貞々☨夢想   作:カツヲ武士

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4話。司馬の武(前)

それは司馬朗の配下という形で新たに私たちの陣営に加わることとなった将、徐晃の一言から始まった。

 

「兵の練度を上げたい? 本気でそう思うなら、司馬朗様を武官として働かせればいい」

 

「え?」

 

始めは徐晃の言っていることが分からなかった。

 

春蘭や秋蘭も「ちょっと何を言っているかわからない」と首を捻っていたくらいだ。

 

徐晃は司馬家の被官でありながら洛陽で校尉として働いており、その際数千の兵を指揮していたという経験を持っている。

 

対して、私たちの陣営で彼女ほどの経験を持つ武官はいない。

 

春蘭でさえ数百がいいところなのだから当然と言えば当然だ。

 

敢えて言うのであれば私くらいだろうか。

 

数万いる官軍の中の一部隊の指揮官であった徐晃に対し、私の場合は全軍で数千程度という違いはあるが、数だけみれば一緒と言えるだろう。

 

……ごめんなさい。ちょっと盛ったわ。

 

春蘭・秋蘭・華侖、柳琳、栄華といった、気心が知れた上で能力が有る人材を分隊長として連れていた私と、碌に名も知られていない人たちを率いた徐晃を比べればどちらの方が難易度が高いかなんて自明の理。

 

だから私は彼女を認めている。

 

訓練においては積極的に徐晃に意見を求めたし、徐晃が「こうした方が良いと思う」と言ったことは取り入れた。

 

それによって兵の練度が上がったことは実感している。

 

だから今日も今日とて徐晃に「これ以上部隊の練度を上げるためにはどうしたらいいだろうか?」と意見を求めたところ返って来たのが「司馬朗を使え」だった。

 

意味がわからない。

 

呆然としている私たちを見てどう思ったか、徐晃は呆れ顔を浮かべながら言葉を紡ぐ。

 

「司馬朗様は文武に秀でた人。文官としてはもとより、武官としても超一流」

 

「……そう、なの?」

 

「うん」

 

「っ! 秋蘭!」

 

「そんなはず……「姉者!」……むぐっ!」

 

男なのに? とは言わないし、言わせない。

秋蘭に目配せして春蘭を抑えさせた私は、努めて冷静さを保ちつつ徐晃を見る。

 

「本当、なのね?」

 

「もちろん」

 

その表情からは「なにを当たり前のことを」という感情しか見られなかった。

 

それだけではない。徐晃はとんでもないことを口にしたのだ。

 

「そもそもあの人はご自分のことを文官ではなく武官だと思っている」

 

「……あれだけ書類仕事ができるのに?」

 

「うん」

 

彼の書類捌きは時に私をも凌ぐほど正確で早い。

間違いなく我が陣営随一の文官だろう。

 

その彼が、自分を武官と定義している、ですって?

 

いえ、確かに文官として取り立てると言ったときに苦い顔をしていたけれど、まさか、そんな。

 

「武力も指揮能力も私より司馬朗様の方が上。実際に私は一度もあの方に勝ったことがない」

 

「なんですって!?」

 

「「!?」」

 

徐晃の武力は春蘭に匹敵し、指揮能力は今の私を凌ぐかもしれない。

それほどの武官が勝てたことがない、ですって?

 

徐晃に嘘を言っている感じはない。

本心から言っているのが分かる。

 

でも到底信じられない。

 

そもそも司馬家の被官である彼女が雇い主である司馬朗に対して本気を出せなかっただけという可能性も……。

 

「疑うなら試してみれば良い」

 

「……どうやって?」

 

「夏侯惇が練武のお願いをすればいい。書類仕事の片手間に相手をしてくれるはず」

 

「「はぁ?」」

 

簡単に実証できるのはいいのだけれど、本気で春蘭と戦わせるつもり? 

文官で、男である司馬朗を? 

それは、どうなの?

