貞々☨夢想   作:カツヲ武士

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黄巾、ナレ死するの巻。


36話。黄巾の終わり⑥

「はぁ……情報を独占しているつもりになっていたせいで信用を失った阿呆と、必要以上に情報を曝け出したせいで武功を得る機会を逸した阿呆。どっちがマシなのかしらね?」

 

「どちらがマシかは知らんが、今回の勝者がどちらかと問われたら、答えは決まっている。武功を得る機会と引き換えに信用を得た曹孟徳だ」

 

比較対象にもならん。信用は金でも武功でも買えないのだからして。

 

「貴方はまたそうやって……まぁいいでしょう。今回は特別にその口車に乗ってあげるわ」

 

「口車とは心外だな」

 

本心からの言葉なんだが。

 

「いいから。次よ、次」

 

さっさと話を進めろと? 振って来たのはそっちなのに、なんて言い草だ。

 

まぁ話題を変えるというのには賛成だが。

 

「次とは、二日後の攻勢に備えてのことで相違ないか?」

 

「そうよ。確かに私たちは風評を得たわ。事前に予想していたものよりも格段に良いモノと悪いモノを、ね。だからこそ、絶対にやらなければならないことがある」

 

予定通りと言えば予定通り。だが放出した情報が貴重なモノであればあるほど、評価の高低差が大きくなるのも道理。

 

それを踏まえた上で考えれば、わざわざ風評の種類を強調してきた曹操の思惑も見えてくるというもの。

 

彼女が懸念しているのは”悪い風評”であろう。

 

何事も過ぎたるは猶及ばざるが如し。

素直で律儀とは思われても良いが、阿呆過ぎるという風評は頂けない。

 

で、現時点においてそれを払拭する方法はただ一つ。

 

「それなりの武功で以て悪い風評を緩和する、か」

 

「えぇ。その通り。必要でしょう?」

 

「まぁな」

 

悪評を拭う方法。

それが”ばら撒いた情報とつり合いが取れる程度の武功を得ること”である。

 

しかし武功を取り過ぎるのもよろしくない。

そんなわけで程よい武功を得ることが肝要なわけで。

 

「ならば答えなさい。我々が狙うべき相手は誰?」

 

こうして”狙い”を明確にするのが曹操のいう本題なのだろう。

 

この問いに対する答えはすでに決まっている。

 

言うなればこれはただの再確認作業。

いや、部下たちに聞かせる為のモノか。

 

ならばこちらも乗らねば無作法というもの。

 

「無論【漢に反逆した張角】の身内、だな」

 

張角の身内。即ち地公将軍こと張宝か、人公将軍こと張梁である。

 

「そんなところでしょうね。三姉妹の情報と砦内部の情報と比べれば軽いかもしれないけれど」

 

「だからこそ皇甫嵩将軍も孫策も譲ってくれる」

 

「えぇ。そうね。そういうわけだけど、皆もそれでいいかしら?」

 

もし張角の首を望めば不快感を抱かれることは避けられないだろう。

だが、三姉妹の存在が明らかになったことで、ただでさえ張角よりも一段低かった価値がさらに下落した【賊の方の張宝や張梁】であればその限りではない。

 

むしろ情報の対価として快く譲ってくれるだろうよ。

 

よって気にすべきは身内の反応。具体的には最初から第一功を狙わないことに対して配下から不満が出る可能性だったのだが、元々曹操の意思に反するつもりのない夏侯惇や夏侯淵はもちろんのこと、黄巾賊に苦しめられてきた農民出身の許褚と典韋。さらには黄巾賊に抗うために義勇軍を結成した李典・楽進・于禁も曹操が張角を狙わないことに対して不満を抱いている様子はない。

 

「皆に異論が無いようならこの方向で話を進めましょう。桂花?」

 

「はい! 先に皇甫嵩将軍に許可を貰ってきます!」

 

「えぇ。諸侯に気取られないように、ね」

 

「お任せください!」

 

ここで三姉妹の方を狙わないのは、武功が大きくなるということもあるが、それ以上に貴重な情報の対価として我々から「【人を集めた張角】を殺さないし、捕えもしない。我々の真名にかけて誓おう」という言葉を引き出した賊、現在は虹の橋の向こうにある楽園にて推しが来るのを心待ちにしている男との約束があるからだ。

 

この約束があるため、我々は三姉妹を狙わないのである。

 

では、我々から目こぼしされた彼女らに生き延びる目があるだろうか?

答えは否。件の三姉妹が生き延びる可能性は皆無である。

 

何故か? 我々が狙わないだけで、皇甫嵩将軍率いる官軍や諸侯が率いる軍勢がその首を狙うからだ。

 

なにやら虹の向こうにいる男が「約束が違う!」とか叫んでいる気がするが、気のせいだろう。

 

我々は約束を破ってはいないのだから。

 

彼の推しを狙わないと約束したのは、あくまで”我々”のみ。

”我々”とは曹孟徳と彼女が率いる兗州勢のことであって、他の連中に関して約束した覚えはない。

 

それ以前の常識として、一州牧に過ぎない曹孟徳には自身の指揮下にない官軍はもちろんのこと、袁家を初めとした他の諸侯動きを掣肘できるはずもないのだから、これは当然のことなのである。

 

