劉備一行を完全論破した後、我ら曹操軍は特に妨害を受けることなく、黄巾の乱の首謀者である張角がいると言われている冀州は鉅鹿郡に到着した。
「中々壮観ね」
「数だけは、な」
今のところここにいるのは、洛陽から派遣されてきた皇甫嵩率いる官軍と、冀州牧になることが内定している袁紹が率いている冀州の軍勢で計六万程。
これに我々兗州勢の二万と、汝南袁家の代理として孫策が率いる軍勢が一万程。その他にもパラパラと軍勢が加わって、合計で十万程度の軍勢となっている。
対して敵は凡そ十二万程度らしい。
数の上では向こうが上だが、質ではこちらが上。
……微妙な連中もいるが、まぁ今の賊どもよりはマシだろう。
さらに向こうはここまで敗戦に敗戦を重ねて追いやられた軍勢であることに加え、長期の籠城ができる状況ではないので、勝つだけならばこの状態を維持しているだけでも勝てるという有様である。
ここで問題になるのが我々の去就である。
「ここまで来た時点で私の目的は達成されているのだけれど、このまま何もしないと言うわけにはいかないわよね?」
まぁな。曹操にとって重要なのは冀州の地理や人材を確認することであって、黄巾の賊をどうこうすることではない。故に積極的に動く必要はないのだが、そもそもここに集った連中の狙いは武功を上げることだし、なによりこうしているだけでも維持費が馬鹿にならないので、包囲して飢えさせて終了、なんてことはない。
必ず攻撃を行って勝利を掴もうとするはずだ。
とはいえ相手は鼠、否、追い詰められた鼠である。
わざわざ突いて噛まれるのは馬鹿らしい。かといって何もしないのではやる気を疑われる。
この状況で、我々の目的である『ほどほどの戦果を上げること』は結構難しいのだ。
よって曹操が聞きたいのは「この結構難しいことをどうすれば達成できるのか?」ということだろう。
聞きたいというよりは、各々に考えさせたいのだろうが。
それはそれとして、俺には気になって仕方のないことがある。
劉備が奉じていた【天の御遣い】こと北郷一刀と名乗った男のことだ。
あのときは場に女が多すぎて無心になることに専念していたせいで深く考えなかったし、これまでも行軍中に色々とやっていたので気が付かなかったが、今ならわかる。
あれ、日本人だろ?
着ていた服が白い学ランだった時点で気付けと思うかもしれんが、水着だのスパッツがある世界で白い学ランに違和感を覚えるのは無理だろ。
だが、あの名前と雰囲気が醸し出す違和感を無視するには大きする。
もちろんこの時代に 北 一刀 という人物がいないとは断言できんが、あの雰囲気はなぁ。
何度思い返してみてもこの時代の人間とは思えんのだ。
あと、彼が日本人であるなら、夏侯惇や夏侯淵よりも俺を警戒していた理由もわかる。
日本人としての価値観があるならば、美少女よりも筋肉モリモリのマッチョマンを警戒するのは当たり前のことだからな。
それらを理解した上で問題なのは、劉備が夢見がちな小娘で、御遣いがぬるま湯に浸かった子供だったってことだ。
もちろん、どちらも天下を差配するには値しない。
というか、連中に差配させたら間違いなく国が亡ぶ。
それこそヴァリエール様を女王にするようなものだ。
リーゼンロッテ陛下もアナスタシア殿下もアスターテ公爵も、なんならザビーネだって絶対に認めない。
それを認めるのは、あの行軍に付き従った結果妄信の徒となった騎士やその従者たち、あとは行軍を共にした馬借たちくらいのものだろう。
「ふむ」
そう考えれば、連中はあのときのヴァリエール様に似ているのか。
大義名分を担当する第二王女であるヴァリエール様が、劉氏である劉備と天の御遣いこと北郷。
策略の面でヴァリエール様を支えるザビーネが、諸葛亮と龐統。
武力の面でヴァリエール様を支えた強盗騎士と俺、ではなくデカマラス卿が、関羽と張飛。
うむ。考えれば考える程似ている。表面だけは。
そう考えれば、連中が極々少数ながらヴァリエール様を守るために死兵となれる集団のような存在になる前に排除、解散させることができたのは僥倖だった。
しかし、だ。
北郷が日本人である場合、今後面倒なことになることが確定する。
なにせ相手は未来を知っている相手だ。
三国志に詳しいなら厄介極まりないし、三国志に詳しくなくとも、未来の知識を有しているというだけでも厄介である。
小僧でしかない本人にできることは少なくとも、関羽や張飛といった武力と、諸葛亮や龐統という知力が加わればできることは格段に跳ね上がるのだから。
故に、あの連中が、ぬるま湯に浸かった小僧と夢見がちな小娘が掲げる生ぬるい理想を押し付ける集団となった場合、その脅威は計り知れないものとなるだろう。
感覚としては宗教に近いかもしれない。
