ヘイローが『反転』できるようになったので、謎のヒロインごっこを楽しみます。   作:YEBIS_nora

52 / 53
長くなったので二話に分割して連続投稿します!



『信じて託す』ということ

 

 空崎ヒナとのビデオ通話を終え、ビジネスホテルの一室に僅かばかりの静寂が広がる。

 室内の音が目減りしたことで...ホテルのすぐ近くにある幹線道路を走る自動車やトラックの走行音が、嫌に大きく耳朶を打つ。

 

 壁も床も調度品も、何処にでもありそうな無難さで統一された室内。簡素な机には、少し前にかき込んだコンビニ弁当の容器や仕事道具が、雑多に入り混じったまま放られている。

 そんな『出張中のビジネスパーソン』を体現したような仮の寝床で...シャーレの先生は、先程まで少女の顔が映っていたノートPCの画面をぼんやりと見つめ続けていた。

 

「......『私を信じて』...か」

 

 ポツリと零れたその声は、誰に聞かせるでもない独り言。

 先生は膝を軽く叩いてから椅子から立ち上がり、数歩だけ歩いてベッドの端へ腰を下ろす。

 そのまま後ろへ倒れ込むように身を預け、両の手の平でそっと目元を覆う。

 

「____私はとことん、その言葉に弱いなぁ...」

「ふむふむ...確かに、先生を説得する殺し文句としてはこれ以上ないワードチョイスだったかもしれませんね」

 

「いや、それもそうなんだけどソレ以上に____って声近っ!!?」

 

 独り言のつもりで呟いた言葉に至近距離から反応が返ってきたことで、先生は跳ねるように上体を起こしかける...が、その動きは中途半端なところで止まることになる。

 

 それもその筈...仰向けになっていた自分の身体の上に、見過ごしようのない重みと温もりが()()()()()()()()のだから。

 

「____アロナ!?どうしてアロナが『外』にいるの!?」

「ふっふっふ...()()()()先生、周りをよく見てみてください」

 

 ()()()()()()()()()()先生と常に行動を共にする少女____アロナに促されてようやく、先生は周囲の状況にも意識が向き始める。

 

 背中にあった筈の柔らかな感触が妙に薄い、というかちょっと硬い。

 二、三度触れてみれば、それが合わせた学校机に長座布団を敷いた簡易的なベッドであるとすぐに分かった。

 

 続けて視界に広がるのはホテルの一室ではなく...透き通るような水に浸かった教室と、『外』の時刻に同期して反映したであろう満天の星空。

 

 即ちここは、連邦生徒会長が先生に託した遺産(オーパーツ)____『シッテムの箱』の内部空間。

 先生の意識はいつの間にか、件のタブレット端末の内部に入り込んでしまっていたのだ。

 

「ちょっと待って、私さっきまで『シッテムの箱』に触ってすらいなかったよね!?どうやって私の意識を『こっち』へ飛ばしたの!?」

「ふふん、驚きましたか?以前先生とサイカさんが給湯室で話していた内容を思い出しまして、私にも出来るんじゃないかと試してみたんです...!」

 

 先生の身体の上でうつ伏せに寝転んでいたアロナは上体を起こし、そのまま腹部のあたりで馬乗りになる。

 続けていそいそと、芝居がかった動きでポーズをとり始めた。

 まるでデッキをセットする『ディスクのような物』を取り付けた左腕に、カードをパァン!と叩きつけるかのように...!

 

 曰くそれは、多くのカードゲームに存在する呼び出しの概念。

 密室であるビジネスホテルの部屋を簡易的な『シッテムの箱の拡張領域』として定義することで、端末に直接触れていなくとも先生の意識を『こちら』へ呼び込める新機能。

 

「その名も____特殊召喚!!!」

「まさかの召喚される側!?」

 

 予想外過ぎる拡張機能に、さしもの先生も衝動をそのままにツッコまざるをえない。

 

「どうですか、どうですか...!別の場所に『召喚される』なんて体験、きっと一生の自慢になりますよ!」

「んんんんん...!他のみんなはアロナのこと見えないみたいだし、どう説明したものか滅茶苦茶悩ましいんだけど...でも一人で何かを作り上げたってところはホント偉い!やっぱりアロナは天才だね!」

