ヒーローになっていろんな人を捕まえたい! 作:CRAZY Choco
戦闘訓練の翌日。
全国的にオールマイト先生が雄英の教師をしていると噂が広まり、校門前にはマスコミが押し寄せていた。ガヤガヤと通勤ラッシュの満員電車を彷彿とさせるようなそれに、何人かの雄英生はゴクリと息を飲み、共に後を託して果敢に挑んでる……あぁ、ダメだ捕まった。
取材を迷惑そうに見る俺たちの視線に気づかないのだろうか、マスコミは依然と増え続けていた。なるほどこれはマスゴミ。
「……うわぁ……! あれ、大人としてどうなんだろう! ゴミみたいに集まってる!」
「…朝からおっきい声…。雄英の警備システムの関係上校門より中に入れてねェのか。まぁアソコなら飛んで火に入る夏の虫、雄英生が絶対通るしな」
「ハハ! なかなか入れないし、取材ウザイし、僕達にメリットないんだけどー!」
「影に入って校門内までワープしてェ……」
「違法で草!」
俺たちは朝、それなりに毒舌なことを自覚しながらマスコミに近づいて行った。幾人か気まずそうに避けていくマスコミにもっと早く気づけよ、と内心舌打ちしながらポケットに手を突っ込んで校門前まで進む。
まだ取材をするつもりの人間はいたが
それにしても、職業の自由を行使しただけでこんなにも注目されるなんて。本人は誰より平和を望んでいるのだから、こんな、雄英全体に迷惑がかかることは嫌うだろうに。
「オールマイト先生も大変だな」
「うん。平和の象徴、僕達の目標って……遠いや」
「昼、写真の許可取り行こうか」
「おk。許可なしはマスゴミと同じだものね…!」
ちょっとオールマイト先生が可哀想に見えてくる今日この頃。
「昨日の戦闘訓練お疲れ、Vと成績見させてもらった」
朝、HRの前に好きに話していた1-Aの皆は相澤先生の登場により口を閉ざした。お疲れって言ってくれるの地味に優しいな。
「爆豪。おまえもうガキみてえなマネするな、能力あるんだから」
「……わかってる」
「で、緑谷はまだ腕ブッ壊して一件落着か」
名指しされた緑谷の肩が飛び跳ねたのが一番端の俺の席からよく見えた。
「個性の制御…いつまでも『出来ないから仕方ない』じゃ通させねぇぞ。俺は同じ事言うのが嫌いだ。それさえクリアすればやれることは多い、焦れよ緑谷」
「っはい!」
威圧的のようで、その実、個性の有用性を認めている相澤先生の発言に、緑谷は張り切って返事をした。緑谷が自信無くさないようにしてンのかな……、飴と鞭上手いな先生。いいな……。そう気を緩める俺と違って先生の空気は引き締まったままだ。
「さてHRの本題だ……急で悪いが今日は君らに……」
『(((何だ……!? また臨時テスト!?)))』
次の言葉を溜める先生に、またワンチャン除籍の無理難題を吹っ掛けられるのかと、緩んだ気持ちが引き締まり、ゴクリと喉を鳴らした、
「学級委員長を決めてもらう」
『「「「学校っぽいの来たーーー!!!」」」』
なぜ溜めた、なんだお茶目か?
クラスの大多数が叫んだ。学校で学校っぽいことに驚くとはこれいかに。
「委員長!やりたいですソレ俺!」
「オイラのマニフェストは女子全員膝上30cm!」
「ウチもやりたいス」
「ボクの為にあるヤツ☆」
「リーダー!やるやるー!」
「ンだからモテねェんだよ峯田……」
「影操ゥ!!」
俺が首を傾げている間にも皆が次々と立候補を上げた。クソみてーな公約もあるがやけに皆やる気満々っつーか……あ? 俺は首を傾げてクラスを見渡す。
挙手、挙手、挙手。
これもしかして……クラス全員じゃねぇか?
