瞳に宿った炎は消えない   作:Tyler Durden

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第2話 春が終わる。

 

 

 

 ライスシャワーをスカウトした次の日、俺はたづなさんに担当が決まったと報告した。

 

 たづなさんは全く信じようとしなかったが、契約に関する書類を提出すると世界の終わりのような顔をした。

 

『ええっ!? 本当ですか!? 佐藤さんが? 4年間ずっと真面目に仕事せずに、“トレセンの七不思議”とまで呼ばれている佐藤さんが?』

『そんな風に呼ばれてるの?』

 

 この出来事は俺以外の奴には衝撃的だったらしく、俺が担当をもったことは軽い噂になった。噂はすぐに広まるもので、同期や先輩、果ては後輩まで俺をイジりにきた。

 

『やればできんじゃん!』

『佐藤さんが働いてるとこ初めて見ました』

『クビにされそうになって焦ってスカウトしたってマ?』

『これもう革命だろ』

 

 クズどもがっ・・・・! 日頃の行いが悪いからって・・バカにしやがって・・・・・!

 

 全て身から出た錆なので俺に反論の余地はなかった。やり場のない怒りを行動力に変えて、俺は慎ましくライスシャワーを鍛えることにした。

 

 

 

 ライスシャワーはひたむきな子だった。

 

 一教えれば十やるような子で、下手すれば百でも千でもやり続ける勢いだった。

 彼女は自分に厳しいタイプだった。それ故に自分の実力にも自信をもっているようだった。

 

 俺は彼女が努力家であることを手放しに喜んだ。頑張り屋さんは大好きだし、何より教えるのが楽でよかった。

 

『この実力ならデビュー戦も楽勝やんけ! 興奮してきたな……今のうちに次に出るレース考えたろ!』

 

 ライスシャワーの才能を再確認した俺は、順風満帆な先行きを確信して有頂天になっていた。

 

 

 

 現実はそう上手くいかなかった。

 

 ライスシャワーはよく不運に見舞われた。赤信号に10回連続で捕まって遅刻したり、突然ゲリラ豪雨が起きて屋外の練習ができなくなったり、何もしていないのに近くにあったトレーニング器具が破損したりした。

 

 要は、間が悪かっただけなのだが、彼女はそれらの不幸を自分が引き起こしたと思い込んでおり、事あるごとにメンブレした。その度に俺は彼女を励まし、奮起させねばならなかった。ライスシャワーはメンタルが弱かった。

 

 予想通りだが、覚悟したつもりでもこれはキツかった。俺の見通しは甘々だった。精神面のケアは、本人よりも周りの人間の方が気をつかう。俺はそういうケアが嫌いなトレーナーだった。

 

 俺にトレーナー業でできないことは、基本的にない。そして、そのどれもが一流……のはずだ。選手としての才能はまあまあどまりだったが、トレーナーとしての才能はあった。

 

 もちろんメンタル管理もできる。ただ、とても嫌いなのだ。

 クソ面倒なレースの出走計画を作るのはいい。担当のために安い時給で残業するのもいい。だが心の面倒までは見たくない。俺は結構感情移入するタチなのだ。もしライスに真剣に寄り添ったりなんかしたら、もぅマヂ無理。 リスカしょ・・・となってしまうのだ。

 

 故に普段は、あまり深く関わらず斜に構えておく、というスタンスをとって彼女と接していた。

 

 

 

 

 

 

 そうも言ってられなくなった。

 

 今日は待ちに待ったメイクデビュー当日。そんな大事な日だというのに、ライスシャワーの姿は会場になかった。

 

 いつも俺より先に集合場所に着いているライスシャワーが、今日に限って全く来る気配がない。たまたまだろうと高を括るも、30分前、20分前、15分前と出走の時間が近づいてきた。ライスシャワーはまだ来ない。ストレス性の動悸で俺の心臓は破裂しそうだった。

 

 なぜライスは来ない?

