異世界帰りの伊勢崎さんは普通じゃない   作:恥谷きゆう

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規格外のストライク

 駅前まで歩いていくまでの間、僕と清香の間に会話はなかった。けれどそれは気まず時間とかそういったものでもなく、単に互いにわざわざ気を遣うような関係性でもない、というだけだ。けれどこんな当たり前の距離感も、なんだか久しぶりな気がした。

 駅前、広場に到着した僕らは、すぐに伊勢崎さんを見つけることができた。彼女があまりにも目立っていたからだ。

 

 決して少なくない人の目線が一瞬ある所に向く。思わず目が止まってしまったような、何か信じ難いほどに美しいものを見たような反応だった。

 人混みを掻き分け、伊勢崎さんの元にたどり着く。

 

「……」

 

 僕は、わずかに息を呑んだ。

 

 伊勢崎さんは、私服でも美しくてかっこよかった。

 決して派手に着飾っているわけではない。オーソドックスなスニーカー。ぴっちりとしたジーンズが真っ黒に足元を覆っていて、細い足の長さを際立たせている。無地の白シャツの上から着ている、少しダボッとした淡い青色のアウターは、全体的にぴっちりした印象を与えるたたずまいに少しの遊びをもたらしていた。

 

「やあ、二人とも」

 

 爽やかに挨拶する伊勢崎さんに、清香がにじり寄っていった。

 

「ええー! 伊勢崎さんめちゃくちゃ似合ってるじゃん! いいね! どこで買ったの? そのアウターは? てか今度絵描いていい? ていうか写真撮っていい? いい絵が描けそう!」

「う、うん。星さん、落ち着こうか……」

 

 清香の勢いにしどろもどろの伊勢崎さんは、わずかに素が出ているようだった。僕はやんわりと興奮している清香を止める。

 

「清香、絵はいつでも描けるでしょ。今日はボウリングじゃなかったの?」

「正人! 今まさにモナリザばりの名作が生まれようとしている瞬間なんだよ! 止めないで早く筆とキャンパス持ってきてよ!」

 

 テンションの上がった清香は全く止まる様子がなかった。仕方なく、僕は切り札を切ることにした。

 

「清香。あんまり聞き分けが悪いと、僕の母さんに言いつけるよ」

「うえ⁉ わ、分かった分かった。おとなしくしまーす」

 

 すんなりと手を引っ込めた彼女に、伊勢崎さんが目を丸くした。

 

「……どんなマジックだい?」

「幼い頃から 清香は僕の母には勝てないんだ。なんていうか、相性が悪いんだよ」

「行くよ! 二人とも!」

 

 僕の声を遮るように言った清香が、先へとずんずん進んでいく。その背を慌てて追って、僕らは雑踏の中を歩き始めた。

 

「なんだ。彼女にも普通なところ、あるじゃないか」

 

 伊勢崎さんのしみじみとした呟きは、僕の耳に辛うじて届いていた。

 

 

 エレベーターに乗った僕たちが辿り着いたのは、複合アミューズメントパークの三階にあるボーリング場だ。昼前にも関わらず人が大勢いる。そこかしこで重たいボールがゴロゴロと転がっている音がして、時折歓声が上がっていた。

 

「ひっさしぶりだなー。じゃあ、各々準備しちゃおうか!」

 

 清香はスキップするようにシューズとボールを取りに行った。

 

「僕ら行こうか、伊勢崎さん。……伊勢崎さん?」

 

 なぜかふてぶてしい表情のままで固まっている伊勢崎さんに呼びかけると、ぼそぼそとした声で答えが返ってきた。

 

「……私はどうすればいいんでしょうか?」

「あれ、もしかしてボーリングは初めて?」

 

 問うと、伊勢崎さんはこくこくと頷いた。

 

「じゃあ僕と行こうか」

 

 二人で歩くと、周囲の人たちの視線が僕の横に集まるのが分かった。余裕綽々といった表情で堂々と歩く彼女がボーリング初心者だなんて、多分誰も思わないだろう。

 

「ここで自分のサイズのシューズ選んで。そう、そこのボタン」

 

 伊勢崎さんがボタンを押すと、シューズが受け皿に落ちてきた。

 

「……へえ、ジュースの自販機みたいですね」

 

 ……確かに。

 

「次はボールだね。自分の使いやすいボールを選んで……あ」

「これですね!」

 

 持ってきたのは、案の定もっとも重いボールだった。二十ポンド。男でも扱うのに苦労する重さだ。

 それを片手で持ちあげる伊勢崎さんの表情には、何の変化もない。余裕そうだ。

 

「目立つかも……いや、誰も見ないか。じゃあ、行こうか」

「はい!」

 

 ワクワクしているのか、伊勢崎さんは二十ポンドのボールをぶんぶんと振り回しながら、ボーリング場を歩いた。危ない。

 

「遅いよ二人とも! 早く早く!」

 

 自分たちのレーンに戻ると、清香が柔軟体操をしながら僕たちを待ち受けていた。

 既にスコアボードには三人の名前が入力されている。

 

「じゃあ私からね! 行くよ!」

 

