「あ、いた。ゆづ…アンタなんでウチの部屋いんのよ。列車中探したじゃん」
灯台下暗し、丹恒ならそうとでも言うのだろうか。
ゆづきの姿を求めて列車内を右往左往してた なのかは、その最後に自分の部屋の扉を開いていた。
扉の向こう。見慣れた部屋の休憩スペース。
クマのぬいぐるみを抱えていた ゆづきは、何をするでもなく、壁を飾っていた写真に向けられている。
一体どういう心境だったのか。2度と忘れないようにと、撮り始めた思い出の記録。
それは、ゆづきにとってどう映っているのか、変化に乏しい表情からは察することさえ難しい。
「なの? どうしたの? そんなに慌てて」
今気づいたと言わんばかりだ。
写真を眺めていた視線が扉に向けられると、綺麗な金色の瞳の中に、なのかの姿が映り込んだ。
「写真。何か面白いの映ってた?」
「ううん。私の知らない なのがいっぱいだなって」
「そりゃ、アンタとの思い出なんて撮り始めたばっかだし」
パシャっと、不意打ち気味に焚かれるフラッシュの明かり。
そこに映っていたのは、突然の強い光に、中途半端に目を閉じかけている ゆづきの顔だった。
「あははっ。変な顔」
「不意打ちは良くない。取り直しを要求する」
「いいよ。はいっピースっ♪」
「いぇーい、ピース」
カメラを掲げ、狭いファインダー内に二人で寄り添う。
ピースとピース。二人で同じ形を作ると、満面の笑みを浮かべる なのかと、小さく微笑む ゆづきの笑顔が写真を彩った。
「ごめんね、急に大きな声出して。驚いたでしょ?」
「まあ、少しは。そんなに、似てなかったかなって」
「いや、そこじゃないんだけど…」
「そうなの?」
「そうなの」
だけれど、それをゆづきに指摘した所で、あんまり理解してくれそうにはなかった。
何が楽しくって、この子がウチらのマネをしてるか分からないけれど、それはやっぱり丹恒が言っていたみたいに「不安」という言葉がしっくりくる気がした。
「ああっ、私のアルデバランが…」
「何がアルデバランよ、ウチのクマに変な名前つけんなし」
ゆづき が抱えていたクマのぬいぐるみを取り上げると、なのかは ゆづきの方へと身体を寄せる。
そのまま、空っぽになった膝の上、柔らかい太ももを枕に変えると、コロっとその場で寝っ転がった。
「なの?」
不思議そうな顔を浮かべながら、金色の瞳が見下ろしてくる。
キラキラしていて、お星さまみたいで。手を伸ばせば触れられる距離に伸ばした指先は、そっと彼女の頬に触れていた。
「やっぱり、ゆづき も不安だったりするの?」
「不安? は、分からないけど。もしかして、心配してくれてたの?」
「これだもんなぁ。そりゃ、するでしょ…アンタすぐ無茶なことするんだもん。何度心臓止まりそうになったか」
「安心して良い。私は2回くらい止まってる」
「得意げな顔しないっ。アンタのそれは余計不安になるわっ」
「なの、痛いよ。ほっぺひっぱらないで…」
触れた指先でつまみ上げ、柔らかい頬を思いっきりつまみ上げると、ゆづきの綺麗な澄まし顔にもシワが寄っていった。
「そりゃさぁ、一緒に来てくれたことは嬉しかったけど。やっぱり、アンタからしたらいきなり宇宙に放り出されたようなもんじゃん? 開拓だって夢はあるけど、危険に巻き込んだのはそうだし…」
言い出したらキリがない。もしかしたら、自分が強く言い過ぎたせいで、彼女は断りづらかっただけじゃないのかとか、フォローするつもりで連れ回して、何度彼女に助けられてしまった事か。
「その、嫌になったりしてない?」
「それは…なの の事?」
「まあ…色々」
そうだとは言い出せなかった。仮にそうだと言って、頷かれたりした日には、かなりヘビィに響いた事だろう。
「あの写真」
「ん、あれって…」
言葉を濁した なのかの代わりに、顔を上げたゆづき は、壁に飾られていた写真を指さした。
「そう、なのかが最初に撮ってくれた写真。あっちの写真もそう。目が覚めてからずっと、なの と一緒だったから、寂しいとかは無かった、かな?」
「え、なに、ウチ…そんなに ゆづ に構ってた?」
「うん。お姉さん風吹かせてて、可愛いとか思ってた」
「うそ…。ゆづきにまで言われた。ちょっと恥ずかしいんですけど」
「それは心外」
クスリと、小さく微笑むゆづきに見つめられた なのかは、染まった頬を隠すように寝返りを打った。
「くすぐったい」そうは言っても嫌がりもせず、お腹に顔を押し付けられた ゆづきは、なのかの頭を撫でると、その桜色の毛先を巻き付けながら小指を遊ばせる。
「だけど、今だってほら? なの が探してくれるだろうからって、待ってたんだけど」
「ん、じゃあなに? そのためだけにウチの部屋にいたの?」
「寂しいって言えばそう。なの が全然来てくれなかったら、それが少し。あ、勝手に入ってごめんなさい」
「いや、それは別に良いんだけどさ」
そんな見つけて欲しいなら、自分の部屋にでもいたら良かったのに。
それなら一番最初に見つけてあげられた。
だけど、部屋に居着かないというのは、自分も大差はないもので、なんとなくでも、その気持は分かるような気がする。
でも、結局、ウチの心配は全部杞憂でしか無かった。
ゆづきはイヤイヤ連れ回されてるわけでもなければ、心細い思いをしてた訳でもない。
だけどそうなってくると、何故? と、最初の疑問に戻ってしまうのは当然で。
「だったらアンタなんで、ウチらの真似ばっかしてんのよ。子供みたいにさー」
「それは…そう。皆の良い所を真似できたらって」
「うっ…それは、なんか、急に叱りづらいな…」
「ごめん、嘘。なの の反応が面白いから、つい…」
ついと嘯き、視線を逃がす ゆづきの仕草に力が抜けていく。
心配して損したとは、言葉以上に初めて実感させられた気分だった。
まあ、何でもないならそれでいい。
それならそれで思う存分やり返せるのだからと、気合を入れ直したなのかは、ゆづきのほっぺを両手で捕まえていた。
「はぁ…。素直で宜しいっ!!」
「ぬぉぅぅぅ、ほっぺ、ほっぺちぎれるぅぅ」
一通り、なのかの気の済むまでやり返した後。
ゆづきの白い肌には、なのかの赤い手垢が付いていた。