〜sideかな〜
私はらしくもなく椅子に座り込んで塞ぎ込んでいる、不知火フリルに声を掛ける。彼女のその姿は見るに絶えない、誰にも屈託のない笑顔を振りまいて、ファンを魅了し嘘で全てを隠し通す彼女の姿、今の彼女にはそれがない。
ファンによるアイドル宅の襲撃事件、それは偶然に居合わせた彼女の友人の手によって、友人の意識不明の重体という形で世間に拡がった。遊びに来ていた社長の双子の子供達は、そのショッキングな光景を目の当たりにしてしまう。
事実は違う、襲撃は確かにあって友人は負傷した。子供達は件のアイドルの実娘息子。ファンはどうやってかその情報を手にして、アイドルを襲撃したのだ。
アイドルならば身を挺して迄友人を庇うべきではないのか?心無い言葉が彼女を襲う、庇護よりも罵詈雑言は心に響くだろう
だが私は思うのだ、日本中を席巻するアイドルが、身内のためにあく促働き、汗を流し苦痛に耐え涙を呑んでいるのにも関わらず、周囲のこういう奴等は全くと行っていいほど、汚物の寄せ集めだと。
「ミドリ…アンタ…はぁ、そんな辛気臭い顔ばっかりしてるんじゃないの。
アンタがそういう人間じゃないってのは、私も良くわかってんだから。そりゃあアンタから告白された時、私だって最初はアンタのことを売ろうかって考えが一瞬とはいえ頭に過ったわよ。
だけどね!アイドルのアンタがスキャンダル撮られて、一喜一憂してるのを見るのは私だって嫌なワケ、ライバルがそうやって蹴落とされるのは不本意だし、何より今あんたを無作為に叩いている愉快犯達と同類の人間になりたくない!
だったら、そんな顔しないで何時もみたいにヘラヘラしてなさい!!」
彼女は勢い良く振り向いて、私を見る。その瞳には後悔と疑念の涙が浮かんでいる。
「だけど…私。あの娘の事を守れなかった…私を狙って来た人にあの娘が刺される道理なんてないのに、こんな事になるのなら私はアイドルなんて辞めればよかったんだ!!」
バシッと、私は彼女の頬を叩く。
「あの娘は…病院で今も戦っている。貴女を庇ったあの日から、ずっと一人で戦っている!親友であるアンタを、凶刃から守ったあの娘が戦っているっていうのに、アンタはそこで立ち止まってメソメソしてる場合じゃないでしょ!!
あの娘は、アンタとアンタの子供達の事をずっと護ってきた…アンタのその言葉は、あの娘に対しての裏切りよ!!
アンタはドームに来なくて良い、私がなんとかするから。」
そう言うと私は踵を返し、扉をバタンッ!!と叩き閉めた。
「カット!」
その言葉が流れると、私は息を吐く。
つまりはここはドラマ〘アイドル〙の撮影現場、建物は勿論さっき私が思いっ切り閉めた扉も小道具の一つ。
不知火フリルが俯いていた表情を素面に戻すと、その瞳にあった涙はまるで引潮のように無くなり、いつものあの無表情な顔になった。
「先輩、お疲れさまです。アイドルであるのに結構迫真の演技でしたね、役者になれますよ。」
「役者になれるとか、私はとっくの昔から役者よ。今はアイドルやってるけれど、アイドル兼役者なだけまさしくマルチタレントよ。もう、前みたいに躓いたりしないから。」
国民的美少女は、私が何言っているのかまるで理解する必要もないとばかりに、首を傾げている。
もしも私が昔のまま売れていたら今のこの子の地位に付けただろうか…?いや、無理ねたぶんそんな生活私には耐えられない。
「今日は、アクアちゃん来てないんですね。残念です。」
「そんな露骨にガッカリしなくても良いじゃない、そんなにあーちゃんの事好きなの?いったい何処を気に入ったのやら。」
「あの幸薄そうな雰囲気と、高身長爆乳隠れ陰キャお姉さんオーラ。」
この子は彼女にいったい何を求めているのか…もしこの子にあーちゃんが付き合ってる人います、なんて言ったらどうなるのか私は正直気にはなる。だけれど友達売るのは嫌だから本人が言うまでは言わない。
最近になってこの現場に感じていたことがある、それはこの脚本についてだ。
