〜sideアムロ〜
花粉症が国民病と言われるこの国は、あいも変わらず人々がマスクをして歩きだす4月、俺はやっと帰ってきた。欧州での撮影を終えて次は日本、その次は中東そしてまた欧州へと帰る弾丸的なスケジュール。常人なら既にダウンしてるだろうな。
アイドルとして全盛期だった頃のアイたちでさえ、ダウンまではしないものの疲労を隠すことは出来ないだろう……俺が知る限りでこんな無茶なスケジュールを難なくこなせそうなのはシャアとアクアの中にいるハマーンぐらいなのではなかろうか?
「安室さ〜ん、こっちで〜す。お〜い!」
「ああ!ご苦労さま、今そっちに行く!」
あまり長居するとマスコミが来るかもしれないから、そそくさとキャリーバッグをトランクへと入れて、そのまま送迎車へと乗る。勘は良く当たるものな、乗ったら直ぐに現れた。付いて来るのは勝手だが、今日と明日は非番と決めているんだ。
「運転…俺にやらせてくれないか?マニュアル車は苦手何だろ?」
「え?まぁそうですけれど、ですが、これが私の仕事ですし…まあ、大丈夫ですか?」
「問題ないさ、この車の性能は熟知している。少し揺れるが、我慢してくれよ?」
キューンとモーターの回転が上がる音がする、無理はさせない連中が何処と連絡を取り合い、何処に車があるのかはなんとなく解る。後は、それを逆手に取って撒くだけだ。
「それにしても社長も趣味人ですよね…世の中が電気または水素で動く自動運転車に切り替わっていく中でこんな古臭いマニュアルレバーをオプションで付けるなんて、本当に…」
「盗難防止用さ…今じゃマニュアル車なんて警察とか軍、趣味人くらいにしか無いからな。流石にウチで一つ所有している家族共用の大型車だけは妻や養母、来年には免許を取れる年齢になる子供達にも運転できるよう自動運転機能付きのATにしてあるが…」
さて…どれくらいで撒けるか試してみるのも悪くない、パパラッチの質は何れ程かな?
……
目黒区にある事務所まで来ると、既に彼等を撒いていた。自分の腕もさることながら、パパラッチの質も落ちたものだ。昔の奴等ならば事務所の、前まで人員を割いていたというのに…劣化は免れないものか。ただその御蔭で今回は限られた貴重な時間を余計なことに浪費せずに済んで助かったのでこういう劣化であれば歓迎なんだがな。
それから社長の壱護と副社長のミヤコさんの二人に久しぶりの挨拶を交わすとそのままスケジュール調整をし、家のある高級住宅街へ向けて帰宅する。スケジュールを調整した際に国内における撮影と家族と過ごす時間の他にもシャアと接触する時間も確保しておいた。
あいつに依頼した四宮光生を始めユピテルの調査状況の経過がどうなっているのかを日本に居られる内に聞いておかないといけないからな。
可能であれば、アクアと中のハマーンにも身辺状況について聞いておいた方が良いだろう……まぁこちらはアクアの様子を見てやるかやらないか決めることにするつもりだが。
また変にこじれて恋愛リアリティショーの二の間になることは避けたいし、非番は家族と楽しく過ごすことを優先したいからな。
この時、周囲の気配には連中の纏う独特の興味心が無かった事から俺は、そのまま帰った。
家に着き送迎車を降りて、本来の運転手であるマネージャーの彼に車を引き渡して次の迎えの時間を再度確認し合ってから別れを告げて見送る。そして正門を通り玄関について鍵を開け、エントランスホールを抜けてリビングに出るも誰もいない。義母もアイもアクアもルビーも…誰一人としていないその空間に、俺は足を踏み入れ。
ふと、何かしらの違和感を感じた。
誰か似た気配を一度感じたことがある…リビングに行き窓の外を見ると、鳥が羽ばたき空へと舞う…。
明後日から日本での撮影が始まる、平成初期の町並みが残る場所で俺は、撮影するのだ。この国の嘗ての情景、時代に取り残された場所それを周知させるために…。
だと言うのに、懐かしい感覚が沸いてくる…これは俺はこの存在を良く知っているのだろう?だが…誰だ?
