お弁当…また食べたいから   作:5の名のつくもの

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夜空

第三村の外れにある例の湖で、少年は寝転がって夜空を眺めていた。周囲一帯に照明や明かりを発する物が無いか又は極めて少ないため、本当の星々を見ることが出来た。都会部だとカンカンとランランと目に刺さる如き明るい照明のせいで、せっかくの星々を隠してしまう。第三村のような土地だと、無数の星も天の川でさえも全部見えた。

 

「カヲル君と…見たかったな。ここで」

 

時刻は深夜で、人はおろか動物さえいない。一応、ここは温泉ペンギンや他の鳥が住処にしているが、皆はお休みタイムにあった。よって、木々が揺れ、風が吹く以外に音は聞こえない。強いて言うならば、少年から発せられる独り言があっただけ。

 

彼はこの綺麗な夜空を「友と見たかった」と悔恨を強く込めて言い放つ。時には寄り添ってくれ、時には事実を伝えてくれ、時には暴走する己を静止してくれた。友と言うには忍びないほど、自分のためを思って動いてくれていた。それが良い結果を迎えたかと聞かれれば、少し疑問点が残ってしまうだろう。しかし、友が己の幸を願ってくれたことを無碍にしてしまうのは許さない。

 

そんな友を、少年は、碇シンジは自らの手で殺めてしまった。

 

「この手は…僕の手はLCLだけじゃない。血に濡れているんだ」

 

過去を振り返れば、思い出したくない過去を振り返れば、忘れたくても忘れられない過去を振り返れば。碇シンジはこの世紀最悪の罪人であろう。使徒を殲滅するために人類の英知を結して建造した、希望のエヴァンゲリオンのパイロットだった。でも、それは一瞬にして絶望と変わる。ニアサードインパクトである。いや、もっと厳密に言えばサードインパクトも付随する。この2つの大災厄を引き起こした、トリガーとなったのが彼であるのだ。ニアサードインパクトは第十使徒襲撃の際に、特攻して吸収された綾波レイを取り戻すために彼はヒトを捨てた。エヴァを介してヒトを捨てること、それは終わりを意味する行為である。エヴァ初号機と彼の覚醒によって発動されたのがニアサードインパクト。これにより、かなりの数の命が潰えることになった。また、次なるインパクトへの架け橋になってしまった。サードインパクトに関しては、彼が直接に手を下してはいない。それでも、主要な大黒柱だったのは言うまでもない。

 

だから、彼の手はインパクトによる命の輝き(LCL)に塗れているのだ。洗っても洗っても消えることが無い。もはや塗れていると表現するのは不適切かもしれないだろう。これは、刻まれているのだ。世界から与えられた罰の印。

 

「DSSチョーカーじゃないんだ。僕に与えられた罰は…この消えないモノなんだ」

 

友は自分に与えられた罰が『首輪』だとしたが、ちょっと微妙に違う。あれはリリンが彼に与えたのであり、世界が与えたのではないのである。前者は表向きは抑止力及び万が一の最終手段としての、実際は私怨から来る苦し紛れの産物の極みに尽きた。まったく、馬鹿馬鹿しいことこの上ない。何の権力があってリリンが彼を罰せるのだろうか?いいや、何の権力も無い。自分たちが世界を統べる司法とでも思っているのか。

 

彼はそんなことを1mmも思っていなかった。だって、全部自分が悪いんだから。リリンから何を言われても、何をされても受け入れる。

 

「ん?流れ星か。ほんと、よくみえるなぁ」

 

流れ星が流れた。動くことが無い星々だけなく、瞬時の流れ星さえも目で掴めることができる。あまりにもよく見えてしまうので、思わず感嘆してしまう程だった。また流れてくれないかと贅沢を願っていると、土を踏みしめる音が近づいて来る。先も述べたがこの時間に活動する動物はいない。いるとしても、ピンポイントで彼を狙って近づくことはしないはずだ。となると、消去法で且つ自動的に”誰か”になる。ここはNERV本部のような超が付く危険地帯じゃないので、特段警戒することは無いと思われる。ただし、それは一般市民であればの話であって、彼はどうだろうか。一歩間違えれば、扱いを誤ると世界を滅ぼしかねない存在。危険度はやや下のWilleのエヴァパイロット達は、特例で軍人と同等の地位に置かれているので、護身用の拳銃の携帯が許可されている。となれば、彼も持っていても変ではないはず。

 

実際には、何も持っていなかった。

 

なんてこった、これでは万事休すか。

 

それは杞憂で終わる。

 

「よくわかったね。僕がいるところ」

 

「うん、わかるの」

 

後方を確認せずとも誰が来たのか言われなくても普通に分かった。口調から察するにアヤナミ・レイ。寝の姿勢にいるシンジの横に座って、彼女も夜空を見上げた。風通し抜群の天井が無い旧NERV本部で嫌ほど見た夜空でも、全く場所が違って且つ隣に少年がいると数百段は変わって見える。特に彼女は命令の遂行のためだけに生きてきたから、第三村でのゆっくりとした暮らし・生活は非常に新鮮であり、こうして何もしないで星を見るだけのことでさえもが味わい深い出来事である。

 

「どう?アヤナミはここの暮らしに慣れた?」

 

「楽しい。仕事が」

 

「良かった。皆が優しくしてくれるからね」

 

アヤナミ・レイは鈴原夫妻に引き取られて、そこで暮らしている。日中はご婦人方と一緒に稲作などの畑仕事に従事していて、楽しい日々を送っているようである。極めて楽しそうに働いているから、ご婦人方からは微笑ましく思われていた。また、彼女の働きぶりは「素晴らしい」の一言に尽きる。

 

その後、2人は言葉を交わさずジッと星を見ていた。話すことが思いつかず、吸い込まれるような夜空に圧倒されていたからだ。そこで、何かが気を利かせてくれ、2人とも身を乗り出すようなことが起こった。

 

「たくさんの…流れ星?」

 

「流星群か!」

 

そう、肉眼で捕捉しきれない数の流れ星が流れている。流れ星自体は発生確率が低く、場所の関係もあって珍しい自然現象と言える。かと言って、運が悪かったらずっとダメとも言い切れない。ある意味での救済措置として「流星群」と呼ばれる現象がある。読んで字の如く、流れ星が群れをなすこと。流れ星の母数が増えて底上げされるので、確率が上がる。今回はそれが見事にハマったらしい。

 

「この世界も…捨てたもんじゃないのか」

 

「碇君が安らぎを得られるように」

 

「え?」

 

隣のレイからビックリすることが発せられた。自分じゃなくて、少年のことを願ったのだ。まさか、彼女がここまで自我を持って、他者の幸せを願うなんて思わない。アヤナミシリーズの一体としては、あの綾波と並んで異端と言える。正直なところ、シンジは彼女に自由に生きてほしいと思っていた。命令に縛られない、自分の意思で従って素直に生きてほしい。

 

「アヤナミ…」

 

「私はずっと生きられない。だから、せめて碇君には生きてほしいから」

 

少女な純粋な思い。それが果たされることを願って、流れ星は止まらない。

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