グルメピラミッドから帰って来てから俺は割と穏やかな日々を過ごしていた。
今もこうして日がな一日を趣味の料理研究と修業、グルメタウンにフラっと行って食事を堪能する事に費やす。
たまの休日にはゾンゲと夜通しゲームをして疲れたら寝るというライフスタイルで通している。
いや、客観的に振り返ると本当にダラッとしてるな。
これでも食材と料理の研究は続けてるから許して。
そんな感じで今日も俺の家で酒飲みながらゾンゲとゲームしまくり、そのまま寝て昼時に起きて今に至る。
「おはよう……」
「もうそんな時間じゃねえよ……飯と味噌汁でいいよな?」
「おk」
二人そろってタンクトップとパンツ一丁というだらしない格好で欠伸をしながら起きた。
床に倒れるように寝たから体が痛い……
寝ぼけながら土鍋に米(サンドガーデンの米砂漠から取って来たもの)と水を入れて研いで鍋に火を点ける。(この間2秒)。
その隣のコンロで具はわかめとねぎだけのシンプルな味噌汁の鍋に火を点ける。(この間10秒)
ご飯と味噌汁ができるまで待つ間に俺とゾンゲは同じタイミングで洗面台で並んで歯を磨く。
「今日は何すんだ?」
「とりあえず今日は料理でもしてる。
「できたらオレに一番に食わせろよ」
「それはいいけど、ゾンゲは今日トリコたちと飲みに行くんじゃなかったのか?」
「あ」
「その様子だと忘れてたな? 俺も一緒に呼ばれたけど、さっきも言ったように今日は別件があるからパス」
「まぁ、でもあれは夕方だから大丈夫だろ」
「今、もう昼だけどな。それはそれとして飯は食ってけ。軽いものだから大丈夫だろ」
「ん」
シャコシャコ、ガラガラ、ペッ
同じタイミングで歯磨きを終えた辺りでちょうどご飯と味噌汁ができたため、二人はちゃぶ台に土鍋と鍋、食器を置いて向かい合うように座って手を合わせる。
「「いただきます」」
各々ご飯と味噌汁をよそい、湯気が湧きたつ白粒のご飯をかきこんで味噌汁で流し込む。
「んま」
「飯と味噌汁のシンプルな旨さ、罪深い」
夜通しゲームで疲れた体に温かいご飯と味噌汁が染み入る。
今だからこそ、ただただシンプルなメニューが今だけは世界で至高と思う程に美味かった。
ご飯と味噌汁で静かに覚醒した所で食卓に置かれているきゅうりの浅漬けとたくあんに箸を伸ばす。
それぞれ好きな物を食べて咀嚼するとカリカリと快音と共にじんわりと塩っ気ときゅうりとたくあんの旨みが口の中に広がる。
「あ、こいつうめえ」
「そらそうさ。ベジタブルスカイのきゅうりと大根で作ったんだからな」
「あ~……そりゃうめえわな」
そこから二人の間で会話は止まり、ひたすら目の前の食事に没頭していた。
カチャカチャと食器の音しか聞こえない食事もまた心地いい。
特別美味い食材を食べて一喜一憂するのもいいものだが、食べなれた美味を味わうのも好きなのである。
そして、ここまでの会話でもうお分かりだろうが、実はゾンゲって朝に弱いからテンションが嘘みたいに低いのだ。
初めて知った時は「誰だお前!?」ってなった。
「「ごちそうさまでした」」
充分な量を食べた俺たちは同じタイミングで手を合わせて食事を終わらせる。
少し余った味噌汁とご飯は今日の夕飯にでもあり合わせのものと一緒に夕食にしようと思っている。
「飯と味噌汁は?」
「台所」
「りょ」
口数は少なめだが、俺とゾンゲの間ではそれだけで十分な会話だ。
ゾンゲが指示通りご飯と味噌汁を台所に置いてから机を拭く。
そして俺は食器を手早く洗ってご飯と味噌汁の味が落ちないよう処理を行ってから冷蔵庫に入れる。
意外かもしれないが、ゾンゲはすぐに部屋を汚すが、すぐに掃除を日常的にしている。
昔はイメージ通りと言っていいのか、掃除は一切しないものぐさな奴だったが、過去に一度不潔な格好でキッチンに入って来たのに対して俺がこれまでにないほどブチキレてから掃除を日課にするようになっていった。
というよりも俺がそういう風に矯正した。
これも俺の教育の賜物です、えっへん。
俺は基本的に生活空間やキッチン、仕事場での掃除は徹底している。
前世ではそこまで綺麗好きという訳でもなかったが、この世界に来てから、というよりもデリケートな食材を扱うようになってから清潔さの重要さを認識して掃除をするようになった。