 

この後、私たちは自分たちがどれだけ狭い世界で生きてきたのかを知ることになる。

 

 

―――

 

 

「で、私を呼びだしたというわけか」

 

「うん。相手がいなくて困ってたから」

 

「なるほどな」

 

徐晃から「夏侯惇の相手をして欲しい」と言われたから何かと思えば、そんなことか。

 

百合関連の人生相談みたいなことをされると思ってビビッて損したわ。

 

「で、どうかしら? もちろん無理にとは言わないわよ?」

 

曹操が谷間を見せながらそう言ってくるが、正直勘弁してほしいという気持ちはある。

 

だって夏侯惇、俺を睨みながら素振りしてるし。

 

ミニスカチャイナドレスで素振りとか止めてくれ。

片乳が見えているぞ。

 

しかもそのぷるるんっぷりはノーブラだろう?

 

動くたびに息子が元気になっていくから止めてくれ。

 

貞操帯にも限界はあるんだぞ?

 

とは言え、この世界の超人がどれだけできるのかに興味がないわけではない。

 

徐晃はそこそこ強いが、あくまでそこそこだしな。

 

「夏侯惇はここの武官の筆頭。その力量を見ることは司馬家にとっても大事なことだと思いました」

 

「ふむ」

 

まるで作文のような言い方だが、徐晃の言っていることは間違っていない。

 

上から目線でアレだが、勝ち馬である曹操のところの筆頭武官がどれだけの強さを誇るのかを見定めることは我が司馬家にとっても有益なことだ。

 

「ふむ。練武に付き合うことが家の為になるというのであれば是非もないな」

 

あとはどれだけの力で応じるかだ。

 

素振りを見た感じでは、テレメール公のところにいた勘当者くらいの実力だと思うのだが、どうだろう?

 

いや、さすがにないな。

 

彼女に実力が足りなかったわけではないが、では彼女が大陸に覇を唱える勢力の筆頭になれるか? と問われれば、答えは否。

 

夏侯惇は力を隠していると見るべきだろう。

 

ふふふ。

練武とはいえ真剣勝負であれば相手は倒すべき敵。

敵を前にして欺瞞工作を仕掛けるのは当然のこと。

 

うむ。若くとも一端の武人。

すばらしい心意気である。

 

なればこそ、私も応えねばなるまいよ。

 

全力全開で迎え撃つ! 

 

「俺の武器を持ってこい!」

 

 

ーーー

 

「あ、これ駄目な奴」

 

「え?」

 

部下が武器を持って来るのを待つ司馬朗を見た徐晃が焦ったような声を上げた。

 

「このままだと夏侯惇が死んじゃう」

 

「は?」

 

え? なんて?

 

「死んだら困るよね?」

 

「も、もちろん困るけど」

 

必要なら死んでほしいと命じる覚悟はできているけど、それはこんなところではない。

 

というか、ここで死なれたら困るどころの話じゃないわ。

 

「わかった。……司馬朗様!」

 

「む?」

 

「絶対手加減してください。殺したら司馬防様に叱られますよ」

 

「……そうか」

 

「「はぁ?」」

 

春蘭相手に手加減、ですって?

しかも春蘭にも聞こえるように言ったら……。

 

「おい徐晃! どういうつもりだ!」

 

こうなるに決まってるのよねぇ。

徐晃はどうするつもりなのかしら。

 

「夏侯惇は全力で良い。殺すつもりで行って」

 

「「「はぁ?」」」

 

春蘭に全力を出させるくせに、司馬朗には手加減を要求する?

 

それはつまり……。

 

「徐晃。貴女は春蘭を、私の家臣を舐めているのかしら?」

 

徐晃じゃなかったら絶を抜いているわよ?

いえ、今でも抜きたいと思っているのだけれど。

 

「舐めているわけじゃない。今の夏侯惇と司馬朗様の間にはそれだけ差がある」

 

「信じられないわね。それでもしそれで司馬朗が怪我を負ったらどうするの?」

 

「ありえない。けど、万が一なにかあったら徐晃が責任を取る」

 

「……へぇ」

 

覚悟はしている、と。

 

春蘭と訓練している徐晃がここまで言うのであれば、これ以上の問答は不要ね。

 

「春蘭! 全力で当たりなさい!」

 

そして見せつけてやるのよ! 

曹操軍の筆頭武官の実力というものを!

 

「はっ!」

 

 




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