え、マジ? キョロキョロあたりを見渡してると、前の席の麗日さんが手を挙げていない俺に気づいて声をかけてきた。ありがとう麗日さん今日も麗らかだね。
「影操君はやらんの? 委員長」
「や、俺は誰かに指示できる人間じゃねェから……俺は麗日さんがやりたいことが意外だわ」
「うーん、うちもヒーロー目指してるからねぇ。あっ、影操君のこと否定してるわけじゃないんよ!?」
「大丈夫大丈夫、わかってるぜ」
チャウチャウと両手を振って否定する麗日さんは可愛いけど、それをずっと見ている訳にもいかない。問題ないぜと手をピラピラして前を向かせた。ホンマにごめん!と最後手を合わせる彼女に微笑ましい気分になる。でも委員長になりたいとは、やっぱ意外だ。
意外と言うのは変な意味じゃなくて……なんとなく、中学までの委員長は煙たがられていたような気がするから。へー、ヒーロー科は積極的になるんだーというカルチャーショック的なのを感じる。いや、集団を導く素地を形成できる、みたいな理由があることはわかっているけども。
理解するのと実際に体験するのは違うというアレである。
俺が、絶対できねーっと思いながらやる気のある皆に任せていると、飯田が急に声を上げた。
「静粛にしたまえ!!」
その言葉に皆が1度静まり返る。何を言ってくれるのだろうか、俺としては爆豪とか峯田とか、あまりに癖の強いやつ以外なら誰でも良いんだけども。そんな期待を込めて飯田を見る。そういや轟もちょっと怖ぇよな。個性も目つきも。
「多を牽引する責任重大な仕事だぞ……! 「やりたい者」がやれるモノではないだろう!! 周囲からの信頼あってこそ務まる聖務…! 民主主義に則り真のリーダーを皆で決めるというのなら……これは投票で決めるべき議案!!!」
言ってることはとてもいい事だ。
なんか、すごい、俺が中学で見てきた委員長っぽい感じ。言ってることはいい。
……ンだけどさァ、
俺はえぇ…と困惑の顔で飯田をみる。
「そびえ立ってんじゃねぇか! 何故発案した!」
手、挙げてんだよなァ飯田。メッチャピーンて、むしろ席立ってる分誰よりも突出してるんだよな。
切島の鋭いツッコミに皆がウンウンと頷いた。そんなにやりたかったのに発案するあたり律儀というかなんと言うか……。いい人ではあるんだろうなと思った。方向性違そうだけども。
「日も浅いのに信頼もクソもないわ飯田ちゃん」
「そんなん皆自分に入れらぁ!」
「爆豪と峯田以外で」
「あぁ゙ん゙?」
「影操なんかオイラに恨みでもあるのか?」
「だからこそ、ここで複数票を獲った者こそが真に相応しい人間ということにならないか!?」
飯田の発言にバッサリと意見をする蛙水さんに内心賛成する。たった数日、多少の好き嫌いはあれども『委員長に向いている』資質なんて考えたこともない。代わりにボソッと委員長に向かなさそうなやつを挙げると、ギッと爆豪に睨まれ、なんでだよぉぉぉ! と嘆く峯田から目を逸らす。ざァんねん、俺は女子の味方なんだ峯田。
飯田がなんか名言っぽいことを言ってる間、俺と峯田はギリギリと睨み合っていた。普段話す分には良い奴なのに、女子絡むと途端に話し合わなくなるんだよなァ。
結局、相澤先生は飯田に「時間内に決めりゃなんでもいいよ」と放り投げて投票で決めることになった。
投票用紙が配られ皆に少しの時間が与えられる。委員長…………飯田かな。なんだかんだ皆をまとめ上げてたし。そうして投票用紙が回収された。
結果は緑谷3票、八百万さん2票であとは1票が続いていた。
