〜sideアイ〜
そろそろ暖かくなる3月の昼間、病室内の空調設備も切り替わって、今では除湿機能の方へと行くことに。
快適な肌触りとは裏腹に、私のお腹は大きくなって今では結構歩き辛い。
週に一度の頻度で元メンバー達が代わりばんこに私のお見舞いに来たり、ミヤコさんが子供達と共に来てくれたりと私の周囲には良い人達でいっぱいだ。そして何より、アムロがスケジュール合間を縫って来てくれる。海外での撮影だと言うのに、暈も付けないで来れるのは正直私以上の体力お化けだ。
そんな毎日を過ごしていると一本の電話が、私の仕事用の方に掛かってきた。
「は〜い、アイです。どうしたのミヤコさん?」
話の内容を掻い摘んで言うとこうだ
五反田監督の映画の試写会について、私に出席出来ないかという話らしい。
アムロは海外に行っててちょうどスケジュールに空きがなく、時間が取れない。
8人いた主演の内、二人が欠席するのはどうか?という話でもあったそうで、事務所としても出ないわけにはいかないという話だ。
私も妊婦であるから、そんな試写会になんて出られないよう言っていたのだけれど、やっぱりスポンサーの力は強大なのだろう。
「う〜ん、出るのはちょっと大変じゃないかな。ほら、私出産予定日まで二週間も無いし、出産した後だって少しの間は病院にかかりつけになるから、どうしても離れられないじゃん?
ミヤコさんだって、経験者なんだから解るでしょ?それにその話だって去年までは大丈夫だったじゃん。」
後出しジャンケンが1番嫌いなんだよね〜、たぶんこれウチの事務所に難癖付けようとしてるんじゃないかな?う〜ん…こういう時アムロならどうするか……そうだ!
「ミヤコさん、向こうは出席の仕方で何か条件出してた?
提示してないんだね?じゃあさ、大っきい縦長ディスプレイレンタル出来るかな、たぶん上手く行くんじゃないかな?」
[ビデオ通話でやるって事?ラグはありそうだけれど、それならなんとかなりそうね。]
「でしょ?それなら私も病院にいながら出来るしさ、条件合えばアムロだって出られるかも知れないしね。」
[前代未聞だけれど、確かに会議とかで使われているのを私達が使って駄目だとはならないわよね。特に、今の貴女なら尚更…これで詰めているわ。必ず了承取ってくるわ、期待して待っててね。]
色々な思惑が錯綜する世界、自分でも慣れてきてることに内心驚くけれど、別に犯罪でもないのだからと適応していく。
アクアやルビーもきっと染まっていくんだろうと思うと、少し心が痛む自分がいる。
……
「は〜い星野さんいきんで下さいー!」
いだい〜〜痛いぞー〜!
本当に出産って慣れないよね!
今夜の3時!皆寝静まってる頃だろね、でも私はやっぱり痛い!
「良いですよ〜!頑張って下さい!あっ!アムロさん、こっちです、手を握ってあげてください。
はい!いきんで!良いですよ!頭が見えきました、もう少しです!頑張って下さい!」
破水してから既に30分格闘してる、良い加減出てきなさいな…昔程私も体力ないんだから!
そう思った瞬間、一気に抵抗がなくなって、杭が出ていく感覚があった。
オギャーオギャーという盛大な声とともに。
「おめでとうございます、元気な男の子ですよ。」
「アイ、良く頑張ったな。二人共元気そうで良かったよ。」
盛大な汗とともに私の横に赤ちゃんが置かれる、まだまだ皺くちゃなその姿。でも、あの時と同じように嬉しい気持ちが溢れてくる。
「生まれてきてくれてありがとうね。」
産後初仕事は一緒に映ろうね〜なんて考えていた。
そうして私は疲れ果てて少し経ったら眠ってしまった。
〜sideルビー〜
草木も眠る丑三つ時……って何時か解らないけれど、3時半くらいかな?そのくらいに、パパから私に一通の電話があった。
[無事に産まれた…男の子だ。アクアにも伝えておいてくれ。長居はできないからそっちに行くことは出来ないけれど、家を頼むよ?ルビーが一番勘が働くから、一人で抱え込まず何かあれば必ず相談すること、アクアもカナも溜め込みやすい性格だからね。]
「過大評価し過ぎじゃない?私なんて、力を上手く使えているか解らないし色々センセに隠し事だってしてる。
パパやお姉ちゃんは解ってるみたいだけれど、私は自己中で私の為にしか使えないかもしれない。」
[だからこそさ、君は自分を過小評価してるだけだよ。君の力は僕やアクアよりも遥かに強い、その力を本来の意味で捉えられている。
人が隠し事をしようとするのは当たり前のことだし、言い辛いことだって誰にもあることさ。
君が俺やアイにどういう感情を向けているかも理解しているつもりでいるよ、だからこそ君を信頼するんだ。アクアよりもそういう部分はしっかりしているからね。]
「全部お見通し?ってことかな…それとも全部勘?」
[いいや、君を親として見ていただけさ。だから頑張れるね?]
