もう食運なんてコリゴリだあぁぁぁぁ!   作:おむれっつごー

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誤字脱字の指摘ありがとうございます。
今後ともよろしくお願いします。


トミーのち、アルファロ

 

 拝啓、前世のお父さんお母さん元気ですか?

 私は後コンマ一秒後に死にそうです。

 

 思えばこの世界に来て10年以上経ちますが、初めて来た日のことを昨日のことのように覚えています。

 元居た場所の私がどうなったかは知りませんが、先だった不肖の息子の親不孝をお許しください。

 

 でも、ここでの人生を終えたらそちらへ戻れるのか、気になるところです。

 もし、もう一度会えるならこっちで鍛えた料理の腕を存分に振るって少しでも親孝行するつもりです。

 

 今でも心の中で覚えているお母さんのカレーは私にとっても最高の

 

 

「おっきゃあああああぁぁぁ!!」

 

 心と生存本能が追い付いた瞬間、走馬灯のように前世の両親に唱えていた辞世の句を止め、あらん限りの叫びと共に上半身を後ろに倒してトミーロッドの一撃を避けた。

 風切り音と共に前髪を掠めた一撃はいかなる猛獣さえも容易く断ち切ることができると理解させられる。

 

「「おんぎゃああぁぁぁ!!」」

 

 正気を取り戻したライズはゾンゲの下へのたうち回りながら避難し、事態をようやく把握したゾンゲと抱き合って氷の床を転がりながらトミーロッドから離れる。

 生存本能からか、自然とトリコの傍へたどり着いた。

 

「お前らいつからここに、っていうかどこから来たんだ!?」

「おおおおおおおっかねえ! おっかねえよあいつはよぉ!」

「何だよあんなの出るなんて聞いてねえよ! 変質者だろあれ絶対!」

「いや、まず落ち着けお前ら! つかよく避けたな今の! 見えなかったぞオレ!?」

 

 虫を相手にしながらライズたちに呼びかけるもすっかりパニックに陥った二人に突っ込みを入れる。

 とりあえず元気であることに変わりない、先の一撃には肝を冷やされたが、自分だったなら直撃は免れなかった一撃を避けたのは流石の一言だった。

 

 攻めようによっては互いに協力すれば美食會副料理長とも渡り合えるのではないか、トリコはそう希望を持った。

 

 一方で、先の一撃を避けられたトミーロッドは自分の手をじっと見つめていた。

 

(いくら全力ではないとはいえ、ボクの最高速度の一撃を、完全に虚を突いた状態から確実によけやがった)

 

 回避、防御能力や調理技術に至る全てを含めて調べられるだけ調べた情報を頭に叩き込んできた。

 細胞のレベルアップを含めて、決して避けられないような一撃だったはずだ。

 一部を除き、今の人間界に存在する実力者では避けられない程度に速度を上げて気絶させるつもりだった。

 

 しかし、誤算があるとすれば一つだけ。

 ライズの成長率を大きく見誤ったのだ。

 

(こいつ、細胞の成長率が異常に高い……)

 

 スタージュンとグリンパーチから生き延びた実力が想像以上に大きくなっている。

 トミーロッドは未だにビビり散らしているライズに目を向ける。

 

(瞬発能力はボク以上、であれば防御力も回避もボクを含めて一番高いと考えた方がいい……だとすれば……)

 

 トリコを相手にしていた時のように舐めたナリを潜ませ、虫のように余計な感情を排して最適解を導き出した。

 トミーロッドは口から昆虫の群れを出した。

 

「うわ! なんか口から出した気持ち悪っ!」

「おいちょっと待て……あれ全部毒虫じゃねーか!!」

 

 ゾンゲとライズは自分たちに向かってくる昆虫の群れに恐れおののくも、彼らは次の準備をしていた。

 実力は下位でも、長年の経験から自分たちのすべき行動はよくわかっているのだ。

 

「おい、とりあえずいつもの殺虫剤撒け。濃度たっぷりの強烈な奴」

「今やってんだよおおぉぉ!」

 

 ゾンゲは半涙目で叫びながら体から大量の体臭を放出させた。

 

 ゾンゲを中心に吹き荒れた突風に昆虫の群れが触れた瞬間、大量の虫がボトボトと地面に力尽きて落ちていく。

 その様子にトミーロッドはもちろん、周りの面々からも驚愕の声が上がった。

 

