フロンティア・アクターズ~私のルートはお断りッ! ヒロインに転生した私はHEROとの恋仲ルートを避けながら町の平和を守ります~   作:北乃ゆうひ/YU-Hi

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40.【閑話】スプラッターハウス 5

 

【View ; Kirika】

 

 階段からゆっくりと黒いモヤが集まって人型になったようなものが姿を見せる。

 

 あれは、草薙先生のマイマイ・メモリーズの人型モードや、錐咬のヘアー&エイリアンのヒューマンモードなんかと同じようなものだと、直感した。

 

 つまりは、身体を蝕む黒いモヤ――その能力が人の形をとったもの。

 

「ね……ねぇ、何……アレ?」

 

 緑川さんに問われて、どう答えるか逡巡してから、素直に口にする。

 見えてないなら誤魔化せたけど、普通の人にも見えるタイプのモノなら仕方がない。

 

「恐らく、だけど。

 階段を下りると身体を覆う黒いモヤの集合体で、この家の守護者とかそういうものなんじゃないかな。

 たぶん、何度も壁を壊してるから、この家を守るために様子を見に来たんだと思う」

「そんな……!」

 

 悲愴な声を漏らす緑川さんだけど、まだ距離があるうちやることをやらないと……ッ!

 

 私はすぐに自分の右手をストールで包むと、それを振るって壁を粉砕する。

 

 それを認識したんだと思う。

 黒いモヤの集合体――ええっと、黒いモヤの集合体って呼ぶのも何だか変な感じなので、この家の能力を勝手にスプラッターハウスと呼称しよう――は、顔のない頭をこちらに向けた。

 

「緑川さんッ、行って……!!」

「でも――ッ!」

「邪魔だからとっとと行ってッ!!」

 

 我ながらヒドい言い草だと思う。

 だけど、そうでも言わなければきっと緑川さんは動いてくれない気がしたんだ。

 優しい子っぽいからね。

 

 涙を堪えるように、意を決するように、彼女はうなずいた。

 

「降りて来てよッ! ちゃんと! 貴女も!!」

 

 それから、緑川さんはこちらを見ながらそう叫ぶと、片足で壁の穴から飛び降りた。

 もちろん、巻き付けていない左側のストールで、彼女に祈りを付与してある。

 

 飛び降りる緑川さんを見送り、壁が修復されていくのを尻目に、私は迫り来るスプラッターハウスに対して身構えた。

 

 左手にストールを巻き付け、近づいてくるスプラッターハウスに左の拳を放つ。

 

 一緒に錐咬のメイズにいった三人に比べたら拙いパンチだけど、開拓能力の発現によって高まった身体能力から繰り出す一撃だ。

 そんじょそこらの見習い格闘家よりも強い――はずだ。たぶん。

 

 だけど、私の拳はスプラッターハウスを捉えなかった。

 いや、正確に言えばちょっと違う。捉えたけど、手応えがまったくなかった。

 まったくなかったのに、私の左腕は二の腕半ばまでがモヤに包まれ消えてしまったのだ。

 

「触るだけでアウトとかッ!」

 

 思わず声に出して毒づき、距離を離す。

 

 草薙先生のマイマイ・メモリーズのように、スプラッターハウスそのものが、格闘技じみた動きをしてくることはない。

 

 ただ、淡々と近づいてきて、手を伸ばしてくるだけだ。

 

「オ、オ、オ、オ、オ……」

 

 だけど、こちらから触ることができないのだから、どうしようもない。

 

 左腕の感触は消えてない。むしろ、消えたという感覚はなく今まで通りに感じる。だけど、現実(ここ)から消えてしまったのは事実だ。

 あるのにない奇妙な感覚。現実から隔離されたとでもいえばいいのだろうか――いや、そんなこと考えてる場合じゃない。

 

 隙を見てどこかしらの壁を壊したいところだけど、スプラッターハウスはそうはさせないと、こちらを睨んでいるような気がする。

 

 階段から降りるのは叶わず、壁を壊すのは難しい。

 ……正直、詰んじゃってる感がハンパない。

 

 唯一、使えそうなのは腕しか通りそうにない窓だけだ。

 

 ――いや、待てよ。

 ……さらに待てよ自分。

 

 今、何を思いついた?

 今、自分は何を実行しようとしている?

 

 自分自身の正気を疑うようなことをしようしているぞ、自分。

 

 ああ、でも――

 

 ……思いついた。

 …………思いついてしまった。

 

 これ以外の脱出ルートも思いつかない。

 

 だから……

 

 私は腕しか通らない窓へ向かって急ぐ。

 

「オオ、オオオオ、オオオ……」

 

 スプラッターハウスの腕が文字通り伸びる。ウネウネと伸びる。

 

 右膝に巻き付かれ、そこから下が現実から消滅する。

 

「あッ……!」

 

 バランスを崩す。

 だけど、窓から目を逸らすことはしない。

 

「まだだッ!」

 

 右腕を窓へ向かって伸ばす。

 自分の手首にストールをしっかりまきつけ、ストールを窓に向かって伸ばす。

 

 ストールを窓の格子に巻き付ける。

 

 左膝に巻き付いていたスプラッターハウスの腕がそこを機転に上へと浸食領域を広げていく。

 浸食されるたびに、現実から私の身体が隔離されていく。

 

