異世界帰りの伊勢崎さんは普通じゃない   作:恥谷きゆう

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不釣り合いな幼馴染

 結局、水口さんは養護の先生に連れられて保健室に向かっていった。ぎっくり腰とかなんとか言っていた気がする。……水口さんはこれから一年間伊勢崎さんと同じ教室で過ごすわけだが、大丈夫だろうか。

 

 教室まで行く途中で、僕は小声で伊勢崎さんを問い詰めていた。

 

「なんであんなことしたの⁉ 水口さん卒倒しちゃったじゃん!」

 

 伊勢崎さんはまた僕に摺り足で近寄ってくると、例の蚊の鳴くような声で返した。

 

「だって、水口さんに少しでもいい印象をもってもらって、あわよくば友達になりたかたんです」

 

 友達は耳元で甘い言葉を囁いたりしないと思うのだが。しかし伊勢崎さんは本気で何が悪かったのか分かっていない様子で、しみじみと囁いた。

 

「でも、ダメでしたね……。もっと低い声で囁いた方が気にいってもらえたでしょうか」

 

 いや、十二分だよ。あれ以上水口さんの感情を揺さぶってどうするというのか。

 

 

 この子、僕なんかよりずっとライトノベル主人公向きなんじゃないか。

「友達を作るっていうだけなら、やっぱり今の伊勢崎さんのままの方がいいと思うけど、ダメ、なんだよね」

「……はい」

 

 申し訳なさそうに、彼女は頷いた。やはり、こういうことを問いかける時、彼女は暗い表情を見せる。

 

「まあ、クラスメイトは水口さんだけじゃないから、気を取り直していこう」

「はい!」

 

 ……その普通の笑顔を見せられたら、友達なんて簡単にできると思うんだけどな。

 クラスに入った僕は、さっそく唯一の頼みの綱の元を訪れていた。

 

「清香」

 

「あれ? 正人が教室で話しかけてくるなんて珍しい」

 呼びかけると、僕の幼馴染は可愛らしい顔をこちらに向けた。明るい色をしたくりくりとした瞳を、僕は久しぶりに正面から見た気がした。

 

 その女の子、星清香は、未だに垢抜けない高校一年生な僕らの中で、飛びぬけて可愛らしかった。おしゃれに後ろで結われた髪はツヤツヤしていて、手入れを欠かしていないことが窺える。

 

 顔立ちは伊勢崎さんとは違う、可愛らしいタイプだろうか。大きな瞳がパッチリと開かれているのが印象的だ。制服は所々着崩しているようで、スカート丈などは他の生徒よりも短い。服装にうるさい体育教師が見たら、怒りそうだ。

 

 そして目立たない僕が目立つ彼女に話しかけたことで、教室の目がこちらに向くのを少し感じた。好奇の目、あるいは、身の程知らずの僕を咎める目。

 

 けれど、無視する。そんなの、中学の頃に割り切っている。

 

「お前に、頼みたいことがある?」

「ますます珍しいじゃん。どうしたの?」

「まず、彼女を紹介させてくれ」

 

「かの、じょ……?」

 

 僕の言葉に、清香は雷でも落ちたみたいに大袈裟に驚いた。衝撃を受けた人間はこういう顔をする、というお手本のような、綺麗なびっくり顔だ。

 

「友達を作りたい、伊勢崎さんだ」

 

 僕が手で指し示して伊勢崎さんを紹介すると、なぜかほっとしたような表情に変わる。

 

「ああ、友達をね。紹介ってそういうことか……あっははは。びっくりしたよ」

「やあ、初めまして」

 

 にかっと、伊勢崎さんは笑った。……いつの間にか王子様モードに戻っている。その様子を見た清香は、急にピンと立ち上がった。

 

「あっどうも! 星清香です! 畏れ多くもこのクラスのドンやらせてもらってます!」

 ……やくざ者の挨拶か。

 

 しかし、入学一週間でクラスメイトみんなに認められている清香は、確かにクラスのドンと言っても差し支えないかもしれない。

 

