こんなスターレイル   作:霧里

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その翌日

「もう怒ったっ。今度はウチがゆづの真似するからっ、みてなさいよアンタっ!!」

 

豪華な内装、優雅な音楽。

何処を切り取っても特等席に映る列車内に響いたのは、あんまりにも日常的な声だった。

 

桜色の髪を逆立て、丸っこいほっぺを更に膨らませた なのかが、びしっと ゆづきに指先を突き立てる。

 

「おー。ぱちぱちぱちぱち」

 

それの何が楽しみだったのか。

指を差し向けられた ゆづきは動じることもなく、むしろばっちこいとばかりに小さく手を叩いていた。

 

「ルールは、破るためにあるっ…キリッ」

 

バットを構えるジェスチャーと、これ見よがしな ドヤ顔。

一見すれば、ゆづきの真似ではあるのだが。しかしそれは、あくまでも なのか が、ゆづきの真似をしているだけでもあった。

 

「なの。それは違う。それじゃあ、私の真似じゃなくて、いつもの なのだよ」

「え、いや、なに? 恥ずかしいとかないの?」

「ん?」

 

予想が外れた。自分の真似をされれば少しは嫌がろうもんかと思って、ゆづきの真似をしてみたまでは良いものの。当の本人は、嫌がるどころかどこ吹く風で、なのかの指摘に対しても、わからないと首をかしげる始末だった。

 

「不思議そうな顔すんなしっ。ウチが間違ってるみたいじゃんっ。ていうか、何時もって何よっ。ウチこんなんじゃないもんっ」

「思い切りが良いのは買う。だけど、照れ隠しに演技がオーバーになりすぎてるね。それに、ドヤ顔も可愛いんだけど、私はそんなに表情豊かではないはずだよ? もっとよく見てくれないと私は悲しくなる」

「やめっ、ガチのダメ出し止めてっ。てか、なんでウチが悪いみたいになってるのっ」

 

それどころか「いやよ」も「やめて」でもなく、返ってきたダメ出し。

胸に手を当て、しゅんと沈む ゆづきの表情に、だんだんと なのかの方が追い込まれていった。

 

「仲直りは、出来たみたいだな」

 

そんな二人のやりとりを見ていた丹恒は、自分の杞憂が無用だった事に息を吐いていた。

 

女心が分からない。

 

喧嘩するほど仲がいい。とは言ったものの。

昨日の今日で、よりを戻すどころか、更に仲が深まったようにも見える二人に、呆れ半分、感心半分といった具合だった。

 

「仲直り? ケンカしてたの私達?」

「してないしてない。何時も仲良しだもんね?」

「ねー」

 

顔を見合わせ、頷き合って。

「もう怒った」などと、騒いでいたのは一体どこの誰だったのか。深く考えること自体が無駄なことのように思えてくる。

 

「良い、なの? よく見てて? 一番ゆづき。丹恒が絶対言わなさそうな事シリーズ」

「おいやめろ。貴様、その先を言ったら…」

 

ゆづきの不穏な言動に、眉根をひそめる丹恒だったが、しかし彼女は言葉だけで止まる女でもなかった。

なのかの声援を背に受けて、さっと丹恒の前に進みでる。

そうして、元々薄い表情を更に引き締めたゆづきは、確かに、丹恒が絶対言わないであろう単語を呟くのだった。

 

「…おっぱい」

 

そのテンション。その抑揚。

無機質にも聞こえる声の波は、知る人が聞けば間違いなく丹恒のものに聞こえただろう。

少女の喉で再生される青年の声音に違和感こそあれど、身振り手振りで、表される一挙手一投足は、それを補って余り、丹恒が女になればこうもなろうと、奇妙な現実感を伴っていた。

 

「くはっ!? あはははははっ、いわっ、そりゃ言わないわ絶対」

 

先に吹き出したのは、なのかの方だった。

ソファの上で、転げて、お腹を抱え。丹恒が、絶対に言わないであろう言動を目の当たりに、ひぃひぃと身体を震わせている。

 

