「あたしゃの目は誤魔化されんじょ? はよ起きんか」
さっきまで死にかけた愛弟子に対して頭に一撃拳を叩き込んできた人でなしこと節ばあに無理矢理起こされた。
この師匠は時の流れに優しさも流されたのではないか。
ていうか、普通に頭が痛い。
わき腹に強い衝撃を受けてから一時的に意識が無かったものの、顔面に強い衝撃を受けて背中から叩きつけられた時に意識を取り戻した。
意識を取り戻した瞬間、目の前にアルファロがいたから普通にビビった。
何やらダメージを負ったらしいが、ここで起きたのがばれると面倒になると思って狸寝入り決め込んで、最悪の場合は隙を見て逃げようと画策していた。
まあ、ここで節ばあが来るのは知ってたんだけどね!
「ちょっと、頭はマジ止めて……ガンガンして眩暈がする」
「それくらいで音を上げる鍛え方はしとらんわ。ほれ、重傷者もたくさんおるからはよせい」
「人の心ないんか?」
うーんこの塩対応。
こんな人でなしのスタッフをさせられてるののちゃんもいずれこうなってしまうのか……
いや、それだけは絶対に阻止しなければならない。
物静かで優しい後輩のことは、先輩の俺が守ってやらなくちゃあな!
「で、今ってどんな状況? なんかここ、崩壊してるんだけど……」
「トリコとライズの戦いとヘルボロスたちが一斉に戦った余波で崩れかかっておる。トリコたちはもう脱出したが、スープは美食會に奪われたじょ」
「そういうこと早く言ってくんない!?」
「今言ったじゃろ? 皆重症じゃが死人は出ておらん。ライズや、お前たちが入ってきた秘密の通路の先で皆が待っておるじょ」
原作である程度は予想できたけど、ここは原作通りっぽいな。
だからこそ、何も知らないふりでもしなければ不自然であるためあからさまな反応を示しておく。
そんな風に思いながらも、俺たちがこの氷山に入ってきた秘密の通路を進んでいく。
ほどなくして通路の出口を出ると、そこには憧れのリムジンクラゲがそこにいた。
「うおー、でっかくなったなお前! 久しぶり!」
へいへーい、と手をかざすと小さいときに世話してるときに覚えさせたハイタッチをしてきた。
可愛いなコイツ。
にしても、本当によく育ったな。
原作では書かれてなかったが、こいつは節ばあがグルメ界から持ってきた卵から孵化し、それの世話を一時的ではあるが俺やゾンゲがやってた。
その時に意思疎通もしてたから割と俺とゾンゲに懐いている。
そんなノリのいいクラゲではあるが、滅茶苦茶強い。
伊達にグルメ界で生息してる猛獣じゃないのは確かだった。
どんなふうに戦うのかは想像に任せるが、現段階では間違いなく勝てない。
強くて性格も比較的穏やかで良質なキャンピングモンスターとくれば、いつになるか分からないけど俺も欲しいと思ってる。
今のところ、将来の目標にリムジンクラゲのゲットも含まれてる。
そんなことを思いながら伸びてきた触手を階段代わりにして乗り込むと、そこには見知った顔が勢ぞろいしていた。
「お前、無事だったかライズ!」
「心配しましたよ!」
「うおおおおおおお! オレ様は信じてたぞー!」
「いやー死ぬかと思った……三人も無事で何よりで」
トリコと小松、ゾンゲがオレの姿を見るなり駆け寄ってくる。
原作で分かっていても、ここでトリコが死ぬ可能性もあったので三人の姿を見てほっとした。
ただ、トリコの左腕が原作通り欠損しているのを見ると、やっぱり避けられなかったと思ってしまう。
「トリコがかなり重症っぽいな。大丈夫かこれ?」
「美食會の副料理長の全力と向かい合ってこの程度で済んだのは奇跡だった……ゾンゲとお前で前半体力を削ってくれなかったら力を解放された時点で間違いなく負けていた」
「全力?」
なんか引っかかる言い方だ。
原作ではトミーが力を抑えていた時に腕を失い、最後の最後で力を解放してトリコの新技ができたはずだけど……
「それが聞いてくれよ! あの虫野郎、急にムキムキになって俺とトリコに襲い掛かってきやがって死ぬかと思ったぜ! なんか、あのハゲみてえに図体もでかくなってよぉ!」
「……マジか?」
ゾンゲから聞かされた顛末に一瞬、思考が止まった。
そこから話を聞いてみると、割ととんでもない話だった。
俺と別れた後、トミーはすぐに力を解放してトリコとゾンゲを殺そうと向かってきたところをトリコは正面から迎え撃ち、ゾンゲはフィトンチッドを撒き散らしながら逃げていた。
前半で俺とゾンゲが体力を削り、力を解放した後もフィトンチッドによってトミーにストレスを与え続けたことで疲労を蓄積させたことでトリコも何とか食らいつけていたらしい。
ただ、無傷とは言えず、腕を失いながらも新技のレッグナイフとレッグフォークでトミーに手傷を負わせたとのことだった。
トリコ、原作より強くなってない?
