魔法少女世界にいる文化部どもが悪ふざけした結果、スーパーヒーローが爆誕してしまった 作:鳩胸な鴨
その日の夜。
男部屋として割り当てられた部屋にて、正座で佇む帰宅部の前に、工学部が仁王立ちする。
そのこめかみには青筋が走っており、表情筋は波打つようにピクピクと動いていた。
「…あのさ、帰宅部。
みんながお膳立てして、2人きりになれる空間を作ったのにさぁ…。
なんで君、ここに逃げてきてんの?」
それは、自身の恋愛感情を理解し始めてすぐのクソガキに向けた、心の底からの呆れだった。
好きな子と同じ空間に居れないクソガキムーブをかました帰宅部は、視線を右往左往させ、言葉を探す。
「いや、その。リヴェリアの姉ちゃんの件とかもあって、なんか、気まずかったし…」
「帰宅部はそんなことで逃げてくるタマじゃないでしょ。
おおかた、なんか恥ずかしくなってこっちに来たんでしょ」
「………はい」
「ヘタレ」
「童貞」
「勃起不全」
「据え膳食わぬ男の恥」
言葉の弾丸が帰宅部に突き刺さる。
果たして、そこまで言う権利が同レベルの女知らず…もとい童貞たちにあるのか。
無論、そんな反論をすれば大喧嘩に発展するのは違いないため、帰宅部は口をつぐんだ。
「全員童貞なんだから、先輩らも言えないでしょうが」
その爆弾は料理部の正論という形で投下されてしまったが。
「ちょっと今のライン超えてるよね?」
「料理部。お前が一番卒業確率低いって自覚あるんすか?」
「見た目が可愛くてオープンスケベな男子が女子にウケると思うなよ」
「自分の需要が限定的すぎるってこと自覚したほうがいいと思う」
「帰宅部先輩の時より容赦なくない!?
…って、あの、ちょっと?
なんでこっちに来る…、いや待って、ほんとに待ってって…、う、うわぁあああ!?」
後輩という立場からだろうか。
それとも、ただ単に踏み抜いた地雷が大きかったのだろうか。
どちらか定かではないが、彼らが怒りを滲ませていることはわかる。
じりじりと滲みよる男性陣を前に、料理部は涙目で絶叫をかました。
♦︎♦︎♦︎♦︎
その頃、宿泊施設に備わった大浴場にて。
きゃっ、きゃっ、と女子たちが戯れ合う声がくぐもって響く。
その喧騒から遠ざかるように、ルミは浴槽の隅にちょこんと座り込んだ。
「………はぁー…」
唯一無二の相棒が裏切り者だった。
その事実が重しくのしかかる。
フラッシュバックするのは、過去の苦戦と楽しかった思い出。
帰り道にそこら辺のコンビニで袋菓子を買って共有したこと。
休みの日に集まってカラオケに半日近くこもっていたこと。
年末にも顔を合わせて蕎麦を啜ったこと。
その何もかもが嘘だった。
否定したいが、心なき文化部連中が無情にも突きつけた証拠がそれを許さない。
裏切りを認めざるを得ない現状と、信じたくない気持ちとのギャップに苛まれる。
「大丈夫?元気なさそうだけど」
ぐるぐると巡る思考をぶった斬るように、頭上から声が響く。
ルミが軽く顔を上げると、心配そうにこちらを見つめる軽音部と目が合った。
「……あんまり。頭ん中、ぐちゃぐちゃっす」
「大丈夫」と誤魔化すつもりだった。
だが、そんな気力もないと自覚していなかったのか、口をついて出たのは偽りない弱音。
そのことに気づいた時には遅く、軽音部の表情に浮かぶ心配が増した。
「そっか。…隣、失礼するね」
「あ、あの、気ィ遣わなくても…」
「私と美術部はまだ良識あるほうだから。
無意識に傷を踏み荒らすアイツらとか、アンタの身内よりは相談しやすいと思うよ?」
自分で言うか、普通。
思わずツッコミを入れようとするも、そんな気力もないと口をつぐんだ。
しばらく沈黙が続く。
正直なところ、胸の中のぐちゃぐちゃとした感情を吐露したい気持ちはある。
だが、良識があると自称しているとはいえ、人の心が欠落している連中とつるんでる相手にそれを吐いていいものか。
ルミが思い悩んでいると、軽音部が口を開く。
「そうやって黙ってると、潰れちゃうよ」
優しい声音が、我慢の堤防を壊す。
無責任な言葉だ。
吐露しても、共感を得ることはできない。
裏切られたことのない彼女たちでは、自分の苦悩を理解できない。
ルミは眉間に皺を寄せ、ぶっきらぼうに吐き捨てた。
「………なにが、わかるんすか。
裏切られず、好き勝手に、楽しそうに生きてるアンタらに」
言った。言ってしまった。