なんとなく意外だな、緑谷もあまり皆を率いるタイプには見えなかったのに。
「僕、三票――!?」
「なんでデクに……!誰が……!」
「まーおめぇに入るよか分かるけどな!」
緑谷本人が投票結果に驚いていたから本人もそう思っていたのだろう。動揺してガチゴチの緑谷が委員長、八百万さんが副委員長で問題なく決まり朝のHRが終わった。飯田が「な! 僕に票が!? だ、誰かわからないがありがとう! 期待に応えられずスマナイ!」とドギマギカクカク動いていたのが面白かった。律儀だなァ。
そうして昼。約束の時間に間に合うよう、早めに教室を去るところを尾白に声をかけられた。
「影操〜、お昼一緒に食べない?」
「あ、悪い。今日知り合いと職員室に用あるから食べててくれ。間に合わなかったらスマソ」
「え、そうなの? わかった。障子いこ」
「ああ。…待ってるぞ」
教室でわざわざ誘ってくれた尾白には申し訳ないが今日は都合が悪い。ごめんな、と手を合わせた俺にしょんもりと下げれた尾白の尻尾へ罪悪感に後ろ髪を引かれたが、それを障子がそっと止めて、優しい目待っていると告げた。ぅわイケメン。早く用事を終わらせるべく俺は自然と早足になった。
「わぁ! 歩くの早いね兄貴」
「兄ちゃんお前と違って人気者だからね。ファンを巻いてきたのさ」
「HAHAHA、頭と精神、どっちがいい? どっちも?」
「もしかして病院?」
待ち合わせ場所に居た弟へハイタッチをして早く行こうと雑談混じりに促す。
弟の話すB組はなかなかに愉快で、A組と同じくらい刺激的だ。特によく出てくる物間。気に入ったのか、日常的に面白いのか毎回話に出てくる。話を聞くだけでちょっとひねくれた、仲間思いの良い奴なんだとわかった。
「もう兄ちゃんB組の名前全員覚えちまったぜ」
冗談めかして言うと弟は笑って
「それは僕もなんだけど? A組自慢がすぎるぜ兄弟」
そう俺の背を叩いた。
「アレだな、雄英、好きだ。俺」
ここに来れてよかったぁ。俺のとけるような声に弟は
「僕もだよ」
と言って。
俺たちは今、俺たちにしか分からないけれど、幸せだった。
この時までは。
ウウ──────!!!
突然警報が廊下になり響く。反射的にスピーカーの方へ身体が動く。
『セキュリティ3が突破されました。生徒の皆さんは速やかに屋外へ避難して下さい。繰り返します―――』
「セキュリティ3……」
「校内に、侵入者アリ……」
オウム返しに放送をつぶやき頭に叩き込んだ警報の意味を今度はもっと暴力的に叩き出す。
確か個性把握テストの後確認した書類に書かれていたハズだ。セキュリティ3は───
『何者かが校内に許可なく侵入した』場合に発動される警報!
は? ...いや。オイ、オイオイオイ。
俺と弟は引き攣った表情で顔を見合わせ周囲を観察する。
大きな物音や人の怒鳴り声。
ドタドタとした群衆の足音。
怪我をしたのだろうか、誰かのすすり泣く声.....
それもまたすぐに、周囲の怒鳴り声に掻き消される。
校内は軽いパニックになっている様子だ。なんでよりにもよって
うへぇとため息を着いて首を振った。
──天下の雄英の名が泣くなこりゃァ。誰に聞かせるでもなく呟いた俺に、ユイはちらりとこっちを見て無言で肩を竦めた。校内を走って見えた1番大きい廊下は、人でごった返している様子だった。そろそろシャレにならん怪我人がでるぞ...と俺は眉を顰める。
そうだ、尾白と障子大丈夫かだろうか?
一瞬で通り過ぎた廊下の向こうはもはや暴動に近かった。アレに巻き込まれていたら.....
