貞々☨夢想   作:カツヲ武士

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孫家視点



33話。黄巾の終わり③

「焦りすぎたかしら?」

 

母である孫堅亡き後、孫家を維持するためにこの孫伯符が母様の部下であった者たちを率いて美羽(袁術)の庇護下に入ってから早数年。

 

今の私たちは――二人の妹を人質に出してはいるものの――汝南袁家の代理人として兵を率いることが許される程度の信頼を得ている。

 

ここで更に孫家の名を高めると同時に袁家からの覚えを良くするためにも張角の首が必要だと思った私は、官軍の戦闘準備が整う前に黄巾の連中が立て籠もる砦に思春(甘寧)明命(周泰)を潜ませた。

 

あとは本隊の攻勢に紛れて張角の首を獲れば、黄巾討伐の第一功は私たちのものとなる。

袁紹を出し抜いて功を得たとなれば、袁術はますます私たちを重用してくれるでしょう。

 

袁術から信用されれば、それだけ孫家の扱いもよくなるし、孫家の扱いが良くなれば妹たちの立場も安定することになる。

 

問題があるとすれば、武功を立て過ぎたことで諸侯や袁家に仕えている武官に僻まれたり警戒されたりすることでしょうけど、これに関してはどうしようもない。

 

まさか「僻まれるのが怖いから武功を立てません」なんて言える訳もなし。

 

少なくとも”使える”と思われているうちは滅多なことにはならないでしょう。

そう考えたからこそ、今回諸侯の眼を盗んで武功を独占しようとしていたんだけどねぇ。

 

「……計画を覆されたのは確かだ。自覚はなかったが、知らぬ間に私も焦っていたのかもしれん」

 

本当にねぇ。

 

「私もです~。でもこの方向で足を掬われるのは完全に想定外でした~」

 

そうなのよねぇ。

 

「しかし悪いことばかりではないぞ。なにせこのことを知らぬまま攻撃を仕掛けていたら、儂らは確実に【人を集めた張角】を見失っていたじゃろうな。そうなれば……」

 

最悪よねぇ。

 

「良くて偽物の張角の首を挙げて喜んだ阿呆。悪ければ偽物の張角の首を本物と偽って提出した罪人、かしら」

 

前者は孫家の名を落とすし、後者は名を落とすどころじゃない。

どちらに転んでも、今の孫家にとっては致命傷ってね。

 

「「「……」」」

 

私の言を否定できないのだろう。

冥琳(周瑜)(陸遜)(黄蓋)は揃って顔を顰めた。

 

「……今から旅芸人の方も狙えんか?」

 

「無理でしょう。そもそも潜入している二人と連絡を取る手段がありません」

 

「そうですねぇ。もし連絡がついたとして、ですよ~? いきなり標的を増やされても困るだけではないでしょうか~?」

 

「穏のいう通りね。ここで無理をさせて両方逃すことになったら意味がない。思春と明命には予定通り【漢に反逆した張角】を討ち取って貰うわ」

 

二兎を追うものは一兎をも得ず。

 

武功の独占が不可能になった以上、最低でも一羽は仕留めないと、今までの工作が無駄になる。

 

「仕方なし、か」

 

「……はい。残念ながら」

 

「ここは割り切るしかないですね~」

 

祭が悔しそうに呟けば、冥琳と穏もいつもどおりの口調でありながら、その表情には隠し切れない悔しさが浮かんでいる。

私も同じような表情をしていることだろうことは想像に難くない。

 

これは情報戦で後れを取った悔しさであり、事前に立てていた計画が台無しになったことに対する悔しさである。

 

つい先日、それこそ昨日の夜まで「この戦、孫家で武功を独占するわよ!」と気を上げていた私たちが揃って意気消沈しているのは、戦を仕掛ける前にとある情報を得たせいだ。

 

その情報を得たのは今日の朝のこと。数日以内に行われるであろう全面攻勢に先立ち、官軍の総大将である皇甫嵩将軍に対して私たちが持つ情報を伝えに行ったときに、皇甫嵩将軍本人から聞かされたのだ。

 

『【張角】は二人いる』という情報を。

 

