わたしたち、一般の蟻の食事はそこらへんの街に出て、適当に人間を食べたり、街に出るのが面倒な時は城から程近い、森や川にいる獣や魚を適当に捕獲したり…そういうことで事足りる。
しかし、王のお食事とならば、そうもいかない。
王はやはり、この世の頂点に立つお方なので、味覚も大変優れていらっしゃるようだった。
「あーっ。今日も駄目だったニャ」
ピトーは、残飯の乗った皿を抱えて戻ってきた。
銀の皿の上には長い金色の髪の、おそらく人間の雌の屍がのっけられていた。
喉と、腹の肉がくいちぎられていて。
顔はそのまま、残っていた。
一体、何が不満なのかわからないけど、その人間の雌はひどく顔をこわばらせていて、恐怖と苦悶にな歪んだひどい形相だった。
王に召し上がって頂けて、細胞の一部として生きていけるなんて、この上なく幸せで栄光なことではないか?
全く、食糧の分際で…偉そうに。
分をわきまえてほしいものだ。
皿に滴る血のスープを指ですくって、舐めてみた。
うん。
悪くない味。てか、血が甘くて美味しい。
「美味しいと思うけど、王のお口には合わなかったの?」
「…まあ、残念だけど、そうだニャ。ちょっとご機嫌を損ねられた様子でご自身で狩に出られてしまった」
ピトーは、ちょっと残念そうな様子で項垂れていた。
「ボクたち護衛軍で、ちょっと頑張って遠征して、狩ってきたんだけどな。なんか、一応、「姫」とかいわれる高貴な身分の人間で、貴族の男と婚儀の最中だったんだ。姫の親や、家臣たちが大騒ぎでね、家臣たちがいっせいに銃や矢で稚拙な攻撃を仕掛けて
きて、ちょっとかわいらしかったニャ」
「へー」
「人間なんて絶対ボクたちに勝てないのに健気だよね。少しだけ遊んで、家臣を皆殺しにして、姫の親を姫の前で殺して、そのあとに姫の結婚相手を殺してあげて、とても楽しい宴の席にしてあげたんだニャ」
ピトーもわたしと同じように、皿の血を指ですくいながら、楽しげに笑った。
「んー。悪くない味だけど、この血の味は王にとっては、少し
『薄い』か『甘過ぎる』のどっちかだったんだろうニャ。雌だから柔らかい肉質で、口あたりはいいし、鮮度がおちないように生きたまま皿に盛って差し出してみたんだけど…」
そこでピトーはため息を1つ。
「この雌、王のお姿を目にするなり、泣きながら命乞いをはじめちゃって、その顔が醜いのなんのって…声もうるさくて、どうやら、それで王も食欲をそがれたみたいなんだニャ。王が喉をくいちぎって、雌はあっけなく絶命したけど」
「なるほど。それにしても、不思議だね。変な人間の雄の伴侶として生きるより、王の一部として生きていけることの方が余程、喜ばしいことなのに。何が怖くて何が不満なんだろう?」
「だニャ!ボクにも全くわからない。人間の思考は」
ピトーは、皿にのった人間の雌に、嫌悪と侮蔑の視線を向けた。そして、そのまま、開いた部屋の窓から、皿ごと残飯を投げ棄てた。
部屋には、屍と血の匂いがほのかに残っていた。
不思議だ。
わたしも、ピトーもかつては人間だったはずなのに…
人間の命に全く頓着がない。
ピトー、覚えてないの?
人間だった時のこと?
わたしは、図らずも…思い出してしまった。
我が君…王がご生誕されたあの日。
王のお姿を目の当たりにした、あの瞬間に。
蟻になる前の記憶が眩しく脳を灼いた。
「東ゴルトー」
その国は、わたしが人間だった頃にいた国。
貧しくて、小さな国には「総帥様」とよばれる偽物の神様がいた。
小さな貧しい国は偽物の神様が全てだった。
でも、人間だった時、わたしには「偽物の神様」以上に大切にしていたものがあった。
わたしも…そのもう一人もとても貧しかった。
毎日、寂しくて苦しくて、だからとりあえず手を繋いで、澱んだ空を見上げながら、わたしはいつか、この空意外の景色を見て見たいと願っていた。
記憶はどか曖昧で霞がかっている。
でも、「東ゴルトー」という国のどこまでも、重苦しく、澱んだ空気の感覚は蟻になった今も、肌や細胞に張りついてくるような不快さがある。
でも、わたしが気絶してしまったあの日(本当に情けない…)、なんと、王は東ゴルトーの偽物の神様を始末して、早々にも、王者としての一歩を踏み出されたとのことだった。
不甲斐ないわたしなど、王に踏みつけにされて死んでいてもおかしくないのに、何故生存をゆるされている。
全く、王ときたら、器が大きい。
微々たる力しか持たない私だけど、この命、精一杯、王の為にお役にたてたいものだ。
「そうだ。シー、来て。」
「何?」
「王はほら、好奇心が旺盛なお方だろ?美食家でもあられるし、支配欲も旺盛で…常に力が溢れ、何か…こう、持て余していらっしゃるようなんだニャ。王の退屈しのぎの駒を用意している部屋が、いくつかある。そこで、王の暇つぶしの駒を一緒に選んでほしいニャ」
「いいけど、そんなのピトーだけで選べばよくない?」
「…食糧の調達のときみたいに、失敗したくないニャ」
ピトーはちょっと肩をおとして、ポソっと小声で呟いた。
「はいはい」
私たちは、軽口を叩きあいながら、その「駒」が揃えられているエリアに向かった。
灰色の壁と小さな窓。
簡素なつくりの棟がいくつか、あって、そこに入れられてるのは、皆、人間だった。
そして、そのほとんどが、何故かくらい顔をしていて、今にも死にそうな表情だった。
全く、人間って本当に弱いくせに、傲慢!
またもや、憤怒の感情がわきあがってくる。
イライラしながら、小窓から人間たちをのぞいていたけど、1つの棟の前で、わたしは思わず、足をとめてしまった。
だって…あの澱んだ空の色が、あらゆる記憶が…押し寄せてきたから。
簡素な部屋の中で、見つけた。
ああ、生きていたんだ。
貧しくてちっぽけな…あのアカズは。
記憶の中にある名前。
懐かしくて、苦しくて…
無意識に、唇から零れる、その名前。
「…コムギ…」
わたしの様子を見ていたピトーの空気があきらかに変わる。
「…鍵、か?」
その声には、何か特別な感情の色が滲んでいた。