蟻の王は厄介な存在であった。
あらゆる種の宿敵であるはず。
残忍性と凶悪さが顕著で、それはもう、未曾有の域の力をひしひしと感じられる。
だが、同時に感じられる魂の孤高さ。
それは、いわば人知を超越していた。
「獣」の残忍性と、「神」に近い領域の神聖。
蟻の王は、本来なら、相容れぬ両面を違和感なく、持ち合わせていた。
もしかしたら…
出会い方が違っていれば、自分たちは共存できていたかもしれない。
らしくもない感傷。
自分は年を重ねてしまった。
感傷に囚われていては道をしくじる。
眼前には、戦いを拒み、座する蟻の王。
ネテロはその者に声をかけた。
「王よ」
「お互い大変だな」
怒気も殺気もない。
ネテロは、音すらなく、只、静けさの中で己の手をその形に組んだ。
驚愕の表情を見せた王の眼前にそれは現れた。
百式観音だ。
刹那にも満たぬ、瞬く時の中に出現したそれ。
そして、息すらつかぬ間のわずかな時間の間に大地のような、大きな掌が王を直撃した。
この老体がこのよう力を振るうとは予想外ではあったが、
力の本質の一部を見れたのは新鮮であった。
力を持たぬ蟻なら、すぐに詰んでいただろう。
しかし、鋼より強い肉体を持つ王には、その攻撃は僅かなダメージさえも与えられない。
百式観音の掌から攻撃を受けても、蟻の王の強固な肉体には傷一つついていなかった。
生物としての力の差が歴然だ。
王は、攻撃を受けても怒る風はなく、再び割れた大地に腰をおろした。
あくまでも、戦いには応じぬ姿勢を貫こうとしている。
だが、ネテロは既に背負いすぎていた。
総ての責任は自分が負う。
若い未来のあるハンターたちに、この責を負わすわけにいかぬ。
人間の世界がどんなに穢れて、腐敗していても…
でも、その中で失いたくないものがあるのも確かだった。
だからといって、この蟻を殺すのか?
それが正しいことなのか?
どうしようもない、応えの出ぬ質疑が自身の思考をうめる。
ああ、何度自分はこの蟻に対し、迷いと疑問に直面しただろう?
それこそが、勝負の質に影響するというのに!
ネテロは今、己ができる唯一のことは「滅私」であると悟り、新たな掌を王に向けた。
退けぬ戦い。
しかし、掌を開き、再び無傷で現れた王は、恐ろしく禍々しい力を放っていた。
それこそが、蟻の本質の一部だとつきつけられる。
本気の怒りではない。わずかな怒気であるにも関わらず、
百戦錬磨のネテロに畏怖を抱かせた。
刹那の時間の中で感じとれる「死」。
詰む己の姿の残像が脳裏に浮かぶ。
身体が勝手に動き、王と間合いをとっていた。
王は、総てを超越していた。
だからこそ、ネテロを攻撃しない。
力ではなく、言葉で導く。
「悟れ」と。
拳は交わさぬが、言葉なら交わすと王は、静かにネテロに語りかけた。
だが、ネテロは伊達に年を重ねてきたわけではない。
だからこそ、切り札を使うことにした。
「王よ。自分の名を知りたくはないか?」
王の顔色があきらかに変わった。
この駒は正解だとネテロは内心で笑った。
「なぜ、貴様が余の名前を知っている!?」
感情を露わにした蟻の王の姿にネテロは、確かな手応えを感じていた。
無限城の公開は七月かー。
それまでに完結目指したいです