社長との諍いの後、事務所に入った俺とアイを迎え入れたのは、B小町の面々だった。
どうやら今日は、全員で振付けの練習を予定していたらしく、アイはそれをうっかり忘れていたのだろう。
あれからアイは少し暗い、不安に包まれている。喋る言葉の節々から嘘が見え隠れし、「なんでも無い」とか「気の所為じゃないかな?」なんて嘘を付く。
俺の言葉が信じられない、『もし自分の事をアムロが鬱陶しいだとか思っていたらどうしよう。』
だとか、そんなもので彩られている。
たぶんこれは俺が言ったところで解決しないだろう、アイが自分自身で、俺の言葉に嘘がないことを知るしか無い。
だが、彼女は残念ながらNTではない。俺にア・バオア・クーの時の様な人に直接
そんな事を知ってか知らずか、B小町のニノがアイに近寄って頬を引っぱたいた。
「アンタ、何?安室さんと婚約してるんだってね、だから安室さんアンタに厳しくしてたんだ。というかさ、アンタ等隠す気も無かったよね、だってさアイに鍵を渡してる時点でそういう関係ってバレバレじゃん?今更隠したって、逆に頭に来るって。」
彼女は振り向くと今度は社長に食って掛かっていう。
「斎藤社長!私達を見くびらないでもらっても良いかな?アイが一人抜けた程度で、私達から輝きが消えると思うと?大間違いだからね!
アンタが昔どんなに凄いマネージャーだったからって、今の腑抜けた感じを続けるんだったら、B小町はアイがいてもバラバラになってるから!そこ、自覚持つ!」
凄いなズケズケと物を言う、心の中身を曝け出すのが得意なんだな、アイとは正反対だ。
で、最後は俺か。
「安室嶺…嶺さん、アイに若しもの事があったら許さないからね?良い?たとえアイが妊娠したとしても、私達に言う事!そして、アイが望んだらアイドル続けさせる事!
アイドル辞めたいって言ったら辞めさせること、アイが苦しいって言ったら助けてあげる事!
アイはアンタにしか、本音で話さないから。いっつも仮面を被って、アイドルの自分を演じてるけど、本当は心配性だって解ってるから!だから、アイを泣かせたら許さない!」
「俺は了解したよ。忠告ありがとう、アイの事を俺の次に理解してるね。そういう点から言うと、正に親友だな。俺には親友がいないから解らないけれど、きっと良いものなんだと思う。
俺にもしものことがあったら、アイの事を頼むよ。」
『そういう意味でいったんじゃないっていうの、なんで解ってくれないかなぁ?』
困ったようなものを見るような目で、俺を見ないでほしいものだな、理解はしているさ。
「壱護、朝から騒がしくしたな。宮崎の件だが補足説明したくてね。」
『宮崎?』
まだ、誰にも話をしていないのか。
「君達の年内の最終ライブが終わったあと、宮崎のとある地方に慰安旅行に行こうという話だよ。まあ、それは建前なんだけどな。」
「建前ってなんだよ、勿体ぶらずに言えば良いんじゃねか。」
鎮魂のためになんて言ったら、どう思うだろうか?優しい娘なら良いねと言うだろうが、まあやってみるしか無いか。
「B小町のファンだった幼い子供の鎮魂のために、って言ったら君等はどう思う?」
「どう思うって、お前が鎮魂って言うくらいだから、よほどB小町を愛してくれたんだろうな。なら、俺としちゃそのファンの子の気持ちに応えてやりてぇよ。しかも幼かったっていうならまだ生きていろんなことしたかったろうにと思うと尚更な。けどなぁ、誰がそんな金を出すってんだ?」
社長だからな鎮魂ライブなんて言っても、金が無いことにはその子には本当に申し訳ないがやりようがない。
「金は、俺が出す。なに、個人的な金の運用金額は年収としては10億行ってるからな。」
「流石か、お前らしい。もう俺たちより稼いでるじゃねえか。なんで俳優やってんだよ」
決まりだな。
「約束のため、だったんだがな。最近は、たぶんアイの為にやっているのかもしれない。
ソレじゃあ、スケジュール頼んだよ?」
〜sideアイ〜
叩かれた頬が、今でも時折痛く感じる。それは気の所為だ、顔の骨が折れたらきっとアイドル出来なくなっているから。じゃあ何が痛いんだろうって。