 遅れてトミーロッドがゾンゲから発せられた体臭の突風に触れた瞬間、強烈な不快感が脳内に電流として流れた。

 

「ぐっ!? ()っせ、んだこれ!?」

 

 反射的に鼻を押さえてゾンゲたちから離れる。

 とてもじゃないが、ゾンゲたちに近づきたくないと思ったが故の後退だった。

 

 トミーロッドが大きく退いた一方で他の面子は不思議な感覚を覚えていた。

 

 

 

 気付けば、緑豊かな森の中にいた。

 

 美食會とマッチ達が互いに戦っていた最中、氷の大陸とは程遠い雄大な森の中にいる幻想が一瞬だけ見えた。

 敵も味方も関係なく、一瞬だけ心地よいと思ってしまうほどに強い森の香りに誰もが戦いの手を止めていた。

 

「何だ、今のは……」

 

 誰かが放った言葉はこの場の全員の心情を何よりも的確に示していた。

 目の前に敵がいる中で昂っていた闘争心が消えた、いや、もっと強い何かにかき消された。

 

 敵も味方も急に襲われた脱力感に混乱する中、その事態を正しく理解していたのはこの場において四人だけだった。

 

「なんだ、虫の動きが……それに、この匂いはまさか……」

 

 その一人のトリコは自分たちに襲い掛かってきていた虫の動きが鈍り、それどころか地面に力なくボトボトと落ちていく姿に疑問を抱いた。

 そして、驚異的な嗅覚がその答えを導き出していた。

 

「なるほど、たしかにこれじゃあ虫どもも手出しできないね。そのゴリラの体から出てるのはアロマエッセンシャルオイル……フィトンチッドか」

「あら、分かっちゃうか」

「まね、虫の嫌がるものはボクにとっても脅威だからさ……いや、大したものだよ」

 

 急に冷静になったトミーロッドに不気味さを覚える。

 表面的には笑っているが、確かに感じているのだ。

 

 火山の下で確かに昂りつつあるマグマのような沸々としたプレッシャーを。

 

「でも不思議だねぇ、なんで即席でフィトンチッドなんて出すことができたの?」

「即席も何も、狩りで虫除けとストレス発散を兼ねて普段からアロマエッセンシャルオイルをいつでも出せるようにしてもらってんだよ」

「そうだそうだ! 文句あるかこのやろっ!?」

 

 調子に乗り始めたゾンゲのわき腹に肘をぶつけて黙らせる。

 頼むからあまり刺激しないでくれ頼むから。

 もう手遅れかもしれないけど。

 

 それと、なんでアロマエッセンシャルオイルを仕込んでいたかというと、今日みたいな日が来ると思ってたからである。

 ちなみにだけど、俺も任意で出せるようになってます。

 

「そっか~、噂通り用意周到だねライズ……賢い奴はボクは好きだから、サービスしちゃうから受け取ってね

 

 

 

 

 ボクを怒らせてくれた礼をさ

「「ひぇっ」」

 

 胡散臭いにやけ面から静かな怒りを秘めた血管バッキバキの怒り顔に一瞬で変わったのを見てゾンゲと思わず抱き合った。

 ですよねー、原作でも一番嫌いな匂いって言ってたからそりゃ怒るか。

 

 こ、これはアカン。

 マジで完全体にでもなりそうな気迫を感じる。

 だって背後にグルメ細胞の悪魔が見えるもの。

 

「臭いの元はそのゴリラ野郎か……ライズにも多少の匂いはあるものの、濃度が段違い……なら、先にその汚らしい雑魚から片付けてやるよぉ!!」

「っ! スプーンシールド!」

 

 羽を広げてから一瞬、反射的にゾンゲの前をスプーンでガードしたことが功を奏した。

 強靭なスプーンと急接近したトミーロッドの爪が衝突し、スプーンにひびが入った。

 1秒の拮抗も空しく、スプーンは粉々に破壊され、ゾンゲに必殺の一撃が迫る。

 

「ほげえええぇぇぇ!?」

 

 トミーロッドの一撃をまともに目視できないゾンゲだが、突然の出来事に足がもつれて派手に転んだ。

 そのおかげでゾンゲの顔面があった位置をトミーの爪が通り過ぎ、回避に成功。

 

 トミーも避けられると思わなかったゆえに目を見開いて驚愕するも、すぐに体勢を立て直す。

 勢いでゾンゲたちを通りすぎるも、すぐに羽ばたいて戻ってくる。

 