頑張れるねって、断れるわけ無いじゃない。
「それって強制っていうんだよ?帰ってきたら何かご褒美欲しいな〜。」
[善処しよう、そうだな。何か欲しいブランド品か…もしくは]
「センセと結婚するよ許してくれる?」
[それは彼の選択しだいだ、正直に言えばきっと受け入れてくれると思うよ?それじゃあ、頼むよ。]
そう言って一方的に切られた…頼むよってやっぱり強制じゃん!もう良いや、朝考えよ。
ピピッピピッという音共に私は再び目を覚ます、時間は…今日は学校休みだっけ?はぁ…そうだみんなに言わなきゃならないことあったんだった。
「ご飯よ〜!起きてきなさい〜!」
おばあちゃんの声が響く、ママよりもドスの効いた声だ。
おはようという挨拶と共に、私は皆に一言口を開く弟が無事に産まれたよというそういう報告を。
……
「ねぇ、みなみ…。尊敬できるお姉ちゃんになるにはどうしたら良いと思う?」
「唐突やね。どうしたん、珍しく真面目な話をしぃ。
もしかしぃ、弟か妹ができたの?」
あの後、お姉ちゃん達はもちろん泊まっていた君ちゃんにもたっぷりと質問をされて、ゲロらさせたけれどあんまり情報持ってなかったから、やっぱりパパに映像送ってもらった。
少しふっくらとした、赤ん坊の顔は想像するよりもか弱いもので…始めて見るものだった。特に念願の弟の顔を見たお姉ちゃんの目が見たことない程にまで輝いていて、ちょっと引いちゃったよ……これは間違いなくブラコンになると。
「う〜ん、そうなんだよ。16歳も歳が離れた弟ができてね、私とお姉ちゃんと同じ年齢になった時にはさ、私もお姉ちゃんも32歳になっちゃうんだよ。
そんな時に私とお姉ちゃんはアイドルやれてるかな〜って、そう思っちゃってさ…」
「へ〜、へ〜?!いや!ほんまに弟が出来たの!冗談で言うてたんやけど、ほんまに?」
まあ、そうだよね〜。この歳で弟が出来るなんて思わなかった。漠然と、家はこのまま家族で過ごしていくんだとばかり思ってたけど、パパとママも色々と溜まってたんだろうけれど、本当にお盛んだよ。ママがアイドルの柵さえ無かったら、間違いなく弟妹の人数はもっと増えてたんじゃないかと思う。お姉ちゃんのあれってたぶん、二人のそこに似たんじゃないかな。そうなると、案外私が叔母になる日も近かったりして……お祖母ちゃんだって18歳の時にママを産んで…それに続いてママも16歳で私達を産んだんだし。
「う〜ん、そうなんだよ。だからさ、困ってるんだ。アイドル姿のお姉ちゃん達を見せてあげること出来ないんじゃないかって、芸能界にいたとしても私たぶん先輩やお姉ちゃんと一緒に女優やってると思うし、それどころかあの子が物心や分別が付く歳になる頃には私達も年齢的に確実に結婚してママになってるだろうからさ」
「そん時は特別に家族の為に衣装着て上げればええんやないかな?
ウエストとかもしっかりと管理して行ったら、ルビーとアクアちゃんのスタイルなら全然行けると思うで?」
「そうかなぁ、そうかも。解ったよ、頑張って見るよ。」
お姉ちゃん達は立派なアイドルだって、そう思って貰えるように。
〜sideアムロ〜
眠り姫…そういう言葉が似合うその姿を見て、俺は内心ホッとしている。小柄な彼女の腰回りはお世辞にも福興かではない、所謂アクアのような安産型な骨格ではない彼女が子供を産むのはそれ相応のリスクが伴う。
だけれど二度目には余裕綽々という感じで、その姿を見せてくれたのは非常に喜ばしいことだった。
母子ともに健康そのもの、出産後は盛り盛りと嫌いだったはずの白米を平らげ、大盛りのおかずをお替りする。そんな姿が見られただけでも嬉しいものだ。
社長もマネージャーも、誰も見舞いに来ないこの部屋に二人きりでいると昔を思い出す。
アクアとルビーの二人が産まれた時も、そんなに人は来なかった。
「お見舞いが少ないっていうのは少し寂しいけれど、仕方ないよね?だって公表してないし、そうしたら逆に迷惑でしょ?」
何て彼女が言うものだから、俺は本当に公表せずにいたのだ。彼女自身もそれを良しとした。
ところが出産前から少しずつ考えが変わったらしく、何やらディスプレイで撮影をしている。
「何をしているんだい?それは…まさかと思うけれど映画の試写会、出るつもりなのかい?オンラインで。」
「面白いでしょ?だって、アムロも出られないし私まで出られないじゃ、苺プロの面目丸つぶれじゃん?そこでこんな時アムロならどうするかな?って考えてたら前に私が高熱を出して寝込んでいた時、アムロが私の傍で看病しながら仕事ができるように家の設備を使ってリモートで社長や監督とやり取りしてたのを思い出して、閃いたの。それに出産報告も兼ねて、行おうと思ってるんだ。」
