特に意味はありません。
ようやく、ビックリアップルの件が片付いてきたので久方ぶりの暇を自宅で存分に堪能している。
いやぁ、マジで色々あった。
具体的に何したかというと、方々に頭下げまくったり鉄平と一緒に島全体の再生作業(消臭)をしたり、その他色々は高レベルのビックリアップルが大量に市場に出回るなどして市場価格破壊が起こったりとIGOの専門的な業務と関わってくるので割愛する。
その関係でか、ヨハネスさんが俺たちに会いに来た。
『頼むから大人しくできないか……』
サングラス越しで分からなかったが、サングラスの下から流れる一筋の涙を見てしまった俺たちは何とも言えない気持ちになった。
かつて俺たちの面倒を見てくれた人を困らせたいわけでも泣かせたい訳でもないのである。
と、ここまでやらかした後の後始末をざっと説明してきたが、何も今回の件で悪いことばっかり起きたわけではない。
今回の件で俺とゾンゲが高レベルのビックリアップルを一定数以上供給できることを知ったIGOが俺たちに定期的に高レベルのビックリアップルを作ってほしいという依頼をもらった。
というのも、IGOでは安価で高レベルのビックリアップルの収獲方法を模索していたらしいのだが、結果は芳しくなかったらしい。
そんな時、レベル85以上のリンゴを量産した俺たちに、その話が上がってきた。
要はビックリアップルを安定して世間に普及させようという試みに協力してほしいということだった。
ただ、全てのビックリアップルを全て高レベルにしてほしい訳ではない。
それもそのはず、今のオレ達ならビックリアップル市場を独占して巨万の富を築くことだって可能なのだ。
しかし、それを本当にやってしまったら多くの美食屋が稼ぎ時となっている仰天祭を開く意義を失い、稼ぐ機会を奪うことになり、社会に対する大きな不満となって暴動が起こることが容易に想像できる。
また、ビックリアップルの味はレベルごとに変わるという特徴があり、幅広いレベル帯のリンゴがあればそのまま食べることもでき、レベルが低く、味が薄い個体は料理の風味を出すように使用できるなど、汎用性が高い。
要は細かいレベル帯のリンゴを用意することで多くのニーズに応えることができる。
それを俺たちが高レベルのものばっかりにしてしまったら、ニーズの広さというビックリアップルの強みを潰してしまいかねない。
そういう背景があり、ビックリアップル(供給分の2割程度)の高レベル化計画はIGOお抱えの特別任務発足の引き金となってしまった。
そのおかげで俺たちのためにIGOが所有していた土地の一部(山や離島等)を食材の繁殖や栽培の義務さえ果たせば最悪私物として扱ってもいいものとして与えられた。
そんな感じの出来事もあったことを思い返しながら俺とゾンゲは鍋を抱えて広い道を歩いている。
その目的は、原作でもご存じの
「このジジイ、たった一坪のために値段を釣り上げるなんざふてえ野郎だなぁ!」
俺たちの目的地であるよっち爺さんの家へ続く道を行く。
その目的はもちろん、ニワトラの卵が食べたいからである。
その話題が上がったのは原作の様にニワトラが卵を産む巨万の一坪が売りに出されたと新聞に出されたからだ。
ニワトラは捕獲レベル50近い強くて狂暴な猛獣故に野生のニワトラから卵を奪うことも困難を極める。
ただでさえ強い猛獣なのに、気に入った場所以外では絶対に卵を産まない習性もあって希少性は相当に高く、見つけることも困難なのだ。
仮に見つけたとしても一歩踏み外せば命はない断崖絶壁の崖の上だとか大量の猛獣に囲まれた孤島とか場所の条件が悪ければ当然、見つけて奪うことはさらに困難を極める。
そんな感じで気まぐれかつ、入手困難なニワトラの卵が安全に手に入る土地を売り出せばどうなるかは世間の反応からして明らかである。
もはや経済すら傾きかねない金額が動いていても未だに土地は売れないのだから世間の熱が冷めることはない。
そんなホットな話題を見逃すゾンゲではない。
『それだけ、この卵が美味いってことだろうが。こういうフラグを丁寧に拾っていくことで将来、最強の裏武器が手に入るフラグにもなるんだぜ』
などと言っていた。
ゾンゲのゲーム脳はともかく、たしかに俺もニワトラの卵は食べてみたいが、原作ではトリコと小松が食べてしまったから、今行っても無駄骨になってしまうかもしれない。
