相田ケンスケの家では、珍しいことに家主一日中を留守にするという異常事態が発生していた。異常と言っても、やむにやまれぬ事由があって、家に帰れないのだ。相田ケンスケは第三村内でも重要な役職『便利屋』をしている。その仕事内容は多岐に渡るが、最重要事項にインフラの維持があった。自給自足の生活が原則となっている第三村において、生命線でありながら極めて脆弱な生活インフラを維持するため、毎日を修復に精を出している。各シェルターを設営して、支援するクレイディトはずっと付きっきりでいれるほどの余裕はない。したがって、どうしても現地の人間に業務を委託するしかなかった。今日は委託される仕事の中でも、一日をかけて行われる大規模修繕工事があり、小規模なら日中にできようが、大規模となれば要する時間は爆増する。
ということで、今日の相田家は居候のアスカとシンジだけとなっていた。2人はいつもの様に第三村内を散歩し、外れの湖に寄り、賢いペンギンと触れ合うことをして朝から夕方まで過ごしていた。日が降りる頃には家まで戻って、美味しくも無い携帯食料(軍用レーション)を頬張る。後は2人ピッタリ付いてゴロゴロするだけだ。
「そう言えば…なんでアスカは家ではそんなラフなの?」
「特に寒くも無いし、それ以前に私が何着ようが勝手でしょ?ま、それは建前かな。本音はシンジが人の温もりを感じられるようにするため。今一番欲しているものは、周りの人の優しさじゃない。自分を包み込んでくれる、母親のような温かさだから」
シンジが気になったことはアスカの格好だった。確かに家ならば、周囲に見えない範囲での制限付きで何を着ようが勝手である。そうは言っても、物事には限度と呼ばれるものがあって、今現在のアスカの格好は大分ラフ(大胆)すぎる。下は短めのパンツを履いている。これに目くじらを立てるべき点はない。問題は上で、彼女はパーカーを来ているのだが、普通ならシャツなり上半身を隠す服を身に着ける。アスカはその服を着ておらず、肌に直でパーカーを羽織っていた。ならせめて、前のジッパーを閉めてほしいが、ジッパーさえも閉めていない。
まどろっこしいから、一言で言えば。
「見えちゃう」だ。
当たり前だが、外に散歩に出るときは全身が隠れるような服装をしている。万が一の時にシンジを守れないと本末転倒の極みなり。しかし、家にいるときは「見えちゃう」格好なのだ。見た目も心も少年期にいるシンジは、ちょっと彼女のことを直視し辛い。第三村に来た時から数日は目線をズラしていたが、しばらく生活していると慣れてくるものである。内情を知らないで外から見ただけなら、なんと破廉恥かと思われても仕方ない。でも、これはアスカの愛の形で、シンジが一番求めている、渇望しているのは家族から注がれる「愛」でしかなかった。彼はそれ以外には何もいらないと言っても過言ではないだろう。幼くして母を亡くし、父から捨てられて且つ利用されるだけ利用され、カラカラになるまで絞り切られた少年は愛しか欲せなくなったとした方が適当かもしれない。だから、アスカは彼の母親でいることを自ら進んで選ぶ。昔のようなガールフレンドではない。全てを理解し、全てを受容し、子の頭を撫で、ギュッと抱きしめてあげる母親として。年齢がとか、立場がとか、そんな野暮ったいことを言ってはならない。言った奴は漏れなくコア化と尋常ではない強さのL結界密度が襲ってくるだろう。
もし、この場でシンジが泣き出したり、彼女を求めたりしたとしよう。アスカはすかさずパーカーを脱いで、その体で彼を強く抱きしめる。世の中に温かみは幾つも存在しており、代表的なのは太陽からの直射日光、キャンプファイヤーや焚火の炎、ヒーター等から人工的に作られた熱が挙げられる。この中で一番優しさを持っているのは、古来から人を照らしてきた太陽だ。ただ、太陽でも勝てない温もりがある。それこそ、人の温かみである。人の温もり以上に優しいを有するものがあるだろうか。いいや、ないであろう。
「母さんか…」
「その感じだと、エヴァの真実を知ったのね」
「うん」
アスカはシンジが「母」のワードに妙に強く反応したことから、彼は遂に母親の真実を知ったのだと読んだ。それは的中しており、シンジはNERV本部にて冬月コウゾウ氏から真実を伝えされている。それは彼を追い打ちをかける。だからアスカは先手を打ち、いつものようにサッとパーカーを脱いで絶対に逃げられないぐらいに強く彼を抱きしめて、さらに彼の頭を撫で始めた。
シンジは黙っているのも気まずいので、アスカに引っ付きながら語りかける。
「アスカはさ、Wille(ヴンダー)に戻るの?」
「そうね。ここでシンジと一緒に暮らしたい思いがあるけど、これでも私はエヴァのパイロットだから。世界が滅ぶことを止めないといけない。碇ゲンドウの野望をね」
「父さんを止めること…ねぇ、アスカ」
「なに?」
シンジは一間置いてから、屈託のない笑顔で言った。
「僕も付いて行くよ」
「いいの?ここに残って、平和に暮らすこともできるのよ。あたしがいなくても、みんながいるから不自由なく生きられる」
「いや、それはいいんだ。ずっとみんなにお世話になるわけにはいかない。いや、なんだろう。その、僕は何よりもアスカと離れたくないんだ。アスカが向かう所が、たとえ地獄だとしても。僕は付いて行く覚悟を決めているんだ」
アスカは少年の真摯な思いを受け止めた。彼女としては、彼にはもう苦しんで欲しくない。第三村で田舎の暮らしを謳歌してもらった方が、彼の肉体的にも精神的にも良いかもしれない。でもそれは、彼と離れ離れになることを意味する。いいや、それで彼が平穏を享受できるなら万歳三唱をしよう。しかしのしかしで、彼はそれを拒んだ。言わずもがなWilleはNERVと血みどろの戦いを繰り広げているため、愛する少女が向かう先は死地以外に何があろうか。彼が何もしなくても、安全性が高い所でひっそりとしていても、必ずや戦いに巻き込まれる。そして、命を散らすことになる。その可能性は100%に極めて近い99%だ。少年はそれでも構わなかった。少女と離れるぐらいなら、喜んで死地へ馳せ参じよう。少女は受け取った思いに答えようとするも、少年が一枚上手だった。
「もし、世界が滅ぶことになっても。僕は最期までアスカといるよ。どうせ死ぬなら2人で…がいいな」
「シンジ…」
今度は彼の番であり、彼は悲観的な展望を踏まえたこと思いを伝えたが、アスカの心に突き刺さる。世界が滅ぶときは互いに手を繋ぎながら、抵抗どころか何にもしないで、2人で笑って死ぬることを選ぶと言ったのだ。どうせ死ぬなら愛する人と一緒にだ。彼女が彼の愛を拒むわけがなく、「馬鹿ね…本当にシンジは」と言ってキスをした。
なんか誰か一人置いてけぼりにされてる感があるが、それは置いておこう。
「ねぇ…シンジ。だったら、今の内に2人の思い出を作っておきたいの」
「わかった。いくよ、アスカ」
アスカはシンジの了承を受けてから、彼が着ている上下の服を手際よく脱がしていった。あっという間に一糸纏わない少年少女が完成する。そのまま2人は激しくお互いを求め合う。
誰も2人を止められない、誰も2人を邪魔しない、誰も2人を引き裂けない。
だが、同時に誰も2人を祝福しない。
祝福されない?だから何だと言ってやれ。
愛する人がいれば、何も望まない。