そのおかげか今では掃除が趣味にすらなりつつあり、専門的な掃除器具も自腹で買って塵一つ残さないくらいには没頭するようになった。
そのおかげで今までキッチンに害虫やネズミの侵入を許したことはないし、なんなら新築の時とほぼ変わらない光沢を維持してすらいる。
キッチンを使い込むほど傷やらで趣が出てくるという考えも偶に聞くから、そういうのは否定しないけどあくまで俺個人としてはいつまでも新品で綺麗であってほしいんよ。
そういった考えを汲み取ってくれるゾンゲのこと、結構好きよ。
本人に言ったら永遠に調子に乗るから言わないけど。
ちなみにその調子で自分の服装も見直すよう言ってるけど、そこだけはアイデンティティとかいって意地でも原始人スタイルで通すらしい。
こいつの原始人スタイルへの執念はいつまでも謎だ。
そんなことを考えている内に片付けも終わり、ゾンゲは支度を終えて家から出る。
「じゃ、行ってくるわ」
「ん」
意気揚々と我が家から遠ざかっていくゾンゲの背中を見送り、姿が見えなくなったところで家の中に戻る。
「……とりあえずスープでも完成させるか」
特にやることもないので日課の料理研究に一日を使うことに決めた。
家の中で調理を始めてからどれだけの時間が経ったのだろう。
今日は起きた時間が遅かったため起きてからそれほど時間が経ってないように思っているが、外は既に日が傾いて夕方になっている。
日がな一日を無駄にしたと感じるよりも、今作っている料理が予定より早く終わりそうだという達成感の方が強い。
やっぱりメロウコーラ以降、細胞が進化したことで調理速度が大幅に上がったのは間違いない。
そのおかげか自分のできることも徐々に増えていき、今まで以上に逃げ足と防御性能、サポート性能が飛躍的に上がっている。
戦いを好むとかそういう訳ではないが、自分の成長が自覚できるということはやっぱり嬉しいもので。
少し、いや、かなりテンションが上がるものである。
そこでふと、マンサムの言葉を思い出した。
『近頃、料理人が拉致されるという事件が起こっている』
これはホテルグルメを貸し切ってゼブラの報酬として宴会を開いた後のことだ。
トリコとゼブラ、そして俺とゾンゲが小松からの料理を堪能し尽くし、落ち着いたころにマンサムとIGO防衛局長のレイ局長、第0ビオトープ職員のラップがピラミッドから持ってきたニトロの回収に訪れた。
そこからは原作の通りニトロとGODについて言及する流れとなった。
ここら辺の内容は原作通りだったため軽く聞くくらいで聞き流していた。
『小僧はまあ、最近はランキングも上がりつつあるから一応注意しておけ』
『俺の心配は?』
『ライズは拉致されたり殺しても死ぬイメージが無いな』
『何その謎の信頼?』
『オレと戦ってもチョーシ乗ってられる奴が何言ってんだ』
『オレ様のコンビだぜ? 万が一もねえよ』
『小松はオレが守ってやる。お前は大丈夫だ』
『私はおろかグルメ界の猛者でも捕まえられる者がどれだけいるか……』
『あはは……ライズさんなら確かに……』
『雑な信頼されて誰も心配してくんない』
あの場にいた誰一人として俺の心配してくれる人がいなかった。
薄情な奴らめ。
ただ、初対面のラップからの評価が割と高かったのは少し意外だった。
まあ、そんなこんながあって俺も美食會からの襲撃を常に警戒しているが、今のところそう言った予兆はない。
なんなら、成長した俺は害意や悪意にたいしてかなり敏感になり、人間界の大抵の猛獣からはほぼ確実に逃げられると自負している。
ニトロは俺より遥かに強いが、奴らから逃げる自信はある。
ピラミッドで出くわしたニトロの強さからクッキングフェス襲撃に来るニトロの強さを想定してもやりようはあると思っている。
楽観的になりすぎるのはよくないが、悲観的になりすぎる必要もない。
今の俺なら割と色んな状況にも耐えられる、なんなら今この場で襲撃を受けてもやり過ごすことはできると思う。
それくらいの自負はあるから割と余裕をもって日常を謳歌できているのだ。
今ならどんな奴が来ても逃げきっちゃるわい!
