ざまあされ悪役王女の崖っぷちTS転生譚   作:サニー★

55 / 126
王太女編:40 冒涜

 ずるり、と、ソレが灯りの下までやってきて、その全貌が見えるようになる。

 

「ヒュッ……」

 

 俺は思わず引き攣った声を上げ、後ずさる。

 喉の奥が強制的に引き絞られたかのように、声が混じった空気音が自らの口から零れた。それは紛れもなく俺の悲鳴で――それも驚きではなく、恐怖のための悲鳴だった。

 

 

 ――公爵が最高傑作と言ったソレは、形容しがたい、冒涜的な見た目な化け物だった。

 

 

 蛸のような、軟体生物じみた胴体。

 胴体に埋め込まれた多くの目玉はぎょろぎょろとせわしなく動き、視線が定まらない。 

 極めつけに、その足だった。その化け物から生えている青ざめた肌色の足は、人間のものによく似ていた。

 

(どこの神話生物だよ、おい……)

 

 気持ちが悪い。

 吐き気がする。

 

 一体何種類の魔物を組み合わせたのか、最早元となった魔物の種類すらわからない。

 

 あまりのおぞましさに俺が上体を仰け反らせると、そのあまりの醜悪さと気配の重さに耐えきれなくなったのか、横からアインハードが俺を見た。

 

「ディアナ殿下。まず俺が」

「えっ」

 

 俺が何かを言う前に、アインハードは飛び出した。

 いつだったゼーゲマンバを屠った魔族の剣が、灯火の光を受けて鈍くきらめく。

 

(よし。さすがにアインハードに斬れない魔物なんて……、

 え?)

 

 ――しかし、振りかざした剣が、その魔物に傷をつけることはなかった。

 

 それどころか、傷を負ったのはアインハードの方だった。剣先が魔物を掠めた瞬間、黒い光が弾け――アインハードの腕を深く抉ったのだ。

 

 血が、飛沫(しぶ)く。

 

「ア……イーノ!」

 

 思わず叫んで、アインハードに駈け寄った。

 

「大丈夫か! っ、血が……」

「……大したことは」

 

 どうして、どうしてこいつが傷を負った? 

 今の攻撃は十分に強い威力があったし、隙もついていた。普通に刃が届けばこの化け物……合成獣を間違いなく斃せたはずだ。それなのに――。

 

 

 アインハードがハ、と自嘲するように顔を歪ませた。

 そして言った。「なるほど」と。

 

 

「殿下。どうやら、あれがあなたの父君を使って作った合成獣のようですよ」

「どうしてわかる」

「忘れましたか。俺は、『王族に傷をつける』ことができません」

「あ……!」

 

 ――従属契約の影響か! しまった!!

 

 確かにそういう誓いをアインハードは立てていた。

 誓いを破れば反動でアインハードが傷つき、最悪、死ぬ。腕の怪我で済んだのは、身体の持ち主が死んでいるからだろう。

 それが仇になったのだ。

 

(でも、どうする?

 今、悠長に従属の契約魔術を破棄しているような時間はないぞ!?)

 

 じゃあ、アインハードは、こいつとの戦いに参加できないってことか?

 俺は青ざめて、冒涜的な姿をした化け物を見遣った。

 

 ……つまり、俺が一人でこれをやるのか?

 父の肉を使った、化け物を?

 

「おや。よくわかりませんが、イーノ・スターニオ騎士は、その子に攻撃できないようだ。原因はなんなのでしょうか。興味深い」

 

 宰相が愉快げに笑い声を立てた。何も言い返せず、ぎりりと奥歯を食いしばる。

 

(ああくそ、間が悪すぎる……!)

 

 どうして俺はこうなんだ。その時はよかれと思ってやったこと、あるいは都合がいいかと思ったことが、ことごとく裏目に出る。いっそもう、呪われてるんじゃないのか。

 

 だが、自分の運の悪さ間の悪さを呪っている暇はない。

 

「ッ!」

 

 次の瞬間、眩い何かが頬を掠める――熱い。いや、痛い? 

 その眩い何かが合成獣の目から放たれた熱光線、熱の魔術だと思い当たったコンマ数秒後、蛸の足のような触手のような何かが、こちらを叩き潰さんと襲い掛かってくる。

 

「殿下、右です!」

「! くっ」

 

 すりつぶされるよりも早く横に転がり、なんとか直撃を避ける。

 こっちが狭く暗い地下室に目が慣れず、音と気配でぎりぎり躱すしかないのに対し、化け物はどうやら夜目もきくようだった。

 俺もアインハードの指示がなければ、今の攻撃で挽肉になっていた。

 

(強い……!)

 

 俺は、必死で攻撃を避けながらも――戦いに関して完全にアインハードを当てにしていた自分に気付き、情けなさに唇を震わせた。

 

 自分の国の、家族のための戦いだというのに、俺は心の奥底で、俺は人任せにしようとしていた。

 危なくなったら、きっとこいつが助けてくれるだろうと。

 初めは散々信用できないなどと言っておきながら、いざとなったらこれだ。

 

(『しまった!』じゃ、ないだろうが)

 

 化け物より、俺の性根の方が、よほど醜悪だ。

 そもそも、俺がもっと早くに宰相を怪しんでいれば、王が死ぬこともなかったかもしれない。

 ……シャルロットが攫われるようなこともなかったかもしれないのだ。

 

(……『あなたでは勝てない』、か。そうだよな)

 

 だって、俺は、主人公じゃない。

 

 この体は悪役王女で、真の聖女である女主人公を追放するようなゲスだ。

 俺自身も、誰かに尊敬されるような性格はしていない。能力が高いわけでもない。……卑屈になっているんじゃなくて、実際にそうなんだ。

 

 卑怯で小心者で、平凡で、完璧とは程遠くて――、

 

 

「しっかりしてください、ディアナ様」

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。