貞々☨夢想   作:カツヲ武士

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引き続き孫家視点。




34話。黄巾の終わり④

「ねぇ冥琳。曹孟徳がこの情報を現時点で皇甫嵩将軍に上げた理由はわかる? 私だったら旅芸人たちの首を刎ねた後で公表すると思うんだけど?」

 

そうすれば武功を独占できるでしょう?

皇甫嵩将軍に恩を売るにしても、自分で首を獲ってからの方が効果的だろうし。

 

「……思い当たる節はあるが、あくまで予想に過ぎんぞ?」

 

「それで構わないわ」

 

如何に冥琳の頭が良くても、肝心の曹孟徳に会ったことがないから確度が高い推察ではなくあやふやな予想になるのは仕方がない。

でも、今は少しでもとっかかりが欲しいのよね。

 

「恐らくだが、曹孟徳は”皇甫嵩将軍や我々も自分と同じ情報を持っている”と考えたんじゃないか?」

 

「……うん?」

 

どういうこと?

 

「彼女は皇甫嵩将軍にこう言ったのだろう? 『賊滅を謳われている私のところにまで降伏の使者が来た』と」

 

「確かにそう言ったらしいけどそれが……あぁなるほど。賊から物凄く恐れられている自分のところに降伏の使者が来たくらいだから、皇甫嵩将軍を始めとした諸侯にも同じ使者が来たと考えたのね?」

 

「おそらくは、な」

 

言われてみれば確かにその可能性はある。

むしろ、曹孟徳の立場であればそう考えるのが自然かも。

 

「で、だ。他の諸侯も知っていると考えている曹孟徳にしてみれば、この情報は貴重な情報ではない。それでもあえて告げたのは、一応他の諸侯が同じ情報を持っているか否かの確認に加え”自分は抜け駆けするつもりはない”と意思表示をしたつもりなのではないか?」

 

「ん~。なるほどねぇ」

 

貴重な情報だと思っていないからこそ、か。

 

「ちなみにですけどぉ。皇甫嵩将軍はこの情報を知っていたんですかぁ?」

 

「否よ。皇甫嵩将軍も曹孟徳に言われるまで旅芸人たちのことは知らなかったんだって」

 

「ほう? 皇甫嵩将軍の下には降伏の使者は行かなかったのか?」

 

「いいえ。確かに降伏の使者は行ったらしいんだけど、彼女はこの期に及んで交渉に意味は無いと判断して話を聞かないまま処刑していたらしいのよ。袁紹も同じね」

 

気持ちは分かるわ。私のところに降伏の使者がきても同じように扱ったと思うし。

 

「まぁ、対等な相手が送ってきた正式な軍使ならまだしも、普通に考えれば追い詰められた賊の命乞いだからな。話を聞く価値などないし、交渉の余地など尚更ない。そう考えるのが自然だろう」

 

「それどころか、下手に話をしてしまうと洛陽の人たちに難癖付けられちゃいますからねぇ~」

 

「そういうこと」

 

賊徒の殲滅に目途が付いた今だからこそ、警戒すべきは洛陽の老害共ってね。

 

「ふむ。ならば曹孟徳は”勘違いで貴重な情報を放出した間抜け”ということになるのかのう?」

 

それは……どうかしら?

 

「結果だけ見れば勘違いで情報を放出したとも言えますが、そもそも彼女の狙いは皇甫嵩将軍に対して自分が抜け駆けをしないことや、自分が得た情報を共有しようとする姿勢を見せることにあります。それに成功している以上、間抜けには当たらないかと」

 

「そうですねぇ~。少なくとも欲しいモノは得られていますから~」

 

「……欲しいモノ? あぁ風評、か」

 

「はい。今回の件で曹孟徳は良い風評と悪い風評。その両方を得ています」

 

「良い風評は”己で武功を得ることよりも、諸侯と情報を共有して足並みを揃えることを優先させた律義者”って感じかしら?」

 

「そうだな。皇甫嵩将軍からすれば、孫家や袁家のために武功を稼ごうとしている雪蓮よりも、軍全体のことを考えているように見える曹孟徳の方が評価は高いだろう」

 

「そりゃね」

 

別に袁家のためには動いていないけど、傍から見ればそう見えるもんね。納得しかないわ。

 

「うむ。兵を率いる立場で考えれば曹孟徳の評価は高くなるじゃろうな。で、悪い風評は?」

 

「先ほど祭殿が言いましたね。”勘違いで貴重な情報を流した間抜け”です」

 

「……それをどう使うんじゃ?」

 

そこなのよね。群雄としてはどうかと思うけど。

 

「え~とですねぇ。武官である雪蓮様や祭様には分かりにくいかもしれませんけどぉ。自分のことを間抜けと勘違いしている相手って、警戒している相手よりも簡単に転がせるんですよぉ~」

 

「……なるほどねぇ」

 

軽く見られるってことはそれだけ足を掬いやすくなるってことだもんね。

極端な話、私が袁術や張勲相手にやってることも似たようなもんだし。

 