尤も、男を強制的に虹の橋の向こう側へ送った後に不安げな表情を浮かべた文若から「真名に掛けて誓ったからこそ向こうも素直に情報を吐いたんでしょうけど、あんな約束して良かったの?」と聞かれた際に、上記のことをそのまま伝えた上で「儒家の嘘は方便、武人の嘘は武略。漢に反逆して散々民を苦しめた賊の命乞いに比べれば多少の曲解など可愛いモノではないか」と嘯いたらドン引きされたので、初めから苦笑いをしていた曹操以外の人間は約束の内容を勘違いをしていたようだが、こういうのは勘違いした方が悪いのである。

 

そもそも黄巾の連中は潁川や南陽はもとより、兗州でも散々略奪を繰り返していた賊徒だ。

我々が治めていた陳留では大した被害は出ていないが、他は相当荒らされている。

兗州に限った話でも前任の州刺史が連中に殺されている。

 

兗州を荒らした連中とここにいる連中は関係がない! というかもしれないが、そんなことはない。

ここにいる連中とて略奪とは無関係ではないのだ。

 

なにせここには十万単位の賊が生きていけるだけの物資があるのだから。

 

連中はそれだけの物資をどこで得たのだろうか?

全て自分たちで畑を耕したのか? 

全て自分たちで山にいる獣を狩ったのか?

どちらも違う。多少は自分たちで工面した部分もあるだろうが、この砦にある物資の大部分は連中がそこらにある邑や町から略奪したものなのだ。

 

この時点で彼らは同情すべき民ではなく、討伐すべき賊となった。

賊徒死すべし慈悲はない。我々にとっては最早常識である。

 

役人が不正をしなければ真っ当に生きていられたかもしれない?

あぁ、その所為で困窮したのは事実だろう。

不正をする役人がいなければ連中が賊に堕ちることもなかった?

それも認めよう。

 

だが、それを認めることと、その辺にある邑や町に暮らす民から略奪をすることを認めることは同義ではない。

 

力のない民から略奪をした時点で、同情の余地など地平の彼方に消えたのだ。

それなのに、民からの略奪で食いつないできた連中が、自分たちが追い詰められた途端に命乞い? 

 

それも責任者である連中をつかまえて『あの娘たちは俺たちを集めただけだ。略奪とは関係ない』などと抜かしよる。

 

寝ぼけるな。

 

もしも前世、ポリドロ家の領地にこの手合いの連中がきていたら、俺は領地を襲撃した輩だけではなく、その大元まで遡って責任を負わせるために動いていただろう。

この場合の大元とは、もちろん【人を集めた張角】のことだ。

 

責任の取らせ方? もちろんその命を以て償わせる以外にない。

万が一許すにしても、相応の賠償金を支払わせただろう。

 

それこそマインツ枢機卿がヴァリ様に多額の賠償金を支払ったように、な。

 

迷惑をかけたら償う。

それが筋というものではないか。

 

しかし連中はなにも支払うつもりがなかった。

ただ命乞いをしに来ただけ。

 

ありえん。

 

確かに諸侯に対して彼らを殲滅するよう命じた朝廷の力は弱まっている。

 

十常侍や宦官閥の専横、名家の不正、軍部の堕落。

そのどれもが、真っ当な知性を有した人間から国家への忠誠心を失わせるのに十分すぎるものだ。

 

前世に於いてアナスタシア第一王女やカタリナ女王がマキシーン皇帝に忠義を誓っていなかったように、諸侯も皇帝に対して無条件の忠義を誓っているとは言い難い状況であることも認めよう。

 

しかし、しかしだ。

 

皇帝は皇帝である。

 

賊の命乞いと皇帝の命令を並べた場合、後者が優先されるのが当然ではないか。

 

そうである以上、連中はその“当然“を覆すだけの手土産なりなんなりを提示するべきではなかったか。

 

たとえば金。たとえば資財。たとえば労働力。

 

そういったモノを用意せず、自らの責任も果たそうともせず、ただこちらにリスクを背負わせようとする連中を地獄に叩き落とすことに何を憚ることがあろうか。

 

故に俺は連中に対してこう告げるのだ。

 

「賊徒よ。死にたまへ」

 

せいぜい惨たらしく、せいぜい後悔して死んでくれ。と。

 

――

 

二日後。冀州鉅鹿郡に集った黄巾賊は皇甫嵩率いる官軍によって殲滅された。

 

【漢に反逆した張角】を討ち取ったのは袁術の代理として参戦していた孫策。

その弟である地公将軍・張宝を討ち取ったのは冀州牧となることが内定していた袁家の袁紹。

人公将軍・張梁を討ち取ったのは大宦官の孫にして兗州牧曹操。

そして【人を集めた張角】とその妹を討ち取ったのは、皇甫嵩将軍への援軍として参戦していた董卓軍の武将、呂布と張遼であった。

 

漢に反逆した張角と人を集めた張角。

二つの旗頭を失った黄巾賊は一気にその勢いを失い、各地で鎮圧されていくことになる。

 

こうして漢を揺るがした黄巾の乱はその幕を下ろした。

 

しかして”これにて一件落着”と安堵する者は多くない。

 

燎原の火は未だ消えず。

 

この農民反乱が始まりの終わりに過ぎないことを知る多くの者たちは、遠くない日に起こるであろう次なる乱に備えて力を蓄えるのであった。

 




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