を齎す存在と言えばそうだが、乱世云々でいえばあまり関係がない連中だぞ。

 

漢の混乱を正すという内容であれば、腐敗の源泉である洛陽か、最低でも何進の管理下でなくてはならないだろうが。

もしくはこれから黄巾を討伐する予定である冀州あたりでないとおかしい。

 

いや、幽州ならそのまま南下すれば冀州だな。

 

『天の御遣い』が賊の主力を討伐する場にいれば漢王朝の面目は保たれる、か?

 

ふむ。だから何進は冀州を敵の本拠地と認定した? 

なるほど。色々繋がったな。

 

まったく、我が妹であればもっと早く気付けたであろうに、我がことながらなんとも愚鈍なことよ。

 

「それでその彼、あぁ、御遣いは男らしいわ。で、その御遣いは現在義勇軍を率いて幽州啄郡の太守である白蓮……公孫賛の下にいるそうよ」

 

「ほほう」

 

公孫伯珪は幽州の武人として名が知られている人物だ。

 

政治的な色が付いていないという意味では、何進が目をつけてもおかしくない人物である。

 

御遣いとやらが公孫賛の配下ではなく義勇軍として加わっているのは何進の指示だろうな。

 

公孫賛としては『天』の御遣いを受け入れることで洛陽と繋がりがあることを主張できるという利がある。

ここで御遣いの存在を大々的に主張して、文官や武官を得る足掛かりとするつもりだろう。

 

であれば『天』の遣いを送り込んで公孫伯珪を抱き込んだ何進の狙いは、幽州が抱えている精鋭部隊を手中に収めることだろうか?

 

皆無とは言わないが、何進の性格を考えると少し冗長な気もしないではない。

 

……なんとも違和感は拭えないが、まぁいい。

 

「その噂を知った上で、新たに兗州の刺史となる曹孟徳はどう動く?」

 

とりあえずの問題は、天の御遣いとやらが実在することを知った曹操がどう動くか、と言うことに尽きる。

 

「どうしようかしら? 桂花はどうするべきだと思う?」

 

「はっ。まずは洛陽に人員を送り『天の御遣い』を幽州に送り込んだ人物を特定することと、その意図を探るべきかと」

 

「確かにそうね。送り込んだのが誰か、そしてそこにどんな意図があるのかを探らないと話にならないわ」

 

まぁな。ここまで明け透けに『天』の名を使っている以上、御遣いとやらが朝廷の関係者から何かしらの密命を帯びているのは明白だ。

 

それに協力するにせよ邪魔をするにせよ、誰がどんな意図を込めて幽州に派遣したのかを知らなければ動きようがない。

 

俺は何進の策だと思っているが、実際にはそうとも限らないわけだ。

思い込みや情報の不足から選択を誤って敵に利することをしたら目も当てられん。

 

まさか十常侍が公孫賛を抱き込むために人材を送るとは思えんが、万が一もある。

なにせ今の洛陽で最も武力を欲しているのは、大将軍としての武力を持つ何進でもなければ、地元に帰れば自前の武力を持つ名家ではない。

直接的な武力を持たない宦官だからな。

 

故に連中が公孫賛と繋がりを設け、外から圧力をかけることで何進らの動きを掣肘するという策を用いないとも限らない。

 

その場合、十常侍と敵対している我々は公孫賛の邪魔をする必要があるだろう。

 

この理屈でいけば、こちらを嫌っている何進の味方をする必要もないのだが、問題は何進が他の二つと違って皇帝陛下を抱え込んでいるところにある。

 

何進や宦官の思惑を潰す分にはかまわんが、皇帝陛下の命に逆らうのはよろしくないと言うわけだ。

 

「これから桂花と司馬朗は洛陽方面の情報収集を行うとともに、冀州方面に展開している賊の情報も集めてもらうつもりよ」

 

ん? 今なにか妙なことを言われたような?