少し最初手渡された時、私は感慨も何も感じなかった。原作の無いオリジナルドラマ〘アイドル〙、それはありきたりな内容だと思った。
2話3話と続いていくと、主人公がアイドルやってるのに妊娠し双子の子供を産み、それを友人と事務所の社長達にのみ話しひた隠しにしてアイドルを続けていくのだ。
嘘を嘘で塗り固めていくその姿、16歳という若さで子を産んだ母親とアイドルとしての嘘の仮面。
板挟みになる彼女は私演じるライバルにもそれを告白して、信頼関係を深めていく。
台本を読み進めていくうちに、〘ちょっと待てよ〙とこれどっかで聞いたことあるなぁと思っていたのだが、あーちゃんの表情筋が全てを物語っていた。
そう、少し違いはあるものの、彼女の母親であるアイさんの生涯に似ているのだ。
誰かに公式に公表したなんてこともなく、バレたなんてこともないのに、この脚本家の〘SEWATARI HESENO 〙
年齢的には嶺さんと同い年で、中堅くらいの脚本家。
初出の作品は〘IDOLM@STER〙っていうこれまたアイドルを扱う、ハートフル作品。
フィクションとノンフィクションを混ぜ込むのに定評がある作家なのだ、だけれど苺プロとの接点は皆無なだけに変な裏を想像してしまう。
こいつもそうなんじゃないか?過去の記憶を持ってたり…なんて思っていたけれど、そもそもそんなに難しい世界ではない意外と意表を突く作品でもない。
過去の記憶を持っているのなら、もっと凄いこととかすると思うし、脚本家なんて五万といるもの。考えすぎだって思っているけれど、〘アイドル〙だけは何処か引っ掛かりを覚えるのだ。
やはり、裏側で誰かと繋がっているのだろうか?
「先輩何を難しい顔をしているの?そろそろ次の撮影始まるから、衣装着替えて?」
「え?あ、そうねごめんなさい。すいません、急いで着替えますので…!」
「良いよ大丈夫、思ったよりも早く撮影終わりそうだから、もっとゆっくり休憩してくれても。」
考えすぎよね、頻繁にそう言う人と合ってるのが異常なだけで、そんないるわけもなし。今は撮影に集中しましょう。
〜sideアイ〜
家に帰ってきて最初の夜。
オギャー!オギャー!という声が私の横のベビーベッドから響き渡り、私の睡眠の妨害を始める。時間は……深夜2時、眠い目を擦り上げながら、この子は何がしたいのかなぁと思いながら抱き上げる。
力を通して感じ取ってみると、どうやらお腹が空いているようだ、おっぱいを出してこの子の口元に乳房を与えゆっくりと飲み始める姿に、欠伸をしながらうっとりと見る。
アムロからもらったこの力が今までの人生の中で一番役に立ってるよ。
社長とミヤコさんに代わって空君の面倒をよく見ていたアクアも言っていたけど、翡翠の面倒を見るのにこの力にはかなり助けられてる……赤ちゃんだった頃のアクアとルビーが大人しくて聞き訳が良すぎたのに慣れちゃってたから、この力抜きだったらその頃のアクアとルビーと同じ感覚で接しようとして、この子の伝えたいことがまるで理解できなくて滅茶苦茶苦労することになってただろうなぁ……まさにこれこそアムロの言っていたNT能力の正しい使い方と言える。
翡翠の鳴き声を聞いてか、お母さんが起きてきた。
「あら?もう、おっぱいあげてたの。貴女も立派な母親ね、どう?ルビーちゃん達は夜泣きを殆どしなかったらしいけれど、この子は貴女と同じで良く泣くのね…。」
「お母さん…それって本当?私が夜泣きを頻繁にしてたって、私聞いたこと無かったなぁ。」
私はお母さんの方を向いて、そう話す。思えば小さい頃はこうやって対面して話すことなんて無かったから、当然のことなのかもしれない。
昔のお母さんは私をぶったり、放置したりして親としては最悪の存在だったのだから。
「なに?そんな目をして、嫉妬?自分に向けられなかった愛情を今になって羨ましく思う?……そうよね、ごめんなさいね。」
「でも、今はこうして二人でこの瞬間を共有出来てるじゃん?昔は昔だよ…私ももう振り返らない。」
そう言うと、翡翠を抱いて家の中で一番広い窓へと足を運ぶ。
