虹の男と星の娘   作:丸亀導師

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第百十話

私達は消灯した薄暗い廊下を歩いて、一歩一歩階段へと進んでいく。彼の足取りは、倒れる前と代わり映えのないものであるはずなのに、そこには何処か無理が見え隠れしている。

嘘を使って私を騙そうとしているのか、それはもう見え透いたものだけれど、そこには確かに私への気遣いというものがあった。

 

「ねぇ、どうして屋上に行こうなんて思ったの?ここの屋上って確か鍵が掛かってるから行くのは…」

 

「屋上の鍵はもう開いているよ、開けたのは俺じゃなくて翡翠だけれど。俺のやりたいことを、先回りしてやっている。

アクアと同様に頭脳明晰で優秀な息子だが、あの娘と違って手癖が悪いのは……育て方を間違えたな。こういう所は俺に似て欲しくなかったんだが……」

 

私の質問への返答は無い、だけれど意味は必ずあるんだと思う。彼はいつだって無意味なことはしなかった、特にこういう時はふざける事をせずただ一生懸命に前を行こうとする。

私はそんな彼に腕を引かれて、彼の後をついて行く。

 

階段を登って、いつもは閉じている扉を開けると、そこには一切の照明が消えた屋上がある。

都会の街並みにあるこの大学病院の屋上は、宮崎のそれとは比較にならないほど、空の光が見えない。

それでも、彼の目には何が写っているのか空を見上げている。

 

空には星よりも速く動く点が見えて、彼はそれを目で追っているようだ。

 

「本当ならもっと、綺麗な夜景を見せたかったんだが…。無理か、済まない。」

 

「どうして謝るの?」

 

続いてくる言葉を私は聞きたくないのに、私は聞き返した。

 

「明日、俺は…ここからいなくなる。だから最後の話をと思ってね。」

 

目を見開く様に、私は彼の瞳を覗き込んだ。

 

 


 

〜sideアクア〜

 

ちょうどその時間帯になっている、家にあるTVを点けるとそこには両親が映っていた。

嘗てはメディアの王様と謳われるまでに隆盛を誇っていたTV局もインターネットの台頭によってその玉座を追われ、私達の両親が出演している番組を流している局も今や四宮、四条に並ぶかの四大財閥の一つである鐘ヶ江グループ系列に属する大企業に買収されて、今ではネットと同時視聴である。

 

揺り籠の中に眠る翡翠を横目に、私とルビー、かなちゃんはソファに座ってその景色を見ていた。

二人の薬指にはペアとなる金色と銀色に輝く指輪がはめられており、互いの関係性を記す良い見本だ。

 

プラチナの輝きを放つリングを嵌め込んだ母様は、左手を父様の右手に添えるように乗せている。

あたかも、動物のマーキングのように自己主張激しく、この人は私のものだと言わんばかりだ。

 

「はぁ?ママのこと良く知りもしないくせにこのオバンは何言ってるわけ?巫山戯ないでよ、ネットの連中も何?

皆を騙してた阿婆擦れ?てめぇ等、覚悟しておけよ!」

 

「ルビーって素はこんなものだったの?それとも」

 

「いや、母様の事が頭いっぱいになってるだけだよ。実際、私としても番組が始まってからのあの人の母様に対する態度の悪さはテレビ越しで見ても分かるくらい正直目に余る。あかねちゃんを始め、彼女の周囲にいる人達も時折思わず顔を引きつらせてるもの…おそらく舞台裏から見てるスタッフの人達も同じ顔をしてると思う。あんな醜態をお茶の間に晒しちゃった以上、少なくとも今後母様と共演する企画には出禁は避けられないだろうし、最悪しばらくの間テレビには出させてもらえないだろうね。

それに引き換え、父様の方の反応見てよ。『ロリコンと結婚を掛けてロリ婚』だってさ。

かなちゃんに手を出してる時点で当たらずとも遠からずだからそればかりは擁護がちょっと難しいね、たぶん本人は否定するだろうけれど。」

 

他には英雄色を好む、だとかこの二人なら別に文句の言い様はないだとか好意的なものもチラホラある。

尤も、どうやら粘着質なのは男性に多いという事だろう。母様の元ファンとかは、特に気持ちが悪いくらいに。元アイドルのファンという、濃縮還元されたファンという狂信者がいたりするものだ。今や順調に名の売れている私達にとっても父様と母様の現状は決して他人事ではない、こういう輩には改めて注意を払っておかないといけないな。ルビーとかなちゃん、MEMにも身の守りを固めておくように後で言っておくか。

 

「ねぇ、ママ達返ってくる時大丈夫かな?絶対嫌な奴らが近付いて来ると思うんだけど。」

 

「父様がいるから大丈夫だと思うよ、逆に襲う相手が可哀想なくらいに、完膚無き迄にやられるんじゃない?

