王のご誕生が間近だ。
わたし達、蟻は万全の状態でお迎えすべく、準備をすすめていた。
あの方に、少しでも不便があってはいけない。
この世で至上の輝きの唯一無二の方の為に、一切の不備もない完全な状態で、お迎えしなくてはならない。
その場を整えるのが、わたし達蟻が、今、唯一できることだ。
王のご誕生の日が近くなるにつれ、期待で胸は膨らむばかり。
でも、こんな何の力を持たない私だから、王のお目には、とまることさえないかもしれない。
それなら、それでいい。
無事に、この世に産まれてくれて…
そのお姿を目にすることが、ゆるされるなら…
私はそれ以上のことは望まないもの。
ああ、一体、どれほど、まばゆく、輝かしいのかしら。
たった、一人のあのお方へ想いを馳せる。
どこか、甘く深い思考に囚われていたけれど、それを破ったのは、私の半身の声だった。
「ただいま」
巣の中の護衛軍しか、立ち入れない場所の一角で私は腰をおとしていた。
「おかえり」
ピトーの手の中には、人間、おそらく、オスの首が抱えられていた。私達にとって、それは別に珍しい光景じゃない。
見慣れた景色。人間たちも、その他の生物も、いってみれば、
食糧で、それ以上でも、それ以下でもない。
私たちは、狩る側で、人間も、その他の生物も全部獲物。
そして、この世界の全ては王の為に存在しているわけだから、全部が王の所有物だ。
「ねぇ、その人間のオスはピトーがもう食べちゃったの?」
「違うよ。シー。これは、ちょっと面白いことに使えそうなんだニャ」
ピトーは、キラキラと目を輝かせて、手の中に抱えた男の頭部を撫でた。
不思議だな。
命の気配は消えているのに、単なる人間の雄のくせに…
何かこちらを不快にさせるモノを放ってくる。
背中にはしる、悪寒がとまらない。
頭が痛くて仕方ない。
もうすぐ、生まれる。
最大の慶事が私たちを待っているというのに…
単なる人間の首。
それだけなのに、とてつもなく重苦しい「負」の兆候をはらんでいる。
耳鳴りが止まらない。
頭痛は、ひどくなる一方で、私は耳を塞いで、その場に横たわった。
「シー!?」
人間のオスの頭部を抱えたまま、ピトーが駆け寄ってきた。
もー、その首どっかやってよ!
「大…丈夫…。ねぇ、それより、その首、棄ててきてよ」
私は虫の息でピトーに懇願した。
「…何言ってるニャ?」
ピトーは、不快そうに眉をひそめた。
「これは、ボクが仕留めた玩具ニャ。コレで色々、遊ぶんだニャ」
ピトーは、無邪気な子供のように笑った。
仕留めた「玩具」を大変気に入っている様子だった。
「…それより、シーは、まだ見つけられないのかニャ?」
鋭い声で、ピトーは問いかけてきた。
「…?」
「鍵を」
静かな声には、ピトーの並々ならぬ想いと決意が込められていて、私は初めて自分の半身の本質。
その一部を見た気がした。
「…鍵?」
私はその言葉の意味がわからず、横たわったまま、曖昧に呟いた。
その時だった。
「おい。いよいよかもしれねーぞ」
息をきらした、ユピーが乱入してきた。
何が「いよいよ」か。
そんなの尋ねる間すら、惜しい。
ピトーは、ユピーの言葉に短く、頷くと首を置き、私を抱え上げた。
「しっかりするニャ」
そうだね。ぼんやりしている暇はない。
だから、そこへと。
ほぼ、同時に側近、四名は、その場に到着した。
女王蟻。
母体の胎を破って、出てこられた、我らが王のお姿。
待ち望んでいた生誕。
その、お姿の、神々しいことといったら…!
私は誰よりも、輝かしい唯一の主のお姿に、言葉すら紡げず、只、息をのむことしかできなかった。
ただ、そのお姿を目の当たりにした瞬間、私は、はじけてしまった。
眩しい閃光が覆いつくすように…私の全てを呑み込み、拐っていき、流される…抵抗する間すらなく。
そして…こんな大切な時だというのに。
脳裏の片隅に…
呼び起こされるものがある。
これは「記憶」なのだろうか?
私の前世?それとも、他の誰かの…?
崩れ落ちる建物。
燃える街。
逃げる人々。
―バケモノだ!バケモノがきたぞ!―
―おい。そんなアカズはほっておけ―
悲鳴、爆発音、誰かの嘲笑。
視ているのは、過去、未来?
わからない…
でも…
「アカズ…ムギ?」
知らないはずの、景色と記憶が眩しく私の脳裏を焦がして、私はピトーの腕の中で意識を失ってしまった。
遠くで、ピトーの声が聴こえた気がした。
「シー?見つけたニャ?」
その声には、歓喜の色が滲んでいた。