俺を捕まえてみろ美食會ぃ(調子ノリノリ)!
そんな風に意気込んでいると、我が家のドアからノック音が聞こえてきた。
「? こんな時間に誰だ?」
今日は誰も来ない予定のはずだが、身に覚えがない。
さっきまで思い出していた拉致事件のこともあって、少し気配を探ってみるが、敵意や害意は一切感じない。
ここに来るとしたら、ゾンゲの他にサニー、ココ、トリコ……いくつか知り合いが思い当たるが、ゾンゲとトリコと小松はBarメリアに行ってるはずだから違う。
原作で言うスタージュンとの初邂逅であることとトリコたちは死ぬことはないイベントであるため俺は辞退したけど。
ただ、特に危険な感じはしないのでドアを開けて。
「ふむ、お前がライズか。なるほど、いい料理人だ。想像以上に」
ここにいるはずがない、美食會のボス……三虎が何の前触れもなく現れた。
誰か、たしゅけてぇ
さっきまで調子に乗ってすいませんでした。
最近は実力も上がってきたし、なんだか今ならイケるなんて根拠もない自信に満ちていましたが、今となっては過去の話です。
「粗茶です」
「……」
何故なら、世界最強の生物が急に我が家にやって来たのだから。
抵抗できるはずもなくお茶も出してあれなんですが、このまま帰ってくれません?
あんたこのタイミングでここにいちゃいけない人だからな!?
確かに美食會が俺を狙っているとは聞いたけど、こんな早くに真打を出すってある!?
上位幹部のアルファロでもかなり一杯一杯だったのに、ここでトップ出すなよ!?
害意が無いからって迂闊だったかもしんないけど!?
「そう身構えるな。今日ここでお前に何かしようとは思ってない」
「はい!? あぁ、いや、その……それでしたら今日はどういったご用件で……」
出したお茶を呑み切った三虎が真顔で話しかけてきたので、驚いて思わず及び腰になってしまう。
ていうか、お茶を飲む素振りなんて全然しなかったのに、気付いたら湯呑が空になっていた。
これでもさっきから全力で一挙一動全てに注意を向けているのに、全然感知できなかった。
生存能力全振りの俺にも認識させないほどの超スピード……マジでやべぇ。
三虎のヤバさはマンガ越しとはいえ認識していたと思っていたのに、対面して雰囲気を感じ取った今ではその認識は改めさせられた。
この人はヤバいんじゃなくて、超ヤバかった。
今の時点で恐らく会長と同等、いや、それ以上の実力があるはずなのに、その実力を全く感じさせないのが逆にヤバさを引き立てている。
どれだけの気配遮断だよ、完全に俺の警戒網を容易く掻い潜ってきてるじゃん。
もし、三虎が俺を殺す気だったら間違いなく何をされたか分からないまま仕留められていた。
三虎の攻撃は今の俺でも受ければ間違いなく一撃で即死だ。
並の相手なら今この瞬間にでも出口へ向かって脱出するのだが、それやったら間違いなく捕まるしかないため下手なことはできない。
この人から逃げ切れるイメージが付かないのだ。
「ただの気まぐれだ。以前にお前が作ったとされるBBコーンを食べてから、もう一度お前の料理を食いたいと思っていた」
「へ、へぇ~……いや、でもBBコーンの調理はシンプルなんで、成功すれば誰が作っても大本の味は変わらないはずなんすけど……」
「それを確かめに、お前の料理を食いに来た」
「いや、なんで!?」
三虎からの要件に俺は思わず叫んでしまった。
作中でも人間界に全く足を踏み入れなかった最強キャラがなぜ俺の料理を食うためだけに来たんかい!