お母さんも、それを見てついてきてくれる。
「今日は満月だ…優しい光が私達を照らす。」
「なに?ポエムでも読むの?………ねぇ、アイ?貴女と嶺君、私に何か隠し事してない?」
隠し事…結構いっぱいしている。アムロの
「隠し事の1つや2つあっても私は驚かないけれど、でもそれで身を滅ぼすのは辞めてね、やっとこうして家族としていられるのだから。」
「あははは……そうだね…。でも大丈夫だよ、私達はそんな危険なことに首を突っ込んだりしてないから。」
「貴女と再開したあの日の記憶が私にはない、いつの間にか貴女の家の前にいて…彼と貴女を引き裂こうとした。だから気を付けて、世の中解らないことが多いみたいだから。」
言われずとも知っていますとも。
私はお母さんに微笑んで
「もう1回寝よっか」
と言って、ベッドに入る。憧れた普通は今私はここにある、翡翠も瑠美衣も愛久愛海も何があっても私は護る、それが母親だもの。
………
二度寝の後、少しして起きる。朝ごはんを作らなければと、使命感にかられてダイニングキッチンに行くと、トントンと何かを刻む音がする。
お味噌汁の匂い…それとこれは、魚の焼ける匂いもする。
1つの鍋に1つのフライパン、ボウル皿に小分けにされたサラダが既においてある。
手際が良い…私よりも遥かに作りなれている。
「あら…おはよう。まだ寝てても良いのよ、夜泣きは結構体力使うからね。最近、私起きるの早くなっちゃってね、こうじっとしていられないからこうやって作ってるのよ。」
「手際が良いね…これなら一品ずつでも冷めないね。」
「時間通りに作るには、段取りが重要よ。だから、慣れないうちはそんなに早くは出来ないものよ。それに、貴女今日から仕事でしょ?今日はレコーディングがあるって言ってたでしょ?だから、今日は朝から気合い入れてるのよ。」
炊飯器……パカッと開けるとそこには白米が…苦手なんだよな…。
「アイ…白米苦手なのよね…無理して食べないで良いから、パンもあるし。」
「ううん…今日は、食べる。私もずっと引きずってはいられないから。それに、私も手伝うよ。」
「じゃあ、そこの魚の面倒を見ていて?照り焼きだから、ソースを作らなくちゃならないから。」
焼き目は…このくらいでいいかな?横ではツプツプと、タレが作られている。
「さ、そろそろ良さそうね。瑠美衣と愛久愛海を起こしてくるわ。二人共今日は仕事ないみたいだから、普通に登校よ。」
どうやら盛り付けは私に任せてくれるみたいだ、よっ!と言いながら、私はそれぞれの食器に盛り付けていく。
今日から四人で食卓だ、アムロは…そろそろ日本での撮影らしいから帰ってくると思うんだけれど。
「おはよう母様…今日は鯖の照り焼きかぁ作ったの?」
「お祖母ちゃん主導だよ、でも二人で作るのも楽しいね。ルビーは?」
「そろそろ来ると思うけど…翡翠は?」「まだお眠だよ。昨日二時におっぱい欲しがって夜泣きしてたから、起きるのはもうちょっと先かな?」
盛り付けが終わった朝食を持ってキッチンからダイニングのテーブルに並べ始めたところでバタバタと廊下から音がする。
「おはようママー!今日は…和食だ!呟いちゃおっかなぁ…」
「ハイハイ、皆座って食べましょう?」
今日も一日が始まる、良い日になると良いなぁ。いただきますと言って食べ始める。
「そう言えば母様レコーディングがあるって?帰ってきて早々…大丈夫?」
「大丈夫大丈夫…向こうで暇だったから曲も全部覚えたし。
〘アイドル〙って名前の曲なんだけれど、アクアのドラマのED曲らしいよ?私とB小町の…あぁ私達の方のことね?がやって欲しいって、前半メインは私だってさ。
結構良い曲だよ?ドラマ主題歌が最終回しか流れないなんて、珍しいよね。」
そう言って、白米を箸に掴む…口へと運ぶと、甘い香りが鼻を抜け舌が唾液で溢れてくる、それが美味しいと感じる。
私は克服できたのかもしれない…お母さんが隣りにいて、私を愛してくれている。皆を愛してくれていると、そう思える関係に慣れたと思うから。