 

 両手でわしゃわしゃと頭を撫でてはみるものの、内心ではダメな大人の成分だけで構成されたような思考がグルグルと駆け巡っていた。

 確かにネーミングだけで見ればテンション爆上がり案件だが、実用面で考えると当人(せんせい)的に不安でしかない。

 

 要するに端末(シッテムの箱)と自身が密室の同じ空間にいる時、アロナの気分次第でこちらの意識をいきなり飛ばすことも可能になってしまったわけだ。

 今まではこっそりコンビニスイーツを食べているのが見つかって駄々をこねられても『また今度買ってくね』で済んでいたが、今後もし同じ現場を見られたら即座にお菓子持ち込みでの強制送還コースである...!

 

「(アロナがその使い方に気付く前に、それとなく『緊急事態以外は両者の承認が必須』になるよう促さないと...!)」

 

 でへへへへ〜♪とだらしなく表情を緩ませるアロナを見ながら、先生はそんな決意をタスク化して即座に脳内To Doリストへ放り込む。

 普段ならすぐにでも、アロナにさり気なく機能制限のアプローチをかけるところだが...何時までもこの調子で話を逸らしていられるほど、彼の胸中も軽くはなかったのだ。

 

 ご機嫌に身体を揺らしていたアロナも、先生の表情に少しずつ影が差すのを見て取ったのだろう。

 彼女は一瞬だけ寂しげな表情を浮かべて...直後には、柔らかく微笑んで先生の肩に手をかける。

 

「それじゃあ先生?一頻(ひとしき)り褒めて貰いましたし、そろそろ続きを始めましょう」

「ん...続きって?」

「もちろん____アロナと『寝落ちもちもち』の続きです!」

 

 これまた想像の斜め上を行く単語(ワード)の再来に驚く隙を突かれ、先生はアロナに押し倒される。

 使い込まれた長座布団から、ポスッと空気の抜ける音が漏れ出た。

 

「...端末越しで話しているなら分かるけど...今のこの状態で話すのは、果たして『寝落ち通話』って呼べるものなのかな?」

「ぶーぶー!細かいことを気にする先生は嫌いです...それより、早く私に話してみてください」

 

 こちらの胸のあたりで頬を膨らませながらむにむにと抗議してくるアロナに、先生は苦笑混じりの相槌を返す。

 

 ...返してみるものの。

 その顔に滲む気の抜けた色は、やはりどうしたって長くは続かない。

 

 仰向けのまま視線を少し逸らせば、満天の星空が静かに瞬いている。

 透き通るような水に浸かった教室の青と、夜空の深い藍色。現実離れした静かな景色は、先程までの通話で揺れた心を落ち着かせるどころか...(かえ)って、その残響(よいん)を鮮明にしてしまうようでもあった。

 

「......どうしても、迷いが残っちゃうんだ」

「...ヒナさんのことですか?」

「うん」

 

 即答だった。

 逡巡する余地もなく、答えはそこに行き着く。

 『私を信じて』という言葉だけじゃない。あの時、ヒナが珍しく声を荒げた事実そのものも...先生の中では、まだ整理のつかない引っ掛かりとして残っていた。

 

「ヒナの言ってることは正しいよ。今外で進めてる交渉も、シャーレがより磐石な組織へ成長するために必要で......私がここで予定を全部キャンセルするのは、中長期的に見ても得策とは言えない」

「...はい」

「だけどさ?この出張だって、元を辿れば『ゲマトリアからシキのパトロンの座を奪う』っていう私のワガママを実現するためにやってることなんだ」

 

 無数でありながら、それぞれの輝き方で空を照らす星々を何に重ねたのか...先生はバツが悪そうに、手の平でそっと目元を覆う。

 

「そんなワガママに現在進行形で付き合ってもらってる部員に...ヒナに、これ以上シャーレとしての仕事やそれに伴う負担を背負わせてしまうのは、組織の責任者としてどうなのかなって...ね」

 

 そもそも前提として、『シャーレ』は組織構成がかなり特殊なのだ。

 本当に正式と呼べるメンバーは先生とサイカだけであり...他の部員はそれぞれ『ゲヘナ』や『トリニティ』、『ミレニアム』といった学校組織に本籍を置いている。

 