実力は最上位級なのは分かるけど、そのために
んもー、強い人の感性って本当によくわかんね!!
「何でもいいからお前が作ったものを食わせて
頭がごっちゃごちゃになっているのも構わずにどっしりと不動の体勢を貫く三虎の言動にウソがないことがすぐに分かってしまった。
こりゃ、もう、腹をくくるしかないんかい……
「タダ飯でやる気が出ないというのならそうだな……私の口から旨いと言わせたら、しばらくの間、美食會はお前に危害を加えない、と約束しよう」
次に口にしてきたのは俺にとってめちゃ魅力的な提案だった。
めちゃくちゃ怪しい点さえ考慮しなければ、てとこを除けばだが。
普通ならこんな提案、一蹴するか信用できないと思うだろうが、幸いにも俺は三虎の性格を知っている……はず。
基本的に欲しいものは力づくで奪うこともいとわないが、策略や虚偽については全くの無縁であり、約束したことは違わない。
こんな性格で犯罪者集団のボスとか嘘だろ?
原作でも小松の料理を食べて、約束を違えず小松を返そうとする辺り、この人は単純な悪と断ずるには性根が真っすぐなんだよなぁ……
ていうか、原作を知らなくてもマジでこの人ウソを言ってないと分かってしまう。
ここを訪ねて来てから今に至るまでずっと、あけすけだからなぁ。
まさに飴と鞭……敵わない上にそもそも逃げられない、この場でできることは限られていた。
そもそもの話、目線で武器と逃げ道を確認しようとしても絶妙なタイミングで視線を重ねてくるからどうしようもない。
選択肢は、元より存在しない。
「……準備に時間がかかるけど、いいすか?」
「その辺は任せる。ただ、分かってると思うが、客は待たせるものではない」
とりあえず食事の準備は問題ないということで、俺は今提供できる最高の食材の準備に取り掛かる。
まさしく今が運命のターニングポイントなのだろう。
うおおおおぉぉ!
唸れ、俺の腕と食運よ、俺に力を与えたまええええええぇぇぇぇぇ!!
観念した様子でキッチンへ向かった青年の姿を見送り間もなく来るであろう食事を待つ。
普段は部下たちが調理してくる食事を空腹の赴くままに食べ続ける日々が続いていた。
美食會を立ち上げてからというもの、アカシアやフローゼ、一龍たちと過ごし、胸の中のどす黒い感情もまだ胸にしまえていた頃と比べて飢えることもなく、空腹を満たすことはできている。
しかし、フローゼの作ってくれた温かい料理の様にしわくちゃになった心を癒してくれることはなかった。
それもそのはずだ。
様々な思惑と野望、そして飢えた獣で構成された美食會はフローゼの理念と最も遠く離れた存在であり、そんな料理など作れるはずもない。
私はそれでいいと思っていた、いや、そうでなければならないと思っていた。
あのころと違って私はもう無力で無知な子供ではないのだから、自分のやっていることくらい良く分かっている。
フローゼが守ろうとした
たとえそれがフローゼの生きた証であろうと、フローゼを死に追いやった奴らに報いを与えるために。
今の私をフローゼが見たらなんて言うか。
優しさを説き、慰めてくれるのか。
悲しい表情を浮かべて私を止めようとするのか。
頬をひっぱたいて今まで見たこともないくらいに怒るのか。
どんな形でもいい、フローゼが私の前に現れるのならどんな形でも受け入れられる。
止めろと言われれば止めるし、人が変わって復讐するのなら喜んで復讐もする。
どんなに食べても食べてもすぐに訪れる
そんなある日、私はとあるBBコーンを食べた瞬間、昔失ったはずの心の温もりを思い出した。
