瞳に宿った炎は消えない   作:Tyler Durden

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第1話 風の音がジャマをしている

 

 

 

 グーテンモルゲン! 初めまして! おれ、佐藤御園! 日本ウマ娘トレーニングセンター学園スクール所属のトレーナー!

 

 俺は現在、トレセン学園に常勤のトレーナーとして雇用されているんだ! 昔、陸上でいいところまでいったから、その実績とトレセンにいる知り合いの推薦で雇ってもらったよ。要するにコネだよ!

 

 知り合いってのは俺の現役時代のコーチのことだよ。結構なおじいちゃんだよ。コーチは陸上界を引退した後、指導能力を評価されて特別顧問として招聘された凄い人なんだ。それに比べて俺は全然凄くないから、もしコーチが死んだら後ろ盾がなくなってクビにされちゃうかも。頼むから長生きして〜!

 

 仕事は基本的にサボってるよ! サボりまくりだよ!

 どうやってサボるのかって? 担当をもたず、サブトレーナーに徹し、交友関係を広く築くことで可能になるよ。サブトレーナーでいれば一応は仕事やってる風に見えるよ。しかもトレセンに来る奴はウマ娘大好きのウマ娘一筋人間ばっかだから、こっちがやる気見せなければ基本的に一人で全ての業務をこなそうとするよ。

 

 大きな仕事が振られることはまずないよ。大変な仕事振られたときも、同期とか先輩に助けてもらえば楽勝だよ。たづなさんには頼りすぎて最近煙たがられてるけど。

 

 担当をつくらないこと。これが一番重要で難しいよ。その方法とは、メイクデビューが終わるまでひたすら逃げること。通勤はしつつね。たづなさんのお小言、理事長からの圧力、周囲のトレーナーからの奇異の目……その全てを耐え忍べた者だけが学園内無職を謳歌できる。辛く険しい道のり。

 

 俺の年齢は22歳。俺がトレセンに来たのは18歳のとき。そして俺は一度も担当をもったことがない。これがどういうことかわかるかい?

 

 俺は4年間、無敗の男ということさ。

 

 コーチからは「いつか本当に干されるぞ」なんて言われてるけど、人手不足のトレセンが自ら解雇するなんて、よっぽどのことでない限りありえない。さすがにヤバいって空気感じたらその前に仕事するし。

 

 俺の人生に意味なんてないから、いつクビにされても構わないけどね!

 

 

 

 俺の嫌いな季節は春。春はスカウトさせられるから。生温かい風に新芽の匂い。春は嫌い。

 

 好きな季節は秋。落ち葉がその身を紅に染め上げているのを見るたびに、一年の終わりを感じる。暑さも和らいで過ごしやすいし。というか、春以外は基本好きよ。夏も冬も。

 

 桜の咲く季節は心労を抱えて過ごさなきゃいけないよ。考えるだけで辛い。永久に春が来ないまま時が止まってしまえばいい。本気でそう思ってるよ!

 

 でも、どれだけ願っても叶うことはない。季節は巡るものだから。

 

 

 

 今は春だよ! あっという間!

 今年も目を輝かせた新入生たちが夢破れて去っていくのを見ることになるよ。憂鬱だね!

 でもトレセンはそういう所だよ。諦めてね!

 

 斯く言う俺は、たづなさんから現在進行形で怒られてるよ。だからこの思考は全てただの現実逃避だよ。

 

「佐藤さん、ちゃんと聞いてます?」

「聞いてます……」

 

 しょんぼりとした声で返す。

 

 今年の春も例年と同じく逃げ回っていたのだが、あまりに怠惰すぎたようだ。俺を見咎めたたづなさんに捕まって、マジで怒られてしまっている。

 

 お説教は1時間も前に始まったというのに終わる気配が見えない。心底俺に呆れているたづなさんは、いつしか俺のことを苗字で呼んでいた。もうトレーナーさんとは呼んでくれないのね……

 

「佐藤さんのトレーナーとしての才能は買ってるんです。なのにあなたは全く働こうとしないから……」

「申し訳ありません……」

 

 とにかく申し訳なさそうな声を出す。これが対駿川たづなの必勝法。いつもならこれで切り抜けられているのだが、今回は中々終わらない。

 

「……ここだけの話ですけど、理事長が本当に佐藤さんのこと解雇しようとしているんですよ」

「えっ?」

 

 え〜? うそ〜? 初耳〜!