「いや、」
マァ2人とも体格いいし問題ねェか。
そう自分を納得させて頭から振り払い、状況の確認ができる場所を探す。
「人が居ない場所で良かったね……!」
「食堂に居たら巻き込まれてた。運がいいぜ全くよォ」
「近年発動してなかった警報が発動してるんだ。どっちかっつーと
そうして外の見える場所へ移動する。それは雄英のデカい窓だ。ベンチの置いてある。その下にはお弁当用の小さな橋が転がっていた。
こんなことになってなけりゃ、ここでゆったりと太陽光を浴びて、友人と談笑しながらお昼を食べていたんだろう。サンサンと陽が降り注ぐ外の芝生だって待ち合わせていた生徒がいたはずだ。
しかし、今そこから見えるのは、一際キマッてる金のトサカだった。
「.....見つけやすいなァ...。プレゼントマイク先生」
やっと教師を見つけられた喜びに力の抜けた声が響く。──しかし状況はそう良くないようだ。
教師陣が押さえ込んでる人だかり。
それはマイクやらカメラやら、ガチャガチャとした装備を身にまとっていた。
彼らは当然の権利とばかりに寄って集って校門超えて、詰めかけている。
「ホンット、マスゴミだなァ」
「朝で懲りろって! 本当、人に迷惑かけるのヨクナイぜ!」
取材と迷惑行為は違げェだろうが。
ヒクヒクと引き攣る口元。そこから発される唸るような声はとは裏腹に、俺やユイのマスコミに向けた目は雄弁に「呆れた」と言っていた。
ただのマスコミだとわかった弟は
「B組の皆に伝えてくる! カメラは放課後許可取ろうぜ!」
と言って、止める間もなく人混みの方向に小走りで行った。
「あ、……はっっっや」
イラッとしたので八つ当たりでマスコミの醜態を高ぇカメラで撮った。ざまァ!
「ん、君は……」
「ン? ……青山じゃねェか」
しばらく夢中でメディア共の写真を撮っていた俺に声が届く。人気のない廊下だ、後ろを振り向くとどこか青い顔をした青山が少し俯きながら立っていた。あァわかる、心臓に悪かったよな。
「どこいってたんだ?」
「今日の授業でビーム使いすぎちゃって☆」
「腹壊したンか……とんでもねェデメリット抱えてんな」
「でも派手で強いよ!」
キラーンとドヤ顔をするこいつの個性はちょっと特殊で、腹から強力なビームが出るけど1秒以上出してると腹を壊すらしい。難儀な個性だな。これでヒーロー科入れてるんだから相当努力したんだろうなァ、と個性把握テストで感心したのを覚えてる。
「驚いたよなァ、警報。今から教室帰るのか?」
「ウィ! 君もかい?」
「あァ一緒に帰るか」
「メルシー☆ムッシュ影操」
そろそろ昼も終わる時間だ。待っててくれた障子には悪いがそのまま教室に戻ってもこの騒ぎ、問題ないだろう。そう心の中でとつとつと言い訳を重ねて青山と一緒に歩く。いつの間にか騒ぎは沈静化して、廊下にはいつも以上の静けさがさまよっていた。
──拍子抜けした、と言ってもいいかもしれない。
嫌に緊張していた脳が開放されたからか、何となく頭がピリピリするような気がした。それが青山と話すうちに解消されていく。飴を舐めたのも良かったのかもしれない。俺のよく噛む棒付きキャンディー。
今まで青山と話したことはなかったが、こうしてじっくり話を聞いて見るとまるで印象が違う。
話し方こそフランス語がちょくちょく混じって独特だけれど、話してる内容はほんの小さな新たな発見とか、授業のことだとか、なんら普通と変わりなくて、彼は日常の小さな変化に喜べる繊細な人だと知った。キラン☆とドヤ顔を浮かべる姿はお約束と言うやつだろう。
彼は話の途中で俺の返事待ってくれたり、俺の話を肯定的に聞いてくれたり、行動の節々でやはりヒーロー科なんだな、と思わせられた。
「ねぇ、ムッシュ影操」
そうやって静かに、でも穏やかに親睦を深めている中で、青山がふっとその青い目で真っ直ぐこちらを見た。
あ。
青山って金髪で、青い目で、かっけぇのな
「無個性ってどうだと思う?」
俺が戸惑うのもお構い無し。なんでもないような、普通な、そのままの声色。
そこでようやく、俺はハッと現実に戻された。
なんだ?無個性? なんで今? 急な話に何故聞いてきたのか、青山の顔をじっと見る。けれど特徴的なきらめく笑顔☆に掻き消されて、イマイチ何を思っているのか窺い知ることはできなかった。
「…………怖いこと、で、すごいことだと、俺は思う」
俺は少し考えて、絞り出すように答えた。
無個性の立場になったらって想像したとき、真っ先に思ったのがそれだった。苦しそうな俺に青山は笑みを張りつけて「どうしてだい☆」と続きを促してくる。それに俺は言いたいことを思い浮かべてポツポツと答えた。
「無個性ってさ、個性持ちと比べると身体の一部が生まれつきない、みたいなもんだよなァ?
