2つの影が映し出され、互いを見つめる様に見える。実際のところそれは、違う。目を一切合わさずに顔だけをみていると言える。
女は語りだす。
「この國は、今や戦乱となっている。我はこの國を思う傍ら、我自身の力の無さを痛感しています。
しかし、我の手には嘗てこの國を治めた劔の古く錆びれた、塊はある。このもので其れ等に形を与え、擦れば國を纏める力となるのでは無いか?」
雄弁に手を掲げ、全てを包もうと腕を動かし、しかし何もない虚空を抱き締め手を強く握りしめる。
男はそれに答える。
「力は所詮は力であるぞ?なればその力を良き方へと使うものが必要となる。我はソナタの思いに想う事あれど、我は力を使うものでしか無い故に、我はソナタの刀となろう。」
徐ろに剣を抜き放ち、女に見せつけるように眼前へとその矛先を向け、威圧するそれはまるで言葉とは真逆である。
「なれば我はソナタの帰るべき鞘となり、戦の終わりをこの地で待とう。そして、その刃が削り落ち牙が世に無くなりしとき、我の元へと帰るのだ。擦ればソナタは鬼へとならぬ、ヒトとしてソナタは力を慄えるのなら。」
女はその剣の矛先を掴み、血を流す。そのまま握りしめたまま男へと近づき、男の剣の峰へともう一方の手で強く握りしめる。
そして、そのまま右手を峰に持ち男の顔に顔を近づけ、1つ言う。
「ソナタには帰るトコロがあるのです、頼みますよ?ソナタの使命、この國より戦を無くす。我との契りを忘れぬように…」
垂れ幕の光が消え数秒暗闇が世界を支配する。そして、2つの声が入り混じったような絶叫が響き渡った。
場面が切り替わり幕が開く、そこには観客の見知った見知らぬ男、この物語の主人公であるブレイドが一人足を運んでいた。
〜sideアクア〜
リハーサルが始まって、直ぐに私と姫川さんのシルエットは幕を開けた、光の角度と演技の動きでそれが解りづらくなるそれは、一朝一夕にはままならないもので、それでも稽古の成果は出来たと思う。
血を流す描写なんて特に、影の奥にフィルタで作ったそれが滴るように流れる様は、特撮のそれに似ているとすら思えた。
互いに化粧を気にしながら、吐息を感じる距離まで顔を近付けるそんな普通なら簡単なものも、ボヤケて影が一体とならない距離で止めなければならなかった。
もしこれを本番でやるのなら、ギリギリを責めなきゃ駄目だ。
リハーサルは恙無く進んでいく、このリハーサルでもっとも輝いていたのは姫川さんでも無ければ、あかねちゃんでもない。そして輝け無い私でもない、かなちゃんだ。
彼女の演じる〘つるぎ〙は主人公ではないものの、メインヒロインの内の一人。特に物語上の刀鬼との深い関わりを持つ登場人物になる予定で、この〘渋谷抗争編〙で関係を深くしていく。所謂馴れ初めと言うやつでもある。
カップリングは〘つるぎ派〙と〘鞘姫派〙で対立してるそうだけど、果たしてどっちが勝つのやら。ちなみに私は鞘姫派。
さて、かなちゃんの演技はギラギラと照りつける太陽のようで、人の目を引き付け焼き尽くす。
姫川さんですらそれに照らされて、口角を上げているのだから彼女の本領は恐ろしいだろう。
だから私は輝かないその方向へと進み
演技の仕方は人それぞれ、それに気が付いたのはつい最近だけれどこうして見ると実感できる。それ故に、姫川と有馬2つの太陽を相手にしなければならないという、この対立構造は非常に厄介だ。
あかねちゃんも、そんな彼女たちを見たのか火が付いたらしい、その場を食らうような貪欲な演技の仕方をし始めて、阿鼻叫喚でありながら上手く纏まっているようにも見える。
そこで一つ気が付いた
〘纏め役が誰もいない〙
そう、場をコントロールするべきは主人公である姫川さんで、それに追随するのがもう一人の私である。
だけれどもそれをやってしまうと、全員が一挙に写る最終盤では誰が何をやっているのか解らなくなるのでは無いか?
と、結論に行き着いてしまった。
更に問題がある、中盤。護るために力を求める刀鬼の葛藤、それに登場するもう一人の刀鬼。その俳優が一度もリハに現れていない事だ。
仕事が忙し過ぎて本番まで空きが無いのだという、だったらなんでその役を受けたのか?
他の人達だってドラマとかで忙しいのに、きちんと来てくれる。その人はそれを特段なんとも思っていないのだろうか?
一対一の演技だぞ?互いに理解し合って無ければ出来ないだろ?