 

「だから、今年こそ担当するウマ娘を決めてください。私から言えることは以上です」

 

 言うだけ言ってたづなさんは去っていった。正直ほとんど聞き流していたが、肝心なことだけは耳にこべりついている。

 

『理事長が本当に佐藤さんのこと解雇しようとしているんですよ』

 

 俺、本当に辞めさせられるの?

 普通にやばい。親の葬式でも平然としていた俺だが、この緊急事態には動揺を隠せなかった。

 

 まあ、いつかこの日が来るのはわかっていた。だって仕事してないもん。だけど負けないよ。サブトレーナーとして、ウマ娘の鍛え方は間近で見てきた。担当をもつ覚悟だってできてる。

 

 遂に来たってことか。眠れる獅子が目を覚ますときが!

 

 

 

 

 

 ……やだ。

 

 クソッ! 嫌だ! 働きたくねえ! マジで嫌だ! なんか蕁麻疹みたいなの出てきた!

 

 理不尽な怒りが吹き出すも、頭の中は冷静だった。

 

 クソ……本当はわかってる。今回がラストチャンスだ。わざわざたづなさん通して知らせてきやがって……しゃあねえな、見せてやるよ。俺の本気を――100%中の100%を!

 

 崖っぷちに追い詰められて、俺はようやく腹を括った。

 

 

 

 

 

 

 1mmもスカウトする気が起きないよ。

 

 

 

 ダメだった。めっちゃやる気出そうと思ったけどダメだった。全然腹括れてなかった。

 

 先程から雲ばかり見ている。風の強い日だ。どんどん雲が流されていく。びゅうびゅうと唸る風の音が聞こえる。

 

 選抜レース場に来たはいいものの、誰にも声を掛ける気になれない。マジで。本当に仕事する気が出ない。三年寝太郎もビックリの怠惰力。まさか俺のニートとしての才覚がこれほどとは。

 

 もう正直誰でもいい。最低限担当さえもてば、首の皮一枚繋がるだろう。少しだけ欲を言えば……才能があって、従順で、穏やかな気性で、粘り強くて、メンタルも強くて、勝利への熱意もある子がいいけど。

 

 あ〜〜。そんな子いねえかな〜〜。そんな子がいたら喜んでスカウトするのになあ〜〜〜。

 

 

 

 いるわけねえか! いてもとっくに取られてるわ! ガハハ! 風強いし帰ろ!

 

 意気揚々とレース場を後にする。バ場から帰るときが一番楽しいんだから。

 

 このままトレーナー室に戻ってダラダラしようと思いながら歩いていると、どこかから足音が聞こえてきた。

 

 誰かが自主練でもしているのだろうか? なんとなしに気になった。足音に耳を傾ける。音だっていろんな情報を含んでる。足音の主はどんな子なのか、どんな走りをするのか。しっかりと聞けば解析は難しくない。

 

 聞こえる美しい四拍子。蹄鉄が土を蹴り上げる音。鍛えられた肉体が地面を鳴らす。

 

 うーん。いい走り。綺麗なリズムだ。几帳面な感じがする。踏み込みもかなりのもの。歩幅は少し小さいか。小柄な子かな?

 

 ――どんな子だろう。

 

 10秒前まで何のやる気もなかったのに、俄然興味が湧いてきた。もっと近づいて直接見よう。

 全く、せっかくのいい走りなのに。

 

 風の音がジャマをしているよ。

 

 

 

 

 

 

 練習場に辿り着くと、そこにいたのは小柄なウマ娘だった。予想通り体格は小さいが、よく走る子だな、と思った。

 

 彼女は休むことなく走り込みを繰り返す。パッと見てすぐに帰ろうと思っていたのだが、1周、2周と眺めているうちに更なる好奇心が芽生えてきた。気づいたときには練習は終わっていた。彼女は相当追い込んだようで、小さな肩で息をしていた。

 

 将来有望そうだ。こりゃ唾付けとこう。俺はこういう人間だ! 俺はこういう人間!

