黄泉への門を通り、最中に出くわした猛獣を引きずり、トリコと小松がハニープリズンに向かっていた。
ここへ来る途中、ギガホース率いるグルメの旅に同行してしばしの船旅を道中同行したココとサニーと満喫したり、その二人からゼブラを迎えに行くのを拒否されて憤ったり、音弾でゼブラから食材の調達を催促されたりと色々あったことを思い出す。
「ハニープリズンに続く道だけあって土産もたくさん採れてよかったぜ」
「黄泉への門って言うように過酷な所でしたね」
「これから会う奴はこいつらなんかよりも狂暴な奴だけどな」
「怖いこと言わないでくださいよトリコさん!」
脅かしてくるトリコに小松は恐怖心が湧き上がってくる。
ここに来るまでに出くわしてきた猛獣は巨大なギガホースにも襲ってくるように獰猛で強大なものばかりだった。
ハニープリズンから脱獄されないことと協力者の侵入を防ぐ目的で、あえて猛獣を野放しにしている道はさしずめ、囚人の心を折ることが目的である。
そして小松も、囚人ではないにも関わらず心が折れかけたことが数回あった。
トリコが護ってくれていたとしても小松は今の時点でもかなり疲弊していたのに、もう一つ恐怖心を加速させる要因があった。
「何だよ! そっちじゃマトモな飯食ってねえと思ってわざわざ持ってきてやったんだろうが! そんなに食いたいなら自分で採って来いっつーの! は? いいモン食ってる、だと?」
これである。
頼りになるトリコがさっきから誰かと会話しているような独り言をずっと続けているのだ。
小松としても危険地帯を進む中でトリコが誰か見えない人と話している様は恐怖でしかない。
聞けばここは脱獄囚が猛獣に襲われてやまないスポットだとか。
もしかすればその幽霊がトリコにだけしか見えないのかと怖がっていると、トリコの大声が響いて心臓の音が跳ね上がった。
「着いたぞ小松!」
「ひえ!? やっぱり幽霊が憑いてるんですか!?」
「幽霊? ま、幽霊ぐらいいるだろうな。グルメ刑務所のハニープリズンさ」
トリコが視線を向ける先には崖の先に一本の細い房で繋がれた巨大なハチの巣がある。
小松も長かった過酷な旅の終わりが近づいたと気が抜け、行き先が刑務所だということを忘れて一息吐いた。
「なんだか……意外とメルヘンで可愛い所ですね」
「本当にメルヘンならいいけどな」
トリコの言葉に不穏さを感じながらも小松は目的地へと向かうのだった。
「~~……今度こそいけたんじゃねえの!?」
「最初よりかはマシになったが、まだ雑すぎんだよ。どこまで音痴だよテメー」
「さ、さいですか……今のはいい感じだと思ったんだけどなぁ」
「だが、そこまでいけば練習だけで上達すんだろ。オレが見るのはここまでだ」
床を分厚い鎖に覆われた部屋……処刑場の中で胡坐をかくゼブラの前でライズが声を出してはゼブラからダメ出しを食らっていた。
ライズは持参していた水筒に入れていた水でのどを潤す。
現在、ライズはゼブラから師事を受けていた。
その内容は当然、様々な効果を付与できる声を使えるようにするためである。
ライズの能力の神髄は高い学習能力により理論的に可能であることならば柔軟に細胞が変異して技や能力を作ることができる。
基本的に万能であるグルメ細胞を用いれば自然現象はもちろん、他人の技を模倣することができる。
その例として挙げられるのが某ハンターマンガに出てきた
そのことに気付いて以来、ライズはずっと考えていた。
それなら、四天王たちの能力を使えないかと。
特に自分の様に味方のサポートや敵への妨害を得意とする者にとってゼブラの技は喉から手が出るほど欲しかった。
しかし、それはゼブラの強靭な喉でなければ再現は不可能であった。
「俺の細胞のパワーは学習能力に重きを置いていることと俺自身の戦闘アレルギーのせいで直接的な攻撃技は再現できないんだよねぇ」
「相変わらず難儀な体質だな。闘えねえ人生なんて張り合いねえ」
「完全に戦えねえわけじゃねえぞ。最近では細胞の進化も進んできたから怒りや憎しみを抜きにすれば戦えるようになったんだぜ。捕獲レベル30以下限定で」
「格下相手にイキってるみてーだな」
「イキってられるほど世の中渡っていける実力があると思ってんのか!? こうやってできることは増やしていかねえと、この先生き残れねえ自信がある!」
「チョーシ乗ってんのか、自信ねえんだか分んねえ奴だな」
情緒が不安定なライズにゼブラはため息を吐く。
思い切って調子に乗ってもらっていればいつものように強く言えるのだが、自分が弱者だと知っているからこそ努力を続けるライズには強者特有の達観した感じがして妙な感じを抱く。
昔、まだまだガキで弱かったころに四人でひたむきに修業していた時のことをよく思い出してしまう。