……ヤ、個性にもよるけど。俺、四肢全部もげても個性のおかげで生活できるかもしれないからさ、そう思った。俺じゃなくても他の人が特殊な力持ってて、自分にはそれに対抗する力は無くて。
──それは怖い、怖いんだよ」
断言しておきながら青山と目を合わせない俺に青山は何も言わなかった。
俺は自分の頭の言葉を全て出し切らなければと、何故か焦って畳み掛けた。
「だから、怖いのに、他の人に比べて大変なこともあるだろうに、それでも頑張って生きてる
「……。…、………君は、やさしい人だね」
青山はやはり少し黙って、複雑そうな、笑ってるような、泣いているような、全て違うような顔で言った。
なんでお前がそんな顔すんの。
話振ってきたのそっちじゃねェか。
俺、なんか傷つけること言ったっけ。
俺、俺は.....まだ人の気持ちがわかるほど成長してねェんだなァ。
俺は目を見開いて、そして静かに伏せる。
代わりに青山こそどう思っているのか聞いてみた。彼は少し迷った顔で、でも晴れやかに、
「僕のキラメキ☆を届けてあげたいのさっ!」
そう宣言した。
「なんだァそれ。俺に散々語らせといてェ?」
「許しておくれムッシュ影操☆」
「……でも、いいかもなァ。青山は優しい人間だよ」
俺の話を一度も否定しなかった彼の優しさを思い返して、俺はそう語った。
.....当たり前だよな、
だって彼は誰も殺してないんだから。
『だから、怖いのに、他の人に比べて大変なこともあるだろうに、それでも頑張って生きてる
────自分が情けなくなるぜ。
ガリィッ
言おうとした言葉を口の中で転がして、俺はその、ヘドロのような味を砕けた飴で流し込んだ。
「あー、ねみ」
ちなみに校内の混乱は飯田の機転により解決したらしく、それを見ていた緑谷が委員長を譲った。
まァ飯田が自分に票を入れていれば2票で緑谷、八百万さんも2票だったのだから、実績を残した飯田が委員長になるのはそう不思議な事でもないのかもしれない。
あと障子と尾白が俺が教室に入った瞬間安心したような優しい目をしていて申し訳なった。ごめんなァ。
放課後、俺は雄英の敷地内、昼にプレゼントマイク先生が居たところの林に来ていた。
カメラの許可は「リカバリーガールの指導の確認があるから少し待っててー!」と言う弟が帰ってくるまでお預け。
手持ち無沙汰になったし、時間を無駄にするくらいなら昔からの密かな夢を叶えてちまおう。林の近くのベンチには勉強道具が散らばっている、誰かここに居たのか? そんなことを考えつつ茂みの中に入る。
そして、紫の髪の男と目があった。
「あっ」
「え、」
これが俺と、心操くんの出会いだ。
「ごめん、1年……だよなァ? 名前聞いていいか?」
「……心操人使」
茂みが揺れて、いきなり目が合った男。1番初めに目に入るのは、やはり男の耳だろうか。
そこはいくつもの色違いの石に彩られ彼の猫っ毛の黒髪の中で、最も目立っていた。片耳しかついていないようで威圧感こそあるものの特別おかしくは無い。むしろ男の大柄な体格的に納得できるような、これがないと逆に違和感があるくらいとても似合っていた。
彼は唖然とする俺のにストンと座って俺の足元の気ままな猫をじっと見ながら、遠慮がちに名前を尋ねてきた。驚きから素っ気なくなった俺の態度を気にすることなく、心操……人使……。と何度か思い出すように呟いて、やがて申し訳なさそうな顔をした。
「わりぃ覚えてない」
「ヒーロー科じゃない。普通科だよ」
「普通科……、あァ。そっか」
男の制服の肩のボタンは1つしか着いていなかった。普通科も経営科もサポート科も、総じて肩のボタンは2つ。唯一の例外は……。
___ヒーロー科か、コイツ
そう思うと、むくむくと自分の中で割り切ったはずの感情が蘇ってきて、八つ当たりだとわかっているのに言葉がキツくなるのを止められない。