しかし、ゾンゲの食運ならワンチャンあるか、と思ってここまで来たのだ。
これで食べられなかったら近くの町で飲んで帰るか、そう思っていると前方から多数の人が団体で道を引き返してきていた。
恰好からして一般人でもない、巨大なトランクケースを持っている辺り、売買に失敗した企業の回し者だろうと容易に想像がつく。
「お、どうやら今日も売れなかったっぽいな」
「そりゃそうだ。オレ様が卵を食わないうちに売れるなんてあり得ねえからな」
「いや、その理屈はおかしい」
あの土地を頑なに売らない理由を原作で知っている俺としては別に心配していなかった。
かつて妻を元気づけようと金を稼ぎまくっていたが、妻の死の間際になって金を送るよりも一緒に食事を楽しめてやれなかったという後悔が金に対する忌避感を強めている。
そのため、金を積めば積むほど気持ちが離れていくことなど普通の人が知るはずがない。
「まあ、卵もらうだけなら土地は関係ないしな」
「そういうことだ。ぐずぐずしてられねえ、早く行こうぜライズ!」
そんな風に横切って遠ざかっていく団体を見送って再びよっち爺さんの家へ向かおうと再び歩き出した、その時だった。
「クアアアアアァァァァァ!」
「「え?」」
突然に響いた獣の咆哮に俺たちの体は固まった。
いや、もっと正確に言えば動けなくなった。
それもそのはず、俺たちの体は空高く浮いている……訳ではなく。
ニワトラに掴まれて空を飛んだのだから。
「いや、なんで!?」
「あ~、もう滅茶苦茶だよこれ……」
「お前、なんでそんな冷静なの!?」
ゾンゲがなんか色々騒いでいるが、こういう時、どうすればいいか、俺は長い美食屋経験からよく理解している。
「逆に考えるんだ、連れ去られちゃってもいいさと」
「逃げるなああぁぁぁぁぁ! 現実から逃げるなあああぁぁぁぁ! 目の前の危機に目を向けて戦えバカ野郎うううぅぅ!!」
割と余裕のある会話をしながらトラ柄の巨大なニワトリ……ニワトラに運ばれていく。
ていうか、これミーコじゃね?
これが数十分前のこと。
隣で食われる~と叫んでいたゾンゲも今はというと。
「……なにこれ温い」
「まるで天使の羽に覆われているかのような肌触り……ここが、天国か」
俺と一緒にニワトラの羽の中に埋もれていた。
なんでそうなった、と説明すると端的にはこうなる。
『巨大なニワトラに連れて行かれたと思ったら卵と一緒に温められてます。今すぐ戻って来いと言われてももう遅い』
最近のラノベタイトルみたいな感じになったが、現実にそうなっているのだからどうしようもない。
ていうか、本気で最初食べられるかと思っていたら目的地のよっち爺さん家近くの巨万の一坪に下ろされた。
その後、逃げる間もなくその場で卵を産んだと思ったら俺とゾンゲが卵と一緒にふんわりとお尻の下に温められた。
うん、あの、マジで何がしたいのかがよくわからん。
俺の知識を総動員してもニワトラのこの行動には見当もつかないので、どうしようもない。
でも大丈夫、こういう時って大体食運のせいだから問題ないね(適当)。
ヨシ!(現場猫)
しかし、このお尻の柔らかいこと、高級羽毛布団にも迫る繊細な手触りは狂暴と言われるニワトラのものとはとても思えない。
実に穏やかな時間を俺とゾンゲはニワトラと一緒に過ごしていたその時、この穏やかなムードをぶち壊す声が聞こえた。
「いや、何してんだお前ら!?」
心地よく眠りかけていたところに聞き覚えのある声で目を覚まされて少し苛立ちながら目線を向けると、そこにはトリコと小松、そして何故か驚愕しているよっち爺さんの姿があった。
「なに?」
「何だか不機嫌になってません!?」
「だったら起こさないでくんない? 今寝てたでしょうが……」
「あ、はい、起こしてしまったことはすみませんが……いや、そもそも何でこんな所で寝てるんですか!?」
「こんな所とはなんだ! ここは俺のオアシスなんだよぉ!」
「ライズ、お前にまでボケられると収拾付かなくなるから本当に止めてくれ」
ちょっとした冗談(ゾンゲは本気で目的を見失っている)でボケてたところ、トリコからマジトーンで泣きが入ったので真面目に事情を話すことにした。
