ピトーはすぐに到着した。
大階段が崩れ落ちる音が耳の奥で木霊していた。
止まった時の中で、
2人の乱入者は王に攻撃を仕掛けるどころか、微動だにしない。
私も、為すすべもなく、ただ…この凍りついた時間の中、息をひそめるしかできない。
ゆるりと王が視線をきり、滞っていた空気が動く。
とても、緩慢でゆるやかな…永遠にも等しいような…気の遠くなるような時間に感じられた。
実質、それは非常に短く、刹那的な時の流れであったのに…
それが…総て。
鈍く、だが、鋭利に時は再び刻まれ始めた。
その腕にお抱きになっていた、コムギの躰。
それをゆっくりと慈しむように、床に横たえさせる。
そして、ピトーに命じた。
「絶対に治せ」
それは…勅命。
逆らえぬ、命。
そして、私達の宿命で、逃れることのできぬ「呪(しゅ)」。
私たちは、縛されて繋がれてきた。
この、忠誠という名の枷と鎖に。
お言葉に宿された「呪(しゅ)」は、ピトーの総てを覚醒させ、そして、私の総てを覚醒させた。
ピトーの瞳から、流れる透明な雫が
総てを語っていた。
わかるよ。私達は、やっと…
本来の役目を果たせる。
コムギも御子様も…必ず、私達が守り抜く!
己の運命から決して目を背けたりしない。
ピトーはすぐさま、コムギのそばに跪くとドクターブライスを発動させた。
そして、ピトーの視線はゆっくりと私に向けられた。
言葉は発していない。
かわりにテレパシーが流れ込んでくる。
(シー、わかってるよね?)
私はピトーの思念の総てを即座に理解していた。
そして、コムギの現況も。
一刻も早く、治癒を完了させる必要がある。
だけど…コムギ自身もだし、光の矢で躰を貫かれた衝撃で、
胎を護っていた、私の細胞の一部からつくっていた壁。
それが…ひび割れていた。
かろうじて、子宮は無事で御子様も護られている状態。
だが、胎を護っていた壁が破れると…
今のコムギでは、胎に栄養を送れない。
そうなれば、御子様はこの胎の中で朽ちてしまう可能性がある。
あるいは、本能的に命の危機を感じた御子様が母体を食い破ってしまう可能性がある。
どちらも、絶対に避けなければいけない事態だ。
私は恐る恐る、自分の手をコムギの腹部にあてた。
すると、私の手は細やかな粒子となり、コムギの中に導かれていった。
(…やはり!)
ピトーが教えてくれたわけでも、他の何かの啓示があったわけでもない。
けれども…知っている。
確かに導いてくれている。
御子様と、それを護っている私の細胞が…為すべきことを、教えてくれている。
私は、もう片方の掌をコムギの腹部に手をかざした。
すると、それも細かな粒子となり、コムギの中へと吸収されていく。
ふと、ピトーに目をやる。
ピトーと目かあう。
ピトーは柔らかく笑った。
それが…答え合わせ。
よかった。合ってる。
私はきっと、最終的に、総て粒子になり、跡形もなくなって、胎を守る壁になる。
御子様をお護りする最期の砦となるのだ。
母体はピトーが必ず治す。
だから、御子様は私が必ずお護りする。
王の大切な宝ともいえる命は、私たちが必ずお護りするのだ。
絶対に奪わせたりしない!
ピトーの陽だまりのような微笑みの中には覚悟が見えていた。
ああ、私の躰、どんどんコムギの中に、粒子として入っていく。
こうして、肉体を持った状態でピトーを見るのはもう最後だろう。
でも、それでもいい。
私はピトーに会えてよかった。
肉体は消えても…
ずっと魂で繋がれるよね?
消える身体…霞む視界。でも、私はずっとそ半身の姿をこの瞳に灼きつけていた。