異世界帰りの伊勢崎さんは普通じゃない   作:恥谷きゆう

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最終話 ありふれた日常

 それからの僕らはといえば、またあの変わらない日常へと戻った。

 教室の僕の席は、いつの間にか見目麗しい少女たちのたまり場になっていた。今日も僕の席を目印に集まって来た少女たちと、雑談を交わす。

 

「伊勢崎さん、その空き缶は?」

「いやあ、少し力を入れすぎてしまってね。失敗だったよ」

 

 はは、と軽く笑う彼女。その手に握られて空き缶は、車にでもひかれたみたいにぺちゃんこだ。

 

「麗様は本当に身体能力が高いのね……」

「だねえ。体育の授業でも毎回大活躍だからね」

「くっ見たかったなあ……麗様の体育の選択科目を当てられなかったあたしの馬鹿……!」

 

 結局のところ、二人は伊勢崎さんの特異性についてあまり気にしていないようだった。男をあっさりと倒した身体能力も、通り魔を前にしたときの尋常ではない雰囲気も、気にした様子を見せない。

 僕と伊勢崎さんがちゃんと話せるようになってから、また四人で話すようになった。僕はその事実が、何よりも嬉しかった。

 

「運動じゃ伊勢崎さんには叶わないねえ。今度出かける時は、頭を使う勝負とかどう?」

 

 優等生の清香が挑発的な笑みで問いかけてくる。そういえば、伊勢崎さんの成績はどうなのだろうか。完璧な外面と同じように、勉学も完璧なのだろうか。そう思って観察してみる。清香に問われた伊勢崎さんは、微笑を浮かべて短い髪を掻き上げた。

 

「フフ……後悔することになるよ。星さん、本当にいいのかい?」

 

 ……ああ、これは誤魔化している時の反応だ。よく見ればいつも完璧な微笑がちょっと震えている。

 それは清香も分かったらしく、面白いものを見たという笑みを見せた。

 

「……伊勢崎さんには珍しく、分かりやすい反応だね」

「声が震えてる麗様かわいい……」

 

 伊勢崎さんは自分の誤魔化しが通用していないことに気づくと、少しだけ慌てたような口調になった。

 

「ほ、本当に頭脳で勝負するのかい? 何も勝ち負けを付けることなんてないんじゃないかな? 敗者の烙印を押すっていうのは、結構残酷なことだと思わないかい⁉ ねえ、渡辺君」

 

 伊勢崎さんは、お前も馬鹿だろう、という視線を向けてきた。……とても失礼な視線だ。

 

「授業中にずっと話聞いてるふりだけしてる伊勢崎さんには負けないかな」

「なんで知っているんだい⁉」

 

 そりゃまあ、良く見ていたからかな。

 そんな様子をニヤニヤと見ていた清香が、早速とばかりに宣言する。

 

「じゃあ、今度の中間考査で勝負しよう! 負けた人は、みんなえ選んだ服を着るとかどう?」

「もしや、麗様に自分で選んだ服を着てもらうチャンス……? 本気でやらなきゃ」

 

 水口さんが一人覚悟を決めている。その様子を見ている伊勢崎さんは、なんだか少し青ざめているようだった。

 

「……完璧な外面も、ちょっと緩んできたかな?」

 

 僕の呟きは、誰にも聞こえなかったらしい。

 

 僕と屋上で話したあの日から、伊勢崎さんは少しだけ柔らかくなった気がする。

 完璧な外面から、時々普通の女の子な彼女が覗くようになった。そんな変化を、多分清香も水口さんも感じているのだろう。二人の接し方も、少しだけ変わった気がする。

 

「渡辺君」

「何かな?」

 

 僕が考え事をしているうちに、昼休みの終わりを告げる予鈴がなったらしい。清香と水口さんの二人は、自分の席へと戻ってきていた。

 

 僕の近くの席の伊勢崎さんだけが、僕のすぐ近くにいる。

 ……というか、近すぎる。伊勢崎さんは内緒話でもするみたいに僕に急接近してきていた。正体不明のいい匂いが、僕の鼻腔に侵入してくる。

 

「その……言いにくいのですが……」

 

 ぼそぼそと喋る伊勢崎さんの吐息が耳にかかってくすぐったい。けれどその分、彼女の言葉ははっきりと聞こえた。

 

「今度の日曜日、私の家に来て勉強を教えてもらっていいですか?」

「家⁉」

「声が大きいです渡辺君!」

 

 思わず叫ぶと、伊勢崎さんに小声で怒鳴られた。

 

「いやでも家って……いいの?」

「はい……その、迷惑でなければ……」

「迷惑ではないけど、僕別に成績が特段いい方じゃないよ。勉強が教えられるかっていうと微妙だよ」

「単に一緒に勉強してくれるだけでもいいんです。とにかく私が勉強をサボらないように見張っていてください」

「別に構わないけど、勉強を教えるなら清香に頼んだ方が……」

「いいえ」

 

 声音が変わる。その真剣な声は、素の伊勢崎さんとも完璧な伊勢崎さんとも取れない、僕が初めて聞く声だった。

 

「私は、渡辺君に来てほしいんです」

「はっ⁉」

 

 僕らの会話をシャットダウンするみたいに、ちょうど授業開始のチャイムが鳴った。数学教師が入ってくる。

 伊勢崎さんは僕から逃げるみたいにくるりと背を向けると、自分の席へと戻っていった。

 

 教師が話し始めるが、心臓の音がうるさすぎて全く聞こえない。

 ……さっきのは、一体どういう意味だったんだろうか。最後の言葉がエコーして、頬の赤みが引かない。ちら、と伊勢崎さんの方を見ると、目が合った。

 

「……ふふ」

 

 こちらを向いて微笑する彼女は、狼狽している僕を見て楽しんでいるようだった。その様子に、僕はようやく自分が揶揄われたことに気づいた。

 くそう……伊勢崎さんの距離が今まで以上に近くなったなあ。嬉しいような、悲しいような。

 僕はこちらを見る伊勢崎さんから目を逸らして、教師の話を聞き始める。彼女に復讐するために、中間考査の点数で勝って辱めてやろうと思ったからだ。




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