「何? ヒーロー科は他の科は眼中に無いって感じなの?」
言ってから後悔した。
言ってしまった。まずヒーロー科が普通科を知るわけないだろ、俺もヒーロー科の名前なんて知らないのに。
やらかした自分にモヤモヤして嫌気がさす。俺は彼から逃げるように足元の猫を撫でた。彼は俺の嫌味にさほど動じずなんでもないようだった。
「や、普通科は1時限早いだろ、終わるの。なのにまだいると思ってなかった。……猫、餌あげていい?」
「……勝手なすればいいでしょ。俺のじゃないよ」
「そっか、」
男があまりにごく普通の態度で接してくるから、勝手に罪悪感が募った。自意識過剰すぎるでしょ、俺。ウダウダウダウダ.....女々しいな。もちろん、そんな俺に気づく訳もなく彼は俺の足元の猫に手を近づけて匂いを嗅がせていた。
「夢だったんだよね、餌あげるの。金なかったから」
「どんだけだよ……。多分この猫達は餌貰い慣れてるよ。雄英の中に餌あげてる人いるんだと思う」
「へー、よく分かるねぇ、心操くん」
「野良の割に毛並みいいから」
彼は普通だった。普通に動いて、息をして、気遣ってくれる。いや、授業がキツかったのかもしれない、彼はときどき船を漕いで眠たそうにしていた。俺はそんな彼の姿にいつの間にか
夢だったと言っていた彼は、表情こそ変わらないが本当に嬉しそうに猫に触れていた。
穏やかな時間が過ぎていって、しばらく。
ふと困ったような顔で彼は聞いてきた。
「ヒーロー科が何かした? ちょっと心当たりなくて」
───あぁ、ダメだ。
どうして、なんで。そんな気持ちがやっぱり溢れてきて。
「いやァ、あの試験受かったならどんだけいい個性だったのかと思ってさ」
「あァ、俺の個性は影を操るのと契約っていうそのままのやつ。あと副次効果で回復」
「ッ個性複数持ちかよ」
嫌だ嫌だ、羨ましい。そんな強固性がどうしてこんなところで暇してるんだ。ヒーロー科になったんだろ。受かったんだろ。その個性で、なら、なら。……俺だってッ .....そんなこと考える自分が、1番嫌だ。
自嘲気味笑った俺に彼は何も感じなかったようだった。腹を見せた猫に、野生動物だよなァ?脅されてもいねぇよなァ??と首をかしげている。
「そういう心操くんは?」
「洗脳、あの試験じゃ使えないしヴィラン向きの個性さ」
「あぁ、そうだね。うん、確かに怖い個性だ」
「……酷いなヒーロー科。俺もそう思うけど」
怖い個性、よく言われる。まさかヒーロー科にも言われるとは思わなかったけれどいつもの事だ。だから中学までのように笑い話にしようとした。
でも彼は笑った俺に酷くショックを受けたような顔をしてまごついた。
「……ァごめん、言い方間違えたかも」
「謝んなくていいけど。事実だし、同情もいらない」
「違くて、」
彼は俯いたまま自分の言いたい言葉を探している。ずっと、ずっと。どれくらいだったか、猫がすっかり彼の手の中でゴロゴロと喉を鳴らす頃。
「俺は、その……ヒーロー科の人達の個性ってさ、怖いんだよ。爆破だったり、酸だったり」
ようやく考えがまとまったのか、まとまっていないままのか、彼は吃りながら話し始めた。
「火傷は簡単に致命傷になるし酸だってかかれば徐々に融けていく。俺にとってはクラスの大多数が怖い個性で、それって……強い個性ってことだ。
怖くない個性の人なんてほとんどいない。その人達も上手く個性を使ってて、だからさ……なんて言うのかな」
だんだん流暢になって言って、でも最後は言いたい言葉が見つからないように視線をさ迷わせて、
「君も、その……怖い、強い個性だからヒーロー科に来れると思う、って言いたかった」
そう言って言葉を切った。
「ごめん。不躾だったと思う」
その言葉に俺はハッとようやく正気に戻った気がする。春の風や猫の毛が俺の肌を撫でる感覚が妙に新鮮だった。