それよりも、あかねちゃんが可哀想。見てよあの空気、剣山みたいだよ。」

 

「あの程度のプレッシャーに負けるんなら芸能人には成れないわよ、というかアイさんからの指名でしょ?だったら、この状況はアイさんが望んだ事よ、後はあかねのアドリブ力が試されるってわけ。」

 

そう話を聞くと、私は静かに手を合わせて目を瞑る。

ああ、あかねちゃんごめんなさい

と心で呟く。こんな時、漫画やアニメに出てくる自分と他人の魂を入れ替える能力がNTにも備わっていれば……もしくはあかねちゃんがNTなら共振を通してどう振る舞えばいいかを指示してあげたりできるんだけど。自分の無力がもどかしい…この力をもう少し鍛え上げて能力を進化させられたりできないのだろうか。

 

〘「結婚とか子供がいることを黙って何でアイドルを続けてたなんて、そんな事聞くんですか?

う〜ん、そうだな〜。

 

当時の私は、唯一の血縁者である母親に捨てられた、ただの女の子だったんですよ。

だから、私が有名人になれば私に会いに来てくれるかもって、そう思ったんですよ。

だから、アイドルも辞めるつもりは無かったし、子供達の良いお母さんでありたかったんです。」

 

「それでは、お母様は…?」

 

「今は一緒に暮らしています、だって家族は一緒に暮らすものでしょ?それに、彼もその方が良いって言ってくれたので。」(^_-)-☆

 

「そうですね、そういう事もありましたね。

俺は、当時既に両親が共に故人でしたからね、家族というものに憧れはありましたし、何より彼女の願いをアシスト出来るならと思いまして。

だから、子供達が大きくなるまで二人で秘密にしようと誓いあった訳ですが…、見事に旧B小町のメンバー達には筒抜けでしたよ。」

 

「では、お二人の馴れ初めは?」〙

 

 

「ねぇ、お姉ちゃん。あのさ…。」

 

ルビーが珍しくも暗いトーンで、母様のことを話し始めた。

 

「ママ達の馴れ初めなんて、私初めて聞いた。何で隠してたんだろう?」

 

「なに?珍しくも考えちゃってさ、こういう時はいつも言ってるように、運命の赤い糸で結論付けちゃって良いんだよ。

二人共色々苦労したみたいだからさ、そういうロマンチックな事とかそう言うのを運命で片付けたくないとか、そう言う理由じゃ無いかな?」

 

それでも、出逢いっていうのは本当に解らないものだ。私達がこうやって存在しているのも、きっと奇跡的な確率だろう。私とケンゴ君、ルビーと吾郎先生、君ちゃんと光生君もそうだったように。

 

そうして見ていると、スッとかなちゃんが立ち上がって部屋を出ていく。

 

「どうしたの?何かあった?」

 

「別に何も無いわよ、ただこうやって見ていると少し羨ましいだけよ。だから、もう見たくないだけ。それじゃ、明日も早いからお休み。」

 

声が震えていた、たぶん部屋で泣くのかもしれない。変えられない事実、受け入れてはいるけれど、それでもと。

 

「さてと、じゃあ私も寝るよ。ルビー、電気とかちゃんと消しておいてね。」

 

は~いと、言う返事が聞こえる。明日からの対応を考えると、頭が痛くなりそうだ。

 

 

 

〜sideあかね〜

 

「あかね〜!ちょっと降りてきなさ〜い、玄関が凄く賑やかになっちゃってるから!対応して〜!」

 

「うむん?……、何お母さん…。え、何で私のところに来るの?」

 

私が先日家に帰ったのは、夜中の0時を回った頃。正直、気疲れしてしまって、今日は元々の計画通りお休みを取っていたのだけれど、どうしてこうなった!