それに、その人物はあの無茶苦茶な動きをする役を演じるんだ、明日は最後のリハなんだ絶対に来てもらわなければ、どう演じるか解らないじゃないか。
……
「マリンちゃん凄いね全然苦にもしてないじゃん、本当に演劇2回目?」
「2回目って言うけど、ドラマとかは結構出てたりするからそれなりに経験はあるよ。一発勝負が2回目ってくらいなだけだから、アドリブもそれなりに行けると思うし。」
あかねちゃんも凄いよ、他の人の演技を食ってしまいそうな気迫、ビンビン伝わってくるから。
互いの演技を評価する貴重な時間ちょうど良いから疑問を言おう。
「ねぇあかねちゃん、聞きたいことがあるんだけどさ。これは私の主観なのだけれど刀鬼とブレイドって、なんか同一人物に見えなく無い?」
「それ、私も思ってたんだよ。やっぱりそうだよね、同じやり方で演技する者同士やっぱり解るよね。」
私とあかねちゃんはそれぞれの意見を言い合った、本番まで後1日自分の演じるキャラクタの情報は少しでも多い方が良い。
「え?じゃあマリンちゃん盟刀の所持者とか全員が一人の人をモデルにしてるって思うの?」
「うん、少なくともキャラクターの長所とかはそういうのだと思う。そしてたぶん、そのモデルも私はよく知ってる。父様だ。」
私のデュエルの相手もきっと父様だろう。しかし、だとすれば一つ腑に落ちない所がある……いくら忙しくともその理由を事前に伝えず、こんな皆を困らせるくらいギリギリまでリハを引き延ばすだなんて人間関係において公私共に常に気を使っている誠実な父様らしくない。何かあったのだろうか?
〜sideあかね〜
明日、幕が上がる。
そんな日になってやっと今日、マリンちゃんの相手役の人がやって来た。
自己紹介をしようと私達を会場で待ってたのだ、どんな人だろうか私達はその人の事を良く知っているだろうかと、その人の顔を良く見た。
「申し訳ない、スケジュールの管理に手間取ってね。急なオファーになんとか対応していたんだけれど、リハを今日1日だけにしてしまって誠に申し訳ない。」
良く見知った人だ、映画とかドラマに度々出てくるそんなハリウッド俳優が目の前にいる。
「紹介しよう、裏刀鬼役の安室嶺だ。」
「よろしく頼む。」
マリンちゃんの気配が変わった気がする、睨み付けるような視線に私は固唾を呑んだ。
「父様お久しぶりです。仕事が立て込んでいるから、舞台は見に行けそうもないと言っていたのはそういう意味ですか。」
「ああ、この通りお前と共演するからだな。
さて、デュエルのリハ始めようか。模造刀を貸してくれ、私物との重さのズレを見たい。」
キチンと稽古はしていたみたいで、その歩く姿は様になっている。ハリウッドとか色々な場所で撮影をやっているからか、その場その場で役を練り上げるのが上手いのかもしれない、こればかりは経験なんだろうか?
刀を上段から振り下ろす様は本物の武士とか、そういう類のものに見える。速度が段違いで尚且つ、同じ場所に狂いなく止まるのだチャンバラとかとはわけが違う。それこそ映画もまだ黎明期だった頃の殺陣師とかそういう人達見たいに
「黒川さん。今、刀抜いたの見えたか?」
思考に耽っているとメルト君に言われて始めてその事に気が付いた。
そう、彼は刀を抜いていないのだ。抜いていないのに、刀は抜身でそれを振っている、気が付いた瞬間に驚愕した。
あくまでも自然体で演技なんてしていないのに、これじゃあ演劇じゃなくて。
「演武ってやつなのかもな、俺も生で見るのは初めてだよ。抜刀術の一つ、周囲の人間の死角を利用する戦闘技法。もっとも御伽噺みたいなものだと思っていたが、それを演劇に入れようとするやつは初めてだ。いったい何のために磨いたんだろうな。」
抜刀術…絶対に現代じゃ使わないようなものなのに、それをこの舞台の為に使うのだ。なるほど、普通じゃないってこういう事でもあるのか。
「それと、彼の台本だがこう書かれているぞ?〘相手の動作に合わせて。〙だとか〘ここは解りづらく〙とかな。」
改めて台本を見ていくと、その台本の内容は私達のそれよりも指示が少ない。もっと言えば、台詞が少ない事だけではなく如何に〘観客に解りづらく〙演技をしろというものが多い。
演技において、動作をある程度大袈裟にすることは悪い事ではない。それをあえてしないということは、そのキャラクターが徹底的に無駄を省いた存在だと言っている他にない。
「解りづらくやる意味ってなんですかね?」
「隔絶した実力があるってことを、表現するにはそれしか無いんだろうよ。」
そう言われればそうかも知れないけれど、マリンちゃんの様子がおかしい息が荒くなってる。と言うよりも、見ているだけなのに鳥肌が立ってなんだろうか冷や汗までで出来てる。
「どうした?来ないのか?」
台本には確か…
〘得体の知れない存在への恐怖と、それをかき消す為に出す大声を出し上段から一挙に斬りかかる。〙
「……うわぁぁぁあああ!」
撃ち込み稽古みたいに、あれって演技じゃない!
「マリンちゃん駄目っ!」
振り下ろされる瞬間、彼は左半身を半歩だけ下げてヌルリとそれを避ける、刀が交じ合う事もなく後ろに逸らされて思い切り篭手を穿たれる。
台本通りだけど、あんな勢い良くやったら手が折れちゃうんじゃ。
「スッゲ…やっぱり昔と変わらない、手に触れた瞬間止めやがった人間業じゃねぇよ。」
こんなの演技じゃない、こんなの続けてたらいつか大怪我に繋がる。そんな方法でやってたら…
「黒川あかね君だったか?これは演技だよ、どこまで言っても殺し合いではない。怪我をすることもなければ、死ぬこともないあるのは恐怖を実感するという体験だけだ。」
そんな楽しくもないものを、私は演劇とは呼びたくない。
家族を護るためにモビルスーツが欲しいけど無い?
だったら自分の肉体を反応速度に付いてこれるレベルまで鍛え上げれば良いじゃない。