「君がかしこまる必要なんてないよ。さあ、座って」

 

 ……伊勢崎さんがその喋り方をし続けていると、なんだか背筋がムズムズしてくるな。違和感がある。気弱で普通な女の子の姿を見ているからだろうか。

 

「はい! それで、友達って……?」

「うん、なんか伊勢崎さんが友達がほしいって……」

 

 伊勢崎さんは、黙ったままだった。

 

「私が何かしなくても伊勢崎さんなら問題ないと思うけど……でも正人がわざわざ頼んでくるくらいだから、何か考えがあるんだよね」

「まあ、顔の広いお前と友人になれれば、そこからどんどん交友関係が広がっていくんじゃないかと思ってな」

「まあそういうことなら任せてよ! 困っているクラスメイトを助けるのは、クラスのドンの仕事だからね!」

 

 ドンッ、と清香は胸を叩いた。そしてその豊満な胸部が、呼応するようにぶるりと震えた。僕はそっと目を逸らす。

 

「伊勢崎さん、こんな感じでよかったかな? ……伊勢崎さん?」

「……渡辺君」

 

 ちょいちょと手招きする伊勢崎さん。僕が近寄ると、芸術品みたいな顔がぐい、と近づいて来た。

 

「この後、三人だけで話せないか、聞いてくれませんか?」

「まあいいけど」

 

 自分で言えばいいのに……。しかし伊勢崎さんが申し訳なさそうにペコリと頭を下げているのを見ると、断りづらかった。

 清香の方を向き直ると、何やらまたお手本みたいなびっくり顔を晒していた。

 

「……正人、女の子相手にそんなに距離近かったっけ」

「いや、伊勢崎さんがグイグイ来るから」

 

 僕のせいじゃない。でも、清香はそんなこと聞いちゃいなかった。

 

「うわあ! 私の知ってた純朴な正人はもういないんだ! こんなに可愛い幼馴染を持っているのに、顔のいい女をとっかえひっかえする悪い男になっちゃたんだ! ああ、こんなことならさっさと貰ってしまえば良かった!」

 

 何をだよ。

 

「清香、昼休みにまた三人で話そう。……美術室とか借りられそうか?」

「んーうん、いいよ。あ、そろそろ先生来るね。じゃあまた、美術室で!」

 

 

 

 

「えー、だからこの式は、まず上の方程式を……」

 

 生徒一同が午前中の気だるさを感じていることなんて知らないように、チャイムと同時に一時間目の数学の授業が始まった。

 

 教師の顔の皺を数えるのにもだんだん飽きてきた。退屈な僕は、なんとなく伊勢崎さんを眺めた。僕の斜め前のあたりに座る彼女は、真剣な表情で板書していた。

 何度見ても綺麗な顔だ。昨日泣きそうになっていた彼女を見ていたなんて、信じられない。

 

「──えー、じゃあここを、星さん」

「はい」

 

 清香が元気よく立ち上がり、前へと向かっていく。黒板に途中式を書きだす細い指に迷いはなくて、彼女が授業内容を完璧に把握していることが感じ取れた。

 最後にA.の横に答えが堂々と書かれると、先生がそこに丸をつけた。

 

「流石ですね。先生たちの間でも優等生の星さんの評判は高いですよ」

「ありがとうございます」

 

 柔らかく笑い応える清香。中学の頃から変わらず、優等生らしい振る舞いだ。

 

「……星さん、やっぱり可愛いよな。素直そうで推せる」

 

 後ろから、男子生徒のひそひそ声が聞こえてきた。また別の男子生徒が、それに応える。

 

「だよな。しかも伊勢崎さんと違って、俺らみたいな陰キャにも話しかけてくれるんだぜ? なんだよあれ、勘違いするぞ?」

 

 清香の人気者っぷりは相変わらずのようだ。入学一週間でクラス中に名前が知れ渡っている。きっともうすぐ、告白お断りイベントが始まることだろう。

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