なんとか、プフを引きずり出し、私は重厚な扉に背を預け、何度も息を整えた。
身体中から汗が噴き出して、もう疲労困憊。
でも、いつまでもこの扉に背を預けているわけにもいかない。
だって、ここは他でもない、王の居室。
万が一、王が扉を開かれたりしたら、私とプフは邪魔になる。
王のお邪魔になるようなことは絶対に嫌!
だから、なんとか、これを連れてここからどかないといけないのに、プフは青白い顔のまま、硬直しており、全く意識を取り戻す気配がないのだった。
(…もしかして、死んで…!?)
いや、流石に死んでないと思うけど、でもでもでもー!
(どうしよう、とりあえず、ピトーに連絡っ)
私はピトーの気配を探り、テレパシーを送ろうと試みる。
他の蟻には無理なのだが、ピトーは私にとって、精神面の双子のような存在で、お互いテレパシーが使えるのだ。
ピトーの気配を探ろうとした時に、ユピーが近付いてくるのが見えた。
「ユピー!」
私は座ったままの姿勢で、ユピーに向け、手を上げた。
ユピーは、のしのしとこちらに向けて歩いてきた。
青白い顔のまま、扉の前で伸びているプフを見て、眉間に皺を寄せている。
呆れと嫌悪が、如実に表れていた。
「あの、これを部屋まで運ぶの…手伝ってほしくて…
王は今、中でコムギとお話をされていて、ここに私たちがいたら邪魔になるかと…」
私が事情を説明すると、ユピーは頷き、気絶状態のプフを軽々と肩に担ぎ上げた。
「なんで、コイツはこうなった?」
蒼白の顔のプフを見ながら、ユピーは問う。
「…それは」
私は、ユピーと並んで歩きながら、先程の王とコムギのやりとりを簡易的に説明した。
プフの居室にたどり着いた。
簡易的な寝台に、ユピーはプフを放り投げた。
寝台に放り出された衝撃で、プフは目を覚ました。
「…王っ!?」
焦燥が隠せぬ様子で、目を開けるなり、発した言葉はそれだった。
だが、この部屋に王はいない。
プフは憤怒の表情で私とユピーを交互に睨みつけてきた。
「…王は…王は何処です!?何故、貴方たちがここにいるのてですか?…まさか、またあの女と?」
ギリギリと、歯を食いしばりながらぶるぶると身体を震わせている。
もう、なんか、トチ狂っていて、正気とは思えない形相だ。
私は、ぐっと、拳に力を入れて素早くユピーの背後に移動した。
防衛本能に従って、行動に移したのだ。
「あんたが、王の御前で勝手に気絶するって無礼をはたらいたんでしょ!?」
ユピーの背中から渾身の反撃。
「…なっ!気絶っ!?王の御前で…!?ありえないっ」
プフは、またわなわなと震えはじめた。
「こいつは嘘ついてねーよ。気絶してるお前を俺がここまで運んだんだ」
畳みかけるユピー。
「…そ、んな!?」
蒼白のかおを更に青くして、プフは絶句していた。
そして、フラフラの足取りで部屋を出ようとする。
「どこ行く気?」
「決まっています…あの人間の女の始末ですよ。あの女が現れてから…王は変わってしまわれた。らしくもない、[迷い]のような感情を抱かれるようになった」
プフは苛立った様子で、扉の向こうに視線を向けた。
「始末すれば、全ては完結する。王の計画も滞りなくすすむはずです。その為に手段は選びません」
プフの瞳には明確な殺意があった。
コムギを殺すことだけに意識が集中している。
「待ちなさいよ!」
私は咄嗟にプフの前に立った。
「邪魔だてを…」
「あんたに…あんたに…コムギの命を握る権利なんてないっ。そんなこともわからないのっ!?」
「…なっ!?」
「王ご自身に変化が、起きているとしたら、それは必然なのよっ。必然として起きることを私たちがどうこうできるはずないのっ。そんなこともわからないわけっ?ねぇ、ここにいる私たちの誰かが、今後コムギ以上に王のご関心を頂けると思う?今までも頂けたことはある?」
「…それは…」
言葉に詰まるプフ。
「それが答えじゃないの?」
畳みかける私。
「…本当にその通りだよなぁ」
どこか間の抜けたユピーのぼやき。
それが、ある意味、確信のど真ん中だった。
「ねぇ、私達は完敗なのよ」
言いながら、涙が零れそうになる。
ずっとお慕いしている。
ここに、生まれる前から…
そのお姿すら知らぬ前から…
細胞の全てに刻み込まれた忠誠心。
けれども、あの方が選ぶのは私たちではない。
単なる「蟻」きっと王には、それだけの存在。
それでも、私達は惹かれる。
惹かれることを止められない。
決して手が届くことはないとわかっていても…
誰よりも眩しいあの方に、永遠に囚われ続け、生きていく。