王は、コムギと語らう時間を何より重要視されるようになったと感じられる。
朝、起床の時間にコムギの部屋に足を運び、彼女が起床しているか、確認するのが私の役割の一つであったりするのだが、近頃、コムギはほぼ、王のお側で時間を過ごしている。
王の居室で、語らい、王自らのご希望で寝食もほぼ、共にしている様子だった。
「人間」という脆弱な生き物にしては、破格の待遇である。
私は、二人が軍儀をする時に、時々、審判役として王にお呼び頂けることがある。
けれども、そういう時には、必ず、プフやユピーや、ピトーの誰かが着いてきた。
表向きの理由は「王の護衛のため」ということだけど…
本当は違うと思う。
最近の王は、本当にコムギとの時間の過ごし方に重きを置かれていて、中々、私たち蟻の前にお姿を見せて下さらない。
だから、ほんの少しでいいから、王のお姿やお声を確認したいというのが、本音だろう。
そして、その痛々しい程の、執着や忠誠の感情は私にもよくわかるから、プフ達が着いてきたりしても、追い払わずに
そのままにしていた。
その日も、私は王からお呼びがかかり、二人の軍儀の審判役として王の居室にいた。
二人が駒を読み上げながら、碁盤の中で広く、伸びやかに鮮やかな物語を紡いでいく。
この日は、私以外の護衛軍の者はここにおらず、静寂の中、
駒の躍動がひたすら、美しく世界を彩っていた。
けど、勝負、中盤だろうか。
あきらかに、コムギの手に迷いが見え始めていた。
よく見るとコムギの額には、汗が滲んでおり、顔色も優れない。
王もコムギの様子が気掛かりなようで、駒の手を止められた。
「…コムギ?」
私は、王に一礼した後、コムギの横に着いた。
「へば?」
「ねぇ、体の調子が優れないんじゃない?今日は自室にもう
さがったら?」
「だ、大丈夫だス。わだス、まだ打でます…」
「でも…」
「さがれ。今日は自室で体を休めるように」
モタモタするコムギに、王は告げた。
「王もこのように仰っているし…」
私はコムギに声をかけて、退出するように促した。
コムギは、おぼつかない足取りで立ち上がると、王に一礼して、扉の方へと身体を向けた。
私も同じように、王に一礼し、私はコムギの後に続いて退出した。
コムギは覚束ない足取りで、白杖をコツコツさせながら廊下を歩く。
あきらかに、体調が悪そうで、今にも倒れそうだ。
私は、見ておれず、思わずコムギの腕をとり、身体を支えた。
掌に触れると、驚く程、体温が高い。
あきらかに、発熱している。
やはり、不調なのだ。
(ピトー!)
部屋に着いたらすぐにでも、診てもらった方が、いいかもしれない。
ピトーの気配を探りつつ、テレパシーで呼びかけてみる。
けれど、ピトーからの応答がない。
もしかして、宮殿の外にいるのかもしれない。
(…ああ、もうなんでこんな時にいないのよ!)
私はちょっと、自分の半身に苛つきつつ、なんとかコムギを部屋まで送った。
コムギの部屋にある、小さな寝台。
そこにコムギを横たえる。
「ねぇ、大丈夫?水でも飲んだ方がいいんじゃない?」
「大丈夫です…だ」
コムギは仰向けになりながら、ふーっと息を吐いた。
「いつから、体調悪いの?今朝?」
私が尋ねると、コムギは、頭をぐるぐる横にして、首をふった。
「…いえ。2週間程前がら…なんとなく」
「そんな前から!?」
まあ、最近は王のお側に召して頂いていたし…
流石のコムギも気が張ってたのかもしれない。
王とお話するとなれば、返答の一つにも、最大に気を配らなければならないものね。
とても光栄なことではあるけど。
「…ピトーを呼ぶから、それまではちょっと休みましょ」
「…申しわげねぇですだ」
「今、発熱してるけど、それ以外の不調は?」
コムギは小さく息をついた。
「…月のもの…前の月も今の月も…きでねえです。今の月に入ってから…身体はずっと重いですだ…わだス、
何かの病か…総帥様に、うづしたぐねぇだ。ご迷惑は…」
そこまで喋るとコムギは、仰向けの姿勢で寝転がった姿勢のまま、盲いた瞳から、涙を流し始めた。
(…病?いや…)
私も人間だった時は「雌」だったから、解る。
それは、おそらく、「病」ではない。
私は、恐る恐る口を開いた。
「ねぇ、コムギ、王のお部屋で生活していた時に、寝所はどうだった?あんた、ちゃんと分を弁えるくらいのことはできるわよね?あんたの身分なら、床で寝るのが、相応てもんでしょ?」
わざと、皮肉をこめてみる。
「…いぇ。わだスは床に寝ることを所望しますたが…総帥様のご希望で、わだスは、同じ寝台に…」
コムギの言葉が答えだった。
(…同衾されたんだ!)
そして、コムギのこの体調の変化は全て繋がる。
私は、不安がるコムギの手を握り、耳に囁いた。
「おめでとう」と。
小さな身体に、大きな希望と光を宿している。
歓びに心の震えが止まらない。
(ピトー!)
歓びを共有したい一心で、私はもう一度、半身に向け、
心から呼びかけた。