「うおおおぉぉこっち来た!」

「何でもいいから逃げろー!」

 

 やばい、息つく暇がない。

 完全に手数で押し切って俺たちに何もさせない気でいる。

 

 理想はトリコに助けてもらうことだけど、残念ながらトミーにしてやられた。

 

 トリコは再び大量の虫に襲われて身動きができないでいる。

 トリコから離れた場所でゲロゾウムシが悪臭のゲロを吐いてフィトンチッドの効果が半減している。

 鼻が利くトリコにとって悪臭漂う劣悪な環境の中での攻防は地獄に等しい。

 恐らく、援護もしばらくは望めない。

 

 マッチ達は原作と同じく苦戦しているため、どうしようもない。

 

 というか、こうして二人そろって逃げられている状況もひとえにトミーが本調子でないからだ。

 ゾンゲのエッセンシャルオイルがなければ最初の一撃で恐らく終わっている。

 

 この人本気すぎて怖いんだけど。

 

 この様子だと一撃食らうのも割と不味い気がするため、今回はもう本気で逃げるスタンスで行こうと思う。

 これを美食會にやるのは初めてである。

 

 攻撃と防御を捨て去った代わりに手に入れた究極の逃げのスタイル。

 

 名付けて、『令和の半天狗』!!

 

 

 

 

 トミーロッドは憤慨した。

 今まで逃げていたライズが急に原始人の背中におぶさって逃げ続けている。

 

 一瞬のことだったから見間違いかと思って目をこすったが、見間違いではなく抱っこにおんぶ状態で逃げている。

 原始人は何か文句を言ってたようだが、ライズに言いくるめられたのかすぐに黙ってしまった。

 

「ふ、誰もこんな絶体絶命の状況でおんぶにだっこをするなど思っていまい」

「だからって、なんでオレ様が抱える側なんだよ!」

「いつものことだろ、ほら、後ろ見てみろよ。みんな虚を突かれて驚いてるぜ。この隙に超圧縮毒霧をお見舞いしてやるぜ!」

「いや、だからオレ様しか頑張ってねえって!」

「じゃあ応援してやるよ。ガンバレ♡ガンバレ♡」

「耳元で気色悪い声出すんじゃねーぞコラァ!」

 

 追いつめているのはこっちのはずなのに、ああも危機感を感じられない様子に自分が舐められてると思ったのか、こめかみに血管が浮かんだ。

 

「この期に及んでふざけた奴らだ……わかったよ、そこまでコケにするってんならお望み通り殺してやるよ」

「うわ! なにあいつ顔怖っ!」

「あれ、なんか思ってた反応と違うんだけど……もう少しこっちを見下してふざける感じを想定してたんだけど、意外と不味いかこれ?」

 

 トミーロッドという男は基本的にふざけた言動を繰り返す下種という印象が強いライズにとってトミーの反応は予想外だった。

 いや、怒らせるという点では想定していたのだが、それはもう少し後のことだと思っていたため、予定が少し早まった程度ではあるのだが。

 

 ライズの原作知識だけでは把握しきれない、昆虫のように、自分の全うすべき任務については100%こなすことを是としている真面目な一面を測り損ねていた。

 原作で見たのはひとえに、トリコという格下相手に本気を出すまでもないという余裕の表れだったということに至れていなかったのだ。

 

 仮に相手がゾンゲだけであれば面白おかしく虫で甚振っていただろうが、美食會の中で優先順位高めのライズがいることでトミーも冷酷に追い詰める心算であった。

 

「どっちにしろ今は逃げて逃げて逃げまくれ。でなきゃ負けるぞ」

「いや、お前も頑張れよ!」

 

 文句を言いながらも必死にライズを負ぶって逃げる。

 タイミングを見てトリコに虫をけしかけながらも、ライズたちは自らの手で仕留めようと執拗に攻めてくる。

 

 だが、ゾンゲも涙目になりながら背後から迫ってくる死の気配を必死にかわしていると、あまりの恐怖に尻からブッ、プス、と屁が漏れる音がする。

 普段ならくさいそれも、ゾンゲのグルメ細胞の危機回避能力が全力で働き、今ではアロマエッセンシャルオイルの香りがする。

 この場においてアロマ原始人が誕生した。

 

 それがトミーの感情を荒くさせる要因になる。

 

(くせ)えんだよ雑魚が! いい加減死ねよてめええぇぇぇ!」

「おんぎゃあああぁぁぁぁぁ!」

 

