虹の男と星の娘   作:丸亀導師

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第百九話

『アイ……アイ』

 

深い眠りの中にある私に、私の人生の中で最も聞き覚えのある声が響いてくる。

そして、私は逡巡として瞳を開くのか降ろしたままであるのか、決心できない。

目を開ければ、彼がいないという現実が待っているかもしれないのだ、それ故に私は開けられない。

 

「おい、お袋。目を開けないと公開するぜ?決心するも何も、どうせ生きてりゃ嫌でも起きることさ、なら目を開けろよ。」

 

その声は、今は可愛くないし、朗らかな父親と違って無愛想だけど、父親譲りの優しさが籠った末っ子の声。

芸能界なんて興味ないと、事務所に所属するどころか苺プロとの関係を個人としてしか持っていない、あの人のもう一つの顔である学者及び技術者としての道を選んだあの子の声だ。

私は、その声に諭されるように瞳を開く。

 

そこには、いつも隣りにいたあの人の顔があった。血の気は少し悪そうだけれど、それでも温かみのある微笑みが私を見下ろしている。

それを見ると、次第に私の瞳は霞辺り一面が見ずに濡れたかのように見えない。

 

彼の顔を腕を伸ばして散々に触ると、それを思い切りに抱きしめた。

 

「済まないね、心配かけた。」

 

ゔんうんと、私は頷く。いつもの声が脳に響く、私が喪いたくないその声が。

 

「それじゃ、後は二人でごゆっくり。」

 

「抱きつくのは良いのだけれど、少し話をしなくちゃならないんだ。翡翠には、部屋の外で待ってくれるように言ってある。」

 

それを聞いて彼の瞳を私は覗く、その瞳には何かを決断したかのような決意が宿っていた。そしてそれを私は…、聞きたくなかった。

 

 


 

〜sideあかね〜

 

私は広告塔。私という名の広告塔は、私が演ずる舞台演劇を映画をドラマを、より多くの人達に知ってもらうために重要な役割を果たす。

それは、テレビ局であったりラジオ局であったり、ネット配信であったりとトップは様々な形であれ、私に利用価値がある間は私という存在を使おうとする。

 

「おはようございます。黒川あかねと言います、よろしくお願いします。」

 

謙った挨拶は基本的には悪い印象は持たれない、尤も相手が捻くれていなければという、大前提が付く。

例えばそう、共演者たるMCのあの女優。最初に出会った頃から、私に対する圧というものを感じていた。

私よりも二周りも歳上な彼女は、年々少なくなるオファーに焦りを禁じ得ない筈だ。

 

技量はソコソコに、顔とスタイルだけでのし上がった彼女は影が落ち始めた自らの身体と人気に、若者である私に対するコンプレックスを抱いている。顔では、ニコニコとしているが私という若手に良い思いをしていないのは、彼女の人となりを分析した限りだ。それ故、彼女と同様に年齢を重ねているはずなのに未だに20歳前後に見間違うほどの美貌を保ち続けている今日の番組の主役の一人に対する嫉妬は今は私に向けているそれの比ではないだろう。

 

そんな彼女のことを知ってか知らずか、今回ゲストとして出演するアイさん。またの名を、本名 星野アイ として出演する。

彼女だけでない、安室 嶺がゲストとして文字通り二人並んで出演する。

 

その仕込みを、あの女優は知らない。

今日は生放送、台本は宛にならない。どうせアイさんはこれを幸いとして、舞台を引っ掻き回すのだろう。

今更、誰々が出演しますよ。なんて、言う人はいないだろうしゲストには誰もが見知った人が来るということを、だいたい知っている。

そこで、リアクションを取れるのが一つの芸というものだろう。

 

リハーサルも程々に、それは始まった。

まずは雑談、表面上はお互いにギスギスしていない様に思わせる。そんな『私』を私は演じている。冷静沈着な探偵のような、そう例えばホームズのような、そんな人を落とし込む。

理路整然とした、言葉を並べて一字一句丁寧に……。あれ、これじゃあ、自己中心的かな?

 

 

そして、本番が始まる少し前、ディレクターさんが私に話しかけてきた事を思い出す。

 

 

〜本番15分前〜

 

「あかねちゃん……ちょっと良いかな?」

 

「え……?なんですか?」

 

何気なくリハーサルも終えて、さあ本番だといったところに横槍のように侵入してきた。

 

「実はね、景子さんとアイさん仲が非常によろしくないのよ、伝え忘れていてね?

ま、あかねちゃん程の役者さんならナントカ出来るよね?ね、だからさ、よろしくやっておいてくれないかい?」

 

は?と開いた口が塞がらなかった。

 

「あ、勿論追加の報酬とかは契約上無いのだけれど……今度何か奢りますから、すいませんがお願いします。」

 

私は体の良い道具じゃないんだけれど…、ここでこれを受けなければ逆に仕事を失うかもしれないし……、たぶん解って言ってきてるんだろうなぁ。それでも年下の私相手でもちゃんと素直に頭を下げてきているあたり、前にアイさんが出ていた『深堀れ☆ワンチャン!!』でスタッフ達に対するパワハラ行為に加え、出演者の女性に失礼通り越して非礼を働いて炎上騒動を引き起こしたっていうディレクターと比べれば遥かにマシな部類の大人であろう。

 

「解りました、今回だけですよ?」

 

お人好しなのか、こういう駆け引きを始めとする腹芸が苦手なのか私は不器用だ。マリンちゃんや美鈴さんのようにはいかないなぁ……

 