あのトミーとやり合ってる時点で原作と乖離し始めてる気がするが、トリコが強くなってくれるなら問題なし!
俺の生き残る確率が高くなるからだ。
「なるほど、その後に鉄平が来て助けられたって訳か……」
「嫌な予感したからスープを探しに行ってて良かったぜ。小松くんも助けられたし、ノッキングされてたヘルボロスけしかけてなかったらトミーロッドの、パラサイトエンペラーって混合種に全員やられてたんだぜ?」
胡坐をかいてる鉄平の言葉に思う所がありつつも、結果的には最良の結果になったことに納得せざる得ない。
そもそも、トリコと合流する前に鉄平はノッキングされ凍ったヘルボロスを目の当たりにしてから何か思うことがあったのかその場にとどまった。
多分、そこからスープのことを探ったりと色々やってくれてたんだろうけど、トリコと協力してればノッキングでトミーを捕まえることもできたんじゃないかとも思ってしまう。
今更考えても仕方ないので忘れよう。
そう思っていると、足を引きずりながらマッチも間に入ってきた。
「オレとしてはライズ、お前のことが一番気がかりだったけどな」
「マッチ!」
お互いに生き残ったことを喜び合う一方で、ドクターアロエで寝かされているラム、シン、ルイの姿に気分が少し沈む。
長年慕ってくれた弟みたいな存在がこうも重症だと少しやりきれなくなる。
「ラムたちは死んでもおかしくない重症だな」
「オレがもっと強けりゃこんなことにはなってなかったけどな……オレには勿体ねえ奴らだよ」
「……死ぬよりはいいさ。今はとにかく、生きていることを喜ぼう」
「あぁ、そうだな」
これも原作通りだけど、舎弟三人の怪我があまりにも重すぎる。
目を潰されたり腕を虫に切断されたりと散々すぎる。
これは将来の再生医療に期待しよう。
そんなことを思っていると、節ばあが上のフロアから降りてきた。
「積もる話もあると思うが、みんなお腹がすいとるじゃろ? 食事にしようかえ?」
「賛成ー!」
「がははははは! オレ様はいつでも腹ペコだあ!」
節ばあの一言にトリコとゾンゲの食い意地の張った二人が真っ先にいい匂いのする上のフロアへと登って行った。
気絶しているシンたち以外の俺たちはさっきまで死ぬかもしれなかった戦いを終えたばっかりとは思えないほど元気な二人の姿に苦笑するも、二人についていく形で上に登る。
すると、そこにはテーブルの上に積まれるようにごちそうが鎮座しており、トリコたちは既に食べていた。
ローストビーフや温かいスープ、おにぎりに串焼きなど多種様々な料理に俺たちの腹も鳴る。
極寒の地で強敵と戦い、全員で生き残った。
ここに至るまで多くの美食屋が散っていった、目当てのスープも奪われた。
今日この時間に至るまで多くの困難に見舞われ、死ぬ目にもあった。
今にも疲労困憊で横になれば泥のように寝るかもしれない。
それでも、今日を生き残った体はこれからも生きるために食事を求める。
空腹のままに食事をし、テーブルを囲む俺たちは今回の旅のことについて話し合った。
辛く、険しい旅だったけれど、俺たちは笑顔を絶やすことなく美味しい料理に舌鼓を打つ。
これからの未来を生きるために、俺たちは飯を食う。
一通り腹が満たされたところで、小松がポッと思いついたように疑問を呈した。
「ボク気になってたんですが、ライズさんたちが見つけたアイスヘルへの脇道ってなんで今まで見つからなかったんでしょうね。アイスヘルを一周すれば見つかりそうな気もしますけど」
「実はオレも気になってた。センチュリースープの素となった食材を運んでいた経路ならスープの湧き出るところと繋がっているはずなのに匂いを感じなかった。まるで、意図的に匂いを遮断されたような感覚だ」
トリコも小松と同じような疑問を抱いていたらしく、マッチ達も首を傾げたが、ライズが口を開く。
「師匠からの受け売りだけど、そういうグルメ界の環境があるんだとか」
「環境?」
「過酷なグルメ界の環境の中で稀に環境の影響を受けることもなければ猛獣たちも無意識的に避けて通る空間が唐突にできるらしい」
「グルメ界にそんなのがあるのか!?」
「基本はグルメ界の厳しい環境に押しつぶされて消えるらしいが、人間界の環境ならセーフティゾーンも潰されることもなくそのまま残り続けるんだとか」
