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褐色の女性が一人勉強机を前にして、眼鏡をかけつつ何やら紙に書いている。統計データが纏められた古い紙束と、様々な題名のSF小説達が積み上がる。
そして紙に書き終わると、今度はパソコンへと入力する〘SF映画と時代の成約〙とのタイトルでそれが打たれていく。
彼女の年齢は20代であろう、シングルベッドに奥行きのあまりない1Kルーム。本棚の棚には、家族写真が立てかかる。
ダンディな濃いめの日本人の父親と、インド系イギリス人の母親、そして彼女の写る写真だ。
彼女の国籍はイギリス、日本には留学生として来ている。日本のオタク文学が英国に入り、それが気になり日本の大学へと進学した彼女、文科3類に在籍し様々な国の言語を操るバイリンガル。
そんな彼女は、日本のSFアニメに夢中になった。
それ故の、卒論はSFが題材となるのは自明の真理だった。
ある日彼女はTVを付けて、紅茶を片手で飲みながら同じ学科の後輩とのメールのやり取りをしていると、TVに一つの事柄が流れてきた。
〘俳優の安室 嶺さんがノーベル物理学賞を受賞〙というものだ。
その名前に、彼の発見したものに彼女は目を奪われた。忌々しい過去の記憶、思い出したくもない戦争の記憶。かつて報われぬ人生を送っていた自分をそれまでの辛い境遇の日々から救い出してくれた白い仮面を被った一人の男性との出会い……彼女を頼った情けなくも亡き母を懐かしむ、歳上の男との暖かき偽りの日々を。
そして、唯一本当の自分を見ていた理解者の名前を。
「アムロ……貴方もこちらに来ていたようですね…、貴方がこちらにいるということは間違いなく大佐もこの時代の何処かに…でも会うことはなさそうですけれど。」
彼等と自分、争いのない世界で出会うことも無い。そんな必要はないのだから、自分はひっそりといよう。もう前の世界のように二人の間を自分が飛び交うことはない、それをすれば前の世界の因果をこの時代にまで持ち込むことになり、新たな人生を送っている彼らの邪魔をすることになってしまうのだからと。
彼女はメールをまた少し打つ、類稀な文才を持った後輩。特撮・アニメ・漫画・ライトノベル・アイドルといった日本のサブカルチャーを愛する少しオタ気質もある彼で、実際そんな小説を書いたりしている彼との文通は楽しいものだった。]
〜sideアイ〜
私は一人…待っている。食卓机には、誰も座ることはなくただただ私が一人座って、彼の夕食を一人で見つめているのだ。
彼の好きな私の手料理、ハンバーグ。それをせっかく作ったのに、彼はまだ帰ってこない。
本当の好物がハンバーガーであった事を知ったのは、付き合って7ヶ月が過ぎた頃だった。優しい彼は、おっちょこちょいな私に優しく教えてくれた。
正直恥ずかしかったけれど、それでも全部平らげて笑顔で笑ってくれたその顔を今でも覚えている。
そんな笑顔を見るために、私は今日食卓に付く。子供達が寝静まっても、私は一人待ち続ける。
……
ゴトッ という音と共に私は目を覚ます。
どうやら待っている間に眠ってしまったようだ。
伏せていた顔を上げると、眼の前には申し訳そうな顔をしたアムロがいた。
一瞬顔を呆けると、段々と怒りが湧き上がってきた。
「お・か・え・り!!」
彼がただいまと言う前に、私は彼に強めに言った。怒っていますと、心配していたんだとそう強めに込めて。
「ただいま…ごめんな、心配かけたみたいで」
「そうだよ!いくら仕事だからって、紛争地帯に行くなんてさ私は最初から反対してたんだよ!
