「はぁ~おっかえり~。やっぱり、私のために帰って来たのねぇ」
「…(圧死しそう)」
「はいはい、そこまで。苦しそうだから」
プライバシー皆無の部屋の中で繰り広げられるは、少女による少年の抱擁だった。コミュニケーションの一種と見れば至極普通だろう。ただ、少女は見た目にそぐわぬ豊かな母を持っていたため、ちょうど顔の部分がふさがれてしまう。それが何を意味するだろうか。柔らかい感触にいる幸せと一緒に呼吸が難しくなることによる苦しさが同時に訪れてくるのである。なんとまぁ、世の中には天国と地獄が両立するらしい。矛盾とはこのことを言うのか。
流石にこのままでは窒息してしまうため、一部始終を眺めていたもう1名の少女が引っぺがしにはいった。言葉で言っても聞かないことは、もう嫌ほど理解しているので、実力行使に出るしかない。実力行使と言う名の救助活動の甲斐あって、少年は無事に空気をたっぷりと吸い込むことが可能になった。荒れそうになる呼吸を深呼吸で抑え、過去にほんの少し交流したことのある少女と向き合った。
「えっと…」
「あ、そっか。名乗ってなかった。ほら、あの時屋上で君と運命の出会いを果たした、胸の大きなイイ女だよ」
「うん、それは覚えている」
もう14年も前の話になる。シンジがまだ正式に14歳で中学生だったころ、彼は中学校の屋上でS-DATの音楽を聴きながら空を見上げることを日課としていた。そんな時に、まさに空から少女が舞い降りてきたのだ。大きなパラシュートを展開して、制御不能の状態で自分に向かって突っ込んできた。そして、運命的な出会いをしたのが、この少女である。非常に鮮烈な思い出なので、欠片も忘れることが無い。ただし、その時のことを覚えていれど、彼女の名前を聞いていなかった。そのため、シンジは少し困ってしまっている。それを察してか、少女は自分の名を教えてくれる。
「私は真希波・マリ・イラストリアス。長いから、『マリ』でいいよ。あぁ、わんこ君…じゃなくて、碇シンジ君のことは姫からも聞いているから。と~てもよ~く知っているから」
「マリさんですね」
「むぅ、硬い!硬すぎ!マリって呼びなさい。呼ばないと食べちゃうわよ」
両手をワキワキさせてにじり寄るマリにシンジは思わずよろめいた。その時、2人のちゃんとした挨拶を監視していたアスカがワキワキさせるマリとよろめくシンジの前に立ちふさがった。その表情は若干怒っているように見えたため、マリでも前進を停止するしかない。2人の少女は長い付き合いだから、引き際を弁えている。
「また会えたから嬉しいのは分かるけど、あんたはやりすぎ。いくらシンジを共有する約束をしたからと言って、抜け駆けは許さないわよ。やるなら一緒に、そして絶対に逃げられないように」
「おっと、そうだったそうだった。サンキュ、姫」
何やら少女2名の間で密談が交わされているが、シンジ視点ではアスカが助けてくれたようにしか見えない。よって、密談のことをアスカがマリを宥めているのだと理解するしかなかった。ある意味宥めていると表しても間違いではないが、その宥めの内容は懐柔であって、少女両名の結託を意味している。それが彼にどのような未来を作り上げるかは、まだ誰もわからない。ただの一応で、現時点で言えることは、まず間違いなく碇シンジは逃げられないことであろうて。
一頻り宥めたらアスカはマリとシンジの間から離れる。再び少年と少女は相まみえることになり、今回は正常な状態での対面となった。仕切り直しで仲良くベッドに横並びで座り、2人とも顔を向き合わせて話す。ちなみにアスカの監視は消えていないので、安全が確保されており、シンジは会話に集中できるようになっている。
「よく戻って来たね。シンジ君」
「だって…第三村に居ても、僕が出来ることは何もないから。それに、アスカと離れ離れになってしまうぐらいだったら。僕は喜んで戻ることを選ぶよ。あと、僕がしてしまったことの清算をしなきゃいけないこともあるんだ。たとえ周りの人間から恨まれたりしても、それが僕がやるべきことなんだから貫く。拳銃を撃たれて、四肢の内どれかを失うことが待っていても」
「ほう、随分と立派になって。そんじゃさ。君の並々ならぬ覚悟を踏まえた上で聞くけど、私たちが向かうのは全てが始まって、全てが終わりを迎える地の南極。そこでWilleはNERVと最終決戦に入るんだけど、まぁ激しい戦いになるかな。姫も私は当然として、君も連れていかれる関係でね。私たちはしくじる気を一切持ってない。それでも、万が一の時には。君も死ぬことになる。しかも、とても残酷な方法で」
見たことが無い、真面目な表情をしてマリは言い放つも、それを受けたシンジは「な~んだ」と言わんばかりにニコッと笑った。そして、たった一言で返す。たかが一言、されど一言。それは彼の並々ならぬ覚悟に加えて、誰よりも強い生への使命感をはらんでいた。絶対に生きて帰る。その思いが凝縮で凝縮に凝縮を重ねてあった。
「生きるための機が那由他の彼方でも、僕には充分にすぎる」
彼は笑顔で返したこと。その光景はアスカも見ていたので、これは狂いが無い絶対的な事実である。彼の笑顔は素敵だが、その表情は非常に頼もしく見えた。頼もしい以外に表現のしようがない。実際に戦うのはアスカとマリの方なのだが、なぜかシンジが言うと彼が勇ましい戦士となる。彼の雰囲気や第三村の内通者から得た情報から碇シンジは短期間で急速で爆発的に成長していて、下手なWilleクルーよりもよっぽど出来た人間と。その分析に誤りはなかったらしいようであるが、想像以上であり、マリは呆気にとられた。
「どう?シンジは変わったのよ」
「まったく、ここまで変わっちゃうなんてさ。そんな子は…こうしてやる!」
「うわっ!?」
再び彼は包み込まれる。ただ、今回は前回と違う点がある。
「ちょ、ちょっとアスカまで」
「いいじゃない。減るもんじゃないし。ちっとは喜びなさい」
前面をマリから、後面をアスカから挟まれてしまった。随分と仲がよさそうで何よりであった。