 昨日までは普通に練習していた。体調の急変や事故という可能性もあるが、最も考えられるのは、メンタルの不調。

 

(あ〜。極度の緊張でボイコットしちゃったかな〜。電話も繋がらないか〜。それなら)

 

 諦めと共に瞠目し、天を仰ぐ。

 

(終わりだ――)

 

 全てを悟った俺は絶望した。だが、神は俺を見捨てなかった。完全に諦めた俺の前に、ひとりのウマ娘を遣わされたのだ。

 

「あ、いた〜! ねえねえきみ、ライスちゃんのトレーナーさんだよね?」

「……? そうだけど……」

「よーし、それじゃあ美浦寮に向けてしゅっぱーつ!」

 

 ちょっと何言ってるかわかんない。

 

 いきなり現れたウマ娘は美浦寮に向かおうと提案してきた。どういうことかわからないが、俺のトレーナーとしての嗅覚はこの子についていけと言っていた。

 

「なに? ライスシャワーに関すること?」

「うん! ライスちゃん、朝から美浦寮の皆とずーっとかくれんぼしてるの。それで――」

「わかった。今行こう。すぐ行こう。ライスの具体的な場所はわかる?」

「う、うん! ウララが案内するよ!」

 

 事情は飲み込めた。急がなくては。全力で走ればギリギリ間に合うかもしれない。

 

 間に合わない可能性もあるし、ライスシャワーを説得できないかもしれないが……それでも俺が最初に諦める訳にはいかない。これでも一応、俺はあの子のトレーナーだ。

 

 俺はウララと共に美浦寮へと駆け出した。

 

 

 

 

 

 

 寮の入り口には寮長のヒシアマゾンがいた。忙しなく辺りを見回している。彼女もライスを探しているようだ。右に左に動く彼女の視線が、大急ぎで走ってくる俺たちを捉えた。

 

「おっ、ウララ! ライスは見つか――」

「ちょっと入れてください」

「はあっ!? トレーナー!? ウマ娘寮はトレーナー厳禁――」

「マジ見逃してください! ライスが俺のこと呼んでるんですって! なあウララ!?」

「うん!」

「……ぁあー、もうっ! しょうがねえな、いまだけ特別だ!」

 

 柔軟な対応〜!

 話のわかるヒシアマゾンに特例で許可を得て、寮の中に立ち入らせてもらう。今度菓子折りでも送っておこう。

 

「トレーナーさん、こっちこっち!」

 

 ウララに案内をしてもらい、目的の場所にはすぐ着いた。ライスシャワーは寮の隅にある空き部屋にいた。中から小さく啜り泣く声が聞こえた。扉は固く閉ざされており、思わず「はよ開けんかいゴルァ!」と言いたくなってしまう。

 

 時間はないが、ここで焦っても仕方がない。ウララには少し離れてもらい、ゆっくりと諭すように対話を始める。

 

「やあライス。俺だ、トレーナーだ。君を迎えに来たんだ」

「と……トレーナーさん……」

 

 俺の声を聞いた瞬間、ライスは謝り出した。

 

「……っ! ご、ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい……!」

「何も謝ることはない。レース前に緊張するのは普通のことだ」

 

 宥めるように、落ち着いた声色を保って話し続ける。

 

「いつもみたいに、ちょっと間が悪かっただけだ。切り替えていこう」

「そんなことないっ! ライスはだめな子だよ! みんなに迷惑かけて、みんなを不幸にしてっ……!」

「今回の件は後で一緒に謝ろう。今はレースに出ないと」

 

 返事はない。冷静な言葉では彼女は動かせない。

 

「今日を楽しみにしてたろ? 勝ちたいって言ってたじゃんか」

 

 返事はない。空気が重くなって、沈んでいく。

 

「どうしてだ? ライスは何が怖い? 一体何を恐れてる?」

「……『青いバラには絶対なれない』って、わかっちゃうこと」

 

 青いバラ? 何のことだ?