彼女は悪くない。ただ寄り添おうとしてくれただけなのに、冷たく突き放してしまった。
自己嫌悪に駆られたルミは即座に「すんません」とこぼし、視線を逸らす。
軽音部はそれに怒ることなく、笑い声を漏らした。
「もうちょっとボロクソ言ってもいいよ。
実際、私らはアンタよりか楽しい人生を歩んでる。
『自分は辛いのに、すぐそばに充実した奴らがいるのがどうしようもなくムカつく』って思うのは普通なんだから」
「……やめときます」
ずるい。
そう言われてしまったら、何を言っても自分が惨めになるだけではないか。
ルミは渦巻く思いをのせてため息を吐き、水面を揺らした。
「そんなに悩むってことは、サファイアとは仲良かったんだね」
「……はい。その、私が魔法少女として名をあげたのも、サファイアのおかげで…」
「だから敵だと思いたくないと」
「……っす」
何から何まで見透かされてるような気分だ。
いまだに信じられない。信じたくない。
そんな心を見透かす瞳を前に、ルミは思わず視線を逸らした。
「それで、ルミちゃんはどうしたいの?」
「ど、どうしたいって…?」
「あるでしょ。一度だけでも話しておきたいとか、いろいろ」
言われて気づいた。
自分は何がしたいのだろうか。
あまりに衝撃的な事実を前に放心していたが、これからどうするかは一切考えていなかった。
だが、どうしたいかは一向に見えてこない。
どうすれば正解なのだろうか。
どうすれば傷が浅く済むのだろうか。
そんなことばかりが頭を駆け巡る中で、軽音部の声が響いた。
「お別れくらいは言ったら?
友だちだったって事実は変わらないんだし」
「………友達って、思ってもいいんすかね?」
「別にいいんじゃない?
何するにしても、あと一週間は遊び倒す予定だし、未練があるなら今のうちに解消しといたほうがいいよ。
電話でもなんでも、さようならとかありがとうとか、いろいろ言いたいこと言うとか。
明日の作戦会議に呼ばないのも、そういう配慮みたいだし」
作戦会議があるのか。
…どう足掻いても世間様に迷惑をかけるような形になりそうだ。
そんな呆れと心に渦巻いていたもやもやを息に乗せ、天へと吐き出す。
ふわりと湯気が揺れる。
ルミはその揺れが収まるのを前に、憑き物が落ちたような表情を浮かべた。
「………あざっす。整理、つきました」
「なら、よかった。
言いたいこと、言えるといいね」
軽音部が優しく笑みを浮かべる。
傾国の笑み。
そうとしか形容できない優しげかつ儚げな笑顔に、ルミの心臓が高鳴る。
ルミが恥ずかしさに再び視線を逸らそうとした、その時だった。
「だ、誰か!!誰か助けてくれ!!」
「リヴェリア!?」
脱衣所から悲鳴に近い叫びが聞こえたのは。
その悲鳴がリヴェリアのものであると気づいた途端に、ルミは湯船から上がり、滑らないように慎重かつ急いで脱衣所へと向かう。
すぱぁん、とスライド式のガラス扉を開けると、そこには。
「リヴェリア、だいじょ…」
「離して、リヴェリアちゃん!!
お風呂上がりっていう最高にエロい今なら、あのクソガキたちも興奮して私のこと視姦するわ!!」
「や、め、ろぉおおおっ…!!
なんでそうまでしてわざわざ恥をかきに行くんだお前はぁあああ!!」
全裸で脱衣所を出ようとする吹奏楽部を、これまた全裸で羽交締めにして止めるリヴェリアとそれを呆れた目で見つめるフィシィという珍妙な光景が広がっていた。
「はへっ?」と間の抜けた声を漏らすルミに気づくことなく、リヴェリアは雄叫びをあげながら吹奏楽部を抑える。
「吹部。風邪ひく」
「大丈夫よ!
私、これまでの人生で一度も風邪ひいたことないもの!!」
「馬鹿だから?」
「シンプルな罵倒もなかなかにキくわね…!
でも足りないわ!もっと強いのお願い!!」
「誰か助けて。無敵すぎる」
ぴしゃり、と扉を閉める。
自分は何も見てない。
ルミはそう己に言い聞かせ、踵を返した。
「よしっ。入り直そう」
「ここに染まってきたね、ルミちゃん」
軽音部…文化部の中では比較的まともな部類。その優しさと思わせぶりな態度が仇となり、校内では「童貞を勘違いさせる女ランキングNo. 1」と揶揄されている。落とした男女、フッた男女は数知れず。姉のような恋愛結婚を果たすのが夢。
赤羽 ルミ…危うく軽音部に落とされそうだった人。帰宅部のようにガンガン絡んでくるタイプではなく、軽音部のように優しく寄り添ってくれる人に弱い。