 早速、ボールを携えた清香が投球準備に入る。ボールを両手で胸の位置まで持ち上げ、助走。真っ直ぐに走っていった彼女の細い腕がしなり、ボールが真っ直ぐに投げられた。

 

「やったー! ストライク!」

 

 ボールはピンの中心にあたり、そのまま全てのピンを薙ぎ払っていった。ストライク。

 

「……相変わらずうまいな」

 

 清香はなんでも飲み込みが早い。小学生の頃、僕と清香は僕の両親に連れられて初めてボーリングに来た。小学生の清香は、一投目で何かを掴み、二投目で修正し、三投目からは綺麗なホームでストライクを連発しだした。

 まったく、天才と一緒に育つというのは嫌なものだ。

 

「じゃあ、次は僕が」

 

 ボーリング初体験らしい伊勢崎さんに手本を見せる意味も兼ねて、僕は次の投球に名乗り出た。

 立ち上がり、黄色のボールを掴む。平均的な筋力の僕には、ボールがズシリと重たく感じられた。

 

 助走し、投球。ボールはゆるゆるとレーンを走り、やがてピンの端のあたりを掠めていった。三ピン。清香の綺麗なストライクの後だと、なんだかみっともない。

 僕は少し溜息を吐くと、後ろを振り返りボールを取りに戻った。ふと、伊勢崎さんと目があった。彼女の口が、何事か言葉を紡ぐ。

 

 声は聞こえなかったが、言っていることはなんとなく分かった。

 

 がんばってください。

 

 そう言っているように見えた。

 

 少しだけ落ちていた気分が、上向きになる。……我ながら、単純な人間だ。可愛い女の子に少し励まされただけでやる気になってしまうなんて。

 再びボールを取る。先ほどよりも軽い。僕は指先まで意識を集中して、ボールを投げた。

 

「全部で九ピン! 惜しかったね!」

 

 清香の元気な声に苦笑で応えてみせる。

 

「うん、まあ僕じゃこんなもんだ。……次は伊勢崎さんだね。大丈夫そう?」

 

 問いかけたが、素の彼女は出てこなかった。自信に溢れた表情で、彼女は後ろ髪を払った。

 

「もちろんだとも。心配せずに見ていてくれたまえ」

 

 やはり清香のいる前では王子様キャラを突き通すらしい。自信に溢れた足取りだ。

 しかし彼女は、なぜか投球レーンのギリギリ前までゆっくりと歩いていった。黒い線の前でピタリと立ち止まる姿は、相変わらず凛々しい。まるでボーリング場ではそう振る舞うのが正しいようだった。

 

「……伊勢崎さん?」

 

 でも、それでは助走が取れない。そう言おうとした瞬間、伊勢崎さんの体が躍動した。

 

「フッ!」

 

 最初に動いたのは、細い腰だった。右側にぐねりと上体を逸らす。ちょうど僕らの方に顔が向く形だ。トルネード投法、という言葉が僕の脳裏に浮かんだ。

 そして、回転。一瞬で顔がピンの方を向いた。弾力に富むゴムが元に戻る様子を思わせる、素早く激しい動きだった。腰の捻りの勢いを活かした伊勢崎さんは、グルンと上体を戻す勢いで、横から黒いボールを投げ放った。

 

「ええ⁉ すごい!」

 

 二十ポンドの重さなんて全く感じさせず、ボールはピンのやや手前あたりに落下した。ずん、と重たい音がボーリング場に響く。おそらく他の誰にも出せないような音だった。

 重たいボールは跳ねず、そのままピンの方へと転がっていった。ボールの勢いは全く衰えることなくピンまで到達し、そのままピンを蹴散らした。ピンの耐久性が心配になるような、豪快な一撃だった。

 

「す、ストライク……」

 

 倒した、というよりもなぎ倒した、と言った方がいいような、型破りなボーリングだった。おそらく、この場にいる誰よりもユニークな投法だったと言えよう。常人が真似しようとすれば、間違いなく腰を痛める。

 先ほどの重たい音に反応して、客たちの視線がこちらに向いているのを感じる。好奇の視線に晒されても伊勢崎さんは動じず、優雅に短い髪を掻き上げてみせた。

 戻って来た伊勢崎さんに、清香が駆け寄る。

 

「す、すごいよ伊勢崎さん! 何今の投げ方⁉ どこで習ったの?」

「ふふ……ボクの故郷ではみんなこんな風に投げてたよ。まあ、ちょっと力が必要だけどね」

「へえ……ヨシ! 私も負けてらんない!」

 

 清香は気合を入れると、張り切って投球レーンへと向かっていった。

 

「お疲れ、伊勢崎さん」

 

 ねぎらいの言葉をかけると、彼女は途端に僕の耳に口を近づけてきた。途端に押し寄せる正体不明のいい匂いに、心臓が鼓動を早めた。

 

「どうして私あんなに注目されたのでしょうか!?」

「分かってなかったの⁉」

 

 僕が驚いて声をあげると、伊勢崎さんはなぜか顔を赤らめた。

 

「ええと、先ほども言ったようにボーリングは初めてなので、やり方が分からなかったと言いますか……」

 

