〜sideアクア〜
私は気が付いたら、赤ん坊になっていた。初めは連邦の捕虜となり、手足の自由を奪われたとそう思った。だが、見てみろ。自らの、この小さきか弱い手足を。首が座っていない頭を、これを赤ん坊になっていないとは、誰にも言わせない。
私は星野アイという成人もしていないであろう、そんな売女の娘として産まれたのか…最初はそう思った。
だが、この生活様式。一応、見たことのあるようなファッションの着物がある。
決して貧弱な家柄ではないと、その時認識を改めた。私には双子の妹がいる。ルビーというこの娘は、歳不相応の精神をしており、母に授乳を受ける時のその表情ときたら、身の毛のよだつ。
強欲の権化のようなやつだ。
だが、私の身体も赤子である。母の愛情であるかの授乳に対しては、あまりにも無力だ。あぁ、荒んだ心も、この娘のためには見せるわけにはいくまい。
この歳で、一人前に我々を一生懸命に育てるその姿を見る内に第一印象だけで彼女を売女と決めつけてしまっていた己の矮小さを深く恥じた。本当はちゃんと頭を下げて謝りたかったが、赤子の身ではそれは出来ないので、せめて心の中で彼女に詫びると同時に敬意を評し、私はこの娘を母と母様と呼ぼうとここに決めた。
母様の職業はアイドルという、一種の偶像崇拝による、人間の神格化を意味する一形態を生業とし、処女性の象徴であるために、我々が産まれたということをひた隠しにしなければならない。
なんとも、哀れな職業だ。自ら愛し愛された者との、宝というべき我々を、他人に自慢することすら出来ない。何と可哀想なことか。
母様の同僚である6人の娘たちが、時折家に上がっては泊まり私達と遊びをしてくれる。その度に我が妹は、悍ましい程の欲を出し、皆の胸を尻を太腿を触り、最後には母様に授乳を求める。あぁ、何と強欲な。これでは情欲に溺れて女を貪って辱める汚らわしい底辺の男と変わらぬではないか!それでも女か!?しかも赤ん坊の癖に恥を知れ!!
ハイハイで動けるようになると、家を探検するために動き出す。普段この家には母様と、私、そして相方(妹と認めたくない)のルビー、母様の雇い主ミヤコとその付添人の佐藤なる人物がいる。
この家は所謂一軒家というものであり、まるでサダラーンもかくやというほどの隔壁がある地下室と一階と二階がある。
「危ないから駄目でしょアクア〜」と、私は階段を登りたいのにも関わらず未だに二階に登ったことがない。
ある日厳重すぎる程のセキュリティを突破して、1人の男が我が家に侵入してきた。ちょうどミヤコが疲れからか眠りについてしまい、その侵入に気が付かなかったのだろう。
あぁ、何と恐ろしい事か。このオーラは、数多の戦場を経験し多くの者の命を葬った者、そのあまりに大きな存在感故かわが身体はその恐怖から失禁をしてしまう。
ちょうど隣で寝ていたルビーも、私と同じように危機を感じ取ったのか、泣き始め我等に手を伸ばす。もう駄目か、と思ったのもつかの間その男は言葉を呟いた。
「そうだよな、まだあの時は目を瞑ったままだったから。俺の顔なんて、見たことなかったから怖いよな。」
不慣れな手付きで私とルビーのオシメを交換する。あぁ、この男が私の父親か。こんなにも優しい男が何故、死神に見えたのだろうか。今となっても解らない。
母様は父様が帰ってくると必ずと言っていいほど、抱きつきに行く。「アムロおかえり〜、キスしよキス」と言って子供の前にも関わらず、イチャイチャとしている。
正直見ているこっちが恥ずかしくなるが、それ以上に母様の笑顔を見ると微笑ましい気持ちになってくるし、子供にとって両親の仲が良いのは良いことなのだから、これくらい笑って許せるようにならねばな、しかし何故か我が相方はそれに物凄い嫉妬をしている。
父様は、そんなルビーの事を知ってか知らずか寂しそうな、何か複雑な表情でルビーを抱っこし眠りにつかせる。根が優しいと、赤子の本能がそうさせるのだろう。
1度だけ、母様のライブに連れて行かれた事がある。その時の母様達の姿は、とても奇麗で輝いていて、ずっと目が離せなかった。本当に母様達は楽しそうに歌って踊っていてこちらまで楽しい気分になってくる、なるほどアイドルというものが何故人々を惹きつけ笑顔にするのか今なら理解できる。
しかし、その高揚感も隣でルビーが物凄い動きをしていたのが目に入ってしまった瞬間に吹き飛んでしまった。
それによりステージで踊っていた母様達は勿論、観客であるファン達の目はルビーに集まってしまい、結果としてライブに水を差す形になってしまい、これはまずいと私も慌ててルビーの体を揺さぶって止めさせたが、どうやら我を忘れていたらしく、