 加えて『風紀委員会』や『放課後スイーツ部』、『セミナー』といった部活や中枢組織に殆ど全員が所属し、日々それぞれの活動を行っているのだ。

 

 ヒナ達はあくまで、本業もありながら兼任して手伝ってくれているシャーレ部員。

 いくら(くだん)の会議で可決してくれたとはいえ...そんな彼女達に過度な負担を強いてしまうのは、あまり褒められた行いじゃないのではないか。

 

 そんな感情が、ずっと先生の胸に燻り続けているのだ。

 

 ...先生の内心を反映するように、透き通った水面がユラユラと揺れる。

 星々がその揺らぎに合わせて瞬き、教室全体へ淡い光を落としていく。

 

 先生が静かに零す感情を、アロナは黙って聞いていた。

 胸の上へ頬を預けるような格好のまま...決して飽きっぽい子供のように、足をぱたつかせたり手遊びを始めることもなく。

 

 ただ、先生の言葉を一つ一つ受け止めて。同時に心音に耳を澄ますかのように目を閉じて。

 ...やがて、何かの整理を終えたかのように目を開く。

 

「先生」

「...うん?」

「____それ、今更ですか?」

「うぐっ...!」

 

 綺麗に鳩尾へ入るような一言に、先生の喉から間の抜けた声が漏れる。

 アロナの声音は別に棘があったわけでも、責め立てるようなものだったわけでもない。

 だが、この都市に来てから誰よりも長い時間を共にしている彼女からそう返されてしまっては...この場で下手な言い訳なんて意味を成さないと、否が応でも受け入れる他ないのである。

 

「いやぁ......その、今更って言われると確かにそうなんだけど...」

「ですよね?」

 

 そう返しながら上体を起こし、アロナは先生の顔近くで両手をつく。

 再び押し倒されたかのようなその体勢は、咎めるでもなく、逃がさないでもなく......ただ、『ちゃんと聞いてくださいね』とでも言いたげな圧のかけ方だった。

 

「____どうやら先生(あなた)は忘れっぽいみたいなので、不肖この(アロナ)が教えて差し上げましょう」

「...?」

 

 その声を聞いた瞬間、先生はほんの少しだけ呼吸を止めた。

 

 アロナの声音は落ち着いていて、妙に淀みが無い。

 幼い少女の姿をしているというのに......その一言一言が、まるでずっと高いところから全体を見渡していた誰かの判断みたいに、静かで、理知的で、()()()()()()()()()()

 

「いいですか?()()()()()()()()()()____生徒さん達は『兼業の大変さ』も『シャーレという超法規的組織が担う役割の大変さ』も覚悟の上で、『それでも先生の力になりたい』と入部届を書いているんですよ?」

「......っ」

 

「先生に恩を返したいから。どん詰まりの状況を切り開いてくれた先生を、今度は自分が支えたいから。先生が目指す場所を、自分も一緒に見たいから......理由はそれぞれ少しずつ違っても、自分で決めてシャーレに来たという部分だけは同じです」

「............うん」

 

 先生は、言葉に詰まった。

 覚えていないわけじゃない。

 忘れていたわけでも、決してない。

 

 部員達がどんな想いで入部届を書いてくれたのか、どんな顔をして『先生の力になりたい』と告げてくれたのか。

 一つ一つ鮮明に思い出せるくらいには、ちゃんとこの胸へ刻み込まれている。

 

 ...それでも。

 少しずつ知名度が上がり、出来ることが増え、動かせる人員や情報の規模が拡大していくにつれて......責任者として、なるべく彼女達へ負担をかけないようにと思考が傾いていたのもまた事実だった。

 

「確かに、先生やサイカさんが率先して動くのは大事です。シャーレに本籍を置くメンバーが前に立つことで締まる場面も、きっと沢山あります」

 

 『ですが』と言葉を切って、アロナは右腕だけを曲げて長座布団に肘をつき...先生にグイッと顔を近付ける。

 

 水面越しの星明かりを受けたその顔は、何時もの愛らしい少女である筈なのに。

 それでもどうしてか、彼女の輪郭の奥に...記憶の奥底に残る()()の面影を重ねてしまう。

 