部下から偶然、献上されたBBコーンを何の感慨もなく食べた瞬間、ふと昔の記憶がフラッシュバックしたのだ。
封印していたはずの幸せだった記憶と共に
きっかけとなったBBコーンを調理した者を調査し、そこで初めてライズという無名の料理人のことを知った。
奴が作った料理のBBコーンだけが他のコーンよりも豊潤で濃厚な香りを放ち、高い栄養と旨みを誇っていた。
造り手が違うだけで同じコーンでも味と旨みが大きく異なることを改めて認識させられたと言っていい。
それ以降、ライズという料理人のことを徹底的に調べ尽くした。
あれほどの料理を作るものがよもやランキングに載っていなかったため捜査は難航したこともあったが、それでも奴のことは全力で調べた。
やがて、奴の自宅の場所を特定し、部下では捕らえることは極めて困難ということで私が直接赴き、今に至る。
あの時の味が忘れられないのか、幸せだったころの思い出を振り払いたいのか、自分でも分からない。
それでも、ライズの料理を求めずにはいられず、食欲のままにライズに会いに来た。
そして、一目見た瞬間、三虎はある人物とライズの顔が重なった幻視を見た。
(なぜ、今になって出てきた……)
忘れるはずもない、在りし日の、惜しみない愛をくれたその人のことを。
一瞬だけ頭によぎった気持ちを振り払うように頭を振り、例の料理人の目を見る。
先入観を取り払い、どこまでも冷静な観点でライズを観察する。
(立ち振る舞いと私と対峙したときの反応からして戦闘経験は素人同然だが、立ち直りの早さからいって場慣れしているのは間違いない。一瞬で私との実力差も把握して逃げ道と手持ちの武器を確認……なるほど、こいつの捕獲にてこずるわけだ)
三虎はライズの能力を一目で看破し、評価した。
ただ、それでも自分であればライズを捕らえることなど容易であるとも理解していた。
俯瞰したような視線でライズを観察し、また、相手がどう思っているかも看破している。
(私が目を光らせている間は突拍子もないことはしないだろう……)
これであれば、自分がここに来た目的も難なく達成できるだろう。
それに、部屋の奥から香ってくる特大な旨味が食欲を刺激してくる。
食事が終わった後は、ライズをどうするか。
半ば衝動的に人間界にまで来たが、その後のことは決めていない。
ここに長居すれば一龍にバレて一戦交えることになる。
そうなったらそうなったで、その時に考えるとしよう。
今はただ、完成されつつある料理の香りで膨れ上がってくる食欲に身を委ねるとしよう。
今日の食欲はとても心地よい。
心臓バクバク状態でも手は勝手に動くもので、難なく料理を作ることができた。
多少、客間から感じる三虎のオーラを背中から感じて調理が遅くなってしまったかもしれないが、それは勘弁してほしい。
アポなしどころか原作から大きく逸脱した展開に最初は取り繕って冷静に対応していても頭の中はパニックだった。
逃げようとしても、その度に三虎の目線が俺を捉えてきた。
間違いなく捕捉されているし、そもそも目線で牽制されている時点で逃げても容易く捉えられるに違いない。
唯一の救いが実際に会ってみて確認できた三虎の性格が原作と同じように筋を通すタイプだと確認できたことだ。
敵キャラらしく理不尽で傍若無人な性格だったら、この瞬間に俺の人生も終わっていただろう。
ありがとう食運、でも、あんなのを引き寄せたのも多分食運だよな、ふざけんな。
そんな状況でもきちんと調理して食事を提供するにまで至った俺の努力に免じて判定甘くしてくれないかなぁ……ならない?