私が気落ちして、ニノちゃんに叩かれてから随分と経った。色んなフェスに参加して、テレビ局を梯子してやっと掴んだ休日はアムロとすれ違う日々だった。彼企画の、鎮魂の宮崎ゲリラライブ、私達のたった一人の幼いファンの為のサイリウムのない静かなライブも行った。
アムロはとても多くの仕事をこなして、色々な場所を歩いている。日本国内ならきっと知らない人がいない役者、何処に行っても顔を覚えられていて、パパラッチなんかは四六時中彼につきまとう。
それでも彼は、別に私と一緒に手を繋いで歩くのは当然だって感じで、傍らにいてくれる。たとえそれが変装した顔であっても。
アムロは私に変装の仕方を教えてくれた、自分の心を偽るんじゃなくて、自分の外見を偽る方法。
彼と私の関係は、恋人ってものなんだろうけど、でも私のこの想いはきっと彼には届いているけれど、彼の想いは私には解らない。
私は彼に本心を伝えることは出来るけど、彼の本心を知る方法がない。
きっと、話してる言葉は本当なのに私は最後まで彼を信じることが出来ない。
あの時生まれた疑心暗鬼は、今も私の中に留まっている。
私がアイドルになったのは、アムロがいたから?違う、最初は愛を見つける為にって、そう思ってた。私が知りたかったもの、私が解りたかったもの。それが、愛だった。
でも、アムロと一緒に事務所に一緒に触れあえるようになってから、きっと私はアムロの事が好きになった。それが愛なんだって思って。
アムロなら私の全てを受け入れてくれる、そう信頼だった。
でも、あの人はどうしても〘遠い場所〙に居る。
愛を知らない私は初めて恋をした、でもそれって憧れって事じゃないの?私は、彼の思い詰めた顔を見たことがない、どうして?
彼は、強い人だから?
彼は、なんでも出来る人だから?
彼は悩まない人だから?
彼は前を見て進める人だから?
違う、人は誰だって嘘を付く。私だって私という仮面をつけて嘘で演技をして、自分を作ってアイドルをする。
じゃあ、アムロは?彼はいつも自分を偽っている?仮面をつけて、自分という役者をやっている?
ううん、彼は仮面をつけない。社長に聞いてみたことがある、アムロは昔からあんな感じに、大人びてたのかって。
帰ってきた答えは、私の思ったとおりだった。〘アムロは昔から〙、ああだった。
本当の意味での崇拝対象、並ぶべきものなき化身、人知を超えたもの、欠けることのない人。
誰かを照らす光を放つ星じゃなく、光そのもの。
だから、どんなに光を持ってる人でも彼に憧れを抱くし、抱いてしまう。ましてや、私のように嘘で塗り固めて自分を守ってきた人間にとっては、その光は暖かくて眩しすぎる。
どんなつらい過去も乗り越えて、唯ひたすらに前に進む人、常に誰よりも前を見据えて道を開く人、誰もがその背中を追うしか無い人。
でもそれって、
孤独
ってことじゃないの?
誰も彼の景色を見る人はいない、たとえどんな地獄が目の前に拡がっていても、彼がそれを押しのけてくれる。
それがどんなに辛いことか、彼しか解らない。
そこでハッとした、どうして幼馴染は彼から離れていったのか、彼女はそんな彼を見て自分は不釣り合いだって思ったんだ。こんなにも凄い人の隣に立つことは出来ないって。
だから、憧れることを辞めたんだ、せめて昔みたいに同じ景色を見るために。憧れてるだけじゃ、彼を心配することもできないから。ついこの前、表面的な情報だけでその幼馴染のことを知った気になって醜い裏切り者と一方的に決めつけてしまった自分を恥じた。
じゃあ、私はどうしたいの?憧れていたいの?同じ景色を見ていたいの?
違う
私は一緒に歩きたい、私の全てを知ってるアムロの全てを知りたい。
きっと聞いても、子供の頃を話すんだろう。両親の死を。
でも、私はそんな事を聞きたいんじゃない
もっと前の、アムロ・レイが安室嶺になる前の事を聞きたいんだ!
自分でも何を言ってるのか解らない、けど私にはどうしてもあの〘戦争に身を焦がした夢の人〙がアムロにしか見えない。
あの夢はきっと何処か遠い場所の記録、実際に起こったことを私に誰かが見せているって、そう願って。
憧れと理解は最も遠い感情。