 いよいよもって顔がやばいことになってきたトミーにゾンゲは泣いた。

 背中の相棒は尚も走らせようと足でバンバン叩いてくる。

 後で殴る。

 

 そんな恨み言も言えぬ間に口から高温の卵を吐き出してゾンゲを爆撃してくる。

 

 端から見てもライズたちが追い詰められている様子にトリコは虫を追い払いながら焦燥に駆られていた。

 

「くそっ! 早くなんとかしねえと!」

 

 その焦りはトリコだけでなく、マッチや滝丸たちに伝わっていた。

 

「このままじゃあ……!」

「くそっ! らちが明かねえ!」

 

 ボギーとバリーと対峙し、防戦一方に追い込まれてとてもじゃないが援護に向かえない。

 格上相手にライズの身を案じる余裕もないはずだが、そうも言ってられないほどにトミーの戦況が絶望的に見えているのだ。

 

「人の心配している場合かよ」

「生ごみは生ごみに還してやんねえとなぁ」

 

 対するボギーとバリーはそれぞれ対峙している相手を嘲笑う一方で、内心では一つの疑念が小さく渦巻いていた。

 

(トミー様の様子が明らかにおかしい……今日に限って沸点が低すぎる……)

 

 確かに美食會からしたら格下の分際でふざけているとしか思えない振る舞いも怒りを買うには十分すぎる。

 メンバーによっては激昂して例の料理人を確保する任務も忘れて殺しにかかることが容易に想像できる。

 

 しかし、こういう時のトミーは鼻で笑うか、呆れて問答無用に仕留めるはずだ。

 間違ってもあんなに感情をむき出しにしたりしない。

 

 それが今では冷静さを失い、我武者羅に攻撃しているようにしか見えない。

 

 気のせいだろうか、鬼気迫るトミーの方が追い詰められているように思える。

 首を振って、そんな思い違いは気のせいだと気を取り直して相対する格下の敵を打倒すべく地面を蹴った。

 

 

 部下が心の隅で漠然とした不安を向けていることも知らずにトミーは苛烈に攻めた。

 最早、ライズの確保を忘れて殺しにかかるような勢いで猛攻を仕掛けていく。

 

「ねえ!? 逃げてばっかいないでやり返して来たら!? このまま何もできずに死んでいくのもイヤだよねぇ!?」

 

 血走った目とすっかりむき出しになった牙をちらつかせてゾンゲたちを追いかけてくる。

 逃げる弱者をいたぶりながらトミーは攻撃の手を緩めない。

 

 手を抜くことはしない、逃げる相手ならトコトン追い詰めて体力を削る。

 放っておけば援護に来るであろうトリコ用に強力な虫を合間に生み出していく。

 少しでも目を離せば別の場所へ逃げかねないため、トリコの様子も確認せずに全て虫に任せる。

 

 弱いくせに自分の手を煩わせるライズへの苛立ちが際限なく上がっていく。

 

 頭が沸騰しそうな苛立ちを抱え、感情のままに猛攻を加え続けていたところでゾンゲの足が止まった。

 

「ヒャアアアアアァァァァァァ!!」

 

 愉悦の混じった笑い声と共に足を止めた獲物との距離を一瞬で0にし、爪を振るった。

 

 当たる、スローになった世界の中でトミーは確信した。

 さっきまで最速の一撃はゾンゲに避けられ、ライズには防御され続けた。

 たった数分での猛攻なのに、それ以上の時間が経ったかのような感覚と疲労感があった。

 

 思えば、まだ本気でないにしてもそれなりの実力を以て攻撃してきたのに、それを生き延びたのだ。

 

 野生の世界で必要な生き延びる力。

 この二人が今まで無事だったのはその力によるところが大きい。

 

(ボク自身、こいつらの実力を見誤っていたということか。大した奴らだよまったく……)

 

 ようやく終えた長い鬼ごっこが終わったが故の満足感か、苦労してようやく獲物が取れた時に味わうような達成感からか、トミーは二人を心の中で称賛し。

 

 

 

 自分の異常さをようやく理解した。

 

(おかしい、ボクはなんでこんなに怒りを覚えていた?)