そう考えていると後ろからガタンッ!という音が響き、それにつられて振り向く。そこには義母がいた。
「あら、お帰りなさい。すいませんね、少し出かけていたもので。」
「いえ、誰もいなかったので少し宇宙を見上げていただけです。今日は、良い天気になると思いましたので。」
曇天を見ながら言う俺に、彼女は眉を顰めるもそういうものかと納得している。
そう話していると、あの懐かしい感覚は何処かへと消えていき俺はその感覚に名残惜しさを感じた。
「皆お仕事に学校に大忙しです、やっと休みが取れたというのにお気の毒ですね。」
「元はと言えば俺が原因ですからね、自業自得ですよ。それより、翡翠は何処に?まさか、職場に連れて行ったのか?」
俺の質問に少し目が泳いだ、図星らしい。アイらしいと言うか、なんというか。まったく、生後3ヶ月に満たない子供を連れて何処へとやるのか?変な事に巻き込まれていなければ良いのだが。
「あの子…ルンルン気分で仕事に行ったわよ。隠し事なく、子ども連れていくのがあまりにも楽しいみたい。」
「良いことなんだろうが、子供は人形じゃない。流石にちょっと怒らないとな…育児に参加しない男が何を言っているんだなんて思ってませんか?」
実際問題、妊娠したばかりの彼女を放ったらかして海外に仕事に行くなんていう、男としてどうなんだと問われても返答のしようもない。なので、俺も本来ならアイのことを言えないのだが、事が事だけにこのまま見過ごすわけにもいかない。
「あの子もそれは考えていると思うわ、ただ多分だけれどあの子…本当は貴方と自分が結婚していることをもうそろそろ公表したいんじゃないかしら?それの為に、子供を出汁に使っているのかも…正直言って良くない手だとは思うけれど、一応あの子も母親だもの流石に解ってやってると思う…。もう周りを誤魔化し続けるのに疲れてきている様子だったもの」
「確かに振り返ってみれば15年間俺達は、はぐらかしてきた。その反動でしょうね…すみませんでした、お義母さん。言い訳になってしまいますけどアイの心労が最近募り始めてることについては俺も分かってはいたんですが、そこに今回の仕事が舞い込んだせいとはいえ彼女の心をケアする時間がろくに取れなかったのは俺の責任です…それを想うともう潮時なのかもしれない。
ですけど、翡翠を二世芸能人だからってチヤホヤさせたくはないですからね…現にアクアはそういうのを酷く嫌がっていましたから。大丈夫です、上手くやりますよ。」
今は変に騒ぎ立てられないように匂わせる程度に止めておくのがベストだろうな。アイには悪いが完全な公表はまだ少し早い。せめて、アクアとルビー、かなの3人が高校を卒業するまでは待った方が良いだろう。キチンと目安を立ててやればアイを説得するのもそう難しくはないはずだ。
「明日はお休み?でしたよね。」
「ええ、久々に家族サービスが出来ますよ。」
帰ってきたら家族の顔が見られる、嬉しいことだ。
何の話をしようか?アイもルビーもアクアもかなも、皆海外に行ったことがないから、色々な場所の話をしようか?
いつか皆で、海外旅行に行けたらとそう言う思いを乗せて。
〜sideあかね〜
「合格…ですか?」
合格…その言葉を聞いた時私は本当かどうか解らなかった。映像作品に出ていなかった私が、多くの応募の中からそれを勝ち取ったのだ。
オーディションの結果が届き私は安堵した。そう、私は不知火フリルを差し置いてヒロイン役?娘役を勝ち取ったのだ。
多少身長という部分が足を引っ張っていたけれど、主人公がイギリス人と日本人のハーフであること。つまり娘はクォーターだから、それなりに大人びた娘でも良かったという点に助けられた。
また、演技に関しても久々にあった親子の雰囲気を出すのに、様々な情報を手に入れられたことも大きい。
そして何より重要だったことは〘最低英語が話せる〙という、その部分だろう。
この主人公の娘は、頭の良い娘で特に後にオックスフォード受けるくらいなのだから、語学も堪能だ。
台本だけではなく、他の国での撮影があるのだから、英語でのアドリブなんかもしなければならないのだ。
自分で言っては何だが、私は頭が良い方だと思う。英語だって、役になりきるためならと、猛特訓して完全に会得して今では標準語においてはペラペラだ。英語圏の地方の方言まで話せや難解な論文を書けというものでもない限り困ることはない。
思わぬスキルが身について、一石二鳥といったところだ。
ドラマなんていつ以来だろうか?映画の主演が取れなかったから、映像作品への出演が久し振りで撮り方とか意識するのも、舞台とは違うし、何より国際的なドラマだと日本のそれと撮り方が同じとは限らない。
「資料映像から何か読み解けるかも」
私の呟きは空気に溶ける、そして行動へと移すことにした。
総撮影時間は既に300時間以上たった3ヶ月で…それもそれを一人で捌いて疲労感のない顔で演技を続けている。
歩き方は一定で重心移動とかそれはもう…資料映像と一緒にあった軍人の歩き方そのものだ。
体術とかも凄い、それだけじゃなく人との話し方とかそういうものに知性を感じる。
話し方は東ブレの時とは打って変わり、非常に丁寧だ。解りやすい話し方、一字一句を意味を持たせてそれでいて、その国その国の風習を深く理解して動いているのが解る。その役作りは原作通りだ。我を出さない演技、私のそれと似たようなそれだ。
「明日撮影があるそうなんだがね?見に行きたい?」
「是非」
少しでも動きを覚えて、違和感の無いようにしなければ。
……
某私立大学にある講義室の前に立っている人を、カメラマンが撮影している。台本を片手に私はその姿を目に焼き付け、講義を聞いている。
講義の内容は歴史が好きな人なら結構知ってそうな、生命保険の話だ。
小難しいようで、意外とすんなり中に入っていくのは私がそういう話題が好きだからなのだろうか?