 

「冀州の賊、だと? まさか遠征に赴くつもりか?」

 

「えぇ。どうせ洛陽の連中は、私が兗州の賊を平らげたことを知れば冀州へ出陣をするよう促してくるわ。そうでしょう?」

 

「その可能性は確かにある。だが治安維持を理由に断ることもできるだろう?」

 

というか、普通は断るだろうが。 

 

遠征なんざ資源と労力の無駄。

別に武功が欲しいわけでもないんだし。

なにより張角らを討ち取れば賊の残党から恨まれることになるんだぞ。

 

そんな危険を冒してまで冀州に遠征だと? 

それで一体我々に何の得があるのだ?

 

「あら。貴方は出陣に反対するのかしら?」

 

「無論だ。戦をするなとは言わんが、何から何まで曹孟徳が顔を出す必要はあるまい。潁川とここ最近の討伐で十分武功は稼いでいる。これ以上は他者からの僻みを買うぞ」

 

いやマジで。功績の独占はやめた方が良いぞ。

 

「今は様子見でよかろう。動かざること山の如し。地を廓めて利を分かつとも言うしな」

 

孫子も言っている。ほどほどにしろ、と。

 

「確かに、冀州で得られる武功を利とすれば、今回は他の諸侯に分けたほうがいいのかもしれないわね。でも権を懸けて動くとも言うわよ?」

 

状況に応じて臨機応変に、と言ってもなぁ。

 

「曹操殿が居なければ負けるというのであればそうだろうな。しかし冀州の賊は曹操殿が動かずとも片付くだろう? ならば必ずしも曹操殿が出る必要はあるまい。賊を叩くために遠征するよりもその分の予算を政に回した方が良いと思わないか?」

 

潁川のときとは状況が違う。そもそも復興の為にはいくらあっても足りんのだが。

 

「それは認めるわ。でもここまで賊と戦ってきた私が賊の本隊を滅ぼす戦に参加しないのは些か以上に不自然ではないかしら?」

 

「自然、不自然でいえば確かにそうだ。だが新任の刺史として民を慰撫するという名目を覆すほどではなかろう。それで、本音は?」

 

「あら? もう終わり?」

 

もう少し貴方との会話を楽しみたかったのだけれど。と笑みを浮かべる曹操。

 

彼女は、内心でずっと(下手に賢そうな会話をするとボロが出るからさっさと切り上げたい)と考えていた俺に何を期待しているのやら。

 

そう言うのは我が妹とやって欲しい。

彼女なら喜んで論破してくれるだろうからな。

 

それはともかくとして。

なんでここまでして賊退治に行きたがるのか。

そこがわからない。

 

そう思っていたのだが、どうやら今回に関しては俺の視野が狭かったらしい。

 

「……私の眼で冀州の地形を見ておく必要があるわ。加えて、冀州の人間との繋ぎを取っておきたいの」

 

あぁ、なるほど。言われなければわからないなんて、本当に俺は愚鈍だな。

 

「袁家との戦を見据えて、か」

 

「「「えっ!?」」」

 

「そうよ」

 

「「「えぇっ!?」」」

 

文若らがなにやら驚いているがそんなに驚くことではないだろう。

 

曹操の兗州刺史就任と前後して袁紹が冀州の刺史、もしくは州牧になることが内定しているという情報はすでに得ている。

 

そして曹操が天下を目指すのであれば、袁家とぶつかることになるのは明白。

 

当然、その時になってから調べるのでは些か以上に遅い。

なにより向こうも警戒しているだろうから情報を得る労力は多大なものになるだろう。

 

だが、今は違う。

多くの人間が曹操という人物を正しく認識していない上に、そもそも曹操と袁紹が本格的に争うと考えている人間がほとんどいない。

故に、動くなら今なのだ。

 

こちらは冀州の情報を得るために多少無理をしてでも遠征に参加したい。

そして、遠征に参加する名分は向こうが用意してくれる。

 

ここまで状況が整っているのであれば乗るべきだろう。

いや、乗るしかない。

 

「兵は2万程、期間は半年程度で大丈夫か?」

 

「えぇ。それで問題ないわ」

 

賊を相手にするには多少多いかもしれんが……なに、州刺史としての初陣だ。

華々しく飾り立てても文句は言われんだろうよ。

 

周囲の連中にも『曹操が本気で武功を求めた』と思って貰わねば困るしな。

 

 




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