というわけでミーコ、俺たちを解放してくれ。
え、どかない? そっすか……
お尻をトントンと叩いて離れるよう促すが、無視されたため寝転がった状態でここに来た経緯を話す。
端的にニワトラの卵が食べたかったので、駄目元でここに来る途中でニワトラ……ミーコに拉致されたことを話した。
全てを話し終えると、トリコたちは俺たちにジト目を向けてくる。
なんでや。
「相変わらず訳分かんねえことになってんな」
「それは自分でもそう思ってる。おい、いい加減起きろ」
「んご……なんだ、もう朝か?」
「もう昼過ぎですよ!?」
隣で寝ていたゾンゲの鼻提灯を手で割ると、寝ぼけて起きたゾンゲに小松が突っ込む。
そんな風に呑気している俺たちだったが、よっち爺さんはそれ以上に信じられないような目で滅多に見ないリラックスしたミーコを見つめている。
「その二人の話はともかく、ミーコがワシ以外の人間を産卵場所に招待するなんて、初めて見た……っ!」
長年一緒に連れだった家族が初めて自分から他人を招いたという事実によるよっち爺の衝撃は想像を絶するものだった。
ただでさえ狂暴なニワトラに心を許されたよっち爺ではあるが、それはヒナの時から心を尽くして育ててきたからである。
言ってしまえば、それ以外にニワトラに懐かれることなどはあり得ないということを意味している。
確かにミーコはよっち爺に育てられたこともあり、野生のニワトラと比べて急に襲ってこない程度には人間慣れしているが、野生の本能が死んでいるわけではない。
卵を金儲けの道具にしようという悪意が少しでもあれば追い払うことはするし、そもそも心を開くことなどあり得ない。
だからこそ、巨万の一坪を大金を積んででも手に入れようとする人間の欲深さに納得はできないものの、理解できていた。
それほどまでに排他的なミーコが今日初めて会った人間二人を連れ去ってきたのもそうだが、まるで自分の卵と同じように大事に温めるなどニワトラとして見るならあまりに考えられない行動だった。
「……お前さんたちも、土地を買いに来たのか?」
だからこそ確かめずにはいられなかった。
ミーコが自分以外に選んだ初めての人間の気質を。
恐らく、いや、確実にミーコはよっち爺の死期を悟っている。
今では立派に育ってよっち爺がいなくなっても問題なく生きていける力を持っているため、心配はしていない。
しかし、それでも納得したかった。
その人物が本当に信用できるのか。
狂暴でありながら繊細なミーコが認めた人物なら信用に足るだろう、しかし、
固唾を飲んだよっち爺からの問いにライズとゾンゲは寝ころびながら顔を見合わせたと思ったらよっち爺を見上げる。
「「卵が食べたいだけなんだよー!」」
「……ほ?」
あまりにシンプルな答えによっち爺は素っ頓狂な声を出した。
ただ、傍で聞いていたトリコたちは分かり切っていたかのように笑っていた。
「まあ、お前らならそんなことだろうと思ってたよ」
「ニワトラの卵、美味しかったですよー! まろやかで、風味もコクもあって美味しかったです!」
「マジか!? やっぱり美味いんだな!?」
「クッソー! オレ様たちよりも先に食いやがってー!」
「言っておくけど、今さっき土地はオレ達に譲ってもらったから譲れねーぞ。卵はまあ、分けてやるけどよ」
「いや、もう土地はいいわ。土地はいいから美味しいものが食べたい……」
「もらっても腹の足しになんねーし。ていうか、今金持ってきてねえわ」
「お前ら本当に卵だけ食いにここまで来たのか!?」
「すき焼き持ってきたんだけど、これに免じて卵くれないかなって駄目元で」
「オレ様の相棒の料理を食えば必ず、卵を譲りたくなるに違いねえからな」
「思いきりが良過ぎますよ!? お金が全てとは言いませんけど、せめて誠意としていくらか持ってきましょうよ!」
四人でわいわいと話していると、きょとんとしていたよっち爺はすぐに気を取り直し、笑った。
「あっはっはっはっは! おぬし等バッカじゃのう! 気に入った!」
考え無しに料理の入った鍋だけ持って来て、金儲けなんて知ったことじゃないと言わんばかりに純粋に卵を求めるどこまでも素直な二人によっち爺は心からの賛美を送る。
死んだ女房が愛したように食材を、食事を愛する純粋な姿に。
金にも靡かない、食を愛する眩い美食屋としての姿に。
