いよいよ。だ…
いくら、コムギが軍儀に強くても、さすがにこの方には勝つことは不可能だ。
だって、この世で唯一無二のお方だもの。
世を総べ、全てを手にすることが唯一、可能な方。
それがー王ーという存在。
(…最期だね)
せっかく再会できたのに。
どんなに才能に恵まれようが、完全無欠のこのお方が相手では
…勝負は悲しいくらいにあっけなくついてしまうだろう。
そして、勝負に負けた者にはー死ーあるのみ。
でも、何の心配も不要だよ。
だって、王の與戯のお相手に選ばれる。
それだけで、とても光栄なことだ。
例え、死んでもそれは、名誉の死。
誇らしいじゃない。
「よし、大体わかった。やるぞ」
王は、
軍儀のルールブックを無造作に放り投げた。
それが、與戯の始まりの合図。
でも、情けないことに、コムギは息をとめていて窒息寸前だった。
いや、本当にみっともないにも程があるでしょ。
何考えてんのよ。
対局が始まる前に殺されてしまうのでは。と危惧してしまったけど、そうはならなかった。
王は、コムギの緊張感のない態度に少々呆れた様子ではあったけど、お怒りではないみたいで、気を取り直したように声をかけ、
二人の対局は始まった。
「ボク、ちょっと気になることがあるニャ。変わりに見守ってて。あとでどんな感じだったか教えて」
「えっ!?」
ピトーはそう言うと、部屋をあとにした。
もちろん、二人の対局は、しっかりこの目で見届けさせて頂くけどさ。いくら、コムギでも…という思考は拭いきれず、複雑な気持ちだ。
厳かで、高尚な空気の中、二人の対局は始まった。
序盤は、ごく普通の勝負。
いわば、基本的な勝負で素朴なもの。
王がコムギに休憩を言い渡し、再び囲碁の男と與戯を希望したが、それはかなわなかった。
囲碁は首をくくって死んでいた。
本当に呆れる…
王に敗北するのは、必然のことだ。
万物の頂点に立てるお方と、たかが人間では、生物として差がありすぎる。
囲碁が死んだことで、再びコムギがよばれ、王と対局することになった。
固唾をのみ、二人に視線を向ける。
この勝負、きっと王の勝ちだ。
詰むのはコムギ…
そう予想していた。
でも、二人が打ち始めてから、先程とはあきらかに違う空気が場を支配していた。
王もコムギも…
次から次に素晴らしい手をうみだしていく。
小さな碁盤が、二人の彩る鮮やかな儀譜で崇高な絵画のように、
華やかに輝いていく。
わたしは、その様から目をそらすことができない。
そして、思い知らされる。
わたしなど…
この二人の足元にも及ばない。
二人はそれほどまでに、圧倒的な実力を持っていて、他者をよせつけない空気の中で対局に没頭していた。
わたしは、コムギを非力でみすぼらしい存在だから、王に相応しくないと思っていた。
だが、それは大きな間違いだ。
だって、今の王は…
コムギと目の前の駒にしか目がいってない。
見えないコムギの盲いた瞳。
それをいつになく、真剣な目で王は見つめていらっしゃる。
わたしは…わたしは、あんな真剣な王の眼差しなど、今まで一度も見たことない。
胸がズキズキと痛んで苦しい。
わたしは二人を見ているのがつらくなって、思わず、俯いてしまった。
「ちょっと外へ…」
プフも、何かを感じたのだろうか。
感情を押し殺したような低い声で、それだけ呟くと、一人でひっそりと部屋を出てしまった。
王もコムギも、プフが部屋を出たことすら気がついてないのだろう。
ひたすらに、打ち続けていた。
二人が駒を読む声だけが、
静かな部屋に木霊する。
誰にも邪魔できない、二人だけの世界が目の前で織り成されていく。
その世界の形は、どこまでも眩しくて、美しくて…そして残酷だった。
だって、王とコムギが魅せる儀譜は崇高な芸術のようだもの。
わたしでは、つくれない。
王とコムギだからこそ…描ける唯一無二の世界なの。
そして、それは、そこに「他者は不要」であることを意味している。
「わたし」は、王にとって不要な存在なのだ。
なんて哀しいんだろう。
生まれた時から、理解はしていた。
わたしみたいな、非力な蟻は、きっと王のお目にとまることはないと。
でも、それでも、少しでもお役にたてたら…と、なんとか、その思いだけで生きてきたのだ。
けれども、王は…王が選ぶ唯一無二は、わたしでもなければ護衛軍の誰かでもない。
王が真実に求めてやまぬのはきっと…
「…ない詰みだ」
わたしの思考を破ったのは、他ならぬ王のお声だった。
「次だ!」
そして、これからが本番なのだと言わんばかりに強く、次への対局をと告げられたのであった。
……