 投げ方見せたじゃん……。

 

「ちなみにあの投げ方は?」

「投石が得意な方の投げ方を参考に……」

 

 ……何かまた物騒な話の気がする。聞きたくない聞きたくない。

 

 清香がピースサインしながらこちらに近づいてきているのを確認した僕は、話を打ち切って自分の投球を済ますことにする。

 助走し、右腕を振る。伊勢崎さんの常識外れの投げ方は一旦忘れて、僕は普通にボールを投げる。

 

「スペアかー。正人なんかちょっと上手くなった?」

「僕だって小学生の頃よりは成長してるからね」

「じゃあ、次、伊勢崎さんか。……なんか注目されてるね」

 

 どうやら、先ほどの豪快なストライクに興味を持った人が多いらしい。伊勢崎さんの番になると、途端に視線がこちらに向くのを感じた。

 

 大丈夫かな伊勢崎さん。様子を窺うが、相変わらず人に見られている時には完璧な佇まいで、内心は窺い知れない。

 ボールを持って歩いていった伊勢崎さんは、やはり投球レーンギリギリ前まで歩いていった。

 

 再び、その体が躍動する。肩から腰にかけて、絡繰みたいに綺麗に回転する。そして、限界まで引き絞られた弦のように、一気に解放。目にも止まらぬ速さで回った上体からボールが放り出され、ボーリング場一帯に重たい音が響き渡った。

 そして、ボールはまたしても十本のピンを蹂躙した。ストライクの表記がスコアボードに出ると、突然周りから拍手の音がした。

 

「あの女の子すごい!」

「ねえねえ、あの子かっこよくない?」

「あの細い体のどこにそんな力が……?」

「もっかい見たい!」

 

 沸き立つギャラリーたち。伊勢崎さんは、そんな視線など全く意に介していないように、堂々と歩いて戻って来た。

 

「なんかモデルみたいだね。ギャラリーの視線にも臆せずに歩くとことかそれっぽい」

「ありがとう」

 

 クールに振る舞う彼女には隙一つないように見える。しかし。

 

「どうしましょう渡辺君! さっきよりも注目されています!」

 

 伊勢崎さんは僕の耳元で小声で叫ぶというとても器用なことをしてのけた。

 

「そりゃあまあ、そうだろうねえ……」

 

 あんな投げ方してる人、今まで見た事ない。

 

「やはり投げ方が問題だったのでしょうか……。投石隊の皆さん直伝だったのですが」

 

 場違いな言葉を発する伊勢崎さんは、心底不思議そうだった。……相変わらず、何かが決定的にズレている少女だ。こういうところは清香に似ている。

 

「よっしゃー! ストライク!」

 

 またもや嬉しそうな声が聞こえてきて、清香が帰ってくる。

 

「ああ、次は僕か」

 

 慌てて前に出て、ボールを手に取る。

 

「ってこれ伊勢崎さんのか!」

 

 とてつもなく重い感触に、僕はボールを取り違えていたことに気づいた。伊勢崎さんの使うボールは、僕が片手で力を入れても簡単には持ち上がらなかった。ああ、やっぱり彼女の腕力は異常だったんだと、改めて気づかされる。

 

 自分のボールを取り直して、投球。二回も投げても、僕の目の前のピンは八本しか倒れなかった。

 僕と入れ違いに堂々とした佇まいの伊勢崎さんが前に向かうと、今度は清香が話しかけてきた。

 

「で、伊勢崎さんと何話してたの?」

「……気づいてたか」

「当たり前じゃん! 私のストライク二回も見逃してたでしょ!」

「いや……悪い」

 

 僕はばつが悪くて頬を掻いた。何と説明したらいいか、上手く言えなかった。

 

「伊勢崎さんはボーリング初めてらしいからね。色々説明してたんだ」

 

 噓は言っていない。けれど清香は納得しなかった。

 

「ええー⁉ あんな『私の進む後に道はできる』みたいな態度の伊勢崎さんが? ほんとに?」

「ああ。まああれだ。伊勢崎さんも清香と同じ、裏表のある人間なんだよ」

 

 僕は投げやりに言った。清香は僕の言葉を聞くと、何か考え事をしているようだった。

 

 流石に後半は疲れが出たのか清香も伊勢崎さんもパーフェクト、とまではいかなかった。それでも、二百点オーバーの高得点だ。普通に百点台だった僕とは大違いだ。

 それからもう一ゲームこなしてから、僕らは席を立った。

 

「ちょっと遅くなったけどお昼食べにいこっか!」

 

 清香は二ゲームやっても元気そうだった。伊勢崎さんも当然、息一つ切らしていない。明日の筋肉痛の予感に震えているのは僕だけのようだ。

 

「いいけど、どこに?」

「決まってるでしょ! あらゆる人類が築き上げてきた食の頂点、知恵の総決算。人類史の研鑽の具象」

 

 まためんどくさいこと言い出した……。

 

「ズバリ?」

「ズバリ、ラーメン!」

 

 どん、と清香は歴史に残る名言を残す偉人のような面持ちで言い放った。

 

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