ざまあされ悪役王女の崖っぷちTS転生譚   作:サニー★

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王太女編:42 あなただけの魔法使い

「は……?」

「――あるはずですよ」

 

 緋色の目が鈍く瞬く。

 闇に磨かれたピジョンブラッド。それは狂気のように美しい、魔族の王の血の色そのもの。

 

「魔力保有量において、遥か格下の相手であれば、有無を言わさず殺せる魔術が。

 今やまともに使えるのは魔王だけだという闇の最高位魔術が」

「あ……」

 

 狂気的な美しさを秘める視線に絡めとられ、鈍くなった思考で、考える。

 ……そうだ、ある。

 魔族の王子であるアインハードにすら発動が困難な魔術が。魔力量、魔力の調節の技能が、最大に問われる魔術(モノ)が。

 

「受け止めてくださいよ」

 

 瞬間、顎を指で掬われる。

 

 

 そして気がつけば、最上の美貌がごく近くにあり――俺は口を、塞がれていた。

 

 

(ギャーーーーーッッッ!??!!!)

 

 息とともに、莫大な魔力が流れ込んでくる感覚。

 

 口を何で塞がれていたのかなどと、シャルロットとのことを思い出せば、考えるまでもない。考えたくもない。

 色気がないことだけが唯一の心の救いだった。

 

 

 ――口を離され、身体を離せば、目の前に化け物の触手。

 

 すわ潰されるかというようなタイミングだったが、頭は冷静に働いた。腹の底にたまった膨大な魔力を、正確に練り――

 そして、俺は、『その』魔術を組み上げ、発動した。

 

 

 

「【默せ、冥罰重き狼よ(ラ・モルテ)】――‼」

 

 

 

 瞬間。

 合成獣の足元に突如現れた魔法陣が、赤く光り――、

 ぴたりと動きを止めた化け物は、力なくその場に倒れ伏した。

 

 同時に、与えられていたはずの莫大な魔力が、身体から一気に抜けた感覚。

 ――それは、即死の魔術が正常に発動した証でもあった。

 

 

「……、は?」

 

 

 そして、呆然と声を漏らしたのは、今までさも愉快そうに成りゆきを見守っていた宰相だった。

 両眼を極限まで見開き、倒れ伏した合成獣を凝視している。

 

「どういうことだ……、何を……、今、何が起こった……⁉」

 

 がたがたと全身が震えている。

 彼の整った容貌が、一気に褪色していくようだった。

 

 ほとんど無意識だったが、思いのほか冷たい声が自分の口から零れ落ちた。

 

「……あら、初めて動揺を見せましたね、公爵。へえ、あなた、焦るとそんな顔をなさるの。知らなかったわ」

「貴様がやったのか……? どうやって、どのようにして私の子を殺した?」

 

 何が私の子、だクソ野郎。

 俺は目を細め、冷ややかに宰相だった男を睨みつけた。――お前に子どもがいるとしたら、それはただ一人、エウラリア・エクラドゥールだけだろうが。

 

「答えろ、ディアナ・リュヌ=モントシャイン!」

 

 攻撃魔術を使おうとしたのか、狂人の手に魔力が集まっていく。

 しかし。

 

 

「……おっと。それ以上は駄目だ、グンテル・エクラドゥール」

 

 

 それが発動するよりも先に、アインハードが奴の首に剣を当てていた。

 

「イーノ・スターニオ……⁉ なぜだ。お前はこちらに攻撃できないはずでは……、」

「馬鹿を言え。俺が攻撃できないのは、あの合成獣(こくおうへいか)に対してだけだ。

 ……それに、俺たちと魔物の間に仲間意識はないとはいえ、同じ土地に住むものを、あれほど好き勝手玩具にされれば、こちらとしてもさすがに思うところがある。挙句の果てに、お前はこの人に傷をつけた。よくよく地獄で懺悔しろ」 

 

 氷よりも凍てついた声と、煮え滾るような殺意。

 それらが自分に向けられていないことはわかっていたが、背筋が冷える。

 これが魔国太子の本気の殺気か。……なるほど、心臓に悪い。

 

 だが、エクラドゥール公爵は、恐怖ではなく驚愕を顔に浮かべた。

 けれども。

 

 

「『俺たちと』だと……? 待て、まさか、お前は」

「――死ね」

 

 

 その問いを、最後まで発することはなかった。

 端的な言葉と共に、首に当てられていた剣が、真横に引かれたからだ。

 

 そして音もなく大量の血が噴き出し――グンテル・エクラドゥールだった男は、痙攣しながらその場に倒れた。

 

「……気持ちの悪い男だ。死ぬその時まで恐怖の表情すら浮かべないとは」

 

 フンと鼻を鳴らしたアインハードが、鞘に剣を仕舞う。

 俺はその横から倒れ伏した宰相の顔を覗き、眉を顰めた。

 

(……確かにな)

 

 ――血だまりに沈んだ男の最後の表情は、好奇心と困惑と驚愕の入り混じった、形容しがたいものだった。およそ、死を目前にした男のする表情ではない。

 

 グンテル・エクラドゥールは、人知れず感情に欠陥を抱えていた人間だったのかもしれない。

 誰もそれを知らず、誰にもそれを悟らせなかったが。

 ……それだけ、この男が人を欺くに長けていたということだろう。

 

 

 俺はふうと息を吐き出すと、未だ目を覚ます気配のない義妹に視線を向けた。

 

 そして、重い身体を引きずって、シャルロットのそばに寄る。

 呼吸は正常で、ほっと息をつく。体から力が抜けた。

 

「……はは。

 灰被りの次は白雪姫か、シャルロット? 俺はお前の王子じゃないからキスはしないぞ」

 

 起きなさい、と言いながら、ぺちぺち頬を軽く叩く。

 ずっと繋がれたまま眠っていたからか、シャルロットはひどく窶れている。しかしそれでも、俺の義妹は最高に美少女だった。

 

(……まったくさ。俺なんかに名誉を、って聖女を辞退しようなんて。ほんとお前は、しょうがない子だなあ)

 

 不思議なことに、下心はまったくなかった。

 全くなかったけれど――俺は気づけば、彼女の額に唇を落としていた。

 

 そして。

 

 

「……お、義姉様……?」

「おはよう、寝坊助さん」

 

 

 困った眠り姫が、ようやく目を開けた。

 吸い込まれそうな高貴な紫が、ゆっくりと顔を覗かせる。

 

「来て、くださったのですか……?」

「……当たり前でしょう。わたしの可愛い灰被り姫(シンデレラ)

 

 お前が苦しんでいたら、どこにだって助けに行くよ。

 

 俺は臆病だし卑怯者だし、馬鹿だし、誰かに尊敬されるような人間では決してない。お前の気持ちを理解してやれずに、お前を突き放すひどいやつだ。

 ……だけど、それでもさ。

 俺は、お前を救い出すためなら、全力を尽くすよ。挫けそうになっても、最後にはお前を必ず助けるよ。

 

 

 だって、お前は俺の、世界で一番大事な女の子だ。

 

 

「言ったはずよ、シャルロット。

 わたしはあなたの、あなただけの魔法使いなんだから」

 

 無事でよかった、と。

 俺はそう言って、可愛い義妹を思いきり抱きしめた。

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