「組織全体が忙しなく動いているのは明らかなのに、『君は正式なメンバーじゃないから』なんて理由で遠慮される方が、生徒さん達は悲しいと思います」

「...!」

 

 その一言は、先程の『今更ですか?』よりもじわじわと効いてきた。

 

 ...悲しい。

 言われてようやく、彼女達の感情面に対する考慮がおざなりになっていたことを自覚する。

 

「組織の成長、磐石な体制の土台作り...最近の先生は沢山その辺りを考えていますから、『会社の現場監督責任者』みたいな思考に寄り過ぎているのかもしれませんね」

「...図星だね」

「ふふっ、知ってます」

 

 少しだけ得意げに微笑んでから...アロナは再び上体を起こし、先生の腹部に跨るような姿勢になる。

 

「『信じて託す』、『頼りにする』......それは、相手に負担を押し付けることとは違うと思うんです」

 

 流れるようにこちらの手をとって包み込みながら、大人びた様子の少女は続ける。

 

 『信じて託す』とは...その子が自分で決めたことを、先生がちゃんと受け取って預けること。

 

 『頼りにする』とは...その子が差し伸べてくれた手を、想いを、『寧ろこちらからお願いしたい』って受け取ることだと。

 

「先生が生徒の可能性を信じるって...そういうことでもあるんじゃないでしょうか?」

 

 瞬間、夜空に一筋の流星が瞬く。

 思考の袋小路に光が差し込んだことを、視覚的に示してくれたかのように。

 

「聡明なヒナさんのことです。今の自分に出来る範囲を考えて、その上で『預けてほしい』と言った筈」

「だから先生がするべきなのは、申し訳なさに引っ張られて悩み続けることじゃなくて......その子がちゃんと立っていられるよう、信じて託した上で必要な時はすぐ支えられるようにしておくことだと思います」

 

「すぐ、支えられるように...」

「はい。丸投げとは違います。全部一人で抱え込むのとも違います。その間を選べるのが、先生なんじゃないですか?」

 

 先生は、すぐに返事が出来なかった。

 

 ...アロナの言う通りだった。

 全部自分で背負うか、全部相手へ預けるか...いつの間にか、そんな極端な二択みたいに考えていたのかもしれない。

 

 けれど本当は、そのどちらでもない場所に立ちながら、生徒を信じて託し、必要な瞬間に手を差し伸べられる形だってある筈なのだ。

 

「......そっか」

 

 零れた声は、思っていたよりも小さかった。

 

「『責任を負うこと』と『全部抱え込むこと』は全然違う...分かっていた筈なのに、対象が自分になると途端に混同し始めちゃうんだから困りものだよね」

「ですね。そこは先生の良いところでもあり、悪いところかもしれません」

 

「えぇ...?被せるくらいの勢いで言葉返ってきた...」

「ふふっ、今のは即答しておくべき場面だと判断しました」

 

 釣られるように、先生は思わず苦笑する。

 だが不思議と、その苦笑には先程までの重さが少しだけ混じっていなかった。

 

「...ありがとう、アロナ」

「いえいえ、先生のお役に立てたのなら何よりです!」

 

 そう言って、アロナはポスンッと先生の胸元に抱きつきながら顔を押し付ける。

 口ではそんなことを言いつつも、『それそはそれとして、お礼はちゃんと行動で示してください!』とでも言うように。

 

「(アロナにサイカ...頼れる相棒が二人もいて、私は本当に恵まれてるな)」

 

 先生は優しく目を細めながら、グリグリと顔を押し付けてくる少女の頭を優しく撫でる。

 

 胸の奥に残る(わだかま)りが、綺麗さっぱり消えたわけではない。

 だがホテルの部屋にいた時よりは格段に、次に何を考えるべきかが見えてきた。

 

「......頑張って、くださいね...?」

 

 ...そんな、先々のことに意識が向いていたからか。

 或いは、顔を押し付けたことで声がくぐもっていたからか。

 

「要所で誰かに『託すこと』、誰かを『頼ること』......それは、かつての私には出来なかったことですから

 

 幼い少女の口から零れた呟きは...(つい)ぞ、先生の耳に届くことは叶わないのだった。

 

 

 





二話目に続きます!
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。