「ごめん!つい本能で!」
と即座に謝ってきたが、あれは何だったのか、本能とはいったい…正直な所、私にはその本能というものは理解できそうにないだろう。
そして、私達はライブの邪魔をしてしまった罪悪感のまま母様達のいるステージに向き直った際には母様がこれまで父様と愛し合っている時にしか見せたことのない笑顔を私とルビーに向けていた。
これまでは父様と抱き合っている時の横顔からしか見ていなかったせいで、イマイチ理解できずにいたが、こうして正面から向けられて見てその笑顔の美しさに思わず、同性ながら見惚れてしまった。そうか、なぜ父様が母様を好きになったのか今はまだ少しだが理解できた気がする。
そして、それはファン達も同じだったようで、ステージに目が向いている者達は私達と同様に母様の笑顔に見惚れてしまっていた。その後、再開したライブは無事成功に終わり、帰路に付いたが、例のルビーの動画がネット上に流出してしまい、世間の注目を一身に集めることになってしまっていた。
そのせいでミヤコさんは佐藤社長にこっぴどくに怒られた挙句、その後しばらくしてミヤコさん宛てに父様からも電話が来て、ミヤコさんは震えながら電話に出て通話を終えるとアニメのシーンで例えればドッと口の中から魂のようなものが抜け出るような描写で事務所のソファーに倒れ込んでしまった。
何年も時が経ってほとぼりが完全に冷めてから改めてミヤコさんにこの時の会話の内容ことを訊ねて知ったことによると、父様がこの動画のことで火消しに奔走するも流石にネットに流れてしまった以上父様の力だけではもはや手に負えず、事態の収拾の為によりにもよって父様が絶対に頭を下げたくないとしているほど苦手としている男に頭を下げざるを得なくなる程追い込まれた。
おかげで事態は収取したものの借りを作ってしまったことから当面の間その相手に頭をあげられなくなったそうでそのことで、
「以後絶対に気を付けるように」
と穏やかな口調と共に凄まじい重圧を掛けてきたことからの電話先の父様が笑顔だが本当は内心激怒しているのが電話越しで分かってしまう程だったとミヤコさんは語り、その時のことを
「夫よりも怖かった」
と振り返る形で私に聞かせてくれた。
とりあえずだが、父様もいざという時はちゃんと我等の安全を第一に考え、不器用ながらも愛してくれているということはわかった。
……
時間は瞬く間に流れ、気が付いたことがある。父様は、あまり家に帰ってこないのだ。この一年の間で帰ってきていたのは、50日あるか無いか。それ以外は基本仕事で何処かへ行っているようだ。
正直父様の名前すらあやふやで、アムロという部分だけしか解らない。
相変わらずルビーは父様の事を嫌っていて、父様の目の前で
「パパなんか大っ嫌い」
と言っていた時の顔は正直笑えた。
かつての一件で彼なり家族を愛しているのは認めているが、子供をおざなりにしておいて、ろくにフォローをしてない体たらくでは毒親のやっていることと大差ないと見なされても仕方ないであろう、いくら愛情があってもそれを相手に伝えることができていないのなら、相手からすれば愛していないも同然に過ぎない。言ってしまって悪いが、そこは自業自得だ。
だが、母様は父様の味方をする。父様が母様が好きなのはあのライブでの笑顔の件である程度は理解できたが、逆に何故母様が優しいが、時折それを台無しにするくらい不器用な男をそこまで愛し抜けるのかが解らなかった。
〜sideルビー〜
「ねぇ、お姉ちゃん。お姉ちゃんッてさ、今の身体になる前ってどんな事やってたの?」
「ルビー、どうした?何か気になるのか?」
う〜ん、だってさ気になるじゃん。自分以外にこうやって二度目の人生送る人の過去って。
「私はね、ずっと病気でね?病院から出られずにそのまま、死んじゃったんだよ。それでね、今はさこんなに元気な身体ママから貰えてとっても嬉しいんだ。ねえ、お姉ちゃんは?」
「私は、どうだったんだろうな。前世のことは知識的なことについてはよく憶えているが、記憶の方は曖昧なんだ、正直に言って良い人生では無かったのかもしれない。
ただ、私は赤いものが好きだった。それに憧れて、それに裏切られて、皆に裏切られて、誰も信じられなくて…どう死んだのだろうな…。」
裏切られる人生かぁ…私もそんな人生嫌だなぁ。自分の信じてるものを信じられなくなるほど、そんな傷負いたくないよ。