 

 未来のツテをつくるため、躊躇わず声を掛けに行くことにする。

 

「きみー。いい走りだったよー」

 

 黒髪の主がこちらを向く。四肢は細く、とても先程までの走りができるとは見えなかった。

 

「は、初めまして」

「初めまして。俺は佐藤御園。めっちゃいい走りだったよ。いい脚してるわぁ」

「あ、ありがとうございます」

 

 いきなり話しかけられた彼女は戸惑っていた。しかも人見知りしそうなタイプだ。ここから打ち解けるのがサボり魔トレーナーとしての手腕の見せどころ。

 

「名前はなんていうの?」

「ライスシャワー……です」

「ライスシャワー。縁起いい名前じゃん」

 

 名前を褒めるとなぜか彼女が強張ったように見えた。ちょっと馴れ馴れしかったかな。

 

「走ってる音に釣られて来たんだけど、本当にいい走りしてるよ。今はクラシック級かな? 誰と契約してる?」

「ライスは……まだ、その……誰とも契約してないです」

 

 脳内に衝撃が走る。初めて自分の体から血が溢れるのを見たときのように。

 

 この実力で誰とも契約していない!? 葉桜の咲き始めるこの時期に!?

 

「それ大丈夫? なんで契約してないの?」

「まだ選抜レースに出たことがなくて、それで……」

「マジで!?」

 

 ということは、今はクラシック級じゃなくてジュニア級? しかも誰にもスカウトされてない? ていうかなんで選抜レース出てないの?

 

 ルドルフも月までぶっ飛ぶこの衝撃にテンションが上がるのを隠せなかった。考えてもみろよ。最悪の時期に最高な人材が見つかりやがった。選抜レースに出てないってことは多少なり問題のある子なんだろう。おそらくはメンタル面。

 

 

 

 それがどうした!!

 才能の前ではそんな問題、塵芥のようなものだ。欠点とも呼べない。

 

 あって七癖。色の白いは七難隠す。

 才ある者はそれだけで許されるのだ。メンタル管理は俺の嫌いな分野だが、それくらいやってやろうじゃないの。

 

 これはもうスカウトするしかない。

 極上の獲物を見つけた捕食者の気分だ。今までにない積極性で逃げ道をなくす。

 

「よし。ライスシャワー、俺と契約しよう」

「ふええっ!? そ、そんないきなり――」

「善は急げだから。俺と組むのは嫌?」

「い、嫌というか……トレーナーさんとはさっき会ったばっかりだし……」

「仮契約でいいから。気に入らなかったらいつでも解除していいから。お願い」

「うう……」

 

 よしよし、迷ってる迷ってる。このタイプの子は人の好意を無碍にするのに気を遣うはず。このまま押し切る。

 

「後悔させないからマジで!」

「俺と組んだらG1でも3勝は固いよ!」

「ほんと一瞬でもいいから! 一回だけ! 一回だけ!!」

 

 偽りのハイテンションはいつしか本物になっていた。今までに感じたことのない高揚感だ。これが誰かを育てたいって気持ちか。

 

 説得を続けるうちに、ライスシャワーの瞳の中に俺を信じたいという気持ちが見えた。彼女は重々しく口を開く。

 

「……トレーナーさんは」

 

 ライスシャワーは初めて俺のことを真正面から見据えて、唇を震わせながら、

 

「どうしてライスなの? 一体どうして? 他のコもいっぱいいるのに、なのに……」

「それはキミに才能があるからだよ」

 

 そう。彼女には才能がある。それは努力では勝ち取れないもの。全てのアスリートには与えられないもの。

 

「理想を掲げるのは簡単。ただ理想の追求を許されるやつは少ない。限りなくゼロに近い」

「……」

「ライスシャワー。君は夢を叶え、栄誉を掴むための才能をもっている。君がターフで走る姿を見せてくれ」

 

 これは本心。邪な気持ちも、ちょっとはあるけど、それくらい普通のことだろ?

 

 担当をもつなら才能あるやつをスカウトした方がいいに決まってる。いい成績を残したら俺の首も繋がるし、教えるのも楽だし。それに……才能がないやつを育てるのは苦しい。

 

「――契約、します」

 

 ライスシャワーから契約の締結を取り付けた。本人もやる気になったみたいだ。やったね。いろいろあったが、これでうまく纏まった。

 

「よし! これからよろしく、ライスシャワー!」

「はい! よにょ……よろしくお願いします!」

 

 ライスシャワーは噛んだ。全然きれいに締まらなかった。

 

 

 

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