演者の才能のない俺は動画サイトで上を目指します 作:ははもり
あれから3日。
収録してそれを聞いて、反省点を述べるその繰り返し。
その結果細かいことを除けば一番の課題は体力ということが分かった。
例えば、これは人気が出る前提ではあるが、人気が出たことでライブをしようとなったとしても、たかだか一曲で汗だくになってるようじゃ話にならないと戸波が肩を竦めながら言ったのだ。
それは確かにその通りだと納得した俺はそれ以降毎日走っている。
昔から何かを極めるためにそれに必要なことを必要なだけするという行為は好きだ。
演技に必要なことは何でもやった俺からすればこの程度は苦でもない。
しかしミュージカルをやっていたときは体力作りでもなんでもしていたが、夢を諦めてからは怠惰に生きていたことが悔やまれる。
昔みたいにバリバリ歌って踊れるくらいに戻さねばと
「……走るくらい続けとけばよかった」
後悔先に立たず。
どうせ走っててももっと体力作りしとけばよかったとか無い物ねだりすることは目に見えてる。
今は悔やむより体力作りに専念しよう。
▲
それから暫くして俺が喫茶店でコーヒーを飲んでいると戸波が怒り心頭の様子で目の前の席にどかりと座る。
見るからに怒っている、何があった。
「あの馬鹿と連絡がとれねえ」
はて、あの馬鹿とは一体。
予想するとすればユーロビートをゴリ押しした作曲者だが……。
いやまさか………』この動画配信計画の要だぞ?
まさかね?
「そのまさかだ。曲自体は完成してるはずなのに連絡がとれねえ」
俺は頭を抱えた。
流石にそれは待ってくれと言いたい。
一曲目は自分の曲を使えなんていうから待っていたってのに蓋を開けりゃできてるものを提供しないなんてありえるか?
「で、その音楽マンの住所は知ってんのかよ? いざとなったら殴り込むしかなくないか?」
そう言うと、戸波はどこか苦虫でも噛み潰したかのような顔をした。
今度はなんだよ。
「住所は知ってる……けど、あいつんちはな……」
「なに躊躇してんのか知らんがいざとなったら行くしかねえだろ」
「お、おうそうだな」
珍しく動揺している戸波の姿に、なんだか俺もつられて不安になってきた。
我が道を行くことに躊躇無し! みたいな性格のこいつの足を引き止めるのは一体全体なんなんだ。
「…………覚悟を決めた。今から行こう。先延ばしにすればするほどに行きたくなくなる」
「そんなにかよ。いよいよもって不安になってきた」
俺は戸波に連れられ、その音楽マンの家へと向うことになった。
はたしてどんな魔物が出てくるのか、不安と期待半々といったところだ。
そうして十五分程歩けば、たたみ荘という昔ながらの二階建て集合住宅へと到着した。
思ったより近くて驚きはするも、こんな近い家へ行くこと躊躇う状態だということにやはり不安になる。
「あいつの二階の奥だ。たぶん鍵は空きっぱなしだから勝手に開ければいい
」
「……ところで聞きたいことがあるんだが」
「なんだ? 早く開けろ」
うーんこいつ無意識なんだろうが、自分の今の状態分かってるのか?
いや、それほど嫌なんだろう。
こうなるほどに。
「なんで俺の後ろにピッタリ引っ付きながら俺を前へと押し出すんだ。そんなに嫌か。俺を盾にするほどに」
「……………………いいから開けろ」
聞く耳なし。
とりあえず現状をキープしつつ俺を盾にしたいらしい。
………不安だ。
本当にヤバい性格なのか、それとも戸波の見た目から考えるとよっぽど小さい女の子が好きで強引に迫ってくるのか。
どっちもやだな……。
「しかしこんなところで躊躇してても仕方ねえ。せめて一曲目くらいまともに収録させてくれ! オラァ!」
俺は気合入れて扉を開こうとするとガッ! なんて音がしたと思ったら半分くらいしか開かなかった。
あ? なんだ?