飽食の時代において富や名声など関係なく、ひたすらに食を楽しむ次世代の美食屋に最大級の敬意を込めて。
よっち爺は腹の底から笑った。
「トリコや。もし、ミーコが卵を産んだらこの二人に譲ってやっておくれ」
「よっち爺……あぁ、分かった」
「あ、それなら俺らと一緒に温められてる卵を食おうぜ。なんかあれって無精卵っぽいから問題ないっしょ」
「なにぃ! 卵あったのか!?」
「俺らがここに下ろされるときにチラっと見えたから」
一緒に連れてこられたゾンゲは気づいてなかったようで、そんなことを思っているとトリコたちはもう一つ卵が産まれていたことに歓喜した。
「マジかよ!? それじゃあ、せっかく持って来てくれたすき焼きに入れて皆で食おうぜ!」
「やったー! ゆで卵も美味しかったけど、生の卵も楽しみですよねー!」
「ミーコが生んだ卵を……まさか、最初からこの二人に……あっはっは、人生長く生きてきたが、こんなに面白いことが起こる日なんて今までなかった……長生きはするもんじゃのう」
「それじゃあ、実食だぁ!」
「あ、その前にそろそろミーコどかしてくんない? 普通に暑くなってきた」
その後、ミーコに連れ去られてからも死守していた鍋に入ったすき焼きととき卵を皆に配膳する。
皆に行き渡ったことを確認し、手を合わせる。
「この世の全ての食材に感謝を込めて」
『『『いただきます』』』
トリコが音頭を取り、それを皮切りに皆がすき焼きを食べる。
甘辛い割下の味が染み込んだ肉をまずは一口。
「美味い!」
「く~、甘辛く味付けされても色濃く残る肉の味で食欲が進むー!」
「普通に食べても美味しいすき焼きにニワトラの卵を付けるとどうなるか、楽しみですねー!」
「ほら、ミーコもお食べ。こんな美味しい料理は滅多に味わえんぞ」
「クオウ」
味が濃いすき焼きをそのまま食べても美味い。
このまま全て食べきってしまいたいという欲を抑え、二口目にはとき卵に肉をくぐらせる。
ちなみに、ミーコには普通にすき焼きだけ食べさせている。
自分で産んだ卵を食わせるのは……ねえ?
タレがたっぷり染み込んだ肉にといた卵を付けると、月明かりに照らされてキラキラ光った。
あまりに幻想的な光景に俺たちの心も躍動した。
「すげぇ。無精卵なのに生命力が宿っているかのように力強い光を放っている!」
「すき焼きの香りにも負けないほどに力強い卵の風味! よだれが止まらねえ!」
トリコの食レポをBGMに卵のベールを纏った肉を一思いに頬張った瞬間、口角が吊り上がった。
流石にセンチュリースープほどではないにしろ、人を笑顔にするには十分すぎる旨みが口いっぱいに広がる。
「味の濃いすき焼きをマイルドに仕上げるだけでなく、新たな風味と旨みがケンカすることなくお互いの味を引き立たせる……!」
「うみゃーい!」
「ご飯が欲しくなるー!」
ニワトラの卵とすき焼きが予想以上に美味かったため、語彙力を失った俺たちは一心不乱にすき焼きに没頭する。
この旨さの前に、味の解説など不要!!
ただこの瞬間の味に没頭しなければ無作法というもの。
皆が食事している光景を記憶に焼き付けていたよっち爺は隣に座っているトリコに静かに語り掛ける。
「トリコよ」
「ん?」
「あのライズという料理人とその相棒……あの二人との縁は大切にするんじゃぞ。先輩美食屋としてのアドバイスじゃ」
「あぁ、分かってるよ。
「いやー、あそこまで食材と運に愛されてるコンビなんて初めて見たわい」
「よっち爺……あんた……」
よっち爺は解放された。
自分が抱いていた未練から。
残された家族であるミーコのため、できること全てをするまでは絶対に死ぬまいと待ちに待った日々が今日、報われたのだ。
後悔ばかりの人生だったが、決して悪いことばかりではなかった。
その証拠に、最後の最後で気持ちのいい連中と食事を囲めたのだから。
「いやはや全く、いい人生じゃった!!」
全てのしがらみから解放されたよっち爺の顔は、死期が近づいて絶望に沈んだ者ではなく。
激動の時代を一生懸命生き抜き、幸せを掴み取った人生の勝者そのものだった。
次はさっくりと行きますのでご容赦ください。
毎回のことですが、誤字脱字の指摘をしてくださる皆様には感謝しかありません。
今後ともこの作品をよろしくお願いします!