玄関先には何処かの雑誌の記者か、はたまた新聞社かネットだとか、そう言う人達が屯している。

 

「よ〜し、くじ引きは俺の勝ちだ。解散解散、後は俺に任せてちょ〜。」

 

玄関の前に立っていると、そんな声が聞こえた。そして、

ピンポ〜ん

というチャイムが鳴った。

私はそれに対して問う

 

「どちら様ですか?」

 

 

「週刊信風の鷹壁といいます。黒川あかねさんのお宅でしょうか、少し伺いたい事が有りまして、ここに貴女のマネージャーさんからの許可申請書があるんですけれど、任意でお話がしたいのです。」

 

私のマネージャーは、決して人に対して強く言えるような人じゃないけれど、こんな胡散臭い記者がなんで事務所から許可を貰ってるの?それに、連絡なんて…。

 

ふとタブレットを見る、メールがあったのだ。

休暇だからと、ダラダラしてしまったツケだ。

 

鍵を開けて家へと入れる、身なりは非常に良いものだと思う。

光沢のあるスーツ、シワ一つ無いそれは1記者としては不自然なほどに、高級なものだと解った。ああ、シルクハットなんて普段遣いしている人始めてみた。小道具用とは比較にならないほど良いのだよこれ。

 

………

 

「粗茶ですが」

 

「あ、ど〜も。ありがとうございます、京都でなくて良かったですよ〜。あ、私こういうものなんですけれど、娘さんに少しお伺いしたい事がありまして。

先日の放送でのことなんですけれど、内密なお話ですので娘さんと二人きりでお話させて頂いても…?」

 

 

そう言うと手提げ鞄から封筒を取り出して、そこから紙が出された。

文字が書かれてあった、先日の放送での私の台本からアドリブまで全て、一字一句2時間番組の内容すべてが。

私はそれを見て、お母さんに席を外してもらった。

 

「赤字の部分、あの二人の会話です。

子供が3人いると言ってました。うち一人は、この前産まれたばかり、問題は後の二人について。

先日の放送では、その二人は既に成人したと言っていましたが、あかねさんは、秘匿されたその二人をご存知で?」

 

私はその一瞬だけ、考えた。

 

「ほぉ、ご存知なんですね。心当たりがあると、若しくはアイさんからお聞きになった?

最近では同じ事務所ではないにも関わらず、良く食事や本読みをやっているそうですね?

そこで、です。そのお二人のことを教えて頂きたいと……そう思いまして…?」

 

胡散臭いのは見かけだけだ、心理学とかそう言う部分も齧っているのかも。プロファイリングとかそういう次元じゃない。まるで、本職の…探偵?

 

「ええ、昔探偵事務所にいたことも有りまして。

それで、お話はできます。条件はある程度は提示できますが?」

 

「……私は、学力には自身がありますし、自分は人よりも賢いって思うこともあります。けれど、友人を売るほど自分に自惚れているとは思っていません!」

 

口角が上がる、だいたいの目星はついているのか…?

だったらどうやれば、二人を守れるのか?

 

「成る程、ご友人でしたか。では、この数人の内の誰かですか…?貴女の交友関係は実に、狭いので解りやすい。それでもお話ししていただけない?………はぁ

 

解りました、これ以上は無理ですね。

長年あの二人を追っているのですが、いつも撒かれてしまっていましてね、どうしてか誰も自宅を知らない。

隠蔽されているかのようにね、ご協力に感謝いたします。

これは、これはお詫び気持ちですがご利用は計画的に?

それでは、失礼致します。

お母様には、お茶菓子大変美味しかったとお伝えください。」

 

そう言うとその人は、家を出ていった。周りにいた記者たちは、既にいなかった。

きっと帰ったのだと思う。

 

後から解ったことは、貰った名刺の名義人は存在しないし、そんな記者どこの週刊誌にも努めていないという、何か得体のしれないものだった。誰の差し金なんだろうか、私はいったいナニと話をしたのだろうか?

 

私の手元にある茶封筒には、様々な局の弱み。上層部の影の部分、私にいったいこんなものを渡して何をさせたいのか。嫌な予感がしてならない……マリンちゃん達に直接連絡入れようと思ったが相手は私が星野家の人達と接触するのを狙ってる可能性があると気付いて思い留まる。でも、私一人で手に負えるような相手じゃない…そうなると頼れるのは……私はスマートフォンを手に取るとまずは美鈴さん、その後は八洲さんに連絡を入れた。

 


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