だいたい、撮影の人達も何?知らぬ存ぜぬで行ったって、楽観視しすぎだよ!だいたい護衛の人達もいるからって言ったよね?どういうこと、かな?」
彼は眉間に手を当ててた。
「元々このドラマの本当の目的は、各国の踏み絵として機能させるためのものなんだ。国の薄暗いところを探り、それを掘り起こしそれでもなお反対しないか、撮影を止めようとしないかとか、そういうものだ。
それは取材班には勿論、協力会社には一切知らされていない。
国や国連の信頼の置けるものにしかね。ここまでは君も知ってるだろう?」
「知ってるだろうって、教えてくれたのアムロじゃん。だから、どうしてそれがこんな危険なっ!」
「もう一つは、炙り出した組織の上層部を潰すためだ。今頃、俺達がいた場所の指導層は軒並み狩られているよ。暗い話だろ?」
彼は目を伏せてそう言うと、対面している私に掌を見せた。
「この手も血に汚れたよ、助けるために11人手に掛けた。しょうが無いと言う感想が出てくるけれど、全然堪えていないんだ。改めて、俺はイレギュラーだって自覚が芽生えたよ。」
そんな彼の手に私はそっと手を乗せる。彼の手は、小柄な私の手と比べて大きい。そんな彼の手は、汚れているようには見えなかった。
「イレギュラーなんかじゃない、そう感じるなら全然普通だって。大丈夫、アナタの手は汚れてなんかないよ。綺麗な、私を護ってくれた。子供達を抱き上げた手だよ。」
私にはこれしか言えない、それが悔しくてたまらない。それでも、彼の見ている景色を共に歩むと決めたのだから、私は共にそれを背負おう。
そう思っていると、ガタッと近くから音が聞こえた。
〜sideあかね〜
[ウイグルの武装勢力、月の預言者の主犯が何者かに暗殺されたとのことですが……]
TVのニュースは世界情勢を言っていた。Worldwide Newsと言う番組に、元政治家のコメンテーターが参加してそれらを紹介していく。
私はレストランのテーブルから、それを相手の顔を超えて目にしていた。顔をあまり見たくないから。
「そこまで忌避しなくても良いんじゃないか?」
八洲さん…どうして私が彼と一緒にまたレストランにいるのだろうか?しかも今度は、ドレスコードなんてさせられてこれじゃあ本当に
「デートみたいで嫌だってことでしょ?正直僕自身はデートのつもりで、君を誘ったんだけれど…解らなかった?」
「解る解らない以前に、私達まだ他人同士。共通の友人を持つってだけの共通点を持っているだけですけど?」
「
はぁ〜、確かに金持ちで多芸なところはいいと思うけれど、こういう性格の人って苦手だ。グイグイ来て自分の主張を相手に押し付けるような、そんな人は。かなちゃんと似て非なるもの、暴君も良いところだ。
「それは心外だよ、今回だって君は拒否できた筈だろ?」
「拒否したら何か嫌なことでもされると思ったからですけど?だいたいナチュラルに人の心を読まないで下さい。」
「いや、読んでるわけじゃないんだけれど…なんとなくそう思ってるのかなと。ごめんね、それはそうと食べないの?結構美味しいと思うんだけれど。」
高級レストランじゃないのは良いけれど、大衆レストランで私が男の人といたら目立つの解らないかなぁ?正直嫌だ。
「それで、話ってなんですか?私だって、暇じゃないんです。次の作品の事で結構忙しいので。」
「あの作品?有名ホラー映画、そのリメイク。初の映画出演がホラー映画なんてね、でも君なら棒みたいな演技しないだろうし良いんじゃない?」
まだキャストも決まってないことをこの人は何故?
「家がスポンサーだからね、僕が君を推薦したんだよ。ほら、僕は君のファンだから。」
仕事にまで口を出すか。
「ストーカーみたいですね…。」
「そうだね、でも本当のストーカーなら相手とこうして食事なんて出来ないだろ?」
ニコニコと私にそう微笑む彼に、無性に腹がたった。このまま彼のペースに流されるのは面白くないし、ちょうどいい前の食事の時に聞きそびれたことを聞いてやろう。今度はこっちのペースで彼を転がしてみせる。
「わかりました。ストーカー紛い呼ばわりしたことは謝ります。でも、この間の食事の時に眠らされたことを許すには足りませんから、お聞きしたいことがあるのですが」
「何かな?」
「アムロ・レイがあなたの道を標してくれた人の、1人であると前に言いましたよね?ということは最低でも、もう1人あなたに道を標してくれた人がいるということですけど、その人についても教えてもらえませんか?」
「……教える分には構わないけど聞いてどうするの?」
さっきまでと雰囲気が変わった。
「貴方に聞かせてもらった彼の話の情報を基にアムロ・レイをプロファイリングしていく際にあの人の人間像を分析していくとどうしてもある人の存在が必ず関わってくるんです。
貴方が話してくれた彼の人生に常に欠かせないピースのようでありながらも光と影のように決して交わることのない存在……その人の名前は───」
「シャア・アズナブル」
先程の飄々としたものではなく厳かな口調で彼はその名前を告げた。
「地球連邦の白い流星アムロ・レイの生涯の宿敵にして宇宙移民……スペースノイドの伝説的なカリスマたる赤い彗星。