「扉が開かねえ。というか向こう側でビニールとか空き缶とかの音がするんだけど。………………………あとすげえ悪臭がする」
「だから来たくなかったんだ……」
…………とりあえずこいつがなんでこんなにもここに来たくなかった理解した。
理解はしたが仕方ない、ここまで来たんだ。
手ぶらでは帰れねえ。
俺は意を決して扉を更に押し込む。
すると中のものが崩れていく音が聞こえ、ため息が出てくる。
強引に開いた扉の向こう側は予想通りというか予想以上というか案の定ゴミが文字通り山になっていた。
足の踏み場もない。
「くせぇ……なにこの臭い」
予想はつく、残飯系の臭いだ。
あと、無理矢理臭いを消すために置かれている消臭剤が凶悪なまでに気分を害してくる。
空き缶や飲みかけのペットボトルは可愛いものでいつのカップラーメンなのかどす黒く変色した汁が残った容器がそこらにあり、キッチンなんて生ゴミ全く捨てられておらずさっき見たようなカップメンが汁IN容器で山のように置かれている。
目も当てられないというか目を開けられない。
臭いで目が痛くなるなんて現象初めてだ。
本当に人間がこの中に住んでるのかと疑問さえ生まれてくる。
「本当にここ?」
ある意味祈りさえ込めた視線で戸波を見れば凄まじく不快そうな顔で
「俺が覚悟を決めた理由が分かったか?」
ええ、それはもう。
やはりここのようだ。
今からここに突入するのか……泣きてえ。
………こいつと出会ってから俺、何度泣きそうになってんだろう。
何度目の覚悟だろうか、本気で嫌だが腹をくくって突入するしかないと思い決意を新たに足を踏み出した瞬間出たのだ奴が。
「ほぎゃあああああゴキブリぃいい!!?!?」
「うわあああああ!? こっちくんな!」
突入直後からゴキブリが羽を広げガン目に対って飛翔してきたため決意もクソもなく俺達は狭い入口で大混乱となった。
お互い逃げるように入口へと帰り、肩で息をきる。
「……はぁ……はぁ。もうやだ」
「な? 来たくねえ理由、分かっただろ?」
「………………身にしみてな」
「「……………はぁ」」
同じタイミングでため息がでた。
これがラブコメなら息ぴったしとかいって笑い合うシーンなのだろうが全然笑えねえ。
俺達は家に入るだけでどれだけ時間を無駄にしてるんだ。
……もう帰りたい、なんて思いが溢れて来た頃、扉の向こうからゴミをかき分け歩いて来る音がした。
「人んちで大騒ぎしやがってやかましい。おちおち昼寝もできねえじゃねえか」
ガチャリと扉が開くとそんなことをほざきながら、家の主が出てきた。
耳にごつめのピアスをしたワイシャツ一枚のショート髪の赤髪美女というかイケメン。
身長も俺と同じくらいありそうでかつ、下になにも履いてないせいで上も下もモロ見えである。
通常時の俺なら興奮しそうだがあれを見たあとだともう全然興奮しねえ、帰りたい。
すぐにこの家から離れたい。
「響!お前いつになったら曲渡すんだよ!」
戸波が俺の隣で怒鳴る。
そうだった。
もう色々ありすぎて頭から飛んでたが曲の受け取りにきたんだった。
そしてこの女は響というのか、なんで今更俺は名前を知ることになってんだ。
それに性別が女だということも今知った。
「曲ができてるならなんで渡してくれないんだ?」
少しキツめの口調で問うと、赤髪痴女は気まずそうにボリボリと頭を掻いた。
「あー曲ね、そうだったそうだった。えーと……あーそのな……」
「飽きたとか面倒くさいとかそういう理由なら怒るぞ俺」
どうにも歯切れの悪い赤髪女、響に戸波が不機嫌そうに問うと、響は渋々口を開いた。
「金がねえ」
「は?」
詳しく事情を聞くとガス水道電気全部止められててスマホも最近ぶっ壊したらしい。
そのせいで連絡もとれないわ、作曲活動もできないわで、売れないバンドマンどころかホームレス一歩手前みたいなことをしてたらしい。
「いやー……レズのキャバ嬢のヒモしてたんだけどあいつファッションレズだったみたいでさー気づいたらホストに狂っちゃって。小遣いくれなくなったの。生活費全部あいつが払ってくれてたのに困ったもんだ。もう家追い出されそうだよ」
そう言ってタバコを吸いながら心底困ったような顔をするこの女は本気で人間性が終わってるんだなと俺の心に刻みつけてくる。
これもうどうすんのよ。
まあこの部屋有様かつ家賃払わねえとか追い出したくてたまらんだろうが。
というか今か今かと追い出す機会で伺っていただろうことが容易に想像がつく。
「おい先輩。今から俺の話を聞いてくれ」
「却下」
「まだなにも言ってねえだろうが!!」
だってお前の話ってろくなことなさそうだもん! 特に今の状況だと!
「これからの俺達のためだ! 話だけでも聞けって!」
「くそ、嫌って言ってもどうせ無理矢理話すだろうし仕方ねえ聞いてやる」
逃げ道は体で防がれてるしな。
「先輩って一人暮らし?」
「まて、もう予想できた!! ぜってえ嫌だからな!」
「その感じだと一人暮らしか。こいつ住まわせられねえ?」
「絶対に嫌だ!」
「頼むよ! 俺んちは親父とかが帰ってくるから絶対に無理なんだよ! こいつ住まわせたら俺が追い出される!」
「嫌だ! こんなゴミ排出女絶対に嫌だ!! 俺はな! 片付けられねえ生ゴミ溜めて捨てねえ女が一番嫌いだ!」
「おいおい私の置いて話を進めるなよ」
「「てめー今は黙ってろ!!」」
「はーいすいませーん」
俺達はこのあと家の前で三十分ほど揉め、結果。
「頼むよ……このままじゃ活動ができえねえ……俺にできる範囲ならお前の願いなんでも一個叶えてやるからさ」
「嫌だ!」
「こいつの生活費とこいつの介護代も払う。先輩はバイトする時間も減るし、自分のために時間を使えるだろ?」
む、魅力的な提案な気がしてきたな。
だけどな……この女絶対に地雷だしな……所構わずタバコ吸いそうだし……。
でも金は正直ありがてえ。
「う、うーん……まあ片付けは俺がするればいいし……まあそれなら……」
「よっし! 交渉成立な! 今更無しってのはだめだぞ」
まあそこまで譲歩するなら仕方ない。
活動を続けるための仕方のないことってやつだ。
俺は頷くと戸波は嬉しそうにガッツポーズした。
「おっ、話終わった? じゃあ私はこいつんちでヒモすりゃいいの?」
「作曲活動をしろアホ響! お前の曲を待ってんだよ俺達は!」
「あいあい、了解でーす。そんじゃ私の機材とかモロモロ運ぶから手伝ってよねー」
そんなこんな紆余曲折のうち、この女は俺の家に居候することになった。
そもそも男の家に居候するというのになんの躊躇もないあたりプロのヒモラー味を感じる。
俺は仕方ないこれは必要経費だと自分に言い聞かせ、無理矢理納得させた。
だが俺は後悔する。
戸波が言っていた。
介護代だと。
俺はこの女の破滅的な生活力をまだ理解していなかったのだ。