「ねぇ、じゃあパパの事どう思ってる?あの碌でなし男、ママが一生懸命大好きって伝えても、仕事仕事で殆ど帰ってこないじゃん。いくら俳優だからってさ、纏まった休みくらい取れよって。」
「それは私も思うな。あぁ言う、仕事に逃げて、私達や母様をおざなりにしておいてろくなケアもフォローもしないような奴は、毒親っていうんだ。
だから、いつか母様に気付かせるんだ。あいつがこのまま変われないようなら、遠慮することない、こちらから捨ててしまえばいいって。男なんて信用出来ないからな!特に年上は!!」
お姉ちゃんって、いつも男の人のことになると過激になるんだよねぇ、特に年上の男の人に対してはもう凄い執拗にさ。男なんて害虫で害悪だ。なんて、そんな事も考えてるかも。でも、ママの事考えてるのは共感しちゃうなぁ。早くあんな男捨てちゃうように、ママを説得出来るようにしなきゃ。
「そう言えば、父様は俳優なのか?1度も見たことはないが」
「確か安室嶺?っていう俳優さん。最近はTVで見ないけど、CMとかで映画には出てるみたいだよ?前、どっかの報道番組で、試写会にいたの見たことあるけど、ママのスマホで調べた時は最近はあんまり出演作無かったけどね。」
そんなに出演とかしてないのに、なんで家にいないんだろ。もしかして浮気ぃ?だったとしたら、もっと許せないよね。
「ルビー、でも。安室嶺って同一人物で学者もいるんでしょ?家のは俳優って言うよりかは、学者って感じの空気だが?」
「へぇ、じゃあ学者の方がパパね。だってさ、あんな男が俳優な訳ないじゃん。」
だって、安室嶺って役者は、凄い人気者で実力派でアクション映画も出来る生粋の役者だって、18歳で大御所役者、天才って病院の皆言ってたもの。それに役者で同姓同名なんて、証拠にもならないし。天はニ物を与えず?だっけか。漫画やアニメ、ラノベのチート系主人公じゃあるまいし。
〜sideアイ〜
「ただいま。」
「おかえり〜、チュ。やっと帰ってきた、ご飯できてるから皆で食べよう♡」
アムロ、いつも大変そうだなぁ。私も最近ラジオとかTVで引っ張りだこだけど、家に帰ってこれるだけマシなんだよね。
「ルビー、アクア。ご飯食べよ〜。」
「「は〜い…あっパパ」」
本当に家の娘達アムロを嫌ってる感じがするだよね、悪口とかそういうの言ってはないから、怒ったりしないけど。ちょっと露骨というか、アムロ寂しそうにしてるのに。
「ねぇ、今度さ皆で何処か行かない?私も纏まった休み取れるからさ、ね?」
「そうだね。俺も少し掛け合ってみるよ。君に合わせられるように。」
昔から変わらない、けど最近のアムロには元気がない。俳優としての仕事もあんまり出来てないみたいだし…
「ねえ、ちょっと二人で話をしない?」
「良いよ?色々積もることもあるだろうし。」
ご飯を食べ終わって、ルビーとアクアを寝かしつけた後二階に行って、二人で話を始めた。
「ねぇ、アムロ。あの人とした契約、破棄してもらった方が良いよ。このままじゃ、あの娘達。アムロの事、嫌いになり始めてる。このままじゃ、アムロが不憫だよ。それに、俳優をやってた時のアムロを、あの娘達に見せてあげたいの。」
「それは出来ないよ、アイツは君達の護衛をすると同時に、君達を人質にしてるんだ。俺一人でどうこうできないし、何より俺は君達の安全が確保されていれば、それでいい。俳優も少しだけどやれてるしね。」
でも、それじゃあ…
「私がアイドルを辞めれば、シラトリからの追跡が終わるんじゃないの?」
「それは違う、やつの狙いは君を結果的に殺すことだ。だから、もし君がアイドルを辞めても、狙われ続ける。」
でも、そうすれば私がルビーとアクアのお世話出来るし、誤解を解けるかもしれない。
「大丈夫。あの契約内容なら、あと2年。あと2年もあれば創れる、だからそれまで我慢してほしい。俺が例え子供達から嫌われても。ルビーからはもう、嫌われちゃってるしね。」
ゾクッてした、私は思わずソファーから立ち上がって、ルビーの方に行こうとしてた。アムロが手を引いて、それを止めてた。何をしようとしたんだろう、お母さんと同じ事をしようとしたの?それを思うと体が震えてきて、立っていられなくなりへたり込んでしまった。そこをアムロが優しく抱きしめてくれて。
「それだけは駄目だよ。それをやったら、それこそ全てが駄目になる。アイ、僕は大丈夫だから二人を守ってくれ、約束だ。絶対に何があっても、手をあげないって。」
悔しい、何も出来ない自分に。だから、私はせめてアムロのためにアイドルを続けよう。嘘を付けばきっと、皆を幸せに出来るのなら。
監視されてて家庭内が良い方向に進むわけねぇよな。