 巻き付けたストールを基点に、自分の身体を窓へと引き寄せる。

 逃がすまいと、スプラッターハウスが身体ごと伸ばしてくる。

 

「オオオオオオ、オオ、オオオオ……」

 

 背中に、スプラッターハウスの身体が直撃する。

 

 文字通り土手っ腹に穴があいた。

 もちろん痛くはない。

 

 現実から隔離されているだけで、本当に私のお腹に穴が開いたわけじゃない。痛みとかはなく、今まで通りの感覚のまま、だけどあるべき場所から私の肉体が消滅している。

 

 お腹に開いた穴からモヤが左右に広がり、下半身が地面に落ちる。

 

 実際は繋がってはいるのに、現実から隔離された部分が広がった為に、上半身との繋がりがなくなり、腰から下が地面に落ちた。

 

 地味に痛いし、下に落ちた部分はあっというまにスプラッターハウスに飲み込まれてしまった。

 

 今は格子に巻き付けたストールで残った上半身を支え、ぶら下がっているような状態だ。

 

 ストールをひっぱり自分の上半身を引き上げるようにして、自分の身体を格子にぶつける。

 痛いけど、そんなことを言っている暇はない。

 

 格子の隙間から限界まで右腕を外に出した。

 そうこうしているうちに、顔も半分ほど飲み込まれている。

 

 まだ口が現実に残っているうちに、勝利宣言くらいはしておこう。

 

「あなたが知性ある存在じゃなく、ただ機械的に動くだけの存在で本当によかった。おかげで、ギャンブルじみた脱出が成功するみたい」

 

 言い終えると同時に、顔が飲み込まれる。

 

 あとは、腕だけだ。

 

 何も見えない空間を両の目が見る。

 スプラッターハウスが飲み込んだ相手を連れてくる隔離された空間の中には――

 

 ………………………うん。

 ……………これ、しばらく夢に見そう。

 

 考えてみれば、犠牲者がいないワケがなかった。

 人知れず喰われてしまった人たちも多少はいたいみたいだ。

 

 左腕だけが隔離されてた時に、コツンとぶつかった感触が何であったかは、考えないようにしよう。

 いや、まぁ、こんな光景が見えちゃった以上、答えは分かったんだけどさ。

 

 ……骨、骨かぁ……。

 誰かの骨に左腕が触れちゃったのかぁ……。

 

 自覚すると同時にちょっとショックを感じちゃった時、右腕が風を感じる。

 どうやら現実の方では落下を始めたらしい。

 

 落ち込んでいる場合じゃないよね。

 

 何はともあれ、作戦通り!

 

 格子から外へ出るのに、腕以外の部分は邪魔だから。

 実際に、消滅するわけでも消し飛ぶわけでもなく、隔離されるだけならば――

 

手早くも懸命な祈り手(インスタント・プレイヤーズ)

 

 能力を本来の使い方で発動させる。

 今回は身体強度の強化をしっかりと意識して発動。

 

 格子につっかえていた肉体を失い、地面へと落ちていく腕を、この状態でフォローするのは難しいからね。

 

 あとは、笠鷺さんや信号トリオちゃんたちの誰かが、地面に落ちた私の腕を能力の効果範囲の外へと連れていってくれることを祈るだけだ。

 

 ……祈りをチカラに変えられる私も、こればっかりは、文字通り神に祈るしかない運任せなんだけどね。

 

 

 

 

 

 ――そして、私の祈りは天に届いたのか、覚悟を決めた賭けに勝利した。

 

 

 

 

「まったく、無茶しますね」

 

 元に戻った身体を動かしている私に、笠鷺さんが呆れたような顔をしている。

 

「勝算はありましたよ?」

「顔が飲み込まれた時、息が出来なくなる可能性とかあったのでは?」

「助けて貰えるのなら――それってほんの数分じゃないですか。躊躇う理由にはなりませんよ」

 

 まぁそうは言っても、腕だけの状態で外に出て身体が元に戻るかは賭けではあったんだけど。

 

「そういえば、笠鷺さんって事務所に連絡とかしちゃいました?」

「いえ、報告などはまだですけど」

「そしたら、ちょっと先に連絡したいところがあるので、少し待ってもらえません?」

「どちらに?」

「私の友人で、この手の状況の後始末とかも手を回してくれそうな人です」

 

 笠鷺さんは少し考えてから、うなずく。

 

「わかりました。でも、その方と少しお話させてください。

 その方が事後処理を上手くやってくれるのであっても、口裏を合わせておく必要はありますから」

 

 その言葉に私は了解を示し、スマホを取り出した。

 

「あ、もしもし鷲子ちゃん? 夜分にごめんね。

 実はちょっと能力の絡む厄介ゴトに巻き込まれちゃって……え? あ、大丈夫。一応は解決……したはずだから。

 ただ、後始末だったりとか、警察への説明とかが必要な事態だから……え、あ、うん。そうなの。

 えーっと、場所はね――」

 

 もちろん、電話する相手は鷲子ちゃんだ。

 深夜と呼べる時間に電話しちゃって大変申し訳はないんだけど、今回の件は彼女に報告しておくべきだと思うしね。

 

 何はともあれ、こうして人探しから始まった一夜の騒動は、終わりへと収束していくのでした。

 

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