「あ、いや……その真っ直ぐ褒めるのってヒーロー科の特徴?」
「俺は、いま、気が抜けてた。悪かったなァ。でもそうだな、皆良くも悪くも真っ直ぐで、いい人たちなんだ」
「うわ……」
「気が抜けてたついでに。君も、その個性について色々言われただろうに、個性を使おうとしなかったんだろ? それってすごく尊いことだと思うぜ。俺は」
「ちょっと」
「その精神の気高さがかっこいい」
「待って。ストップ」
「頑張ってんだよなァ、みんな、すごいなァ...」
気はずかしくて立ち上がった俺に、ようやく彼は猫から目を離した。どうしたんだろうと言う顔で見る彼を内心罵倒する。
なんなんだこの男は。どうしてこんなに褒める。初対面だぞ? なんでこんなにペース崩されてるんだ俺。
そう思うのに赤くなる顔が止められない。
俺が口を手で遮って赤くなった顔を隠している時、ピロンとありふれた電子音がなった。ガサゴソとスマホを取り出し連絡を見たのだろう、彼はふーっと一息ついて立ち上がった。
「俺はもう帰るから。じゃあな心操くん」
「名前、聞いてないんだけど」
「お? あー悪い悪い、影操切。兄弟共々よろしく」
「足元掬うから」
「掬われないよう努力するさ」
じゃあまた今度。そう言って彼は特別表情を変えることなく、手をピラピラ振りながら校舎に戻って行った。「あ、」途中で止まって思い出したようにこちらに目をやった。
「ヒーロー科で待ってるぜェ?」
当たり前のように俺がヒーロー科に来るといった彼にまた、顔が赤くなった。
「ちょっと気ぃ抜きすぎたなァ」
俺は職員室前の廊下を歩きながらさっきのことを思い出す。めちゃくちゃ頭、ふわふわしてた、おくすり飲めたね!(意味深)ってくらいふわふわしてた。疲れてただけだぞ?平和ボケってコエーなァ。と頭を掻いて反省する。
「にしても、」
───心操くんの個性、洗脳ね。
ぼんやりとやり取りを辿っていく。随分悪印象を持たれるような名前を付けたもんだ。あァ、すごく、不躾で申し訳ないことしちゃってる。つーか心操くんってなんだよ。くんって。口調ゆるゆるで俺そういうキャラじゃねェだろ。頭お花畑かなァ???
「何唸ってんの? 無表情で唸るのやめなよ変だぜ!」
「ちょっとナイーブなんだ今の俺は。行くか」
悩んでいる俺の隣に何冊かの医療の本を持った弟が体当たりをしてきた。リカバリーガールとの相談は無事終了したようだ。
あの人は雄英をずっと支えてくださっている、医療の最高峰の擬人化のような人だ。きっと勉強になるンだろうなァ、といつだったかの会話を回想しながら思った。
俺たちは個性事故によってお互いの個性を共有している。いや、『分け与えた』と言う表現の方が適切かもしれない。
元々弟は、腕がちぎれようが腸引きずり出そうが、例え首を吊っていたって、生きてさえいれば、自分も周りも誰だって回復させることができた。自分は怪我したとたんたちまち癒え、他人の血肉を啜れば他人の怪我も、時間とともに治せた。
俺の影だって影の範囲をもっと伸ばすことができたし直接影を刺すことも操って巻き付けることも、防御にしたり動物の形にして動かすこともできた。物を出し入れすることだって。
───しかし、個性を分け与えて以来。
弟は自分への回復の効果が目に見えて効かなくなった。他者へは効く、今まで通り。しかし自分へは小さな傷こそ治れど大きな裂傷は回復にそれなりの時間を要するようになった。大怪我をしたら死ぬ体になった。
代わりに、俺の影が弟の影を蠢く。直接刺し、防御し、物を入れられる影へと変貌した。.....微々たるものだ。
俺も自分の影が直線的な軌道はできず、影を纏うこともまた不可能になった。代わりに弟の回復は、俺に驚異的な回復力と、1寸ばかりの他者への回復を授けた。たとえどんな無茶をしようと死なない、どんな怪我でもたちまち怪我が治る、という感覚は人間としてゾッとした。
