「な……っ」
「あなたなら良き王となるでしょう。……まあ、兄が生きていたら、兄には負けていたでしょうけれど」
何せアーダルベルトは完璧な王子だったからな。
「何をするかと思えば……」
怒りに震えたキャロルナ公が、声を張り上げる。
「――ふざけるな! 国王としての責務を放棄するか、この愚か者が!」
「……だから完全に放棄することになってしまう前に、あなたに引き継いでおこうと考えたのですけれど」
「ここで命を擲つことが王のすべきことだと考えているのであれば恥ずべき誤想! 今すぐに撤回しろ!」
「……、」
俺はまた、少し意外で、黙り込んだ。
――キャロルナ公は本気で怒っていた。
初めてまともに会話をした一年前を思い出す。冷笑とともに俺を嘲った彼は、俺の愚かな間違いを怒ってすらくれなかった。
だが今、こうして怒ってくれるということは、俺に向き合ってくれていたということだ。……それが、なんだか少し、嬉しいのだ。
「……キャロルナ公。わたしは何も死にに行くわけではありません。まだ勝ち目はあります。何せわたしは月の――」
「どこに勝ち目がある。お前は月の神子ではないだろう」
「!」
これにも驚いた。
なんだ。
やはり、気づいていたのか。
「……ご存知だったのですか。では、なぜわたしについてくださったのです? わたしは反乱軍の言う通り、国民を騙す偽王なのですよ?」
「偽王? 馬鹿を言うな。偽の聖女であっても偽の王ではない」
しかし俺の試すような皮肉な質問も、その短い言葉で切って捨てられた。
「お前は月の女神の血族に生まれ、正当な手段で即位した。その卑下はルネ=クロシュ数百年の歴史を侮辱する発言だぞ」
「……叔父上様……」
「そも、国民に完全に正直であって政治ができるか? 国民に完全に正直に、完全な政治をする――そんなものは理想であって実現は不可能だ。民の安寧が守られているなら誰が本物の聖女であるかは大した問題ではない。さらに毎年の神事が滞りないのであれば、真の聖女がお前のために、自ら全てを捧げているということ。むしろ人望(そこ)にこそお前の王としての価値がある」
俺は怒りを燃やす叔父を黙って見返した。
……そうだな。
思えば確かにこの人は、俺が女王に即位した時から、
「――叔父上様、いえ、宰相。先ほど、宰相は仰いましたよね? わたしのために死んだ民のために生き残れと」
「……言った」
「わたしもその通りかと思います。――ですが、今、わたしのために死に行かんとしている民を顧みずに逃げることは、果たして裏切りにならないのでしょうか?」
みんな、俺を生かすために戦ってくれている。
だから女王(おれ)の命を一番に重んじよというのはわかる。
だが――共に戦って生き残る選択肢をはなから捨てるのは、怠慢にならないのか?
「無茶なことを」
「あなたは最悪を避けようとしている。恐らく、あなたの言っていることは正しい。しかしわたしは、最悪のリスクを取ってでも最善の結果を取りたい」
なんとかなる。
いや、なんとかする。
だが本当に、本当の本当になんとかならなかった時、この人に託そうという――そういうことだ。
「わざわざシェルト城に司令部を置いてまで危険を避けたのに、無駄にしてしまって将らに申し訳ないわ。――でも大丈夫。勝って帰りますから」
「……」
しばらくの沈黙の後に。
深く。深く――キャロルナ公が、溜息をついた。
そしてそのあと、彼は、ゆっくりと――空いた高座に、座ってくれた。
「宰相……!」
「……行け。もう何を言っても無駄なことは理解した。この座にはお前の代わりに私が座る」
「っ、ありがとうございます!」
「ただし、あくまで代わりにだ。……そもそもここは玉座ではない。必ず帰れ。必ず帰り、玉座に座り直せ」
いいな、
宰相の――否、叔父の青い瞳に真っ直ぐ射抜かれる。
……初めてかもしれない、彼に名を呼ばれたのは。
じわじわ喜びと、誇りが胸にせり上がる。
「……はい! 必ず!」