 

「どういう意味だ?」

「ライスなんかがレースに出ても……誰も幸せにできないって、わかっちゃうこと。レースに出たらわかっちゃう。この先ずうっと、だめな子だって、わかっちゃうかもしれない……」

 

 そんなことはない、と言っても、この調子じゃ聞き入れてくれないな。

 

 どうするか。彼女が求めている言葉は何だ? 彼女を前に進めるために必要な言葉は。

 無責任な励ましの言葉じゃない。かといって、事実を示しても彼女は自分が不幸を呼ぶと信じ込んでいる。

 

 考えても考えても何が正解かはわからない。それでも俺は言わなければならない。真実の羅列でもなく、聞こえがいいだけの美辞麗句でもなく、今の彼女に必要な言葉は――

 

「ライスが腹を割って話してくれたから、俺も正直に言うよ。

 ライスの走りで人を幸せにできるかはわからない。レースに出ることで傷つくかもしれない。それでも――」

 

 心からの言葉を彼女に伝える。

 

「それでも俺はライスのトレーナーだ。俺は、ライスは変われるって信じてる」

 

 返事はない。声は宙に溶けて、辺りには静寂が訪れる。

 

 俺の気持ちは伝えた。あとは彼女次第。レースに出てはほしいが、無理に連れ出しても意味がない。

 

「レース場で待ってるから」

 

 最後にそう言い残し、俺は一足先にレース場へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 こういう非常事態でも冷静でいられればよいのだが、俺はもう失神しそうだった。自分のことはある程度冷静でいられるが、他人のことだとかえって緊張してしまう。意味わからん。

 

 ライスシャワーは来るだろうか。できれば来てほしい。俺のトレーナー人生が危ういからじゃない。この機会を逃したら、彼女はいつまでも変われないかもしれない。こんな考えは傲慢かもしれないが、折角なら担当する子には何かを残してあげたい。

 

 逡巡と焦燥で悶々とする。だが、抱えた頭を上げて、ふと目の前を見ると、そこには彼女がいた。体操服に着替えたライスシャワーがいた。

 

「ライス!!!」

「トレーナーさん……!」

 

 大きな声が出てしまった。

 ライスシャワーは怯えるように体を震わせていた。華奢な四肢は自身の震えで崩れ落ちてしまいそうだった。

 それでも、彼女は自分の脚でここまで来た。

 

 なら俺から言えることはひとつしかない。

 

「ライス!」

「は、はい!」

「咲いてこいや!!」

「うんっ。……いって、きます!!」

 

 

 

 

 

 

 結果として、ライスシャワーはメイクデビューを制した。やはり俺の見立てに間違いはなかった。

 

 勝利の喜びに笑みを浮かべながら、レースを終えたライスシャワーに駆け寄る。

 

「ライス」

「トレーナーさん……」

「100点だ」

「〜〜っ。うんっ!」

 

 本当に良かった。デビュー戦を勝利で終えたこともそうだが、彼女が変わるための、勇気ある一歩を踏み出せたこと。それこそが今日一番の収穫だ。

 

「トレーナーさん。これからも、よろしくお願いします」

「ああ。よろしく……これからも」

 

 短い間かもしれないけど、よろしく。俺の初めての教え子。

 

「あのね、いっこだけ、わがまま言ってもいい……?」

 

 急にどうした。でも、こうやって甘えてもらえるってことは、少しは信頼関係が築けたのかもしれない。つい嬉しくなってしまい、二つ返事で了承してしまう。

 

「ハハッ。いいよ。特別だぜ」

「うん。あの、あのね……」

 

 ライスシャワーは目を輝かせながら――

 

 

 

「トレーナーさんのこと、『お兄さま』って呼びたいの」

 

 ちょっと何言ってるかわかんない。

 

 

 




佐藤御園のヒミツ①

実は、お菓子作りが趣味。
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