僕らの世界では歴史の教科書にアムロ・レイと共に必ずその名が載せられる偉人だよ。彼の存在が無ければアムロさんも僕の父も教科書に載せられるような英雄視はされなかっただろうし、シャアもまたアムロさん達ホワイトベース隊と戦ってなかったら全てのスペースノイドにとってのカリスマに至ることはなかっただろうね。
僕は一度だけこの目で彼を見たことあるけど、直接話す機会は持てなかった……だから彼についてはアムロさんと比べれば僕が知ってることは限られてる。
なので、話せるのは父さんと母さんとアムロさんを始め彼を知る人から聞いた話に過ぎないけどそれでもいいかな?」
私は息を飲むと同時に頷いた。シャア・アズナブル……その人はアムロ・レイ───安室さんと目の前にいる八洲さんにいったいどんな影響を与えたというのだろう。
〜sideアクア〜
父様が帰ってきた、仕事で危ない場所に行ってきたというのにも関わらず、日がな一日何もなかったかのように飄々としている。
対照的に、かなちゃんの様子が少しおかしいけれども。
「ねぇかなちゃん?私に何か隠し事してなぁい?」
「ハァ?私があーちゃんに隠し事?隠し通せるわけ無いのにするわけ無いじゃない。」
目が泳いでる、隠し事してるんだ。
演技は相変わらず上手いけれど嘘の方は本当に下手になったね、完全に打ち解けたって事だろうけれどなんだかからかいがいの無い…いやそういう心はしまっておこう。
「それで?父様の姿を見て、何を思っているのかな?」
「いや、ただただ私だと力不足だなってそう思ってるだけよ。」
力不足…一体何があったのやら、私にはとんと解らないね。思考を読もうにも、かなちゃんが完全にブロックしている。父様の場合は思考にモザイクを掛けて、私の場合は底の見えない深海をイメージしてブロックするけど、かなちゃんの場合は天岩戸に隠れた太陽神の如く真っ暗闇に思考を覆っている。
凄い意思だ、頑なだ。
ルビーなら見えるかもだけれど、今日はMEMとレコーディングらしいからいないのが悔やまれる。
「そういや、かなちゃんはレコーディング無いの?」
「ルビーのソロソングよ。今回MEMさんは、保護者として付き添ってるのよ。最初はソロソングならこの家の設備で出来るんじゃって話になったけど、ちょうどあっちのスタジオのレコーディング設備を一新した所だから今回はその運用試験も兼ねてもらえないかって社長達に頼まれたのよ」
なるほど確かに、大人の付き添いがいないと最悪ルビーが補導されたりするからね…MEMは成人だからその心配はないと。あっ
「そういえば今日なんだけれど、家にお客様来るそうなんだけれど知ってる?」
「いや知らないわよ誰?」
「父様の古い友達だって、シャアさんみたいな奴じゃない?あの、なんだか良くわからないような掴みようのない。」
私達は家の3階に備え付けられたジムでトレーニングに勤しんでいる父様を思う。ふと、数時間が経った頃だろうか、ジムでのトレーニングを終えた父様がエレベーターから降りてくるとリビングにいる私達の直ぐ側に来た。上着を着てないからシャツ一枚、かなちゃん…顔が赤いよ?
「二人共、少し俺は外すからくれぐれも相手に対して失礼の無いように、それと気をつけてくれ?相手は俺とシャアを凌ぐのNT能力を持ち主で、心を読むことにおいてはルビー以上のエキスパートだから。」
私達が話していた内容を知ってか知らずかそう言って、今度はリビングとエントランスホールを繋ぐ出入口付近にの壁に取り付けられているミラーを加工した薄型タイプのクローゼットBOXからスーツを取り出して着込んだ。
そうして、直ぐに母様が来ると二人で熱いキスをして、父様が家から出ていく。あの父様よりも強いNT能力者か……NT能力にも人によって強弱や得手不得手があるとは聞いていたけど、例えば父様は機械を始め物体の構造理解や先読み能力、シャアさんは相手にプレッシャーを与えて相手を戦慄させることと、敵味方の識別能力。
私とハマーンさんはシャアさん同様プレッシャーと相手の警戒心を解かせて篭絡する魅了、ルビーは相手の意思を読み取ること読心能力と夢を通した精神や感覚の共有、父様とシャアさんから聞かされていたカミーユ少年は人間同士の精神交感及び交信能力に長けていたといったようにNT能力にも個性が存在するのか。
そして今回出会うララァという女性はルビー同様に読心能力と肉体を喪ってもこの世に魂を留める霊体化に長けているという。死してなおも魂のみを現世に留めて父様とシャアさんに時折語り掛けてきていたという彼女は一体どういう人なんだろうか……?
父様としては複雑な気持ちを抱いているようだけど…シャアさんからは小説書く際の取材協力の際にザビ家への憎悪にばかり囚われて荒んでいた自分の心を癒してくれた初恋の相手で、人の革新という可能性を見出させてくれたことで理想という復讐以外にも自分の生きる理由を与えてくれた掛け替えのない人だったと聞かされている。
ただ、そのせいでハマーンさんを始め自分に好意を寄せてくれる女性をどうしてもそのララァさんと比較してしまい、ナタリーさんと今の奥さん以外の女性とすれ違って破局する原因の一つともなってしまったそうだけど。それもあって、父様は今回のララァさんの件はシャアさんには秘密にして欲しいと母様と私達は念を押される形で約束させられている。
「やっぱり間に入るのなんて…難しいわよねぇ。」
心からの切実な声が、私の隣から聞こえた。
更新が遅れた理由はですね……惑星ルビコンに行っていたからです。