このご時世、綺麗な理想に縋りたいと願う者も出てくるだろうからな。
武力と知力と大義名分と未来知識を有する宗教勢力とか、厄介どころの話ではないぞ。
だからこそ、今後のことを考えれば連中に監視の一つもつけるべきなのだろうが……はてさて、どんな名目でそれを行うべきか。
「司馬朗からはなにかあるかしら?」
「む?」
「これからの方針よ。貴方にはなにか意見はないの?」
「……そうだな」
今は戦場から追い払った連中のことではなく、目の前にいる黄巾賊のことを考えねばならんか。
しかし、黄巾についてと言ってもなぁ。
「この期に及んで特殊なことをする必要はないのでは? あえて言えば、見た感じ孫策あたりが積極的に動きそうだから、それに便乗する形で動くのが最も効率が良いと思う」
放たれている軍気が他とは違うんだよ。
あと他の連中が出世や名誉を求めて武功を欲するのとは違い、袁家の代理人として参戦している孫策には積極的に武功を上げなければならない理由がある。
それは軒を貸してくれている袁家のためでもあるし、自らが率いている孫家のためでもある。
そうした理由を加味した上で、孫策が三国志に出てくる孫権の兄にして『小覇王』として名を馳せた英傑ということを忘れてはならない。
その英傑が一万の軍勢を率いて、しかもやる気に満ちているときた。
絶対に動くだろ。これを利用しない手はあるまい。
「孫策? ……なるほど。確かに彼女が率いる軍勢が放つ軍気は他の諸侯が率いる軍とは比べものにならないわね。では我々が第一功を求めず、それなりの戦功を狙うのであれば彼女の動きに便乗するべき、というのが貴方の考えかしら?」
「それなりの武功を上げるだけで良いのであればそうだな」
「……妙に引っかかる言い方だけど、まぁいいわ。では孫策が動くとしたらいつ頃だと思う?」
「奇襲によって武功の独占を狙うのであれば夜討ちか朝駆けが常道。故に夜半か早朝に動く。と言いたいところだが、いかに武功を上げたいとはいえ、一万の軍勢だけで十万が籠る砦に挑みかかることはあるまい」
「まぁ、ね。賊の意表を突いたところで、我々が連動しなければ敵陣に孤立することになるものね。それに単独での抜け駆けは他の諸侯からも顰蹙を買うわ。だとすると、向こうから根回しの使者が来るかしら?」
「可能性は高い。使者を送るのは向こうが戦力としてふさわしいと思っている諸侯に対してだけだろうが、少なくとも官軍の将である皇甫嵩将軍には最速で送るだろうよ」
そうしないと武功を独占することになるし、なによりそれを妬んだ諸侯から守ってもらえなくなるからな。
袁家の看板を背負っている以上、
抜け駆けして賊を討伐しました。
武功も独占しました。
でも諸侯から恨まれました。
では話にならんからな。故に孫策は周囲に協力を仰ぐ必要があるわけだ。
「私にも送ってくるかしら?」
「どれだけ向こうから評価、いやこの場合は警戒されているかによる。根回しをしたことで第一功を奪われると判断するほど警戒されていたら情報は皇甫嵩将軍経由でくるだろう。そこまで警戒されていなければ直接くる。どちらにせよ維持費のことを考えれば数日以内には動くだろうから、それほど待つ必要はあるまい」
「へぇ? こちらから何かしなくても使者はくる、と?」
「孫策の思惑はどうあれ皇甫嵩将軍にしてみれば、今回の戦はできるだけ短期間かつ官軍の損失を少なくして終わらせることが重要なのであって、第一功が誰であるかなど関係ないからな。なればこそ、我々に使者を立てるだろう。故に、孫策に関しても、手の内を予測していることを誇示して徒に警戒させる必要はあるまい」
「ふむ。より効率的に勝つことを考えれば、官軍を率いる皇甫嵩将軍が我々二万の精鋭を遊ばせることはないでしょうね。我々も第一功を求めているわけではないから孫策に手柄を立てさせても問題はない。だから自分から動かずに使者を待つ、か。妥当な判断ね。では、春蘭、秋蘭」
「「はっ」」
「聞いた通りよ。すぐに動くことはないでしょうけど、奇襲に備える意味で兵の半分は何があっても即応できる状態で待機させて。残りの半分は休息をとらせなさい」
「「はっ!」」
「桂花は官軍や諸侯との連絡を密にして、諸侯の装備や士気を確認。さらに皇甫嵩将軍が誰に使者を送るのかを確認して頂戴」
「はっ!」
「司馬朗は物資の確認をお願い」
「了解した」
数日とはいえ、二万もいれば結構な量の物資が飛ぶからな。確認は大事なのだ。
あと、当たり前のように中抜きしようとする連中がいるから、不正が無いよう監察せねばならないというのもある。
あぁ。劉備一行が略奪した物資の補填もあったな。
……適当に寄せておこう。
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