イッツジョーク。

 

ゆづき からすれば、ほんの戯れ。兄に甘える妹の、先輩に絡む後輩の心境だった。

その時だ。ひゅんっとなった風切り音に、反射的に身体を逸らすと、銀色の髪の一本がハラリと落ちる。

 

「ぬぉっ。こう君、やりは、やりすぎだと思う…。やりだけに…んふっ」

「やかましい。なんだその顔は、どういう感情だ。「こう君」はやめろと前にも…ええい、面倒なっ」

 

キリがない。たかだがアクション一つで、何故こうも疲れさせてくれるのか。

なのか が ゆづきに構いだしてから、多少楽になったと思えば、その3割増しくらいで、ゆづきが面倒を積算させてくる。

 

槍を振るい。乱暴なくらいの警告にも ゆづきは怯むことを知らず。

むしろ、向けられた鋒を前に、上手いこと言ってやったと、浮かべるドヤ顔が、さらに丹恒の頭を悩ませた。

 

「え、だめ? そんなに似てなかった?」

「似ていた。それは認める。だから余計に腹立たしい。まさかとは思うが ゆづき。貴様は、三月がそれで怒っていたとか思っているんじゃないだろうな?」

「ん?」

 

丹恒の予想はしかし、その通りのようであった。

違ったの? 小首をかしげた ゆづきは、不思議そうな顔して金色の瞳を瞬かせる。

 

「不思議そうな顔をするんじゃない。俺が間違ってる気がしてくる」

「シーリズ化の予定は?」

「打ち切りだ、そんなものは」

 

バッサリと、続編を打ち切った丹恒は、鋭い視線をゆづきに向けると、努めて冷静に言葉をかけた。

 

「次は、悪戯では済まさんぞ」「次は、悪戯では済まさんぞ」

 

言葉が重なる。声がハモる。

高音と低音で連なるアンサンブルは和音となり、心地よい響きを列車内に拡げていった。

 

「ふふーんっ♪」

 

得意げ、ドヤ顔、にんまりと。「言うと思った」と隠しきれない喜色が、ゆづきの頬を喜色に染めた。

薄い表情の裏側で一体どれだけの感情が渦巻いているのか、にまにまと滲み出したそれは、いっそ気持ち悪いぐらいに丹恒を苛立たせる。

 

「…」

 

ひゅんっと、風が通り過ぎると、また一本、銀色のきらめきが宙を舞う。

 

「懲りん奴だ。髪型が変わるまで続けるつもりか?」

「どーどー。こう君、落ち着いて。そういうとこだよ、そういうとこ」

「どういう所だ。言いたいことがあるならハッキリと言え」

 

ハッキリと、そう言われてしばらくぶりに ゆづきは考え込んでいた。

 

短気、なのは私が怒らせただけ。理屈っぽいは、むしろ冷静で頼りになる部分。

無愛想は人に言えた義理でもなければ、もっと私に構って欲しいという欲求は既に達成されていた。

 

不満はない。

 

含む所も無ければ、やりたい放題やった結果として怒られている。

 

それは良いがつまらない。

 

私一人で怒られるというのは、いささか情緒に欠ける気がした。

 

なんとか誰かを巻き込もうとして、そんな我儘な欲求を叶えてくれそうな相手に、ゆづきは狙いを付けると、一つ、アリもしない妄言を呟くのだった。

 

「おかしい。こう言えば丹恒は丸め込めるって、なの言ってたのに」

「ほぅ、お前の入れ知恵か三月」

「へ? は? 言ってないっ、言ってないしっ。ウチを巻き込まないでよ、ゆづ!」

 

寝耳に水とはこのことで、巻き込まれてなるもんか。

笑い転げていたソファの上からカバっと身体を起こすと、なのかは慌てて隣の車両に向かって走り出す。

 

「一蓮托生、呉越同舟。そいっ!」

 

