更新が非常に遅れてしまい、申し訳ないです。
盤外から、放たれる王の質問。
一手。
険呑な声色に、厳しい表情。
場の空気は緊迫していた。
いよいよ、詰むかもしれない。
コムギも…
私はコムギのことも、王のお姿もこの目で見る気力がわかず、腑抜けたように、床に目を落とすことしかできなかった。
なんとか、姿勢を保とうとギュッと拳に力を入れてみようとする。
けれど…
体に全く力が入らない。
王の圧倒的なその威圧に満ちた空気感に圧されて、気を失わぬようにするのがやっとだった。
全身から汗が吹き出して止まらない。
ブルブルと震える体でなんとか、肉体に意識をとどめる。
人間だった時、何度も軍儀で緊張を味わったけど、こんな、全身が凍りつくような、圧倒的な緊張を経験するのは初めてだ。
どれくらいの…
時間が経過したのだろう。コムギは、やがて、ポツリポツリと、たどたどしい口調で語りだした。
「一度、死んだ我が子が生き還ったような…そんな気がすたんです」
「だからもう一度子の…命を消すのが忍びなくて」
「少す…迷いますた」
静かなコムギの声。
穏やかで柔らかい。
でも、少し淋しそうで、コムギの心にある「喪失」の情景を
垣間見た気がした。
「喪失」
一度、失ったものというのは、二度と手に入らない。
藻掻いて、手を伸ばして、苦しんでも…
ああ、それは私がコムギに勝てなかったのは当然か。
勝てるはずがなかったんだ…
資質が違い過ぎる。
コムギはたただ、才に恵まれていただけじゃない。
あれは、軍儀という小さな勝負の中で、産み出していたんだ。
せして、育んでいた。
駒の中に命を。
軍儀で勝つことが生活の術だった。
大会の順位で賞金の額は変わった。
だから、私は必死になって、勝つ為だけの駒を考えていた。
幼い頃は、あんなにコムギと軍儀をするのが楽しくて、それだけが空腹も貧しさも忘れられる時間だったのに…
いつの間にか軍儀もコムギも、私を追い詰める存在になってしまっていた。
でも…コムギは違う。
貧しくて、昏いあの国にいても、ずっと軍儀に向き合っていて、儀譜を描きながら、慈しんで命としての形をつくる。
いつの間に、そんなことができるようになったのだろう。
この、貧しいアカズに!
命を持たぬ私の駒と、命をふきこまれたコムギの駒。
勝てるはずなどないのだ。
私は、未来永劫、コムギに勝てないという事実に、今、直面し、絶望と苦しみの奈落の沼の底に突き落とされたような心地になった。
もう…消えてしまいたい。
人間の時も弱者で、蟻としてもどうしようもない弱者だなんて!
どうして…?
こんな惨めで苦しい記憶に苦しめられるくらいなら…
産まれなければよかったのかな。あの繭の中で消えてしまっておけばよかったの?
本当にどうして…
せめてピトーと同化してきて生まれたかった。
全てにおいて否定的で排他的な思考が、脳裏をうめる。
辛くて苦しくて…俯くことしかできない。
静寂が重い。
「興が殺がれたしばし休め」
長い静寂を破ったのは、他でもない王のお言葉だった。
部屋をあとにする、背中。
私は、それを平伏しながらお見送りすることしかできなかった。
この勝負でもコムギは詰まなかった。
もしかしたら、このアカズはとんでもない強運の持ち主なのかもしれない。