 

 余計な力が抜けて冷静になったからこそ自覚した不自然な怒り。

 いつもの自分であればここまで心をかき乱されることはなかった。

 

 だけど、現に自分はさっきまで不自然なほどに怒り狂って無駄に体力を浪費した。

 

 しかも、命令を感情的に忘れて殺そうとまでしてしまった。

 

 

 まるで、目に見えない何かに誘導されたように自分の感情がコントロールできていなかった。

 

 そこまで考えが至ったところでゾクっと、トミーの体温が下がった錯覚を覚えた。

 

(攻撃を中断、ここから離れ……っ!!)

 

 小さな異変から得体のしれない悪寒を感じ、回避を判断したことはトミーロッドの本能が下したこの場における最適解だったと言える。

 理屈ではない、強者として持った本能とこれまでの経験則がトミーロッドという猛者に回避を判断させた。

 

 事実、トミーの判断は正しかった。

 (ライズ)が何の策もなしに敵の前に現れるなど彼を知るものからすれば絶対にありえない行動だった。

 

 ただ、そんなトミーが唯一にして最大の失敗をしたとすれば。

 

 

 

「10連釘パンチ!!」

 

 気づくのが遅すぎたことである。

 

 「ぶええええぇぇぇぇ!?」

 

 死角からの、意識外から横っ面にたたきつけられた10発の連撃にトミーの顔面がバウンドするように跳ね上がり、その度に衝撃が脳にダメージを与える。

 衝撃に身を振り回され、最後の一発で氷山の壁に叩きつけられて血反吐を吐いた。

 

「うげ、げふ……っ!」

「ようやく、一発ぶち込んだぜ。いや。正確には10発か」

「トリコてめえ、虫の相手をさせていたはず……なっ!?」

 

 おおよそ来るはずのない予想外の刺客にトミーは立ち上がろうとしたとき、足が震えてその場で尻もちをついてしまった。

 体の異変を感じ、必死で立ってみるものの、その足取りは覚束ないものだった。

 

「どういうことだ!? 体に力が入らない……っ!」

「体力切れさ。今のお前はほとんどの体力を使いつくし、立ってるのもやっとのはずだ」

 

 ライズの近くに陣取ったトリコが告げた真実にトミーが吠えた。

 

「ボクは十分に余力を残してんだよ! お前ら雑魚相手に全力出す訳ねえだろ!」

「……上見てみな」

「上……んだありゃあ!?」

 

 トリコに倣って空を見上げると、そこには満天の星空……ではなく巨大な何かに大きく覆われてできた無機質な天井だった。

 ウォールペンギンによってできた穴をすっぽり覆っているような感じだ。

 

「ライズが作った落し蓋……あれでこの空間はお前の嫌いなフィトンチッドを逃がすことなく充満させてんのさ」

「!?」

「お前に気付かれないように少しずつ、少しずつ蓋も匂いも増やしていったのさ。鼻の利くオレでなきゃ最後まで気付かなかったのかもしれねえほど、ゆっくりとな」

 

 そこまで言われたとき、まさかと思って周りを見渡すとトミーの嫌な予感が的中したことを確認した。

 トミーの視線には平均捕獲レベル60以上の、トリコに放っていた虫たちが力なく転がっている姿だった。

 

「そうか……ボクのこの異常な疲労の原因は、ストレスか!?」

「屈強な昆虫すらも数秒も経たないうちに無力化させられるほどの強烈な濃度のフィトンチッドの空間はオレたちにとっては少し息苦しい程度だが、お前にとっては悪臭に満ちた悪環境だろうよ。鼻は慣れても心身ともに消耗され続けていたはずだ」

「この世のどんな生物もストレスを感じるし、ノーダメージなんてあり得ねえんだよ」

 

 トリコと交代する形でうっすらと汗をかき、息を整えたライズが種明かしを続ける。

 

 その根拠は原作のネオにあてはめたものである。

 ネオは宇宙規模で全てを食らいつくす程の食欲と腹を持っていた。

 しかし、その最後は嫌いな味を無理矢理食わされ続けたことにより、ネオの限界を迎え、全てを吐き出してしまった。

 

 宇宙すら食い尽くす食欲や腹があの程度で、タイミングよく限界を迎えるなどあり得たのだろうか。

 食運という可能性もあるが、それとは他の可能性をあげるとしたら、それこそストレスだった。

 

 ストレスを積み上げれば胃潰瘍になったり、病気にかかりやすくなったり、パフォーマンスを低下させるように。

 

 小さいながらも積み上げることで確実に何らかのダメージを与えるストレスこそ強者に対抗しうる武器と考えたわけだ。

 