曹孟徳はそれをもっと深いところまでやっている。

それができる相手ってことか。

 

「もう一つ大事なことがある。それは、曹孟徳には武功よりも風評を優先する余裕があるということだ」

 

「羨ましい話ね」

 

流石は州牧様ってところかしら。

こっちなんて武功が欲しくてたまらないっていうのに。

 

「……侮れんのぉ」

 

何を今更。

 

「祭。相手は賊滅と謳われる程に賊を殲滅した武功の持ち主で在り、僅か数年で陳留の規模を拡大させた実績を持つ兗州牧様よ? 袁家の被官でしかない私たちが侮って良い相手じゃないわ」

 

「むっ」

 

「確かにな。とは言え、今までの話はあくまで予想であって、実際に曹孟徳がそこまで考えているかどうかはわからんぞ」

 

「必要以上に考えすぎているかもって? でも冥琳も穏も、自分が考えすぎているとは思っていないんでしょう?」

 

「あぁ」

「はい~」

 

「二人が警戒する必要があると考えているなら警戒するべきよ。そもそも今の私たちは曹孟徳どころか袁家の連中にだって隙を見せられない弱小勢力。どれだけ警戒しても”過ぎる”なんてことはないでしょう?」

 

「どれだけ警戒しても”過ぎる”ことはない、か。確かにそうじゃな」

 

「そうよ。その上で言わせてもらうけど、今回武功の独占に失敗した時点で、私たちは一度失敗したも同然なの。これ以上の失敗は許されない。違う?」

 

「……そうだな」

「ですねぇ」

「うむ」

 

私たちに利用価値がないと思われたら、人質である蓮華(孫権)小蓮(孫尚香)が殺されることになる。

もちろんその場合は袁術や張勲に復讐するけれども、そこで孫家は終わってしまうわ。

 

でもね。こんなところで母様から受け継いだ孫家を潰すわけにはいかないのよ。

 

「だからこそ、今回は確実に獲れる首を獲る。その後はできるだけ私たちに損害が出ないよう、他の陣営に頑張ってもらいましょう」

 

正直に言えば、監視兼おこぼれ目当てで張り付けられている袁家の連中なんてどうなっても良いんだけど、連中に損害を出しすぎると評価が落ちるかもしれないからね。

こんなところで連中がこちらに干渉する口実を与えるつもりはないわ。

 

「うむ。ここに集まっている諸侯は元々武功を欲している連中だ。一々工作せずとも勝手に前に出てくれるだろうが、もう一手打っておくか」

 

「ですねぇ。より確実に頑張って貰うよう手配しましょうか~」

 

「有象無象の諸侯はそれで良いとして、曹孟徳はどうする? 共闘の使者を出すか?」

 

「うーん」

 

下手に情報を渡すと武功を全部持っていかれそうだし、放置しても武功を持っていかれそうなのよね。

 

……どっちに転んでも駄目な場合ってどうしたらいいのかしら?

 

「共闘するかどうかは別としても、情報の共有はした方が良いと思うぞ」

 

「……その心は?」

 

「向こうが我々でさえ持っていない情報を持っている可能性があるだろう?」

 

「そっちの可能性があったか~」

 

情報を持っているのは私たちだけじゃないものね。

 

「少なくとも旅芸人やその周囲の情報を持っているのは確かです~」

 

「うわ~それは危険だわ」

 

向こうが持つ情報によっては本当に全部持っていかれるかもしれない。

それを防ぐために情報を共有するってことか。

 

「あと、今のうちに曹孟徳の為人を確認しておきたいというのもある」

 

「陣営にいる人材の確認もしたいですねぇ~」

 

「ふむ。彼を知り己を知れば百戦危うからず、とも言うからの」

 

敵になるにせよ味方にするにせよ為人を知っておくのは大事よね。

 

「わかったわ。使者は誰がいいかしら? 私が行く?」

 

「いや、穏に行かせよう。州牧相手と考えれば雪連が行くべきだろう。だが、明後日に備えての支度もあるし、なによりお前が動けば袁家を刺激することになる。同じ理由で私や祭も駄目だ」

 

「そっか。……穏、貴女の判断でこっちの持つ情報は全部出してもいいから、一つでも多く向こうがもつ情報を引き出してきて。頼んだわよ」

 

「お任せ下さい~」

 

向こうが穏の見せかけの緩さに油断してくれる程度の相手であればいいんだけど……さすがにそこまで甘い相手ではないわよね。

 

ーーこのときの私たちはまだ知らなかった。

 

曹孟徳が得ていた情報の量と質が私たちが持つそれをはるかに凌駕していたことを。

 

私たちが皇甫嵩将軍から知らされていたモノが、彼女が報告した中のほんの一握りの情報でしかなかったことを。

 

このとき曹孟徳の下に穏を派遣していなければ、武功を得るどころの話しではなかったということを。

 

自分たちが本当の意味で瀬戸際にいたことを、このときの私たちは自覚さえしていなかったのだ。

 

 




そろそろ本当に黄巾が終わる……かも。


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