 

〜現在〜

 

生番組が始まると、ゲスト出演の人の話を一つずつ聞いていく。この番組、出演者の隠し事を暴露していくものだけれど、特別ゲストは持ち前のものを披露する。

 

番組の内容のことより、特別ゲストであるアイさんが出て来た時のもう一人の反応、目の動きから息遣い。苛つきが極限まで上がっていて、胃が痛くなりそう。

 

互いに笑いを誘う話をしながら、目が全然笑っていない。うぅ、お腹痛いなぁ。こんな時マリンちゃんが隣にいてくれたら……

 

「さて、ではここで特別ゲストのアイさんの隠し事を暴露していきたいんですけれど……、実は私も知らされていないんですが…、ここでもう一人特別ゲストを紹介したいと思います。」

 

ここでもう一人が登場する、もう一人が来ることは私と相棒の司会の人しか知らない。

 

「では、皆さんはこの人の事をどう思いますか?」

 

登場する人物の第一印象が語られる。

 

 

〜sideアムロ〜

 

「スタジオにいる人間に俺のことを伝えていないのか?」

 

「特別ゲストなので、それがこの番組の趣旨ですから。それにですよ、意外と色々な事を聞けて良いんじゃありませんか?」

 

正直言ってヤラセが多い昨今の番組にしては、誠実なものなんだろう。

スタッフ全体に、他者への信頼関係だとか外面だけでも繕うという意思を感じられる。

業界の闇を渡って来た連中ばかりを掻き集めた、という名は伊達ではないな。裏側を見すぎて、こんな企画を通した連中だ。

 

「やっぱり世代ごとに、貴方に関する情報は偏りが有るんですよね。

若い人には演技力のある役者さん。

歳を少しとった人には役者モドキの学者。

小さい頃から見ている人には悲劇のヒーローですよ?

てんで、バラバラですね。」

 

「人の認識が全て一致することはないさ、だからこそ面白いじゃないか?」

 

俺のその言葉に一瞬目を丸くするが、それでも口元を歪めてニッと口角を上げ不適に笑う。何が可笑しいのか。

 

「それじゃあ暴露話頼みますよ、一世一代のイベントだ。少なくとも俺は……、いや裏方の俺達はアンタ等の味方ですよ?」

 

味方ね…、利用価値があるからこそ生かされているのか?メディアも一つだけではない昨今、自ずと敵味方は様々な形となるか。

 

「安室 嶺さん!」

 

物思いに耽っていた数分間の空白の後に、やっと名前が呼ばれる。俺は、そんなにも個性が無いか?いや、わざとだろうか?

アイの声は聞こえてこないから、たぶん知っているから答えさせられなかったのだろうな。

天幕が上がる、ゴールデンタイムの仕事は久しぶりだと言えよう。俺は、コメディアンではないからな雛壇なんて何時ぶりだろうか?

 

愛想笑いと、周囲への目配せも程々に用意された席へと歩いていく。アイの横だ。

上段や隣への会釈も忘れずにというが…、周囲の俺への空気は少しヒリついているか?

腫れ物だな、まあ関係ない事さ…気にしたところで殺される訳でもない。

 

 

〜side ディレクター〜

 

人を商品として扱う仕事を、俺達はやっている。

人という存在のその無神経さ、軽薄さ感情的な部分も諸々含めて、その顔、身体もありとあらゆるものが商品になる。

しかし、どんなに素晴らしい商品も加工を間違えれば粗悪品となり、美味く細工を施せば王冠にもなりうる。

我々の仕事とはつまりは、人に装飾を施す事にほかならない。

 

さて、今目の前にいるのは生え抜きの者たち。この腐ったドブ川の中でもがき這い上がった、所謂ザリガニのような連中だ。

俺は、彼等彼女等に対して最大限の敬意を評してロブスターと呼んでいる。

 

そんな中で尤も大きい存在は偶にいるのだが、伊勢海老のような高級品も偶にはいる。

そう、例えばあの二人並んで座る夫婦だ。

初めて聞いた時はたまげたものだが、良くも10年以上隠し通したものだと、感心している。あそこまで行けば、アカデミー賞ものだなと。

 

賛否両論だろう、特に安室氏に対してはバッシングは避けられない。未成年者に対する成人の性行為は、それは20年前でも犯罪だ。つまりは、書類送検される可能性があるという事だが、被害者である筈の星野氏とは結婚までしているんだ、その心配も無いだろう。

 

外野が煩く話すだけ、あかね君には食事は奢れなくなりそうだ。悪いが、俺はこの一大事に対する責任を取って辞するだろう。それがディレクターの仕事であるからな。なので今は胸の内で改めて彼女に謝っておく……ホントにこんなことに巻き込んでゴメンなあかね君。もし職を辞した後に俺にできることが、例えどんなに小さいことでも残ってくれていたらその時は君の力になろう。

だからこそだ。

 

「皆、後は頼むよ?この番組、こういう為にあるんだからね。全てに対して恐れるな、ジャーナリズムを持って局を敵に回しても、真実をお茶の間にお届けするのが使命だ。」

 

そうして俺は、映し出されるものを見る。この腐った局の未来を憂いながら。叶うのなら、後に続く若者たちがこの腐ってしまった局を変えてくれることを願う……そんな未来が訪れる可能性を引き寄せる為にも俺は今日その礎となる。

 

 

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