 後は小細工マシマシで策を講じてはめ落とすわけだ。

 ちなみにちょっとしたネタ晴らしだが、トミーの不自然な怒りだが、あれは俺の技である戦闘味付・挑発(バトルテイスト・ヘイト)という文字通り相手からのヘイトを集める料理を自分で食っていたのだ。

 相手によって自分に向けてくる反応はそれぞれなので、本当は煽って怒らせようとしたのだが、トミーの方が先にキレてくれたので手間が省けてよかった。

 

 昔からお世話になっている技であるため、効果は見ての通りである。

 ただし、格上相手に使うとマジで怖いという欠点もあったりする。

 

「じゃあ何かい? ボクはお前らに嵌められたって言いてえのか?」

「人を見下してるから足元すくわれんだよ。お前はこいつらを舐めすぎだ」

 

 トリコの言葉にトミーは俯き、ブツブツと血反吐を垂らしながら呟いている。

 もしかしなくても、空気が歪むほどのプレッシャーがトミーから湧いてくる。

 やべ、迎撃準備は既に整っているが、流石に怖い。

 

 悲しくも、その予感が的中することとなった。

 

「だったら、そいつらをぶっ潰す!」

 

 羽を広げて俺たちの下へ向かってくるが、そう来ることも想定していたため、俺は素早く反応できた。

 

 グルメスパイザーを具現化させ、トミーの上半身を掴む。

 掴まれたトミーが藻掻いて破壊しようとするも、破壊どころか傷を付けることもままならない。

 どうやら、相当にカロリーを消費してくれてたらしい。

 

「おぐ、こんな、もの……」

「ついでに駄目押しだ……高濃度・高圧縮フィトンチッド砲、発射!」

 

 トミーを掴んでいた手のひらから穴が開いた次の瞬間、内部でゾンゲ印のフィトンチッドを大量に含んだ高圧縮空気を放つ。

 その瞬間、トミーの視界がグニャアァァ、と歪み、意識すらも闇に呑まれつつあった。

 

「ちくしょう……こんな、こんな奴らに……」

 

 トミーはここに来て自分の迂闊さを呪った。

 ターゲットは戦う力はないと油断すらしていたのかもしれない。

 

 対して、自分はどれだけみじめか思い知らされることとなった。

 こんなことになるなら本気を出して挑むべきだった、とっておきの虫で全員を葬るべきだった。

 

 トリコのように力だけの手合いなら虫という悪辣な攻め手でどうとでもなった。

 しかし、その悪辣さで自分は完全に負けてしまった。

 

 かつてない敗北感と共にその意識が完全に閉じる、直前……この場に闖入者が現れた。

 

 

 

「そのザマは何です? トミー」

 

 この場にいる全員が腹の底から悪寒を感じ取った。

 丁寧であり、広い空間の中では相当に小さな声だったであろう。

 そんな蚊の鳴くような一言からトリコたちは脳裏に一文字の言葉が浮かんだ。

 

 

 

 

 「ご、が……」

 

 トリコの耳にくぐもったうめき声が響き、その方向に視線を向けた彼は絶望した。

 そこにはわき腹に飛来したであろう皿が突き刺さっていた。

 

 「「ライズっ!!」」

 

 皿が食い込んだ腹部と突き抜けた衝撃により内臓を痛めたのか口から夥しい量の血飛沫を吐き出し、氷山の一角へ突っ込んだ。

 

 それにより、グルメスパイザーは消えてトミーも解放されてしまった。

 

 「私の皿手裏剣を食らって体が千切れず、致命傷も避けるとは……その頑丈さと生命力は流石ですね」

 

 この場の誰でもない、静かな声色がアイスヘルに響く。

 声の主に視線を向けると、八本腕の男がそこにいた。

 

 美食會ギャルソン アルファロ

 

 ライズを吹っ飛ばした皿の一枚が男の手に返る。

 

「手ひどくやられたようですね。格下相手に遊びが過ぎるのはあなたの悪い癖ですよ」

「はぁ……アル……ファロぉ……」

 

 息絶え絶えのトミーを一瞥した男は空を塞ぐ落し蓋を一瞥すると、再び皿を構え……上空へ投げた。

 

「皿旋風」

 

 八枚の皿を螺旋を描くように投げると、弧を描く皿が竜巻を起こし、フィトンチッドで満たされていた空気を巻き込みながら落し蓋を粉々に破壊した。

 

「換気は済ませましたが、辛いなら手でも貸しましょうか?」

「ご心配なく……ようやく気分がよくなったところだよ。もう油断することなく潰してやるよ」

 

 フィトンチッドが消えた今、トミーは落ち着きを戻しつつ、戦意をさらに高めていた。

 二人とも隙だらけに見えるが、トリコは全身からあふれ出る悪寒から体を震わせていた。

 

(こいつ、確実にこの場の誰よりも強い!)