聞いてみて損はないはず、役者としては必要になる知識かもしれないし、分野を広げることは悪いことじゃない。
にしてもだ、ドラマの一部だとしてこんなにも長く講義を話す必要はあるのだろうか?かれこれ30分ずっと話しをしている、これじゃあ大学の講義をそのままやってるみたいだ。
そうして真面目に講義を聴いていると、ふとあることに気が付いた。私の方にカメラが向いているではないか!?
気がついたら途端に、今までの事が頭から離れて演技をしなければと意識する。
そこでそう思ったら、安室さんが何やら徐ろに手を動かすとカメラが私を映すのを辞めた…。
どうしてだろうか?
そして、その後も講義と私へのちょっとした撮影があったが大凡一時間のそれは幕を閉じた。それにしてもだ…撮影が長すぎるせいか、エキストラの何名かは30分たった頃から眠りこける人すら出ていた、誰も咎める人はいなかったけれど。もしかして、それを狙って?自然な居眠りの演技というものは、非常に難しい。特に脱力することが、そんなもの素人にできるか?嫌できない。
でもそこまでやる理由って…?
そう考えていると、安室さんが私の前へと現れた。
「久し振りだねいつ以来かな?」
「東ブレ以来ですから…半年は会ってないですね。何か?」
「いや、君の撮影はもう少し先だと思ったんだが、良い絵が取れたと監督がね…何処かで使うかもしれないね。」
「出演料は出るんですか?」
「勿論出るが?エキストラの大学生達の分もね…。ちなみに、この部屋を借りているが実際の授業内容でもあるから、学生達にも無駄は無いさ。それよりもだ、まさかただ演技を見に来ただけじゃないんだろ?聞きたいことがあるんじゃないのかい?」
確かにあるけれど、本人に聞いても良いことなんだろうか?
「何を言われたって今更傷つくことなんて無いからね?それに、そろそろお昼だ、どうだい?一緒にランチでも?」
誘われて、それを断る勇気を私は持っていないかった。
〜sideかな〜
「ねぇ、皆でお昼食べに行かない?」
というルビーの鶴の一声に、私達はYouTubeの撮影も程々に街へと繰り出した。
「ねぇ、二人共何食べたい?」
「んにゅ〜、そうだね~。意外性のあるものとか食べてみるのも、動画映えして良いかもよ〜!」
意外性のあるものね…東京の町中にそんな料理を作っているところなんてあるのかしら?
