ピトーはすぐにやってきた。
しかし、コムギはその間に寝てしまった。
無理もない。
あんな高熱が出ていたのだから。
「シー、慌ててどーしたニャ?」
ピトーは、緊迫感の全くない声でぼやいた。
私は一瞬、思考した。
おそらく、私の勘は当たっていると思う。でも、まだそれは確証はない、不確かなこと。
だから、今のコムギのことを正確に的確に説明することにした。
「コムギは、先程まで王と軍儀をしていたんだけど、急に体調悪くなっちゃったみたいで…熱も高いから、念の為、診てあげて」
「わかった」
ピトーは、即答すると、素早く、コムギの枕元に移動した。
額に手を当て、脈を確認。
「…命を脅かすような危険な状態ではなさそうだニャ。しばらく、寝かして休ませておけば、大丈夫かニャ」
「でも、コムギ、今日だけでなく、少し前から体調が悪かったみたいで…」
「んー?そうなの?」
ピトー、もしかして、気付いてない?
あるいは、私の単なる思い過ごし…?
どちらにせよ、誤診はゆるされない。
「…ねぇ、もう一度よく診てよ?」
私は、もどかしい気持ちを抑えきれず、ピトーの手をとり、コムギの腹部にあてた。
ピトーは、不思議そうな顔をしながら、コムギの腹部に慎重に触れていた。
しばらくして…
眉をひそめた。
「…これは?」
「何かわかった?」
コムギを起こさないように、小声で耳に囁く。
「何か…体内に変化が起きている。けど…病ではなそうだニャ」
ピトーは訝しげな表情で首を傾げた。
私は息を一つつくと、もう一度、ビトーの耳に囁いた。
限りなく、事実に近い、可能性のことを。
ピトーは、すぐに神妙な顔つきになり、もう一度、コムギの腹部に手を当て、真剣な眼差しで体内に起こる、変調を探っていた。
「…駄目だ。弱すぎる」
程なくして、ピトーは、少し苛立ったように言葉を発した。
そして、私の腹部を見遣ると、そこに手を当てた。
「ん?なんとかなるかも。シー、ちょっと借りるニャ。説明は後でする」
ピトーはそう言うと、私に触れていた手の指のうち、一本を長く変形させた。
鋭利な爪が、ギリリと腹部にめりこんできた。
「いたたっ!」
思わず、痛みに声をあげる。
ピトーが指を指を引き抜くと、緑色っぽい私の血でその爪は汚れていた。
そして、その血をどういう手法かわからないが、小さな球体に変化させた。
「コムギの肉体を傷つけるわけにはいかないから…」
ピトーは、完全に己の思考に入り込んでいるのだろう。
深い声でそう言うと、その球体を柔らかい光でんで、コムギの腹部にとけこませた。
「これで、ヨシ!と」
ピトーの安堵の声。
「ねぇ、痛いんだけど!?」
私は思わず、腹部を抑えたまま、ピトーに詰め寄った。
「ごめん、ごめん」
そう言うと、ピトーは私の腹部に手をかざし、あっという間に傷を治した。
「服、血でちょっと汚れちゃったね。ごめん。すぐに着替えてきて。ボクはプフとユピーを呼んでくる。着替えたら、すぐに王のお部屋の前にきて」
「わかった」
私は頷くと、すぐに自室に向かった。
私が着替えて、王のお部屋の前に着くと既に他の3人は到着していた。
「遅れてごめん」
小声でボソッと呟く。
プフが、何か言いたげにため息をつく。
なんか、気まずいな。
ピトーはそれを気にする風でもなく、扉を何度かノックして、開け、一礼してから入室した。
私たちも、入口で一礼し、ピトーの後に続いた。
「何だ?」
王は玉座に座られたまま、問いかけてきた。
鋭利な刃物のようなお声も、氷の如き冷たい眼差しも…もう全てが冴えるようにお美しくいらっしゃる。