 

 その男の挙動、圧力、そして全身からあふれる濃い血の匂いからトリコはその男の実力を把握し、戦慄した。

 どう攻めても勝てるイメージが湧かず、今にも逃げ出したい最悪な気分だった。

 

 (ライズが一撃でやられた……っ!! あの攻撃がもしオレだったら……っ!)

 

 この中で最も頑丈なライズを一撃で吹っ飛ばした攻撃が男の異常性をよく表していた。

 本来ならここで撤退するのが理想的だが、目の前の二人がそうさせてくれるとは思えない。

 トリコは腹の底から湧き上がる恐怖を抑え、戦意を高め、覚悟を決める。

 

 だが、命を懸けたトリコの決心をくみ取るほど美食會は甘くない。

 八本腕の男はライズの吹っ飛んだ氷山の壁の穴へ体を向ける。

 

「あの料理人の相手は私がしますよ。うちの者は嵌め手を使ってくる相手が苦手なようですしね」

「ふん」

 

 面白くなさそうにトミーがそっぽを向いた瞬間、男の姿が消えた。

 

「あなたはトリコたちを始末なさい」

「言われなくてもそのつもりだよ」

 

 男の一挙一動に全意識を集中させて見ていたはずだった。

 しかし、男は超スピードでトリコの警戒網を易々とすり抜けた。

 

 一番厄介な男がライズを狙っている、そんなことさせまいと男の下へ走ろうとした時だった。

 トミーが全身の拘束具を脱ぎ捨て、本来の力を解放させたのだ。

 

「さあトリコ、お前の望み通り、ここからはボクが直々に遊んでやるよ」

 

 拘束具で封印させられていた筋肉が躍動し、屈強な体つきへと変わる。

 一回りも二回りも大きくなった体から発せられるプレッシャーがトリコに語り掛けてくる。

 まだ虫で死ねたなら幸運だったな、と。

 

 無言のメッセージを受け取ったトリコの答えは決まっていた。

 

「上等だ! こっから野生の戦いだコラァ!」

 

 たぎる戦意のままに、トリコは本気のトミーへ釘パンチを繰り出した。

 

 

 

 

 氷山の奥深く

 どんな猛獣も近寄ってこないほど奥深くでライズは倒れていた。

 

 何層もの氷壁を突き破り、止まった場所から一歩も動いていない。

 

 わき腹が裂かれ、口から血を出す重症でありながら気絶で済んでいる生命力を褒めるべきか。

 人間界屈指の防御を誇るライズを一撃でダウンさせたアルファロの実力に驚愕すべきかは人によって意見が分かれるところだ。

 

 だが、忘れてはいけない。

 

 彼は食運に選ばれ、人並みならざる道を歩むことを宿命づけられたもの。

 

 うっすらと光る淡いオーロラが彼の上で光る。

 数多の美食屋たちが求めた光景が彼一人のために姿を現した。

 

 もし、神が実際にいたのならこう言っただろう。

 

 ここで死ぬ運命(さだめ)ではない、と。

 

 オーロラの中から零れ落ちた一滴の雫がライズの口の中へ吸い込まれていった。




今回のダイジェスト

ゾンゲ「とにかく逃げて逃げて逃げるんだよぉー!」トミーの猛攻を無傷で済ませたやべー奴

トミー「くせぇー! ゲロ以下の匂いがプンプンするぜぇー!」

トリコ「原作より虫を早く攻略できて100万パワー+トミーが弱ったことで通用する100万パワーで200万パワーの釘パンチだー!」

アルファロ「こんにちはいい天気だね死ね」初手攻撃

ライズ「ぐぼら!」血反吐プシャア

トミー「これがオレのフルパワーだ!」復活&最終形態突入

センチュリースープ「第二ラウンド、ファイッ!」

ライズ「わぁ……あ……」もう帰りたい←今ここ


次回、アイスヘル戦は最後です。
アルファロはデータとか少ないので、サクッと終わらせる予定です。
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