コムギが王に名を尋ねた、あの日以来、王はあきらかに何かに思案し、思考に囚われる時間が増えられた。
私たち、護衛軍の存在すら、わずらわしく感じていらっしゃるご様子で、お一人で過ごされている。
元々、王は周囲がうるさいのは、苦手というようなご気質であられるので、孤をお好みになるのは、不自然なことではない。
私たち、蟻など、単なる従属に過ぎず、王にとっては、さほど重要な存在ではないのだ。
人間共の選別も滞っていて、王のご杞憂は、私たち、蟻の全ての時の流れを止めていた。
選別の滞り、世の統治計画。
全てが停滞していて、全く埒があかない。
そのことに対して、プフなどはあきらかに苛立っていた。
けれども、私にはわかる。
プフが苛立っている本当の対象はコムギだ。
王のご杞憂の原因のほとんどは、コムギの言動の中にある。
私もそれはよくわかるから…
プフがコムギに苛立つのは理解できるのだけど、王、ご自身がコムギを「客人」として容認している以上、私たちはコムギを追い出したり、傷つけたり、ましてや、殺害したりなど、決してできないのであった。
「…全く」
部屋の壁にもたれながら、プフは今日、何度目かわからない、ため息をついていた。
この、窮屈で閉塞感のある状況を一日も早く打破したいのだろう。
それは、他の蟻も私も同じだけど…
(…なんだかな)
プフのどんよりした顔を見ていると、ますます、気分がおちてくる。
私は、無言で部屋を出た。
廊下を歩いていると、白杖をつきながら歩いている、コムギの後ろ姿が見えた。
「コムギ、どこ行くの?」
「…プフ様が総帥様のことでお話すがあると…中央階段までぐるように、言われたんですが…迷ってすまて…」
コムギは、白杖を不安気にコツコツと足元で、鳴らしながらたどたどしく、言ってきた。
(…プフが?なんで、わざわざコムギを…)
なんか、嫌な予感がする。
ふと、何気なく、コムギの手元に目をやると、ピトーに治癒された手はキレイに治っていた。
(…うーん)
私は咄嗟に言葉をひねり出した。
「プフは、今、急務で外に出ていってしまって、ここにいないよ。それより、手が治ったなら、王にご挨拶とお礼に窺ったらどうよ?」
「…んだばっ!ワダす、総帥様にお礼申し上げれてなかったですっ」
「…本当に、非礼で無礼よね。私が案内するから早く行きましょ」
まだ、王にコムギを引き合わせるのには、不安があったけど、プフに会わせるよりかはいい気がした。
今、プフに見つかればコムギだけでなく、私もきっと殺される。
だから、急いで王の居室へと向かうことにした。
「失礼致します」
重厚な、扉をノックして、私は扉を開けた。
入口で、深く深く頭を下げてから顔を上げる。
(ひっ…!)
心の悲鳴を思わず、飲み込む。
玉座に座る、王の御前にはプフが控えていた。
プフは、剣呑な視線を私とコムギに向けてきた。
私の耳も尾も恐怖で丸まりそうになる。
「何用だ?」
王は、私にお言葉をかけて下さった。
私は、それに勇気を頂き、背筋を伸ばし、プフを一瞥すると、王に顔を向けた。
「コムギが、先日の件で王に直々にお礼を申し上げたいというので、お連れしました」
私は、背後に控えていたコムギの腕をとり、一歩、前に出るように促した。
「ほう?」
王は興味深そうにコムギを見た。
「そ、総帥様、先日は…本当に危ないところを助けて頂いて…」
コムギは、あたふたと言葉を発した。
「よい」
王は短く、コムギの言葉を遮ると、玉座から降り、コムギの元へと足をすすめられた。
そして、コムギの手を見る。
「傷は完治したようだな」
「はい。ピトー様のおかげで。もういつでも、対局できますだ!」
応えるコムギの声は歓びで溢れていた。
「…そうか」
王は目を細め、誰にもみせたことないような、柔らかな笑みをコムギに向けた。
(…うわぁ!)
私に向けられた表情ではないのは百も承知。
でも、王のこんな表情を拝見できるなんて…
どうしよう。
心臓が全く落ち着かないし、なんだか、夢みたい。
「コムギ、軍儀でもよいが、余はお前にいくつか訊ねたいことがある。語らいの時間を持ちたいのだが、よいか?」
「…はい?総帥様のお望みであれば」
コムギが答えると、王は私とプフに視線を向けた。
「お前たちさがれ」
「はっ」
私はすぐに頭を垂れ、退出の姿勢をとった。
しかし、プフは呆然自失の表情で直立不動になっていた。
何してんのよ!?
この木偶の坊は?
私はイライラしながらプフのシャツの裾をつまんで、ズリズリと引きずるようにして、部屋を出た。