確かにそんなこともあったな…どんなに芸能活動に追われていてもなるべく家族間でコミュニケーションが損なわれないよう家でも仕事ができるように家を建てる際に3階は芸能活動用のワークスペースのフロアとして整えたのがこんな形でも役に立つとは。ルンルン気分でいる彼女、その姿は以前よりもはっきりと嬉しそうなものだ。
「産まれたばかりの子供を、早くもテレビデビューさせる気かい?だったら、あまり撮るものじゃないよ?赤ん坊には少々刺激が強すぎるかもしれないからね。」
「わかってるよ。それに、この子ね。瑠美衣と愛久愛海と違ってだいぶ世話が掛かると思うんだ。今のうちくらいしか、こうやっていられる余裕なさそうだからね。お母さんだけに押し付けるのもね…」
彼女もこの子がどういう子なのか解ったのだろう。俺達の子である以上NTの力を引き継ぐであろうことを除けば普通の子供だ、だからこそ純粋だから手が負えないとも言える。この子の力がいつ目覚めるかはまだ分からないが、NTの力は純粋であればあるほど強く高まる……カミーユの轍を踏まないようそこは細心の注意を払っていかないとな。
「今度こそベビーシッターが必要かもね。」
実際頼んだ方が良いだろう、良くも悪くも二人は特殊だったのだから、この子はハードモードということだ。しばらくはアイも育児休業を取れるし、かなとアクアとルビーの三人もまだそこまで忙しくないから時間に余裕も作れる、そこをお義母さんの助けも得て代わる代わるで育児の負担を分担すれば、何事もなければ今年中は家族だけでも大丈夫だろう。それを見積もって、今後のことを考えると……
「一年待っていてくれよ、ベビーシッターを頼むにしろ俺達の子を任せるにはちゃんと信頼できる相手を吟味しないといけないから、どうしても時間が掛かるからね。今年は海外撮影のある俺を除けば、みんなそれぞれで手分けしてこの子の面倒を見る時間は作れるはずだ」
「了解!じゃあ休日くらいはお願いね?」
最後にした会話がこうだったな…よっぽど疲れが溜まっていたのだろう一日の内に眠る時間が多くなった。
彼女の眠りを見守っていると、ふと病院の外に昔感じた気配がした。懐かしく思いたくもない人物のそれだ…こんな所に来れるとはよっぽど暇なのだな。
「アイ…少し出てくる。1時間も掛からないだろう。」
名残惜しいな。
……
病院を出てしばらく行ったところに、人っ子一人いない景観の良い物見台がある。
そこに1人の男が俺を待っていた。
「こんな所にまで来るとはな、よほど芸能事務所代表取締役は暇な職業なんだな。どうやって調べ上げた?」
「えぇ、貴方と比べればですよ。安室さん、お元気そうで何よりです。ご子息の誕生、心よりお祝い申し上げます。
さてと、調べるも何もきっとここにいるだろうと、あの時の記憶を頼りに来たまでです。」
神木か…今頃になって何を聞きたいのか。
「いえ、貴方に感謝を伝えたくてですね。僕の価値観を良くも悪くも破壊した貴方に。」
「良くも悪くもか…あのドームライブ以来何も怪しいことをやってこなかった。それに驚いているが、君が養子をとるなんて誰が予想できるのか。」
翼という名の養子を取ったと聞いた時、コイツの意図が解らなかった。
警戒することに余念は無かったが、それでもある言葉が脳裏を駆けた〘人は変わっていくもの〙、昔俺の手で殺してしまった理解者が言った言葉。もしもそうなのだとすれば、悪い事ではないとそう思っていた。
「命の価値を知りたくて、昔僕は貴方達の命を狙った。姫川愛梨が死んだあの日から、僕の命に対する考えはそうなった筈だった。そして奴に諭された、〘虹の輝きは世界の重み〙そう言われてね。だけれど、僕はそれに疑問を持ってしまったんだ。
引きずり下ろすよりも、誰かを高みに押し上げた時の多幸感が僕には大きかった。」
「妙な心境の変化だな?だが、少なからず俺は君への良い影響を与えていたと?」
殺気だった俺と、冷静で静寂の保った彼の姿は対極とも言えるものだった。
「ですから今日はほんのお祝いで来たんです。これからは主に貴方の娘さんたちを応援していこうと思います。特に愛久愛海さんの方にはウチの翼が以前ご迷惑をお掛けしたことに対する謝罪とあの子に新しい価値をくれたことに感謝していると伝えておいて欲しい。
ただ、気をつけて下さい僕の心がいつまた変わるとも限らない、その時は僕を止めて下さい。悩ましい事ですけれど、その時はきっと僕は育て上げた人の命を狙うでしょうから。」
「自分でそうならないよう努力をしてくれよ…俺は君の親でもなければ、身内でもない。それに娘に謝意と感謝の念があるなら自分の口からちゃんと伝えるんだ。こういうのは伝言じゃ意味ないからな」
それを聞いた彼の顔はホッとしたようになり、そのまま姿を消した。