投げる様に振るわれた ゆづきの左腕から、一房の黄色いリボンが伸びていった。

 

「良いでしょ、なの? 一緒に怒られよ? 私達友達でしょ?」

「良いわけあるかっ! てか、ちょっ、まっ、何よこの、これっ、離してってっ!」

 

どうにかこうにか。それは交わる運命の様に絡みつくと、手繰り寄せらた手首に なのかが引きづられていく。

 

ぴと…。

 

捕らえた なのかを盾に変えると、ゆづきは満足そうにして、絡まったリボンを自分の手首にも巻き付けていった。

 

「ゆづ。アンタ、覚えてなさいよ」

 

そう言ったつもりだった。他愛もない悪態で、深刻な意味なんてまるでない。

「大丈夫」「任せて」と、そういう言葉が返ってくるものだとばかり思っていた なのかは、難しい表情をする ゆづきに不意を打たれて戸惑ってしまう。

 

「覚えてるのは…ちょっと、自信ないかも」

 

不安げに揺れる表情と、何処か遠くを見る瞳。

それは、いつの日か、いや、毎日か、車窓に映る自分の表情と良く似ていた。

 

また失敗した。

 

意外と地雷多いなコイツ。

 

とはいえ、ココで変に取り繕っても意味はないし。

もう忘れたりなんかしないからって、ありきたりな慰めが欲しいわけでもない。

 

欲しいのは手近な目標。分かりやすい通過駅。

 

もし、また、忘れてしまっても、すぐに思い直せるような自分の軌跡。

 

「なにマジになってんの? 後で埋め合わせして、ウチに付き合ってって、それだけだから」

「そうなの?」

「そうなの」

 

その言葉に心底安心したように、ゆづきが息を吐き出すと、くすっと小さく微笑んだ。

 

「そうなのって、私のマネ?」

「違うしっ。ゆづと一緒にしないでよ」

「それは残念。でも、大丈夫、任せて? お部屋のお片付けとか私、得意だよ?」

「片付けって、ちょっとっ。ウチの部屋が散らかってるみたいに言わないでっ」

「?」

「不思議そうな顔すんなっ。ウチが間違ってるみたいでしょっ」

 

どうして埋め合わせのイコールが部屋の片付けに直結したのか。

年頃の女の子の部屋が、とっ散らかってると思われるのは流石に見栄えが悪い。

 

だけど、おかしい。

 

綺麗とは言わないでも、散らかってる程ではないはずだ。

むしろ、生活感があって好ましいと自分では思っていたのだけど。

 

そういえば ゆづきの部屋って何も無かったような。

 

いや、備え付けの家具くらいは合ったはず。だけど、それはあくまで列車の備品と言う程度の物。

ホテルの一室にも等しい ただの設備でしか無く、個人の部屋と言うにはあまりにも色がない。

 

確かに、そんな殺風景と比べればウチの部屋が散らかってるというのも頷ける。

 

そう思い込み、なのかが自分を納得させようとしていた時だった。

 

「いや、散らかってるだろう、普通に」

「丹恒うっさいっ!」

「ああ、やっぱり。丹恒もそう思う?」

「ああ、やっぱりだ」

「意気投合するのも禁止だってばっ!」

 

頷きあった二人の視線が、さっと なのかの方へと向けられると、慌てる なのかを尻目に、丹恒は一つ、溜息を吐き出していた。

 

「もういい。ゆづき、三月をつれて部屋の片付けでもしてこい」

「任せて、掃除は得意。ごみ袋、パムに貰ってこないと」

「待ってっ、待ちなさいよっ。アンタ、今掃除って、片付けでしょ? 根こそぎ捨てるつもりじゃ、ちょっとっ。ああ、もうっ、馬鹿力っ、せめてリボン解いてって、引きずってる、ウチ引きずらてるって、ゆづきっ」

 

豪華な内装、優雅な音楽。

何処を切り取っても特等席に映る列車内を賑わせたのは、あんまりにも日常的な光景だった。

 

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