まあ、こんなことが起こる可能性も想定しなかったわけでもない。
あくまで想定だけど、覚悟はしていたため過度な緊張もしなかったから腕は鈍ってないと思う。
それに、今俺が作っている料理が俺に訴えかけているのだ。
「リベンジさせろ」って。
今作っている料理はかつて三虎が一口飲んだ
今作っているものは三虎と直接的に関係ないものではあるが、まるでその時のスープが本当に生まれ変わって、三虎に「どうだ、美味いだろう」とリベンジしたがっているように思えた。
俺はこの世界に生まれ変わって大分変わった。
昔はもっと内向的で人に意見することすらも勇気がいるような性格だったのに、今となっては世界を滅ぼす力を持つような存在を前にしてもなお、鍋の中に在る料理の望みを叶えてやりたいとすら思っている。
ここに来て死に直面するようになってから、生きるということを理解したからだろうか。
不意に昔を思い出しながら調理を続け、やがて料理は完成した。
「よし、じゃあ勝ちにいこうか」
それに応えるように鍋の中からオーロラが溢れ出した。
時間にしてたった数十分ではあるが、二人はともに長い時間を過ごした感覚を覚えた。
ライズが運んできた鍋から溢れる特大の旨みが客間を包み込む。
今のトリコたちでさえも抗いようのない極上の香りで三虎の脳を揺らしても当の本人は涼しい顔で受け流し、ライズは最初の怯えも感じさせない決意に満ちた表情でちゃぶ台に皿を並べ、スープを注ぐ。
いつか小松が作った、センチュリースープを。
「やはり、お前もスープを完成させていたのか」
「かなーり、頑張ったからな。本物の味を知ったことと知見を広めたことで節ばあや小松よりも楽させてもらったんだけど」
「謙遜はよせ。スープを奪ったあの時からレシピを作り直し、今日作り上げた時点でお前の腕は凡百の料理人よりもはるかに上だ」
ましてや、一からレシピを作ったのであればな。
その言葉を三虎は口には出さなかった。
あの時、スープを口にした三虎だからこそ気付いた、目の前のスープが奪い取ったスープよりも強い旨みが詰まっていることに。
風味もわずかに違っていることから、かつて飲んだスープと小松という料理人が作ったスープとは違うのだと理解できた。
三虎は配膳されたスプーンで透明のスープを掬い、啜った。
その瞬間、三虎は
――!!
三虎が驚愕した直後、現実の食卓に戻っていた。
(今のは……幻か)
決して戻ってこない在りし日を幻視したことで夢を見たのではないかと一瞬だけ思い浮かぶが、口の中で爆発している極上の旨みがそれを否定している。
(私が捨てたものを思い出させ、その覚悟すらも振り払うほどの旨みということか)
今もなお頭の中が多幸感に満たされていくのを常人ならざる精神力で三虎は耐えていた。
この料理は美味い、以前に飲んだスープよりも確実に。
ただ美味いだけでなく、このスープ……いや、ライズの作る料理は人の心を、魂を直接揺さぶってくる。
とっくの昔に乾いたはずの食を楽しむ心が息を吹き返し、生き返ろうとしている。
しかし、その喜びを享受することを三虎は鉄の意志で払いのける。
(ここでこの味を受け入れてしまえば、ここに至るまでにしてきたことが全て無になる)
昔、自分を満たしてくれた優しさに絆されたら、人間に復讐する心を消してしまったら自分のしてきたことが全て無駄になってしまう。
GODへの執着……今の三虎を支えている心の支柱が折れることを危惧した三虎は必死に耐えた。
三虎は一口でスープを飲み干すこともできたが、ここではあえてスプーンを使って飲んだ。
本能的に、ライズのスープを飲んだら【今の】自分が死んでしまうことを理解したからだ。
そんな三虎の葛藤も知らず、スープを一口すすってから静かになった三虎の様子に一抹の不安を覚え、今すぐにでも逃げられるよう構えていた。
