「この局何か賭けるか」
眼前に座る対局者、コムギに対してそう問いかけた王の声は、ぞくりとする程、艶を帯びていた。
何がそんなに興味を惹くのか…
我が君主は、好奇の色に強く目を輝かせ、その視線をみすぼらしいアカズにだけに向けている。
そして、王は自らとんでもない提案を出されたのだ。
もし、対局にコムギが勝てば、コムギの望むものを何でも与えると…
ただし、負ければコムギの左腕を奪うと王はコムギに告げた。
儀師にとって、腕は命に等しいもの。
今までコムギは、「運」を味方にここまできた。
でも、今回は「詰む」かもしれない。本当に…
コムギの天賦の才でも、絶対に越えられない壁。
世の全て、あらゆる種の頂きに立つ、絶対無二の力の象徴…それが、我らが王なのだ。
そんな方に勝てるはずなどない。例え、どんなに才能に恵まれていたとしても…
でも、いいじゃない。
このお方の描く最高の儀譜の形を左腕と引き換えに頂けるなど、対価としては安すぎるくらいだ。
「忠誠」
以外の感情は私には不要なのに…
コムギに対する羨望と嫉妬がおさまらない。
動悸が苦しい。
ザーザーという雨音をききながら、私はなんともいえぬ、
緊張感の中、コムギを見た。
「うああああー。どーだかなー」
全く緊張感のない、間の抜けたコムギの声が部屋に響く。
いや、「どーだかなー」って何?
あんたに、王の提案に口を挟む権利なんてあると思っているの!?
有無を言わず、即答で「是」でしょ!?
クラクラする。イライラしてきたわ。
本当に、軍儀以外に関しては全てが無能で、殴り倒してやりたいっ。
私はフルフルと身震いしながら、拳を握りしめてもう一度コムギを見た。
ややして、しずかだけど、やけにはっきりしたコムギの声が
部屋に響いた。
「命です」
凛とした声音には一切、迷いの感情は含まれておらず、いつものコムギと全く違っていた。
王もコムギの言葉の真意を図りかねるようで、何故、そのような発想になるのか、コムギに問う。
コムギは穏やかな声で経緯を語り始めた。
コムギの家族のこと。
そして、敗北して「冠」を失い、玉座を追われた場合、己の価値は「無」となること。
「無」に命は不要と、あの貧しい国にいた頃から、命を賭してきたのだ!
このアカズは…
軍儀のみに。
いくら勝っても…アカズというだけで、家族の中では足手纏いの無能者。
どうしようもない弱者で、その中で、決して這い上がることのできない最底辺の世界。
人としての、最低限の幸福すら見出だせぬ、略奪と搾取しかない世界でも、彼女は勝負を投げ出さなかった。
ああ、どうして…
どうして、そんなことが可能なの?
最底辺の国にいて、その中のもっと低い全く光が届かぬ場所で、どうして…「光」が見れるのよ?
その盲いた瞳で…
コムギの話を聞き終えて、王は表情を変えず、言葉を紡いだ。
「賭けはやめだ。くだらぬマネをした」「これで許せ」
ビリと場の空気が震える。
(…間に合わなかった!)
目にも止まらぬ速さだった。
お言葉と供に、王は御自ら、自身の腕を他ならぬご自身て、引き千切っていた。
一切の、何の迷いもなく…
「王!!」
プフは血相を変え、千切られた左腕の止血にあたる。
だが、王はそれさえもわずらわしそうであられた。
プフは王に治療を施そうと、奥の部屋へと誘導しようとする。
しかし、王はそれを拒み、片腕を失ったまま、コムギとの対局に臨む意志を示された。
が、しかし、プフもここは譲らない。
大切な王の肉体の一部が欠損など…プフには受け入れるこど絶対不可能なのだ。
そして、それは私も同様で、この身、ちぎれる程の苦痛だ。
プフは、ピトーを呼ぶと言ったが、王はそれすらも受け入れ難いご様子だ。
痺れをきらしたピトーが、自ら首をもたげて懇願する。
「自らの命で失態の償いを」と。
王が腕を失うに至ったのは、自身の不注意という過ちと罪だと自認している。
護衛軍失格であり、存在するに値しない。
おそらく、プフの命をもっても、償いきれぬ大罪だ。
でも、差し出せるものが自らの命くらいしかなく、プフは
迷わず、その首を王に献上する覚悟があった。
ならば、私も同罪だ。
私もこのつまらぬ命を消して頂きたく、迷わず、王に首をさらした。
プフの、私の喉元に甘美な毒針の感触がかする。
「一撃で楽にしてやる」
これが、きっと最後。
私がきく、王のお声、お言葉。
無に還る。
王は私とプフの首の動脈の辺りで尾を彷徨わせながら、コムギに対局の続きを促した。
しかし、コムギはそれを拒んだ。
「…総帥様のおケガが治るまで打ちません」
王は苛立ったご様子で、尾の針をコムギの喉元につきつけた。
コムギは、逃げ出さず、少し震えながら正座の姿勢のまま、とどまっていた。
「ワダすを殺すならばどうか」
「軍儀で…!!」
震える声に宿る明確な軍儀への執念。
それが…王の意志さえ揺るがす。
王はコムギの意志の強さに折れたようだった。
「ピトーをよんでこい!」
私は、ホッと安堵を覚えると同時に戦慄していた。
命を賭けるコムギ。
片腕の喪失すら、畏れぬ王。
二人に勝負師の本懐を見た気がした。
そして、それは私が決して踏み入れられない世界だった。