「でも、あんなピンポイントでそんな環境出来るもんか?」
「環境じゃなくても擬態に優れた動物や植物でも似たような環境を作るらしいから、古代人が動植物を利用したのも可能性があると思う」
「へー、そんなのがあるんですね……」
「奥が深いなグルメ界!」
「ライズだけじゃなくてゾンゲもその手の物を見つけるのが昔から上手いんだよな」
どこか信じられない感じの小松とグルメ界に意欲を燃やすトリコ、昔を思い返す鉄平に苦笑が漏れる。
だが、その後に匂い、匂い……とうわ言の様に独り言を呟いていたトリコが声を上げる。
「匂いで思い出した! ライズお前、スープ飲んだな!?」
「……は!? 知らねえよ!」
「とぼけんな! お前から薄くスープの匂いがすんだよ!」
「なんだと!? てめえライズ! オレ様をさしおいてスープ飲んだのか!?」
「知らねえつってんだろうが! そもそもそんな余裕ねえよ!」
急に身に覚えのない言いがかりに思わず口調も強くなる。
さっきまで死にかけていたというのに、そこで言いがかりとなると機嫌も悪くなる。
「じゃあ、胸に手を当ててよく考えろ! 本当に何もないんだな!?」
「あーいいさやってやるよ! 俺にやましいことなんざ何も――」
自分の胸に手を当てて
「ねえよ(デローン)」
「「「みだらな顔じゃねえか!!」」」
あれぇ!? 何で!?
何でか知らないけど味わったこともない極上の味が舌の上に蘇り、笑顔が止まらない。
そのせいで静観していた鉄平たち全員から総スカン食らった。
異常に口角が上がって表情筋が痛む中、俺に詰め寄ってきたトリコたちが更にヒートアップしてきた。
「やっぱり食ったんじゃねえか! この野郎抜け駆けしやがって!」
「美味かったか!? 美味かったのか!? 相棒のオレ様を差し置いてお前は……おーいおいおい……」
「いや、マジで身に覚えないから知らねー! おい、マジ泣きするなよ……」
駄目だ、思い返しても明確にスープを飲んだ覚えがない。
記憶はないのに、極上の味を口にしたという舌の記憶だけははっきり残ってる。
覚えてないのに覚えてるって、何だか気持ち悪いな。
「その様子じゃと、何かの拍子でスープを飲んだのは間違いないと思うじょ。細胞が活性化しておるからのう」
「マジすか……」
アルファロと無意識下で戦えたのはトリコのオートファジー的なものと思っていたが、細胞の進化だったとは。
気絶したときにスープを飲めたとしたら、食運どんだけだよ。
そんな風に思っていると、節ばあが少し考えこんだと思ったら笑顔でこっちを見てくる。
やめろ、そんな時は嫌なことしか起きないからこっち見ないで。
「ライズ、小松くんと協力してスープを完成させなさい」
「おえー!! やっぱりそう来ると思ってたよ畜生!」
嫌な予感だけは総じて起こるもの。
分かっていても、落胆は隠せなかった。
「スープの味を覚えてるのはライズと小松くんだけじゃ。二人でやった方が早くて効率的じゃろ?」
「そうだけども、変に目立って狙われたくないって節ばあ知ってるよね!?」
「もう美食會にバレたじゃろ?」
「そうだったよクソが!」
「トリコさんが大勢にばらしたのが原因なのかも……」
「余計なこと言うな滝丸!」
外野は好き勝手言う中、節ばあは小松さんをけしかけていた。
「小松くんも仲間がいたら心強いじゃろ?」
「はい! ライズさんと一緒にスープを作れるなんて夢のようです!」
「こう言っとることじゃし、観念したらどうじゃ?」
おのれ節ばあ……小松さんのピュアで綺麗な目を利用しよってからに。
なんかこの人、ののちゃんのように素直な後輩って感じがするから割と甘くなってしまうのよね。
小松さんの素直な姿勢こそが原作でも屈指のヒロインにまで上り詰めた要因だと分かる。
「……分かった。やればいいんだろ」
「うっふっふ。よく決断したの」
「うるさいですよ全く……」
「お、これは早くスープができそうだ!」
「早く作ってオレ様に食わせろ!」
「どれくらいでできるか楽しみにしてるぜ」
「あはは……頑張ってください」
「やっぱライズも相変わらず節ばあには逆らえねえか」
周りも囃し立てて来て、今更断れる雰囲気になれなかった。
あー、もう俺の人生設計滅茶苦茶だよ!