たとえ逃げられなくても、悪あがきさえできれば可能性は残っていると知っているからだ。
その視線に気づいた三虎は一息ついてフっと薄く笑う。
「合格だ」
「……は?」
三虎の短くも正直な応えにライズは気の抜けた声を漏らした。
それについては特に返すことなく、三虎が立ち上がり、高くなった目線でライズを見下ろした。
「安心しろ。美食會はもう、お前を狙うことはない。私が言うのだから間違いない」
「え、えぇ……いや、それは嬉しいんだけど、なんでまた急に……」
「言っただろう。お前の料理は美味かった」
昔の穏やかな日々を思い出させるほどに
そんな言葉を飲み込むほどに三虎の心は満たされた。
本当なら傍らに置いて料理を作ってもらう、唯一無二のコンビになってもらいたいと思わせるほどに。
だからこそ、ライズを傍らに置いておくのは危険だと感じた。
(こいつの料理は、覚悟を鈍らせる)
――人間界に復讐を果たし、アカシアのフルコースをすべて手に入れたその時、お前の料理を心行くまで堪能しよう。
「っ!?」
その時、ライズは一瞬だけドロッとした感情を感じてか悪寒を感じて体を震わせる。
しかし、油断できない以上は弱みを見せるのは愚策だとグッと我慢する。
どす黒い感情を一瞬で抑えた三虎はライズに僅かな懸念を覚えた。
一目見た時からライズのタフさと逃げに特化している体つきを見抜いたが、それ以外に気になることがあった。
(部下からの報告ではこいつが戦いに向いてない、非力な存在だと聞いているが……非力にしては
三虎がライズの姿を見て抱いた違和感、それはライズの戦闘能力と身体能力が釣り合っていないことだった。
(見た感じ、こいつの筋力は美食會全体で見ても上澄み……単純な力比べでは人間界の生物の中で敵う者はそういない。それだけなら珍しい例ではあるが、こいつの場合は違う)
三虎が抱いた違和感の根源――屈指の実力者だからこそ気が付いたライズの歪みを一目で見抜いていた。
(ノッキングがかけられている……私でも解除するには相当の体力と覚悟がいるほどに強力な奴が……)
一目でわかった、ライズが直接戦えないように強制しているのは、このノッキングなのだと。
誰が、いつ施した物かは三虎はおろか、ライズ本人でさえ知らないのだろう。
もっとも、このノッキングを解けるのはノッキングマスターの次郎くらいか。
(だが、一龍と次郎ならこのノッキングのことにも気づいているはず……)
自分が気付くのであれば、二人が気付かないはずがない。
今は敵対していても、実力を認めている三虎はライズの歪みを把握しているはずだとあたりを付ける。
ライズを危険から遠ざけるためか。
あの二人ならそう考えるだろう、嫌でも兄貴分の二人の気持ちをすぐに理解するが、そんなこと三虎には関係ない。
もはやライズは一料理人ではなく、死なれたら困る存在だ。
ただでさえ美食會やIGOにも
そう考えた三虎の行動は速かった。
「ライズ。少しお前の体を調べさせてもらうぞ」
「急にどうした!? いや、マジでなんで!?」
「そう警戒するな。何もお前に危害を加えるわけではない。むしろ、お前のためでもある。美味い料理の礼だと思え」
「え~、なんか怖いんだけど……」
「拒否し続けるならお前を今すぐにでも美食會へ連れて行ってから調べさせてもらっても構わんが?」
「急な脅迫止めてもろて? 分かった、分かったから……」
三虎の説得(脅迫)に観念したのと、三虎の性格を信じて体を預ける。
そんなライズに三虎は手を伸ばし、体に触れる直前のことだった。
不届き
それは正しく、【星】だった。
幾多もの雄大な星をまるで装飾の様に体に張り付けている巨大な獣
圧倒的な存在感を放つ、その存在は巨大すぎてその全貌も掴めない。
三虎とてその存在のシルエットから獣という以外、その存在を認識できないでいた。