らしくなく思い出した昔の事を頭の中で振り払い、いつものように凶悪に裂けた頬を限界にまで吊り上げる。
「そんなことより、今日は懐かしい奴が来やがった。ここでの生活も最後になるからな」
「え、あ、そう……」
「……」
「……」
「出所祝いの飯作れって言ってんだよこっちはよぉ!」
「あんた、そういう所だけ回りくどいんだよ! めんどくせーよ!」
「誰がメンドクセーだコラァ!」
「行くよ行くから殴りかかろうとすんな!」
売り言葉買い言葉を互いに言い合いながらライズは部屋を出ていく。
普段のゼブラを知るものが見れば驚愕する、互いに腹を割り合った適度な関係性が二人の間に出来上がっていた。
むろん、ゾンゲとも言わずもがなである。
「いや、まさかここには来てねえだろうなぁ……」
「き、きっと別の所で仕事してるはずですよ」
「だ、だよなぁ……そうそう偶然が度重なるなんてことは……」
「おぉ、お前らここで会うなんて奇遇じゃねえか」
「「うん、あの、何ていうか知ってた」」
「何だよお前ら?」
ゼブラとライズとのやり取りがあった同時期、トリコと小松はゾンゲと再会していた。
トリコは覚えのある臭いを感じ始めてから、そして小松はこれまでの経験から何となく、としか思っていなかったが、予感は見事に的中していた。
ここにゾンゲがいるということは、コンビのライズもいることは疑う余地もない。
「でも丁度良かったぜ。お前らにも声をかけようとしたんだけど、いなかったからよぉ」
「なんと言いますか、随分と顔が広いんですね……」
「全く苦労するぜ。オレ様たちみたいに顔が売れちまうと色んな所から引っ張りだこになっちまって、人気者はツレェぜ」
「お前らっていうか、ライズの方だけどな」
「んな訳ねえだろ!! 人気バクバクだぞオレ様は!」
「バクバク?」
といった会話を繰り広げていた。
会話もひと段落着いたタイミングでトリコたちを案内していたオーバンが声をかける。
「トリコ殿、そろそろ所長の元へ」
「おう、そうだったな。じゃ、オレらは用があるからそっちに行くけど、お前らにも後で美味い話があるから少し待っててくれ」
「ほう、つまりオレ様たちに相応しい食材があるということか。いいだろう、待っててやる」
「あ、じゃあその前にライズさんに挨拶したいんですけど、今どこにいるか分かります?」
「ん~、この時間だと厨房にでもいるんじゃねえのか? 最近は後進育成とか言ってたし」
「それなら小松は厨房に行って来いよ。オレは本題を済ませてくるからそっちは先に出所祝いの準備を始めててくれ」
「そうですね。分かりました!」
やることが決まり、小松は別の職員に案内されて厨房へ向かっていく。
トリコはオーバンの案内でゼブラの元へ向かおうとしたとき、ゾンゲが一つ引っ掛かりがあったので尋ねる。
「出所って、お前らの知り合いがここにいたのか?」
「あぁ、ここにゼブラって奴が収監されててよ、今日はそいつを迎えに来たんだ」
トリコの口から出てきた名前はここ最近知り合った知人の名であり、同時に看過できないものだった。
「なんだとー!? ここから出しちゃいけねえような奴だろうが!」
「? なんだ知ってるのか?」
「知ってるも何も、あの野郎はひでえ奴なんだ! 顔を合わせる度に殴りかかってきやがって、ライズなんかもう何度もボコボコにされてんだぞ!」
「え、お前らあいつと戦ったのか!? よく無事だったな!」
「無事じゃねーよ! ひどい目に遭って来たわ!」
トリコは普通に驚いた。
二人が既にゼブラと知り合っていたのもそうだが、ゼブラの愚痴を言っても音弾すらも飛ばしてこないくらいには認められていることに。
赤の他人がゾンゲと同じようなことを言えば、その瞬間に攻撃されてもおかしくない。
それがないということは、少なくともゼブラから嫌われていないということだと気づき、人知れず安堵していた。
(ライズはともかく、ゾンゲとゼブラは相性が悪いと思っていたけど、険悪っていう訳じゃねえみてえだな。誘った矢先に揉められたらどうしようかと思っていたけど、大丈夫みてえだな)
そう思うも、基本的に嘘を吐かない……というよりも嘘を吐く知恵がなく、割と人が良い性格のゾンゲとどんな嘘も意図せず看破してしまうゼブラはもしかして相性がよかったのかもしれない。
考えてみれば合点の言ったトリコは次の食材、メロウコーラの捕獲の成功率が上がったと人知れず拳を握った。
一方、ゼブラの出所祝いとライズの挨拶のために厨房に辿り着いた小松はというと――
「キシャアアアアアァァァァァァ!!」
「どえええええぇぇ! 何ですかコレー!」
「威嚇するなレド。その人は知り合いの料理人だからな」
すごく見覚えのある風貌の猛獣に全力で威嚇され、腰を抜かしていた。
次回からメロウコーラ編に突入です。