だって、東京なんて基本売れるものしか置かれてないというか…専門店とかじゃあ意外性も無いし…
「ねぇ、蕎麦とかどう?」
「蕎麦ぁ?アイドルが蕎麦って…アンタどうかしてるわよ。地味過ぎる…。」
「だって、私お店で蕎麦とか食べた事無いんだよ?だから食べてみたいなぁって?」
「?ルビーちゃん蕎麦食べたこと無いの?だったら、行こうよ。アイドルが蕎麦食べてるとか、意外すぎるから。」
そうやって私は二人に連れ去られ…東京でも田舎と思える場所へとやって来た。というか
「お昼過ぎちゃってるけれど、良いの?」
「良いの良いの、こういう時は人が少ないときの方がアポを取りやすいからね。ということで、交渉開始!」
ガラガラと引き戸を開けるとそこには
「成る程な…この蕎麦のコレは、江戸前蕎麦。蕎麦ダレというものを初めて食すが、これ程とは鰹節が良く効いている。」
「この醤油汁も辛味大根と合わせて食べると、美味しいですよ?こんなに美味しい蕎麦食べたこと無かった。」
嶺さんとあかねがいた。
「パ…安室さんに、あかねちゃん!なんでここに?」
「うん?ルビーに,かなに,メムじゃないか?そっちこそこんなところにどうして?今日は、スタジオで新曲のレッスンじゃなかったのか?」
「あかねー?どうして二人は一緒に食事を?まさか…不倫?」
「イヤイヤイヤ違うよ!ドラマの撮影の後の昼食!ちょっと嶺さんに奢ってもらってるていうか…。」
恥ずかしそうに言うじゃない、大丈夫よ。嶺さんの方がお金持ってるし、何よりまだ私達は子供なんだから。奢ってもらっても、悪いことじゃないもの。
「どうだい?皆も食べないか?俺の奢りだ。」
「じゃあお言葉に甘えて…」
きちんと食レポしないとね…というか、この蕎麦屋人がいないわね。
「おじさん。メニューはない?」
目が見えなさそうに瞑っている、お爺さんがこの店の店主。他に従業員もいなさそうで、何よりお客もいない。こんなんでやっていけるのかしら?
「蕎麦と天麩羅くらいしかないよ…それでも良いかい?」
「じゃあそれ3人前で!」
キッチンというか、台所?に鍋がない…あれは古い蒸し器、蒸籠ってやつね。
お爺さんは徐ろにそこへ蕎麦を入れて、蕎麦を蒸し始めた。
「15分程かかりますで、お待ちを。」
「じゃあ、おじさん。ちょっとお聞きしたいんですけど、ここって映像とかとってインターネットに上げても大丈夫ですか?」
「ええ、良いですよ。どうせ、客など来ませんからね…。」
良く内装を見ると、古い浮世絵なんか置かれてたり江戸時代にタイムスリップしたみたいだ。セットでもこんなに沢山の物見たこと無いのに…
それに…絡繰?へぇお茶を持ってきてくれるのね。
「そいつは儀右衛門が作ってくれてね、良く働いてくれるんだ…儂らのために。まったく世の中の移り変わりにはついていけないよ…さ、おあがり。それは蕎麦茶さ、冷え性には良いものだよ?そうだ、久々のお客だこれをあげましょう。良雄殿が置いていった6文銭だ、これをやろう。私が持っていても意味がないのでね。
さぁ、出来た。」
蒸された蒸籠のまま麺が出てくる、凄い薫りだ蕎麦ってこんなにも強いものだったかしら?
まずは麺だけを食べてみる、モチモチとしていて今まで食べたことがあるものよりも、弾力があって薫りも強い。
「わぁ、これがお店のお蕎麦何だね。パ…安室さんはずっとこういうの食べてたの?」
「いや、こういう蕎麦屋は初めてだ…店主美味しかった。また来たいのだが…ここでやっているのかな?」
「ええ?そうですねぇ、やっているかもしれません。」
直ぐに天麩羅が来て、それもこの店独特の汁で食べる。鼻に抜ける匂いが良い、こんなに美味しいもの食べたこと無かった。にしても妙ね?こんなに美味しいお店なのにもかかわず、ネットのグルメ情報サイトやブログにも上がっていてもおかしくないのに…どうして未だに無名なんだろ?
あっという間に完食し、私達は店を後にした。
支払いは安室さんが何処からか出してきた、500円玉一枚で足りたようだ。
……
「あれ〜おかしいなぁ〜、撮ってたと思ったんだけど。全然映ってないじゃん!私も焼きが回ったかなぁ?」
スタジオに帰って直ぐにメムが動画を編集しようとすると、そこには砂嵐が流れていた。
「でもおかしいなぁ…こんな映像になるわけ無いのに。どうやったらこうなるのかな?VHSでも無いのに…。」
「VHSってなに?」
「グフッ!こ、これがジェネレーションギャップ、私も見たことあるだけだから!使ったことは無いから!」
「苦しい言い訳ね…」
残念だわ…マップの履歴にもないし〘燈無蕎麦〙なんて店乗ってすらいないじゃない…今時珍しい。裏の店なのかしら?
「気を取り直して、新曲のレッスンするわよ。ルビーも、ローカルで仕事が増えてきてるんだから、忙しくなったら手遅れになるわよ。」
まあ、またいつか行けるでしょ。あんだけ美味しいんだから、いつか有名になっても驚かないわ。