対する獣は姿かたちを三虎には決して明かさず、まるで塵を相手にしているかのように三虎を一瞥だけした。
去ね
その一言を最後に三虎の意識は闇へ沈んでいった。
「三虎?」
恐る恐る、様子がおかしくなった三虎の名前を呼ぶライズに当の本人は何もなかったかのように自然にふるまう。
「……気になったことがあって調べてみたが、気のせいだったみたいだ」
さっきまで大宇宙に似た空間に意識だけ飛ばされたにもかかわらず、三虎は数秒間だけの奇妙な体験をライズには明かさず、何もなかったと誤魔化す。
(今のことを明かすなという警告か。確かに、料理人としての成長を望むなら
三虎からしても得体のしれない食欲……それを無理に表に出すのは悪影響だろうと三虎は結論付けた。
もっとも、ライズであれば放っておいても自分で正しく成長できるだろう。
「……少し気になったことがあったが、私の勘違いだったようだ」
「は、はぁ……そうか」
「私の用は全て終わった。次に会う時には更なる進化を期待しよう」
三虎は何やら満足したような表情を向け、フッと姿を消した。
ただ体が透明になっただけに見えるが、重厚な存在感が全く感じないところを見ると、本当に帰ったようだ。
自分以外、誰もいなくなったことを再確認したライズはスーっと大きく深呼吸して一言。
「マジ死ぬかと思った」
気合で抑え込んでいた恐怖心にしばらくガクブルしていた。
何もない道を歩く三虎は考えていた。
それは言うまでもなく、ライズのことだった。
(ライズの中に潜んでいた得体のしれない食欲……私との接触を機にアレが目を覚ました影響でライズの細胞が進化したのは間違いない)
三虎からしても強力と言わしめるほどの食欲がライズの中に潜んでいたことも意外だった。
しかし、ライズの並外れた料理の才能を考えるとある意味では当然ともいえる。
(ライズが戦うことに強い拒否反応を起こすのは、あの化け物が
もし、あの化け物が十全の状態だったら、自分の精神はあの時に囚われ、廃人になっていたのかもしれない。
そうならなかったのは食運によるものだろう。
そして、その食運はライズから無意識的に享受されたものであることにも気づいている。
やはり、ライズは欲しい。
料理の腕も食運も十分であるが、自分の手元に置いておくのは今ではない。
GODを手に入れて美食會に潜り込んでいる
(その化け物は手懐けておけよ? そうすればお前は完全な存在になれるのだから)
そう考えていると、上空から影が差す。
既に気付いていたようで、三虎はその場から姿を消し、上空にとどまっていた影の正体である猛獣の背に乗る。
そこには既に先客がいた。
スタージュンである。
「迎えに上がりました。ボス」
「ご苦労だ。スターよ」
スタージュンが頭を垂れて出迎えるのを三虎が手で制す。
その間に猛獣は空へ飛びあがり、アジトを目指して羽ばたく。
「お前の用は終わったのか?」
「はい。そういうボスも用事は終わったようですが?」
「分かるか?」
「えぇ、ここまで上機嫌な様子は久方ぶりかと」
「そうか」
「ボスが人間界へ向かう時は何事かと思いましたが、良いことがあったのであれば何よりです」
スターの言葉に三虎は薄く笑う。
「そうだな。久しぶりに食事を楽しめた」
美食會:人間界に興味も持たなかったボスが人間界に行くことを知っててんやわんやな状態に、部下からの制止を無視してやってきた。スターはグルメ界にいるはずのボスが同行することを直前に知って宇宙を背負ったままトリコと生身の姿で初邂逅を果たした。
ライズ:三虎からも矢印を向けられた。もう助からないゾ。あと何気にオリジナルレシピでセンチュリースープを完成させて三虎を口説いたクソボケ。ウォールペンギンの唾液も無しでスープを作るという革命を起こしたことで再び食材市場を荒らしてヨハネスを泣かす未来を確定させた元凶。このクズ野郎!
???:三虎の接触で目を覚ました。