あァ、話が逸れた。
そう、俺たちは他者へ回復する能力を持っている。個性届にもそう登録され、雄英の目に止まったようだった。
リカバリーガールは俺たちに個人的な授業を提案してきた。個性を上手く扱う為、ヒーローとして、医療関係者として知識のないものが個性を行使することは見逃せないのかもしれない。
それに弟は即座にやると返事をした。まァ、そりゃそうだ。自分の個性で人を助けるために、もはやそれ専門で生きていこうとすらしているンだから。ヒーローを現場で回復できるヒーローになる、それが弟の目標だった。
対して俺はその申し出を丁重に断った。
元々自分の個性ではないのだ、新たに手足が1本生えてきたような感覚、と表せばいいだろう。それを産まれた時からあるように自由自在に動かすのは、それこそオールマイト並の天才でなければ不可能。俺がやっても器用貧乏が関の山。
だから俺は個性の指導をリカバリーガールに頼まなかった。俺は俺の個性を極める方が合っていると判断したから。……もしものときの簡単の医療知識だけ講師して頂いて俺はおわった。そう、そうだ、一度家にいらっしゃったんだよなァ。そうだ、その時だ。俺が今思い出したのは。
ぼんやりとリカバリーガールに出会った経緯を洗い出せてスッキリする。
「失礼します。相澤先生いらっしゃいますか?」
「ん、どうした影操……と影操弟?」
「あはい! 影操弟です! わぁ識別されてる、おもしろい!」
職員室に着いて先生を伺う。ブラドキング先生はいらっしゃらないようだから相澤先生を呼んだ。パソコンをにらみつける先生はプレゼントマイク先生に肩を叩かれて初めて俺たちに気づいたようで、俺たちの方を見て、そっくりなのが2人並んでるのに少し混乱していた。栄養補給ゼリー落としましたよ先生。
こういう反応、双子あるあるだけれどちょっと面白くて好きだ。
「カメラ撮る許可が欲しくて」
「今日のマスコミとか見てたら許可いるかなって思いました! オールマイト先生とか!」
多分先生は雑談とかは「合理的じゃない」とか言って嫌いだろうから俺が本題を切り出した。
弟のマスコミ、という言葉を聞いただけで眉をよせる先生にアングラっつーかマスコミ嫌いなだけなんじゃないかな、この人。という思いすらでてくる。
「あぁ……今日は警報がなって悪かったな。無事だったか」
「はい。腹いせにマスコミ馬鹿みたいに撮りましたァ。ざまァ」
「本当は昼に許可とろうと思ってたので、マスコミ嫌いになりかけてます!」
「そうか」
「お、今からマスコミ嫌いかリスナー。イレイザー2号になりそうだな!」
「うるせぇぞ山田」
「本名ヤメテ」
マスコミ嫌い! という弟の宣言にプレゼントマイク先生が釣られてしまった……。相澤先生とプレゼントマイク先生の席隣なの同期〜って感じがしてなんかおもしろ。好奇心旺盛に2人を見る俺にどう思ったか相澤先生が言う。
「コイツのことは無視しろ。テキトー言ってるだけだ」
「おいおいイレイザー、コイツはシビィぜ!!」
「分かりましたァ。あ、クラスのアルバムとか勝手に作っても問題ないですよね」
「うち、家に飾っとくんですよ、友達とか色んな人の写真! めっちゃ賑やかになります!」
「そうか、まぁ、SNSに載せないなら大丈夫。でもあんまり見せびらかさないようにな」
「了解しました」
そう言って帰ろうとする俺たちに、「あ」と相澤先生は何か言おうとした。
「すまん、カメラ1回中見てもいいか? マスコミのことで気になることがある」
「問題ありません」
「ああ、明日には影操兄に返すよ」
じゃあ、気をつけて帰れよ。そう言った先生にカメラを渡して、帰路に着いた。
もふもふのベットの上で今日の復習をし明日を夢見る。
いつか心操くんに、なんかお詫びしなきゃなァ。