情報元はなんと、諸侯の中で私たちが最も警戒していた人物である兗州牧・曹孟徳その人。

 

彼女が皇甫嵩将軍に対し、私を含めこの場に集った全ての諸侯を仰天させる情報を開示していたのだという。

 

すでに張角を討ち取る為の刺客を潜ませていた私たちにとってこの情報は寝耳に水……どころの話ではない。

まさしく驚天動地。まさしく青天の霹靂とも言えるほどの衝撃を伴うものだった。

 

件の情報を齎した曹孟徳曰く、元々ここ来るまでに捕えてきた賊を尋問していたのだが、その際、捕えた賊によって張角に対する印象が違ったことに違和感を抱いていたそうな。

その違和感は、彼女の下を訪れたという降伏の使者から真実を聞くことで解消されたとのこと。

 

それを聞いたとき「賊の言うことを真に受けてどうするの?」なんて思ったし、皇甫嵩将軍もそう言ったらしいけど……貴重な情報を提供したにも拘わらず、ことの信憑性を問われた曹孟徳はさも疑問を持たれても当然のような表情を浮かべて『こんなことで嘘をついても賊に得はありません』だとか『ただの旅芸人がなんでこんなところにいるでしょうか?』とか『賊滅を謳われている私のところにまで来て「自分はどうなっても良いから旅芸人の三姉妹を生かして欲しい」なんて言ってきたのですよ? 官軍に囲まれた状況で賊にそこまで言わせることができる人物で、さらに本名が張角。これで件の人物が【人を集めた張角】ではないというのであれば、生け捕りにして私のところで使わせてもらいたいのですが、問題はありませんね?』なんて自信満々に言ったらしいのよね。

 

流石に兗州牧である曹孟徳にそこまで言われたら皇甫嵩将軍とて妄言と斬り捨てるわけにはいかなかったみたい。

 

それはそうでしょうよ。

 

情報提供者の立場もさることながら、本当に張角が二人いた場合、ここで曹孟徳がいうところの【漢に反逆した張角】を討ち取ったとしても、そもそもの問題である【人を集めた張角】を逃したら片手落ちどころの話では済まないものね。

 

情報を知った上で見逃してしまった場合、皇甫嵩将軍はさっき私が言ったように”偽物の張角の首を挙げて喜んだ阿呆。悪ければ偽物の張角の首を本物と偽って提出した罪人”として縄をうたれることになる可能性だってある。

 

なにしろ腐敗が蔓延るこのご時世、漢に対して反感を抱いている者は多い。

そうであるにも拘わらず彼らが武装決起しないのは、武器がないこともそうだけど、なにより人を集めることができないからに他ならない。

 

たとえその辺の有力者が一〇〇〇人集めてことを起こしたところで、漢を糺すどころか県令や郡太守の兵に取り押さえられて終わってしまうわ。

 

そうならないようにするためには最低でも数万人を集める必要があるけど、そんなの簡単に集めることができるはずがない。

だから今まではどれだけ政や役人に不満があっても大規模な反乱にはなっていなかった。

 

それを覆したのが今回、大陸中から人を集めた張角だ。

 

人を集めた方法が、民の扇動や食料のばら撒きなどではなく、単純な”歌”という点も見逃せない。

 

何故なら彼女が生きて歌う限り、彼女の支持者はその数を増やすことができるのだから。

 

故に漢としては【漢に反逆した張角】よりも【人を集めた張角】こそ討伐したい存在となる。

 

ここまではいい。

 

皇甫嵩将軍にしてみれば元々ここにいる賊は全滅させる予定だったのだから、その対象に旅芸人を含めることに否はなかっただろうし、諸侯だって武功となる賞金首が増えることに文句をいうことはないわ。

 

私たちとしても、功績を独占した際に生じるやっかみやら何やらが軽減されると考えれば、悪くないとさえ言える。

 

気になる点は、曹孟徳の狙いが読めないところよね。

 

「曹孟徳、一体彼女は何を企んでいるのかしら?」

 

顔を合わせたこともないけれど、彼女を侮ってはいけない。

私の勘がそう言っている。




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