ほうっと見惚れしまうけど、今はぼんやりしている場合ではない。
王の御前で膝をついていたピトーは、伏せていた顔を上げた。
「…コムギの容態について、ご報告が…」
「ほう?お前が診たのなら、もう大事はないだろう」
ピトーは一瞬、戸惑ったかのように、口を引き結んだ。
しかし、次に発した言葉はいつになく、力強いものだった。
「…コムギに懐妊の兆候が見受けられました。今、コムギは
眠っていますが、しばらくは安静に過ごす方がよいかと」
驚いたように、目を見開かれる王。
だが、しかしさすがは、王ですぐにピトーの言葉を理解したご様子だった。
「軍儀は控えた方がよさそうだな」
そうお答えになった王のお声は、どこか柔らかかった。
「ですね。それから、いくつか気掛かりなことがありまして…コムギは、人間という脆弱な生き物です。統べての頂点に立たれる、王とは、生命の強さも、肉体の構造も全く違います」
「ほう?」
「人間の女というのは、約10ヶ月程の期間、胎内で子を育てるそうです。しかし、王の遺伝子は、脆弱なコムギの胎内を食い破ってしまう可能性がございます。王の種に対し、コムギの胎は弱すぎるのです。
受胎はして、育ち始めてはいるのですが…10ヶ月ともたず…母子共に危険な状態になる可能性が高いといえます」
ピトーの言葉に、王の表情が一瞬、曇る。
ピトーは、それに動じる様子は、見せず、再び言葉を続けた。
「しかし、案ずる必要はございません。懐妊の発覚がもう少し遅れていたら…手遅れになっていましたが…なんとか、応急処置をとりました。シーの細胞の一部をコムギの胎内の周りにシールドして、蟻の細胞の力で弱い胎を補強させて頂きました」
「ほう?」
「この処置で、胎児が母体から栄養を摂り過ぎることは防げますし、コムギの胎内にある王の細胞も、適切に母体と共存できます。しかし、コムギも懐妊は初めてのことであるでしょうから…身体の管理、ボクに一任して頂ければと…」
ピトーは、額を床に擦りつけるように懇願した。
「必ず、お二人の命を護りますので…」
渾身の決意がその声には表れていた。
ピトーの隣にいた私も、床に額を擦りつけて平伏した。
(…どうか!どうか!)
同じ想いだ。私とピトーは。
にしても、私の腹に爪をつきたてたのは、そういう事情があったのか。
それなら、最初からそう言ってよね。
でも、事情が事情だし、切迫してたのかも。
なんにせよ、私みたいな者の細胞が役にたつこと、あるんだ。
そう思うと誇らしかった。
「わかった。任そう。今日はもうさがれ」
王の命に従おうとしたけど、ピトーは再び言葉を
発したのだった。
「もう少しだけ、お伝えしたいことが…」
ピトーの話が終わり、王のお部屋を私たちは、あとにした。
宮殿の広場に出るなり、咆哮を上げたのはユピーだった。
その表情には、歓喜が現れていて、嬉しさが隠しきれていない様子だった。
プフは少し物憂げではあったけど、それでもこの懐妊を嫌がってはいない様子だった。
「…敵いませんね」
呟く声には、落胆より関心の色が滲んでいた。
ちなみに、御子の生誕を無事に迎える為に、ピトーの提案で私達、護衛軍は人肉食を禁ずることにした。
母親が人間なので、同種族を食べるのは禁忌ではという認識からだ。
因みに王も、人肉は禁食されるというので蟻の全てに、人肉食を禁ずることになるのだが…これが、後に思わぬ波紋をよぶことになるのだが…
(…王の御子様にお会いできる日が楽しみだな)
私は清々しい気持ちで、空を見上げた。
少し曇ってるけど、
晴れ間はある。
ふと、ピトーを見るとピトーは地面を見つめながら険しい顔をしていた。